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空の戦い

 クルトスは産業に特化した、そう大きくない労働者の町である。

 元々鉱山の近くに加工場を建造し、そこに様々な施設を増やしていった結果、一つの町として発展した。

 住居は少なく、労働者の多くは周辺の町村からクルトスに通っている。

 夜間の仕事はなく、本来クルトスの夜は静かなものだった。


 しかし今夜は、飛来する竜の軍勢あり。

 この町には四賢者と、その部下たちが集結している。


 町で最も高い屋根の上、四賢者の3人は立つ。


「さあて、楽しみだねえ」


 男が手に持つ長杖を器用に回しながら呟く。

 男の名はヴェスティン。黒のローブに金のアクセサリーをこれでもかと身につけた、派手な青年だ。


「しかしアルゴーシュ様は何を考えておられるのだ。本来最優先で防衛すべきはパルシトンのはず。だというのに、我々にクルトスに向かえとは……」


 赤のローブを身に纏う、巨漢の男デルミッドが溜息とともに憂う。

 魔法を扱う賢族であるが、それに反して彼は巨大な鉄塊の如き斧を背負っていた。


「そんな事、アルゴーシュ様の性格を考えればわかるでしょう? 獲物を他人に譲りはしない好戦的な人。竜の王様に見下されてかなりご立腹だから、必ず自分の手で殺したいのよ」


 紫ローブの妖艶な女性、ミンザが答えた。フードは被らず、長い髪が風に揺れる。

 手にした長杖の先端には紫色の結晶がついており、反対側には鋭利な刃物が煌いていた。


「まあイドールが簡単に殺されちゃったらしいからねえ。お、来た来た」


 遥か西の空で、一筋の光が走った。

 その光に薙ぎ払われ、青い光を放つエーテル・タワーが見えなくなる。


「手筈通り、屋内に奴らをおびき寄せるぞ。外で戦うのはあまりにも不利だ」


 そう言ってデルミッドが屋根から飛び降りた。

 誰一人として出歩く者のいない町を、1人歩き去っていく。

 部下たちは、既に皆建物の中だ。


「あなた、行かないの?」


 デルミッドに続き屋根から降りようとしたミンザが、その場から一歩も動こうとしないヴェスティンへと振り返る。

 くるくると杖を回すのをやめたヴェスティンは、その杖を肩に乗せ不敵な笑みを浮かべる。


「悪いけど俺、最初からデルミッドのオッサンに従うつもりはないんだよねえ。なんでコソコソ隠れなきゃいけないのさ。正面から行って、正々堂々ぶっ殺してくるよお」


「あらそう。そういう考え、嫌いじゃないわ。それでこそ過激派を名乗る賢族ってものよね」


 賛同するミンザであったが、かといってその場には留まらず踵を返す。


「でも賢族を名乗る以上、賢くなくっちゃ。その点においては、あなたは失格よ」

 

 飛び降り、姿が見えなくなったミンザにヴェスティンは舌打ちをする。


「あーあ、どいつもこいつもビビっちゃってさあ」


 左手に魔法装置を握る。

 それは以前、イドールが使用していたものと同じ球体だった。  


「獲物は早い者勝ちなんだよお、アルゴーシュ」


 カチリという音と同時にヴェスティンの足元に黒い魔法陣が展開され、彼の姿は忽然と消失した。





 黒竜リムドを先頭とする竜たちは、その視界にクルトスの町を捉えた。

 距離にして数キロ。遮る塔もなし。

 魔法が飛んでくる気配もない。

 今この瞬間は安全かと、竜たちは緊張の糸を僅かに緩ませた。


 その時。


「ハッハー! こんばんわってねえ!」


 地上数百メートルの空を往くリムドの頭上に突如としてヴェスティンが出現し、その脳天に着地するとともに電撃魔法を纏わせた長杖を突き立てた。接触とともに、激しい閃光と放電を放つ。


「うおお、でっかいねえ! 頭だけで俺の家よりでかいかもねえ!」

 

 リムドは振り払うように暴れ、ヴェスティンは空中に放り出される。強い風に晒されながら、黒竜との距離が開いていく。後方からは、100を超える部下の竜が迫った。

 派手に攻撃したことで襲撃は知れ渡り、向かってくる竜はどれも牙を向き口元に炎が揺らめく。


 ヴェスティンは心底楽しそうに笑った。


「待ってよお、王様あ!」


 左手の装置を起動させる。

 魔法陣出現と同時に姿を消し、再出現した魔法陣は遥か前方。そこから飛び出したヴェスティンはさらに魔法を使用し、飛行するリムドとの距離をみるみる詰めていった。

 ヴェスティンは瞬間移動を繰り返し、空中を進んでいる。

 輝かない黒の魔法陣、そして彼自身の黒いローブが夜の闇に紛れ発見を困難にさせたのだ。金の装飾も、照らす光が弱ければ輝きは弱くなる。


 次々に出現と消滅を繰り返す魔法陣が、黒竜の尾から背中へと進行していく。


「無視かよお、寂しいねえ!」

 

