景色
少し温かさを感じる光に包まれ、一歩踏み出した先で空気が変わった。
ラド村からデルミッドの発動したゲートを通って出たその場所は、どこかの山中だった。
アスファルト舗装の道路が左右へと続き、目の前はガードレール。その先は崖になっていて、木立が見下ろせた。なかなかの高所にいるらしい。
日差しが強く照り付け、騒々しくセミが鳴いている……。
「ここは、国のどの辺りだ?」
先導していたアロハシャツ姿のデルミッドに尋ねた。
急カーブ注意の標識があるので、まずここが日本であることは間違いないはずだが……。
「この世界の地理はあまり詳しくないので正確なことは言えないが、ひとまずこの道を進めば町に出る」
デルミッドは下り側の道を示す。
賢族にとって日本は異世界であり、よく知らないのも仕方のない話か。
「よし、じゃあこの山を下りよう」
俺の後に続いてやってきた茜にも伝え、3人で歩き始めた。
飛べば町まであっという間だろうが、世間を騒がせるつもりはないので、こちらでは終始人間として振舞うつもりだ。
案内役としてデルミッドが先頭を行き、少し離れて俺と茜が並ぶ。
「……で、どうだ? 10年ぶりの日本は」
早々に戻ってきた俺からすれば、帰ってきたという喜びはあっても懐かしいという感情までは湧かない。
だが茜にとっては、10歳で去らねばならなかった世界への帰還である。
「うーん、まだ実感がないというか、変な感じ」
現実を噛み締め、過去を思い出すように、辺りを見回しながら歩く茜。
俺も茜もツノを魔法で透明にして、服装も日本のファッションに合わせている。
不用意にウロコや翼を出さない限り、人間でないことには誰も気付かないだろう。
「でもまあ、帰ってきたんだよね、私たち。すっかり別人になっちゃったけど」
「ああ。言葉通り、別人になったけどな」
冗談を言って笑い合う。緊張感はないでもないが、今は期待と高揚が強い。
器は変わったが、魂がこうして戻ってきたのだ。
それは、帰省であることに間違いはない。
ひたすら、ゆるやかな下り坂の道路を歩き続ける。
木々が陽光を遮ることによって日陰が多いとはいえ、猛暑の中を歩くのは大変のはずだった。
だが人間ではなく竜族の身体である俺と茜は、何ら厚さを我慢する必要もなく平気だった。竜族は、暑さに強いようだ。
デルミッドも身体を冷やす魔法か何かを使ったのか、ずっと涼しそうな顔をしている。
どちらも人間には不可能な、夏の乗り切り方だった。
車の通行が一切ないな……と思っているところに、ようやく一台のミニバンが俺たちを追い越していった。ナンバープレートを見て、やはりここが日本だと確信する。
「気を付けろ、ああいったモノがこの世界の人里では無数に行き交っている」
振り返って忠告してきたデルミッド。
親切に、俺たちが何も知らないと思い教えてくれている。
確かに知らなければ、大きな鉄の塊が走り回る状況にうろたえてしまうだろう。交通ルールなど誰も教えてくれず、接触事故は容易に起こしてしまうかもしれない。
ただそれは、知らなければという話。
やはり黙ったままというのも、気分が良くない。
俺は意を決し、打ち明けることにした。
「知っている。実は、俺とアリルは、この世界で生きてきた人間なんだ」
デルミッドは足を止め、疑うような目を俺に向けた。驚くよりも前に、信じられないといった気持ちが勝るようだ。
「……嘘を吐いている、というわけでもなさそうだな」
「冗談を言い合うような仲でもないだろう?」
「……リムド様がずっと眠っていたのは、魂がこちらの世界で過ごしていたからなんです。そして私も、竜族である前に人間としてこの世界に生きてきました」
俺と茜も立ち止まり、デルミッドを見た。
一瞬の静寂が訪れ、セミの声が一層大きくなったと錯覚する。どこか遠い空で飛行機の音もした。
「別に、信じてもらわなくてもいい。ただ言っておきたいから、言っただけだ。さあ行こう」
ただきっと、町に出て俺や茜が人間社会のルールに則った行動をそつなくこなすことで、デルミッドも信じることになるだろう。例えば交通のルールであったり、電車の乗り方でもやって見せれば俺たちが初めてこの世界に来たのではないことを分かってくれるはずだ。
そのタイミングで打ち明けた方が信憑性も増したが、何となく早めに言っておきたかった。
隠していたと思われるのは、よくないと考えたからだ。
そうして歩き続け、大きく曲がる道を抜け視界が開けると、ついに町が見えた。
まだ山の中だが、目視できれば町はすぐそこに感じる。
おおー、と示し合わせていないのに茜と声が揃った。
デルミッドは見慣れているからか、特に感想はないようだ。
背の低い街並みの中に、見知った家電量販店の看板を見つけた。よく行った牛丼チェーン店も見つかる。
知らない町だったが、知らない国ではない。
すぐに辿り着ける。
俺と茜が生きたあの町に。




