第1話「公務員になりたかった」
最初のスッキリポイントは第6話です
英雄になどなりたくない、公務員になりたかった。
とりわけ頭脳労働、デスクワークが良い。
今なら冒険者ギルドの経理などが狙い目である。
年功序列、定時退社、完全週休二日制……
ああ、なんと甘美な響きだろうか。
間違ってもモンスターや他の冒険者たち相手にドンパチを繰り広げたりすることはない。
安定しない給金に一喜一憂することも、まして理不尽な残業にプライベート・タイムを搾取されることも。
もちろん書類上にのみ存在する架空の休日に踊らされる心配もない。
翻って親父のことを思い出す。
親父は村で一番強かった。
ついた等級は最下等級の空白級より一つ上の語り草級。
あんな片田舎では、空白級でないというだけでも重宝される。
しかし、それゆえ冗談みたいに働かされた。
隣村にオウルベアが出たとなれば、仕事仲間と飛んでゆき。
裏山でゴブリンが目撃されたとなれば、日も暮れるまで山狩りだ。
むろん定時なんてものは存在しない。
何日も泊りがけで家を空けることだってそう珍しくはなく。
加えて、大変でキツイ仕事にも拘わらず収入は不定期ときてる。
俺は幼心に思った。
親父は確かに腕っぷしは強いのかもしれないが、救いようのない馬鹿である、と。
称えられているのではない。持ち上げられていいように使われているだけだ。
せっかく誰もが羨む力を手に入れたのに、誰よりも不幸になっては本末転倒である。
だから俺は決めたのだ。
なにがなんでも、公務員になると。
年功序列に定時退社、完全週休二日制。
仕事に身を捧げる?
冗談はよしてくれ、仕事は仕事、俺の身体は俺のものだ。
仕事はほどほどに、休日は趣味の料理とガーデニングを楽しみつつ、季節の花を眺めながら、自家製のハーブティーでもたしなむような日常。
それが俺の望むスローライフだ、
そのためにも、俺が目指すべき等級は奇しくも親父と同じ――
「――語り草級ゥ? 貴方、ちょっと意識が低すぎませんこと?」
彼女は俺の話を聞き終えるなり、なんだか侮蔑するように言った。
彼女の名前はミレイア・クリュオール、というらしい。
端正な顔立ちに白い肌、そして丁寧に編み込んで後ろにまとめられた金髪。
傍らには美術品と見紛う程に美しい白銀の槍と白銀の盾が。
十中八九、いいとこ出のお嬢様だろう。
「仮にも今後の就活を左右する大事な試験ですのよ、イマイチパッとしない庶民の貴方でも、御伽噺級ぐらいの夢は持っても罰は当たらないと思いますけど」
そう言って彼女はこちらを嘲笑ってくる。
言い忘れたが、ここはベルンハルト勇者大学等級認定試験控え室。
俺が一人椅子に座って深呼吸をしながら試験前の緊張をほぐしていると、突然彼女が話しかけてきたのだ。
「あら、見ない顔ですわね、ここで一緒になったのも何かの縁、一つ試験に向けての意気込みを聞かせてくれないかしら」
それで言う通り話した結果がさっきの反応である。
どうやら彼女、腕に相当な自信があるようで見事に浮き足立っている。
きっと俺がなんと答えようが「オホホホ」と笑いながらイヤミの一つや二つ言うつもりだったのだろう。
大事な試験の前に、面倒なのに絡まれてしまったな……
俺はがっくりとうなだれる。
「私はもちろん伝説級を目指しますわ! せっかくこのベルンハルト勇者大学に入学できたのですもの!」
「……それはすごいな」
もちろん、本心ではない。
もしも何かの間違いで伝説級になんてなってみろ、語り草級なんかとは比べ物にもならないほどの激務だ。
やれドラゴンを討伐してこいだの、やれミスリルを採取してこいだの。
ああ、考えただけでも恐ろしい……
「私はこの日のために努力しましたの! 伝説級の冒険者パーティへ一時的に加入させていただきましたし、グランテシアの外に出て恵まれない子供たちを救う貴重な体験もさせていただきました!」
「……子供たちを救った? 具体的には?」
「一流パティシエに作らせた絶品スイーツをプレゼントいたしましたわ!」
……なんかドストレートに間違った救い方をしてないか?
