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戦う女たち

「これから地上に降りて仲間の捜索をする。だがな、奴らはどんな手を使ってくるかわからねえ。四賢者がいるとしたら、屋内に入ったオレたちを建物ごと神の裁きでぶっ殺そうとしてくる可能性だってある。だから常に警戒を怠るな。最低でも4人以上で行動し、建物の中に入る時は外に見張りをつけろ」


「はい!」


 ヴァルゴの指示で、それぞれ武器を手にした討伐隊は半竜の姿でクルトスの町に降下した。

 誰一人としてこの町に訪れた者がいない以上、手分けしてしらみ潰しに捜すしかない。


 相変わらず町全体は、眠っているように静かだった。 


 アリルとチーカ、3人の男が周囲に警戒しつつ町を進む。土を踏む足音だけが響く中で、屋内の僅かな物音も聞き逃すまいと聴覚を鋭敏に保つ。


 待ってましたとばかりに、相手が動いた。


 突然正面にある明りの点いていない酒場の扉が開き、中から押し出されたように現れた男が目の前で転倒した。手足を縄で縛られ、口も声が出せないように猿ぐつわがされていた。頭にツノがあることから、竜族であることは間違いない。奴隷の証か、首輪らしきものも見える。


「んーっ! んんーっ!」


 拘束された竜族の男は、アリルたちの方を見て必死に声を上げる。


 明確な罠だ、とアリルは感じた。

 近づいたところを魔法で狙い撃たれる可能性が高い。


「私が行きます。皆さんは屋内を警戒して、必要に応じて援護をしてください」


 はい、と声を揃える部下たちは、手にした武器を一層強く握る。

 竜化していない竜族は炎を吐けず、遠距離攻撃の手段に乏しい。そのため部下たちは仲間の救出で手の塞がったアリルに魔法が飛んだ場合、その身を盾にして突っ込むつもりであった。


 危険を承知で飛び込むアリル。全身をバネのようにして、羽ばたきとともに瞬間で最高速度に到達する。一度の跳躍で男のもとに着地。素早く抱き上げ、即座にその場から離脱すべく上へと飛んだ。


 魔法が飛んでくる気配はない。

 しかし警戒しながら、酒場上空でアリルは男の猿ぐつわを取り払った。その瞬間、必死に上げ続けていた男の声が意味をなした。


「俺から逃げてくれ!」


 叫ぶ男の体内から紫色の魔法陣が瞬く間に広がり、その拡大が止まるとそこから球状へと展開される。

 咄嗟に距離を取ろうとしたアリルは、その球体に閉じ込められてしまった。やむを得ず翼で身体を覆い、防御の姿勢を取る。


 次の瞬間、男の身体が大爆発を起こした。その衝撃に紫色の球体は砕け、破片が四方に飛び散る。

 酒場の前に、局地的な血の雨が降った。

 

「副隊長っ!」


 上に目を取られた討伐隊に、酒場の中から一斉に姿を見せた賢族たちが魔法による光弾をいくつも飛ばしてきた。直撃した男の全身に電撃が走り、そして軽々と吹き飛ばされる。


「ワハハハハ! 死ね死ねええ!」


 空に退避した他の竜族を追うように酒場から出てきた賢族の男は、右手に展開した魔法陣から次々と光弾を撃ち出し逃げる竜族を狙う。


 副隊長と呼ばれていた女は、死んだものだと勝手に思い込んでいるようだ。


 勢いよく落下したアリルの槍が、男の脳天を貫き腹から飛び出した。

 断末魔の叫びを出そうにも出ず、悪意に満ちていた男の目が虚ろに濁って死を受け入れる。

 着地したアリルは片手で男ごと槍を持ち上げると、斜めに振り抜いて刺さっていた肉塊を飛ばす。そうして賢族を見つめる目は、静かな怒りに燃えていた。

 

「可愛らしい顔して、随分とえげつない殺し方をするのね」


 くすくすと笑い、酒場の奥から現れたのは四賢者のミンザ。

 その口調はアリルを非難するというよりも、褒めているようであった。


 アリルは爆発を自身の翼で防いだことで生き延びたが、その白い翼は赤黒い血にまみれていた。それは魔法によって飛び散った男の返り血であり、激しく負傷したことで流れた己の血液でもある。


「人を爆薬代わりにする、あなたよりはマシだと思いますけど」


 言い終えた直後、アリルがミンザへと跳ぶ。

 構えた槍の先端は、真っ直ぐに喉元を狙った。

 しかしミンザは姿を消し、槍は虚空を貫く。他の四賢者同様、彼女も瞬間移動を可能とする魔法装置を用いた。

 

