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進軍

今回は三人称視点です。

 ラド村に最も近い賢族領の町。

 その町を西へ出たところに、エーテル・タワーがそびえていた。表面に走った幾つもの回路が、夜の暗闇の中で青い光を放つ。

 そこに、賢族の男が2人いた。1人は塔に両手をつけたまま目を閉じ、じっとしている。

 しばらくするとタワーに、下から上へと青の輝きが駆け上がった。


「よし、電磁膜に切り替え完了だ」


 この場所と、南北のタワーの計3基によるエーテルの網を張った。

 ほぼ直線に並んだ塔による2枚の面であるため、天井が存在せず檻とは言えない。 

 しかし賢族領にあるエーテル・タワーはラド村を閉ざしていた頃に建造されたものよりも新しく、出力が各段に増している。

 張った網の上を飛び越えるというのは、現実的ではなかった。


「しかしまあ、ホントに来るのかねえ」


 酒を片手に、地面に座り込みあぐらをかいた男が西の空を見やる。


「来たとしても、檻を抜けた際のダメージでボロボロになってんだろ」


 笑う男2人は、過去の経験からそう予想する。最強の黒竜、先代の王フラニスでさえ檻を突破した時には満身創痍だった。

 その息子に、しかも目覚めたばかりの王に何ができるというのか。


「……ん?」


 空を見る男が、不意に眉をひそめる。


「どうした?」


「何か動いたような……?」


 この町とラド村の間には広大な森が広がるばかりであり、その上空は漆黒の闇だ。

 星があろうと月が出ていようと、人の生活圏から離れれば照らす光は無いに等しかった。


「よく見えねえ、気のせいか?」


 目を凝らす男2人。

 暗い空には、何も見えない。


 しかし突然、その視線の先。遥か遠くの空で光が生まれた。


 星が瞬いた? 男がそう考えた時には、既にその光は視界の大半を埋め尽くしていた。

 眩しいと目を細めた瞬間に、轟音。聴覚を音の暴力で独占し、恐怖で上げた叫びさえ掻き消される。


 網も悲鳴を上げた。一瞬の抵抗だった。その放電は、光に飲み込まれて誰の目にも届かない。


 静かになった。先程の出来事が嘘かのように、急激に静まり返る。

 この僅か数秒で町の空は明暗を切り替え、明けた夜が再びやってきたようだった。


 閉じた目を開け、耳を塞いでいた手を放した男。手放した酒は、土に飲まれてしまった。 

 その男の視界に、エーテル・タワー手前の地面が深く抉られている光景が映る。その大穴の進む先を目で追いかけると、エーテル・タワーの下から上へと続いていた。塔が、両断されている。

 発光せず。それは機能を失った証拠だった。

 修復しようがないのは見て明らかである。もはや、このエーテル・タワーは巨大なガラクタに成り下がってしまった。


「……そうだ、おい! 大丈夫か!」


 気付いて、近くにいたもう1人の男を呼ぶ。

 しかし返事も姿もない。


 空を切る音が聞こえ、男は見上げる。


 巨大な竜が、頭上を飛び去っていった。町の明かりで照らされたその体は、どこまでも黒い。

 沈黙した塔の横を抜け、その翼が生んだ風は地上にいる男にも届いた。 

 その強い風に耐えて、黒竜の飛んで行った先を見る。その方角は、クルトスへと続くものだ。


 やや遅れて、黒竜に追随するように無数の竜が飛んで行く。黒竜の後に見たため、どれも小さい竜だと男は錯覚する。真実は、王である黒竜のみが飛びぬけた巨躯なのだ。

 男は愕然として立ち尽くしたまま、次々と通過していく竜をただ見ていることしかできない。


「なんなんだあれ……檻が、網が、まるで通用しねえ……」

 

 全ての竜が飛び去った後、男は呟いて地面に両膝をついた。


 賢族領の空を、竜の軍勢が往く。




 先行する黒竜リムドは、視界に映ったエーテル・タワーを全て撃ち抜いていった。

 エーテルの電磁膜は視認できず、触れればただでは済まない。ならばと、安全を期したのだ。


 また一基、遥か先にエーテルタワーを見つける。

 この夜に青く輝くことで、遠距離でも易々と姿を捉えることができるのはこの上なく好都合だった。


 閉じたリムドの口から、黒い炎が漏れる。エーテルによる炎、エーテル・ブレスである。

 開口し勢いよく吐き出された黒炎。その前方に放たれた炎を背後から貫くように、収束された白い光線が追い抜いていった。

 光はエーテル・タワーの左前方に着弾する。そのまま、なぞるように光を走らせエーテル・タワーを斜めに駆け抜ける。抜けた先で、切り返すようにもう一度斜め上にタワーを裂いた。