「とにかく、これで私に足りないのは等級のみ! ここで良い等級さえ手に入れれば私の就活は安泰ですの!」
そう言って、ミレイアは目をキラキラさせる。
それは自分が良い等級を手に入れると信じて疑わない目だ。
「――次、ミレイア・クリュオール、オルゴ・ノクテル、入場してください」
部屋の外から試験官の声が聞こえる。
……いよいよか。
「あら、そういえば尋ね忘れていました、あなたオルゴと言うんですか、ふふっ、いかにも田舎っぽい名前ですわね、まぁ精々良い等級が手に入れられますよう願っております」
「お気遣いどうも」
相手にするのも面倒なので適当にあしらった。
さあ、いよいよ待ちに待った等級認定試験だ。
焦ることはない、俺はこの大学へ入学してからの二年間、あれだけ努力したじゃないか――
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俺とミレイアが試験官に導かれるがまま進んでいくと、大学敷地内にあるだだっ広い野原に案内された。
そこには数人の試験官が控えており、野原のど真ん中には小さな箱のようなものがぽつんと一つ。
話に聞いていた通りだ。
「では、これより等級認定試験を開始いたします! ミレイア・クリュオール、前へ!」
「では、お先に失礼いたします、くれぐれも私の後で萎縮することのないよう」
そう言い残して、彼女はゆっくりと前へ歩み出る。
「準備はよろしいですか?」
「もちろんです」
「では“羊”を解放します!」
試験官が高らかに言って、それと同時に魔力で編まれた箱がぱたぱたと展開されていく。
すると箱の中から、鎖につながれた一匹の羊が現れた。
金色の羊毛が全身を泡のように包み込んでいる。
あれは御伽噺級モンスター“笛吹き羊”だ。
「私の実力を見せてあげますの!」
ミレイアが白銀の槍を構え、笛吹き羊を威嚇する。
これが合図となった。
笛吹き羊の全身を包む金色の羊毛が、ざわりと波打つ。
そして――
『ギモオオオオオオオオオオ!!』
笛吹き羊が啼いた。
大地を揺らすような低い咆哮。
空気の震えがこちらにまで伝わってくる。
ここで笛吹き羊を啼かせられないようでは問答無用に空白級の等級が与えられるのだが、さすがあれだけ自身満々なだけあり、ここは難なくクリアしてきた。
しかし、問題はここからだ。
「――来ます!」
試験官の一人が向こうの山を指して叫ぶ。
見ると、轟音とともに次々と山の木々が薙ぎ倒されていくではないか。
ソレは凄まじいスピードで山を下ってきて、そして――現れる。
全身を紅色に染めた、小山のような猪が。
「出ました! 御伽噺級モンスター! 猪王ゴア・ボアです!」
「ふん、私の実力をもってすれば伝説級モンスターぐらいは呼べると思いましたのに……まぁいいですわ」
ゴア・ボアは前足で地面を削り、ぶるると低い唸りをあげる。
俺は初めて見たが、なるほどなかなかでかい猪だ。
――この国では皆が、成人すると同時に等級認定試験を受ける。
与えられる等級は全部で五種類。
下から順に
空白級
語り草級
御伽噺級
伝説級
神話級
となる。
等級は今後の就職活動において大きな意味を持つ。
そしてこれを認定する試験の形態は様々だが、今回採用されたのは“羊”の試験らしい。
御伽噺級モンスター、笛吹き羊。
戦闘能力自体は通常の羊とほとんど変わらないのだが、あのモンスターには特殊な能力がある。
それは天敵に遭遇した際、他のモンスターの鳴き声を真似て、モンスターを呼び寄せる、というものである。
それも相手の実力に応じたモンスターを呼び寄せるのだ。
今回の試験はそんな笛吹き羊の習性を利用したもの。
つまり笛吹き羊は、ミレイアを御伽噺級モンスターをぶつけるに値する脅威と判断した、というわけだ。
しかし……疑問を感じずにはいられない。
あんなでかいだけの猪が、御伽噺級モンスターだって――?
