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第15話「妖怪問答」


「――YU-RIもーーー怒ったぁぁ!!」


 ユウリが怒声とともに跳び起きる。

 これだけボコボコにされてなお、その甘ったるい声音が保てるのは変質者ながらあっぱれ。

 しかし全身から溢れる怒気が隠せていない。

 まるで彼女の怒りに呼応するように、足元の石礫がかちかちと揺れている。


「なに!? なんで神すら屈するYU-RIの神通力が効かないの!? 鈍感なの!? 鈍感すぎると通じないの!?」


「シェスカ鼻血ついてるぞ、はいハンカチ」


「あ、どうもありがとうございます……」


「無視!! すんな!!」


 ユウリが地団太を踏んでいる。

 不審者というのは構うとつけあがるのが常だ。

 だから無視を決め込むに限ると思ったのだが、それにしてもまったくうるさくてかなわない。


「分かった! キミ、大家さんとか言ってるけど、本当はYU-RIの復活を止めに来た神話級(ミソロジー)の陰陽師か何かでしょ!? そうでしょ!?」


 そうだそうに違いないと一人納得するユウリ。

 これは、あれだな……本当に頭がいっちゃってる人特有の被害妄想的なヤツだ。

 俺はいつも誰かに見張られているとか、そういう類の……

 一周回って哀れである。


「な、なにその憐みに満ちた目!? そそそそんなので誤魔化されたりしないんだから!」


「……現実を教えるようで申し訳ないんだけど、どこにも神話級(ミソロジー)の陰陽師なんていないんだ、俺はただの空白級(ブランク)で、大家さんだから……」


空白級(ブランク)ぅ!? 嘘だ嘘だ! 冗談も大概にしてよ! どうせその服の内側にも大量の魔除けの護符がびっしり……!」


「……湿布なら腰に一枚貼ってるけど」


「しっ……!?」


 ユウリが絶句する。

 なんだ? お前も「この歳でなんとジジ臭い……」とかそういう悲しいことを言うつもりか?

 しょうがないだろ、大家さんは肉体労働なんだよ。


「ばっ……馬鹿にして馬鹿にして馬鹿にしてぇっ!! もうホントのホントに怒ったんだからぁ!」


 ユウリは声を荒げて、上着の腹のあたりに取り付けられたやたら大きなポケットをごそごそと漁り始める。

 そして、取り出したるは――どういうつもりか数枚の木の葉である。


「――ここからが世界のアイドルにして四百万の大妖怪YU-RIちゃんの本領発揮! さあ、知恵比べの時間だよ☆」


 学のない俺には、彼女の言わんとしていることがまるで理解できない。

 しかし、秀才シェスカは何かを感じ取ったらしい。

 両目を見開いて、全身をこわばらせた。


「お、大家さん!! アレは……アレは駄目です!! 立ち向かってはいけません!! 逃げましょう! すぐに!!」


 彼女はすっかり怯え切ってしまって、服の袖をぐいぐいと引っ張ってくる。

 可哀想に、こんなにも震えて。


 分かる、分かるぞ、アレは駄目だ。

 関わってはいけないタイプの人種だ。

 努めて刺激せずに退散して、あとはしかるべき機関に通報し、処置を任せるべきだと言うのだろう。

 確かに、そうするべきだ。

 一市民の在り方としてはそれが正しいのだろう。


 だが――俺は震えるシェスカを安心させるように、軽く頭を撫でた。


「え、大家さん……?」


「悪いけどそれはできない、なんせ俺のアパートの大事な住人が、こんなにも怯えさせられたんだ」


「なにを、言っているんです……?」


「要するに――」


 俺はユウリに向き直り、そして言い放つ。


「――大家さんがさくっとアイツ倒して、シェスカちゃんが明日からも安心して家に帰れるようにする」


「あ……」


 シェスカの強張った身体から、するりと力が抜け落ちるのを感じた。

 ふむ、これはアレだな。

 ――やっちゃってください大家さん、ってことだな。


「アッハ☆ 余裕ぶってられるのも今の内だよ! 言ったでしょ! 今から始まるのは知恵比べ! 脳筋の大家さんじゃYU-RIには絶対に勝てないんだから! ――そう!」


 ユウリは木の葉の一枚を抜き取り、自らの頭頂部にこれを乗せる。


「――今から始まるのはクイズ番組! YU-RIが今までに取り込んだ四百万の神々から出題される妖怪問答! もちろん間違えたら即☆死! じゃあいくよ~~!! ――什麼生(そもさん)!!」


 どろんと音がして、ユウリの身体が白い煙に包まれる。

 そして煙が晴れた時、そこには顔の半分を覆い隠すほど巨大な笠をかぶった、一人の修行僧の姿があった。

 なるほど、変化……か。


 修行僧はにたりと口元を歪めて、言った。


「汝に問う、両足八足、横行自在にして……」


「――蟹也」


 でも、途中で遮った。


「えっ?」


 修行僧が間の抜けた声をあげ、その直後、どろんと白い煙が立ち、ユウリは本来の姿に戻ってしまう。

 彼女は状況が理解できていないらしく、目を白黒させながら、腰を抜かしていた。


「……えっ? なんで? どうして?」


「なんだよ正解だろ? 早押しは駄目なんて説明なかったよな? それとも説破(せっぱ)って言った方が良かったか?」


「えっ? えっ?」


 いやなんで出題者が一番困惑してるんだよ。


「大家さん、今、一体何が起きて……?」


 シェスカが恐る恐る尋ねてくる。

 ああシェスカは勉強熱心だなぁ、可愛いなぁ。

 よし、教えてやろう。


「シェスカちゃん、今の問題は“蟹坊主の問い”って言ってな、答えられないと殴り殺される、そういう問いだったんだ」


「かに、ぼうず……?」


「そ、出題は“両足八足、横行自在にして眼、天を差す時如何”――要するに足が八本あって横歩きもできちゃう、空を見つめる目を持った生き物なーんだ? ってことで答えは“蟹也”、要するに坊主の正体は化け蟹なのさ、勉強になった?」