 アリルに、次々と光弾が襲う。暗い酒場の中でその軌道は大いに目立った。

 故に回避は容易で、外れた光弾はテーブルやカウンターを破壊していく。


 窓を割って外に飛び出したアリル。

 しかし目の前にはミンザが待ち伏せるかのように立っており、長杖の先にある結晶が輝きを放つとともに人の手の形をした紫色の魔法が襲い掛かった。

 アリルは瞬時に、翼を使って空中でステップするかのように身体を左にずらし攻撃をかわす。

 直進する魔法の手。その先にはアリルを追って窓から顔を出した賢族の女がいた。

 伏せる時間の猶予もなく、紫の手は女の顔を捉える。


「いやあああああ!」


 なんとか手をはぎ取ろうともがく女だが、紫の手は蠢いて女の口から中へと潜り込んでいった。


「……一体、何を」


 一度空に退避したアリルは、息を呑んで女の様子を観察する。


「あ、ああ! ミンザ様! は、早く! 早く解除できませんか、ミンザ様あ!」


 ただただ叫ぶその様子は、苦しんでいるようには見えない。だが、その慌てぶりは尋常ではなかった。


「無理よ。だって命を奪う魔法だもの」


 魔法を放った張本人であるミンザは、涼しい顔をして言い放つ。


「ああ! いやあ! そんな、そんなあ! どうすれば、どうすればあ!」


 平静さを完全に欠いた女。窓を乗り越えミンザに縋り付く。

 目に涙を浮かべ金切り声を上げ続ける姿は、生存本能に理性が塗り潰されているようであった。


「私も残念よ。男なら別にどうなったって構わないけど、あなたは少し気に入ってたから残念だわ」


 ミンザは女の頬を優しく撫で、微笑みかける。

 体内から魔法陣が広がりミンザは球体に包まれるが、瞬間移動によって難なく脱出した。


 取り残された女は、絶叫しながら爆ぜる。


 その光景を見届けたアリル、そして合流した部下たちは恐怖におののいた。


「……あのミンザという女とは、私が戦います。皆さんは、他の賢族の相手をお願いします」


「1人で戦う気ですか、副隊長!」


 チーカが言うが、槍を握る手は震えていた。

 あの魔法は、強靭な肉体を持つ竜族でも耐えられない。それは先程拘束されていた男が証明した。


「はい。私1人で戦います」


 眼下の屋上に出現した魔法陣からミンザが現れ、アリルを見上げ妖艶な笑みを浮かべる。

 どうやら向こうも、その他は眼中にないようだ。


 気付けば静かだったクルトスのあちこちから戦闘の音が聞こえていた。

 遠くにも、町の空に向けて光球がいくつも撃ち上がっている。

 やはり町の各地に賢族は潜伏していたようだ。


 酒場の外に出てきた賢族たちが、アリルたちを狙って光弾を放つ。

 それを合図とばかりに、討伐隊は散開した。

 部下たちは再び酒場に逃げ込んだ雑魚の掃討へ。アリルはミンザへと飛ぶ。

 

「はあああっ!」


 アリルは猛烈な速度で突進し、すれ違うようにミンザの立つ位置を薙ぎ払う。しかしミンザが姿を消したことで空振りとなった。

 再び高度を上げたアリルは潜るように建物の間へと飛び込み、隠れてミンザの再出現を窺う。

 リムドがヴェスティンを倒した時のように、こちらの姿を見失わせて不意打ちを狙うつもりだ。


 別の建物の屋上に出てきたミンザは、アリルの姿が見えないことを確認すると長杖を掲げ、紫の結晶を輝かせる。そして弧を描くように左から右へと長杖を振ると、4つの小さな魔法陣が展開しそこから先程見た紫の手がそれぞれ1本ずつ垂れてきた。


「ああ……愛しい我が子たち。私を守ってちょうだい」


 女性のように細いその魔法の手を、ミンザは愛おしそうに撫でさする。


 近づけばあの手は反応し、襲ってくるとアリルは考える。

 恐らく本体であるミンザが敵を認識できなくても、あの手は動く。


 相手は外にいる。

 つまり竜化が使える。

 だがブレスでも恐らく避けられてしまう。あの瞬間移動する装置がある限り。


 ならば。


 アリルはミンザの背後に飛び出し、その背中に向けて槍を投げつけた。  

 近付く危険を冒さず、安全に攻撃する手段。


 反応した紫の手が、一斉に槍を掴み止めた。

 穂先はミンザの背中に届かない。

 手が動いたことでミンザも襲撃に気付き、振り返ろうとした。

 

 その時。


 飛び込んだアリルが槍の石突を蹴り、その衝撃で止まった槍を再び押し込んだ。

 結果、穂先がミンザの背中に深々と刺し込まれる。


「――っ!?」


 声にならない悲鳴を上げ、ミンザの顔が痛みに歪む。


 槍を押さえていた紫の手はアリルへと狙いを変え掴みかかる。

 しかし槍をその場に残し後方に飛び退いたアリルに追いつけない。


 追い打ちとばかりに空中で竜化したアリルが、ミンザに向けエーテル・ブレスを放つ。

 屋上を焼き払い、紫の手は燃えて消滅し、槍も炎に包まれる。

 