「いきますわ!」
俺の感じている疑問など露知らず、ミレイアが走り出す。
ゴア・ボアもまた「ギモオオオオオ」と雄たけびをあげて、ミレイアを迎え撃った。
湾曲した牙が振るわれる。
ミレイアはこれを盾でいなし、槍で突く。
ゴア・ボアが怒りのままに前足を振り下ろすが、ミレイアは軽々とこれをかわし、槍の先端から火球を放つ。
更にゴア・ボアが怯んだところへ氷魔法。
あっという間に足元を凍り付かせて、バランスを崩したゴア・ボアはあえなく地面に沈んだ。
試験官たちから「おおお!」と声が上がる。
「これはすごい! 見事な体捌きだ!」
「この歳で多重詠唱を使いこなすとは! これなら十分に御伽噺級パーティのリーダーも務められる!」
「うふふ! 私を褒めたたえる言葉ならいくらでも受け取りますわ! さあ、これで最後です!」
送られる賛辞に気を良くしたミレイアが、槍を高く掲げる。
すると槍の周囲に螺旋を描くように出現する赤と青の魔法の奔流。
ミレイアはこれを、すかさずゴア・ボアの脇腹に突き立てた。
研ぎ澄まされた槍での一撃と、二種の魔法の合わせ業。
ゴア・ボアは最後に「ぶぎいっ」と鳴いて、そのまま動かなくなる。
――勝敗は決した。
「そこまで! ミレイア・クリュオール! 判定は文句なしの伝説級だ!」
「当然ですの!」
試験官の一人が叫び、ミレイアは鼻高々に胸を張る。
試験官たちが拍手で彼女を称える中――俺は一人愕然としていた。
え? 伝説級? あれが?
あんな蠅の止まるような動きが、伝説級だって?
「ふふん、どうですのオルゴさん? 見とれてしまったのではなくて?」
「え、あ、まあうん……」
「でしょうね! うふふふ! まぁ貴方も頑張ってくださいまし!」
「――次! オルゴ・ノクテル! 前へ!」
試験官に名前を呼ばれて、ようやく我に返る。
……はっ、いけないいけない、大事な試験の前になにを呆けているのだ。
そうだ、他人の結果なんて、関係ないじゃないか。
なんのために“師匠”の下で今まで努力してきたと思っている?
公務員になって、理想のスローライフを手に入れるため。
俺は俺のベストを尽くして語り草級の等級を勝ち取るだけだ!
ぱんぱんと二度頬を張り、前へ歩み出る。
笛吹き羊が、こちらの存在に気付いた。
ヤツが鳴きさえすれば、その時点で語り草級は確定。
頼む、鳴いてくれ――
俺はすがるように臨戦態勢に入る。
するとその瞬間。
笛吹き羊の金色の羊毛が、まるで針金のごとくびいいん、と逆立った。
「はっ?」
その声は、一体誰の発したものか。
それが分かるよりも早く、笛吹き羊が鳴く――
『みぎっ』
小さな、本当に小さな、呟くような鳴き声だった。
それを最後に、笛吹き羊はこてんと横たわり、そして全身を包み込む金色の羊毛が一本残らず抜け落ちる。
かくして丸裸になった笛吹き羊は、そのままぴくりともしなくなった。
もちろん、モンスターは現れない。
誰もが言葉を失っていた。
俺も、ミレイアも、試験官たちでさえ。
しかしそこは熟練の試験官だ。
やがて我に返ったうち一人が、おそるおそる笛吹き羊に歩み寄り、そして一言。
「し、死んでる……」
――どういうわけか笛吹き羊は息を引き取っていた。
こともあろうに、このタイミングで。
そして試験官が叫ぶ。
「えーと……規則にのっとり、笛吹き羊を鳴かせられなかったオルゴ・ノクテルの等級は――空白級!!」
「嘘だあああああああああああああ!!!」
笛吹き羊の代わりに俺の絶叫が世界中に響き渡る。
俺が求める理想の公務員ライフは、たった今、音を立てて崩れ去った。
どうして、どうしてこうなった……
さて、事の発端は二年前に遡る――
新作開始いたしました!
楽しいお話にできるよう努力いたしますので、是非ともお付き合いください。
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