都に降り立つ黒竜
王都パルシトンは石造りを基本とした街並みであったが、アルゴーシュが異世界からの技術を持ち帰った結果、各地に風変わりな建造物が見られるようになった。
代表するところとしては、計八か所にそびえる白銀の塔だ。それはエーテル・タワーと似た造りだが、こちらには赤い光路が縦横に走っている。近未来的なその姿は、この世界にはありえないオーバーテクノロジーを感じさせる代物であった。
その都の夜に、黒い竜が迫る。
侵略者を近付けまいと張り巡らされたエーテル・タワーが形成する檻。
黒竜リムドは進路上のタワーを口から放つ光線によって撃ち抜き、無力化させながら進む。塔をいくら並べてもリムドのエーテルを少しばかり消耗させる程度であり、足止めという役にはまるで立たなかった。パルシトンを囲む高い壁も、空を飛ぶ竜には意味をなさず。
ついにリムドは、都への侵入を果たした。
直後、空中にいたリムドは全身が酷く重くなったように感じた。
上から強く押さえつけられるような、あるいは下へと強く引っ張られるような感覚。
白銀の塔を巡る赤色が、より一層輝きを増す。
重さは錯覚ではない。竜を地に墜とそうと働く、都の空に作用する重力魔法だった。
リムドはその見えない力にあえて抵抗せず、そのまま地上に降り立つ。その巨体により、着地と同時に大地が大きく揺れた。下にあった家屋や街路樹は、耐えることなく踏み潰される。
地上に降りれば重力の影響は減り、直立することは難しくなかった。並ぶ建物も高いもので腰までといった程度で、侵攻における障害物としては大した邪魔でもない。
ひとまず、この魔法を発動・維持している装置の破壊を考えるリムドは、迷わず赤く光る塔を見据える。
「落ちたぞ! 撃て撃てえええ!」
雄たけびを上げながら、リムドの周囲で待ち伏せをしていた賢族たちが一斉に魔法を放った。
地上から、家の中から、そして屋根の上から。黒竜に、四方八方から光弾が集中する。
断続的に撃ち込まれる魔法の嵐の中で、リムドは苦しむ素振りも見せず反撃に転じた。
どこまでも大きな翼を、前方に風を与えるように強く動かす。生まれた暴風は、都の一部を食らうように駆け抜けた。
風にさらわれ、次々に賢族たちが悲鳴ごと都の奥へと消える。街路樹は折れんばかりに曲がり、やがて根を剥がされ空を舞った。エーテルで動く車も、ふわりと浮きながら車輪を回した。
リムドに対する集中砲火、そのうち前方広範囲からの攻撃が止んだ。砲手が皆どこかへ吹き飛んでしまったからだ。
「ひ、怯むなーっ! エーテルの限り撃ち込めえーっ!」
黒竜の足元で蠢く小さな人々は、懸命に魔法を放ち続ける。
「……ホントに効いてんのかよ、これ!」
視界一杯に広がる巨大な竜の足に向け、徐々に息切れを感じながら男が叫んだ。
男は、山に石を投げ込んでいるような気になる。投石により山を崩すことを目指しているような、そんな途方もない感覚だった。
せめて竜が苦し気な声を上げるか、ウロコの一枚でも剥がれ落ちれば削ったという実感が湧くだろうが、その様子は未だにない。焦りと無力感ばかりが賢族たちの心に広がっていった。
リムドは、その大きく長い尻尾で後方を薙ぎ払った。後ろから撃ってくる敵の位置を把握してはいなかったが、ありとあらゆる物を砕いて払った後、攻撃の密度が薄まったことを背中に感じる。
そして、左前方に見える塔へ狙いを定めた。
人の感覚でいえば遠いが、竜の感覚では目と鼻の先。
しつこく続く光弾をさらに減らす意味を込めて、首を曲げ左後方から黒い炎を吐き出した。
建物も、そして人も飲み込みながら、エーテル・ブレスを走らせる。射線は移動し、やがて白銀のタワーを捉えた。眩い光と放電現象を起こしながら、黒炎が塔に直撃し二股に分かれる。
少しの間燃やし続け、効かないと判断したリムドは炎を集束させる。遅れて、炎を中から貫く光線が放たれた。
一瞬にして夜が白く照らされ、そして黒炎に耐え続けていた塔はいとも簡単にその中程を撃ち抜かれた。
砕かれた白銀の塔は崩れ落ち、その下にあった家屋や商店を潰した。赤い光は明滅を繰り返したのち、ついに灯らなくなる。