 ブレスを吐き終え、アリルは反撃を警戒しより高い空へと移動して結果を確認する。

 やはりミンザの焼死体はそこになく、瞬間移動によって逃げられたようだ。


 どこに行ったかと見回すアリルに光弾が命中する。

 咄嗟にその場から飛び去り、続いて飛んできた攻撃はかわした。

 どうやら目立ったので、他の場所で戦う賢族から狙われたようだ。


 竜化した状態で受ける光弾のダメージは大したこともなく、軽傷だった。

 しかし、翼は酷い状態だ。大けがを負った上で酷使したため、痛みが強い。


 アリルは痛みに顔をしかめたが、すぐに戦いに戻った。

 ミンザは見失ってしまったが、ひとまず槍を回収しようと考える。竜族の武器は耐火性に優れているので、槍は多少焼け跡がついた程度で屋上に残っていた。


 竜のままでいても敵に位置を知らせるだけなので竜化を解除し、誰もいない屋上に残る槍を回収する。

 ふと後方から大勢の声がして、アリルは振り向く。

 見れば、大きな建物の出入り口から沢山の人が走って出てきた。それを狙うように、光弾も連続して飛び出してくる。

 逃げる者は誰もがボロ布の、とても服とは呼べないもので身を包んでいる。それは酒場でミンザの犠牲になった竜族と同じ格好であった。間違いなく、この町で強制労働をさせられている竜族や狼族だろう。

 人々が逃げ出した後に、武装した討伐隊が突入していく。


 アリルは加勢したいと思ったが、まずはミンザを討たなければと思い直す。

 そこに、誰かが壁を蹴ってこの屋上に上がってきた。

 方向からして、逃走してきた者だろう。


 息を切らせながら姿を現したのは、アリルとそう年齢の変わらぬ若い女だった。

 ツノはなく、代わりに狼の耳が頭に2つあった。長い奴隷生活によってか、腰まで伸びた灰色の髪は傷んでぼさぼさになっている。


「あ、そこのあんたお願い! この首輪を壊してよ!」


 女は走ってきて、アリルに首輪を見せつける。開いた口の中には鋭い犬歯が見えた。

 アリルは周囲を警戒してから、その首輪を引きちぎるように壊した。その首輪は硬く、青い光が回路のように走る機械的なものであったが、竜族の力にかかれば容易に破壊できた。


「おーすごい、ありがとう! この首輪にエーテルを吸われて力が出せなかったけど、これでアタシも戦える!」


 狼族の女は、自分の拳と拳をぶつける。逃げるというより闘争心をむき出しにしていた。


「挨拶が遅れたね。アタシはロウカ! 狼族のお姫様よ!」


「ええと、私は竜族のアリルです」


 まさか王族だとは思わず、アリルは驚く。

 だがかつて狼族領だった土地は今では賢族領となっていることから、こうして王族も捕らわれているのもありえない話ではない。


「おう、よろしくなアリル! 一緒に賢族、ぶっとばそう!」


 アリルが差し出した手をロウカは握り、力強く上下に振った。

 少し困ったように、アリルは笑う。




 薄暗い屋内に、男の苦しみ悶える声が響く。


「ぎゃあああああ……ああ……!」


 ミンザが、長杖についた刃物で何度も何度も這いつくばった竜族の背中を刺していた。その竜族は鎧を纏った討伐隊であったが、刃の通らない鎧は避けて翼やウロコを執拗に狙い、穴だらけにしている。

 どうやらこの竜族は、逃げ込んだミンザを見つけ襲い掛かったはいいものの返り討ちにあったようだ。


「痛いのは私の方なのよ……! 痛い……すごく痛い……!」


 既に止血されたミンザの背中であったが、流れ出た血によって紫のローブはどす黒く変色していた。


「あの女……! 殺す……! 絶対に殺してやるわ……!」


 呪うようにぶつぶつと呟くミンザの目は血走り、長杖を握る手に一層力を籠める。


「ミンザ様、捕らえていた狼族が逃げてしまいました! 指示を――」


 報告に来た賢族の男。その男の腹を、ミンザは無言のまま長杖の刃で貫く。


「ぐふっ……な、なぜ……?」


「逃げてしまいました? 逃がしてしまいましたの間違いでしょう?」


 男の顔が、みるみる青ざめていく。それは刺されたからといっても、少々異常だった。

 

「かっ……あっ……!」


 ろれつが回っていない。目の焦点も合っていなかった。脂汗がにじみ出て、手足の震えが止まらない。

 その口から、賢族の男は大量の血を吐き出した。


「ねえあなた、人を苦しませて殺すにはどうすればいいと思う?」


 ミンザは、踏みつけている竜族に問う。

 しかしその竜族も、失血と痺れで言葉が出ない。その命も尽きようとしていた。


 言葉は返ってこず、ミンザは溜息をつくとともに再度竜族の男を貫いた。


「答えは簡単。刺して、毒を流し込むのよ」


 静かな屋内には反応する者がおらず、ミンザは静かに刃を引き抜いた。

 そうして戦いに騒ぐ外へ、ゆらりと出ていく。

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