「は、はあ……」


 ああ、俺があのシェスカちゃんに何かを教えられる日がくるなんて。

 当時はこんな知識がなんの役に立つんだと内心思っていたが――ありがとう前大家さん。

 あなたのスパルタ勉強会のおかげで年長者の威厳が保てたよ。


「な、ななななな、なんでぇ!? なんで異世界の貴方が、YU-RIの世界の妖について知ってるのぉ!?」


「勉強したからだけど?」


「答えに!! なってないんですけど!! もう怒った! 第二問! 什麼生(そもさん)!!」


 ユウリは次の木の葉を頭に乗せて、再びどろんと妖怪変化。

 今度は袈裟を羽織り、やたらと首の長い大男に。

 いや、大男どころではない。

 不思議なことに、ヤツは見上げれば見上げるほどに巨大になっていくのだ。


「な、なんですか、これは……!?」


 シェスカがこの異形の全貌を見極めようと両目を見開き、上を見上げていく。

 俺はすかさず彼女の目を覆った。


「シェスカちゃんアレは見上げちゃ駄目だ、――説破、“見越した”……いや“見抜いた”か?」


 どろんと白煙があがり、大男が姿を消す。

 残ったのは、やはり呆然とするユウリ。


「み、見越し入道の対処法まで……!? そ、什麼生(そもさん)!」


 どろん、今度は薄っぺらい布に変化するユウリ。

 この布は宙を舞い、すさまじい速さで俺の顔面、そして首に巻き付く。

 ふむ、息苦しい。


「お、大家さん!? 待っててください! 今助けます! ケル ア……」


 シェスカちゃんが魔法の詠唱を開始したが、俺はそれを手で制した。

 シェスカちゃんの気遣いは嬉しいけど、多分魔法攻撃は効かない。

 正解は、こう。

 俺は懐にしまっておいた園芸用のハサミを取り出して、そして――


「ぎゃーーーっ!!?」


 ビリィッ! という音とともに凄まじい悲鳴がして、一反木綿が裂けた。

 どろんと白煙が立ち、そこに現れたのは衣服がビリビリに裂け――痴女同然の格好を晒したユウリ。

 俺は再びシェスカの目を覆った。

 シェスカに変なものを見せるわけにはいけない。


「じ、時代を二百年は先取りしたYU-RIの最先端ファッションがぁっ!!?」


「使わなくなった服は雑巾にするといいぞ」


 ぶっ、と何かのキレかける音が聞こえた。

 ユウリは肩をわなわなと震わせ、怒りを押し殺しているご様子。

 俺はただ純粋な善意からアドバイスをしただけなのに……


「ゆ……YU-RI……こんなにコケにされたの初めてだよ……!!」


「……優しい大人に囲まれて育ったんだな……」


 と生暖かい視線。

 ぶぢんっ! と完全にユウリのキレる音が聞こえた。


「もう……もういいっ!! クイズもおしまい!! あなただけは確実に殺してあげる!! ――さあYU-RIの目を見て!」


「はぁ……」


 渋々、彼女と目を合わせる。

 これで満足してくれなかったらもう知らんからな、俺。


「さあ見せてあげる! 四百万の神々を殺したドッペルゲンガーの力! 大家さんにさえ、なり替わってあげる!」


「――大家さん!!」


 シェスカが叫ぶ。

 それと同時に、どろりとユウリの表面が溶け、別の形を成し始めた。

 肉体が再構成され、徐々に一人の男性の形を成していく。

 それは、俺だ。

 もう一人の俺が、眼前に現れようとしている。


 だが、残念なことに俺はこの問題の答えも知っている。

 ユウリが完全に俺のドッペルゲンガーへと変貌してしまう前に、俺は足元に落ちた木の葉を一枚拾い上げ、そしてそれを自らの頭に乗せ、一言。


「どろん」


「はっ?」


 俺の姿をしたユウリが、俺の口でなんとも間の抜けた声をあげた。

 ユウリはすでに俺のドッペルゲンガーを完成させた。

 これを直視していれば、俺はたちまち殺されて、彼女になり替わられていたことだろう。


 でも、一足遅かったな。

 俺はもう、すでに俺じゃないものに変化している。


 視界に収まりきらないほど巨大な漆黒の身体に、二枚の翼。

 丸太のような四本の足で自重を支え、眼は爛爛と輝き、牙と爪は鋭利極まる。

 それは昼間、俺が“掃除”した不快害虫――パンデアの姿だ。


 俺は喉をころころと鳴らして、彼女に問いかけた。


什麼生(そもさん)、これなーんだ』


 茫然自失としてこちらを見上げる、俺の姿をしたユウリ。

 彼女は、震える声でその問いに答えた。


「じゃ……邪竜です……」


『違います』


 正解は“でかめの蛾”でした。

 俺は前足の一本で、さながら虫けらでも潰すようにユウリを踏みつけた。


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