 絶命する瞬間の輝きを見せて、光を失った塔は夜の闇に消えて見えなくなった。


 エーテル・レイ。これまでの竜族にはなく、現状では彼のみが扱える。

 絶対的な破壊力を秘めた、竜の最上位たる攻撃手段。




 地上では、賢族たちの迎撃部隊が平原にて竜の軍勢を待ち受けていた。

 運転手のエーテルで動力を得る四駆のバギーを走らせ、助手席と後部座席の3人が空へと魔法を放つ。それらが十数台、竜に追い越されまいとフルスロットルで進む。


「撃て撃て! 撃ち落とせえ!」

 

「ダメだ、高すぎる! 当たってんのかわかんねえ!」


 魔法による対空砲撃は弾幕とも呼べるほどの密度であったが、あまりにも的との距離がありすぎた。

 竜がいくら巨体であっても、舞台が地上と空だ。土俵の違う相手に戦いを仕掛けることの、なんとむなしいことか。


 闇雲な攻撃によって、賢族はエーテルを消耗するばかり。それを竜族も分かっているからか、反撃する意思を見せず徹底して地上を無視していた。

 

 前を走っていたはずのバギーは、たやすく頭上を越されていく。

 再び竜を追い抜くどころか、追いつくことすら叶わない。互いの速度が違い過ぎた。


「もう無理だ! クルトスに行かれちまうけど、諦めようぜ……」


 バギーを運転する賢族がこぼす。強く否定する者はいなかった。

 少しでも竜に損害を与えられたのか、それすら判然としない。ただ、墜落する竜は一匹も確認できなかったことから、結果が芳しくないのは明らかだった。


「むしろ、下手に竜を撃ち落さずに済んでよかったかもな……」


 男は、遥か前方のエーテル・タワーが、黒竜の口から放たれた光線によって穿たれるのを目にして、声を震わせた。

 あの光線がこちらに飛んでくれば、迎撃部隊は数秒と経たず蒸発だ。


 相手を怒らせなかったことで、命拾いをした。そう男は考えた。

 今破壊された塔は、クルトスを守る最後の壁だった。


「やることはやったんだ。後の事はクルトスにいる四賢者に任せて、俺たちは戻ろう」


「その四賢者も、既に1人やられてるけどな……」


 バギーがUターンしたところで、すれ違うように接近する他のバギーが停まり、手で制止を示してきた。運転手は停車し、それに応じる。

 

「おいどこに行くんだ。このままクルトスの応援に行くべきだろ」


「そうは言っても、ほとんどエーテルが残ってねえ。行っても殺されるだけだぞ。それとも何か? ちっぽけなプライドのために死ぬべきだってか?」


「まあ……それもそうか。なら、戻ろう」


 そういってあっさりと意見を曲げ、来た道を引き返す。

 食事を取ればエーテルを回復できるが、再び戦場に戻るつもりは誰一人としてないようだ。

 他の隊も同様にして、バギーは一斉に引き上げていった。


「竜族と喧嘩すりゃ、こうなることは最初から分かってたんだよ。檻が破られちゃあ、おしまいだ」


 どこか他人事のように肩を竦める運転手。言葉には、アルゴーシュに対する非難が含まれていた。


「パルシトンじゃなくクルトスに向かうってことは、奴ら捕まってる仲間を解放しに行くのか」


「だろうな。あ、そうなると地上に降りてくるんじゃないか? となると魔法も届くし、いけるか?」


 助手席の男が閃いたとばかりに語り、周囲の意見を求める。それに乗じた後部座席の男が、自らの意見も述べた。


「四賢者が神の裁きを撃って、収容施設ごと消し飛ばすってのもありだな」


「そりゃあいい! 竜族のやつら、終わったな!」


 愉快に笑う賢族たち。自分たちの戦いはもう終わったのだと、気楽なものだった。

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