最初に比べれば半減以下となった賢族たちからの攻撃は無視して、リムドは再び飛翔を試みる。
地上を豪風に晒しながら飛び上がったが、すぐに苛烈な重さを受けてその場に降りてしまった。
先程よりは僅かに重力の影響は小さくなったようだが、明確な差というほどではない。無理やり飛べなくもないが、無駄に体力を使うだけだろう。
どうやらひとつ塔を破壊しただけでは魔法そのものは消せないらしい。暗闇に浮かぶ赤光は、見回せば遠近さまざま7つあった。恐らく全部とは言わずとも、半分も壊せば飛行に支障はなくなるだろう。
塔を無視してアルゴーシュがいると思われる宮殿とやらを目指してもいいが、飛行という利点を封じた状態で戦うリスクは避けたい。それにこの状況の中、大人しく宮殿で待っているとも考えにくかった。
そう考えたリムドは、ひとまず直近の塔に向け侵攻を再開した。エーテル切れを起こしたのか、はたまた諦めたのか、地上からはもう光弾は飛んでこなくなっていた。
パルシトンの宮殿、その地下の一室にアルゴーシュはいた。
その広々とした部屋は、彼が異世界から持ち帰った品をコレクションしている場所である。そこには陶器や刀、書物や絹織物といったものから、電源の入っていないパソコンなどの電気を必要とする製品も数多くある。
他には幾何学模様の球体やスティック状のアイテムといった用途不明なもの。どこの世界の芸術家が作ったのか、見たこともないようなオブジェの数々。果てには宇宙生物を想起させる謎のクリーチャーのはく製までもある。
とにもかくにも、ありとあらゆる世界の品々がこの部屋に集まっていた。
「アルゴーシュ様ーっ!」
どたばたと慌ただしく階段を駆け下りた賢族の男が、その勢いのまま扉を開いてアルゴーシュのもとへとやってくる。
「なんじゃ騒々しい!」
苛立たしげに応じるアルゴーシュに男は怯んだが、それでも焦った様子で伝える。
「黒竜リムドがこのパルシトンを侵攻中です! すでハイエーテル・タワーが一基破壊されてしまいました!」
「そんなもの、とうに知っとるわ!」
頭に血が上っているアルゴーシュは怒鳴るように吐き捨てる。この部屋には異世界から持ち込んだホログラムの装置があり、それによって地上の様子をモニタリングすることができるのだ。そのため、リムドが暴れている様子はしっかりと見ていた。
「どうしますか。我々も攻撃を加えておりますが、目立ったダメージを与えられておらず……」
「攻撃を続けるなり逃げるなり、好きにせい! 元々貴様らには何も期待しとらん!」
「なっ……!」
その言われように男は怒りがこみ上げたが、事実であることも分かって言葉を飲み込む。
四賢者はまだしも、下っ端の連中はアルゴーシュの功績に乗っただけ。過激派と称して、魔法の修練も積まず常日頃から不満を垂れていただけの人間ばかりだ。そんな者が束になったところで、竜に太刀打ちできるはずがなかった。
アルゴーシュはもう会話を続ける気はないようで、男を無視して床に置いたリング状の装置の中に立った。するとその銀色の装置が何の支えもなく宙に浮かび、アルゴーシュの腰の辺りに留まる。
「アルゴーシュ様、それは一体……?」
それを初めてみる男は、思わずアルゴーシュに訊いた。そもそもこの地下室自体、基本的に立ち入りは許可されていなかった。
「これも異世界の技術。我々よりも遥かに進んだ文明の力よ」
リング状の装置には八か所のくぼみがあり、アルゴーシュはゆっくりと回転するリングのくぼみにそれぞれ銀色の球体をセットしていく。
そのくぼみの上に浮かぶ球体は、四賢者が使用していた瞬間移動装置と同じものだった。セットされた八個の球体は、それぞれが違う魔法を発動するもののようだ。
「いくら優れた竜であろうと、文明の力の前には無力よ」
浮かぶ球体のひとつが回った瞬間、アルゴーシュの姿が消えた。球体のスイッチを押すことなく、内蔵された瞬間移動の魔法が発動したようだ。
取り残された男はしばらく立ち尽くした後、戦いに行っても殺されるだけだと考え、興味のおもむくままに部屋の物色を始めた。