 長杖の先端に電撃を纏う魔法の槍が形成され、空中から黒竜の背中に向け射出した。視界全てが的であり、外しようもなく命中する。


「なあ痛いだろお? 痛いって言えよお! 一発で人が焼け焦げ、昇天する威力だぜえ!?」


 何度も何度も、槍を撃ち込む。

 瞬間移動と槍による攻撃を交互に繰り返しながら、ヴェスティンは再度リムドの頭部を目指した。  

 そしていよいよクルトスに入る、その時だった。


 突如リムドの巨体が宙返りし、クルトスから離れていく。


「あっ? どこ行くんだよお!」


 当然、リムドしか狙っていないヴェスティンはそれを追う。リムドとすれ違うように後ろから次々と他の竜が飛んできたが、ヴェスティンは邪魔な障害物としか思っていなかった。


 進行方向を変えてからのリムドが飛ぶ速度は、明らかに遅くなっていた。

 わざとゆっくり飛んでいる、とヴェスティンも気付く。しかし誘いに乗るように、これまで通りの瞬間移動を繰り返した。


 先程よりも少ない魔法の使用回数で、ヴェスティンはリムドの鼻先に着地する。

 強風に一度よろめいた後、電撃を纏わせた長杖を構えて跳躍。


「さんざん無視しやがってさあ! 目玉にぶっ刺せば、さすがに痛いよねえ!」

 

 なおも飛行するリムドは、自らヴェスティンの長杖に突っ込むこととなる。

 眼球を貫き電撃を流せば、さすがの黒竜も悲鳴を上げるはず。そうヴェスティンは考えた。 

 

 だが、ヴェスティンとリムドは離れていく。

 何のことはない、リムドが首を引っ込めただけだ。

 そうして空中にいるヴェスティンの目の前で、黒竜の口に炎が見えた。この夜よりもずっと闇色で、それでいて周囲を照らす炎だった。


「やっとやる気になったかあ!」


 ヴェスティンは歓喜し、自身に向けて放たれた黒炎を瞬間移動により間一髪で避けた。

 上方に再出現したヴェスティンは、長杖を回しながらリムドを捜す。


 捜す。


「……あれ? どこに行ったあ?」


 黒竜リムドが消えた。

 ヴェスティンの瞬間移動と違って、待っても姿を現さない。

 自由落下しながら、ヴェスティンは周囲を見回す。余裕たっぷりだった彼の表情に、初めて焦りの色が見えた。


「どこだよおい! かくれんぼかよお!」


 突如ぞわり、と殺気を感じたヴェスティン。反射的に左手の魔法装置のスイッチを押す。

 直後、高速で飛んできた半竜化したリムドの爪が、すれちがいざまにヴェスティンの脇腹を深々と切り裂いていった。僅かに遅れて、魔法陣が展開しヴェスティンの姿を消す。


 再出現した魔法陣から、投げ出されるようにヴェスティンが現れる。


「ぐ、ぐげえ……」


 ヴェスティンは、おびただしい量の血液を空に噴き出しながら落ちていった。

 反撃する意思はまだあったが、しかし致命傷であることも悟っていた。


「もう、終わりかよお……でも、楽しかったよお……!」


 死の間際に長杖を掲げるヴェスティン。

 超巨大な白い魔法陣が広がる。


「アルゴーシュの魔法なんざに……頼りたくはなかったけどねえ……! 受け取ってちょうだいなあ……!」


 神の裁き。落下するヴェスティンから、上を飛ぶリムドに向け発動する。

 無数の光の槍が、豪雨の如く放たれる。夜空に向かって、そこにいると思われる竜の王めがけて。


 神の裁きは、広範囲の殲滅魔法である。

 光の槍の威力は強力無比で、その一発の威力はヴェスティンの使用した電撃魔法の槍を遥かに上回る。

 間違いなく賢族最上位の攻撃魔法だ。


 しかし欠点として、素早く攻撃範囲から離脱されてしまうと当たらない。

 光の槍は対象を追尾する魔法ではなく、上向きだろうと下向きだろうと、ただその方向に降り注ぐのみだ。途中で発射角度の修正もできない。


 だからこそ空を自在に飛ぶ竜に命中させるのは難しく。

 当てたいのならば飛行中ではなく地上に降りた時を狙うか、檻の中に閉じ込めるなどして動きを封じる必要があるだろう。


 当然ヴェスティンもそれは承知の上だが、彼はもうすぐ死ぬことを理解していた。

 だからこの神の裁きは、置き土産にすぎない。


 天に向かって槍を飛ばし続ける魔法陣から大きく外れた空より、飛来したリムドが再びヴェスティンの身体を紙のように切り裂いた。もう、ヴェスティンは反撃できない。


 死を迎えた彼の顔は、どこか満足げであった。

戦いが終わるまで、三人称視点になると思います。

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