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開戦

 今夜決行される作戦は以下のとおりであり、実にシンプルなものだった。


 賢族領に侵攻するのが、俺と討伐隊の計102名。そこにポルトンを加えた103名。

 出撃時には、竜族全員が竜化する。

 これまで食事を満足に取れず、竜化どころか半竜化すら躊躇われた竜族だったが、食糧問題が解消された今夜は皆が全力だ。

 空を飛び、まず皆でクルトス方面へ向かう。その際にポルトンは、ヴァルゴの背に乗ることになっている。

 ポルトンの話では、賢族領各地にもエーテル・タワーが建造されているらしく、防衛のため檻として機能させている可能性が高いらしい。タワーは用途によって、展開する魔法をその都度変更できるそうだ。


 そのため唯一檻を破壊することができる俺が先行し、障害となるエーテル・タワーを破壊しながら味方の進路を確保する。

 到着したクルトスでは、現場の指揮をヴァルゴとアリルにバトンタッチし、討伐隊には捕らわれている竜族の解放と、魔法装置の製造を行っている施設の破壊を遂行してもらう。


 俺はクルトスを離れ、パルシトンへと単騎で侵攻しアルゴーシュを討ち取る。奴がいなくなれば、過激派の賢族は戦意を喪失するはずだ。その時点で戦いは終息に向かうだろう。


 その先のプランとしては、友好派の賢族に再び統治権を獲得してもらいたいところだ。


 侵攻に参加しない竜族は村に残ってもらい、もし賢族が攻めてきた際にはイゼンの指揮で防衛してもらう。

 戦力としては侵攻担当の俺や討伐隊と比べると劣りはするが、それでも皆は竜である。村を閉ざしていた檻を取り払った今、空も飛べぬ賢族にそうそう遅れをとることもないだろう。


 大まかなところでは以上であり、言葉にすると単純なものだ。

 アルゴーシュや四賢者の実力が未知数である以上、リスクは決して小さくはない。

 勝算が不明の賭けとも言えるが、みなぎる竜の力が自信となって、負ける気など微塵も感じなかった。

 俺だけじゃなく、みんなそうだ。


 と、ここまでは竜族として、リムドとしての今後の考えである。


 ここからは人間として、竜一として理想の未来を語ることにしたい。

 それを聞かせるのは、もちろん茜だ。


 いよいよ出撃の時が迫る夜。こちらの世界でも空には星が輝いていた。

 村の東側広場に集合した討伐隊の面々は、皆そわそわと落ち着きがない者が多く見受けられた。高揚と、戦意を抑えられないようだ。

 他の者は、広場に持ち出されたテーブルの上に並んだ料理を食べ、エーテルを補給しつつ腹を満たしている。屋外での立食パーティー、もとい出陣式か。


 俺は茜と二人きりになるべく、城の庭だった場所にアリルを呼び出す。

 神の裁きによって、昼間には涼し気な癒しを提供してくれた噴水も破壊されている。今では水も止められ、崩れたオブジェとなっていた。


「リムド様、話とは何でしょう」


 他の者がいると素が出せないので人目を避けたのだが、茜はアリルとして振舞う。


「二人きりの時は、竜一と茜でいこう」


「え、ああ……うん。それで、話って?」


 まだぎこちないが、それも仕方ない。


 俺は現在放置している瓦礫の山に腰を下ろし、その横を手で軽く叩く。

 叩いた位置に、大人しく茜が座った。


 空を見上げて。


「なあ茜、元の世界に帰りたいと思うか?」


 え、と小さな声が隣から漏れた。

 俺は続ける。


「賢族のゲートという魔法、あれを利用すれば、俺たちが生きてきたあの世界にも行けるはずだ。だって現に、この世界には俺たちが元いた世界から持ち帰ったモノが幾つかあるじゃないか。アルゴーシュたちは、きっともう行ってるんだよ」


「それは……私も考えたことがあるよ。でも、すぐに賢族とこんな関係になっちゃったからできなかった。アルゴーシュを倒して、友好派の賢族に頼むってこと?」


「そう。アルゴーシュを倒せば、きっとそうなるはずだ。で、どうなんだ。帰りたいと思うか? 両親の顔を見たくないか?」


 少しの沈黙が、ためらいを物語る。

 

「……お母さんやお父さんには会いたいけど、正直、ちょっと怖い。私は見た目が変わってるから、私を見ても茜だとは気付かないだろうけど。でもそれよりも、私のことを、もう考えてないんじゃって……それが、それを知るのが怖い」


 俯く茜の声は、消え入るようにか細い。

 茜の死から、もう10年が経っている。

 一人娘として大切に育てられてきたとはいえ、10年という時間は人の心が変わってしまうのに十分な長さだ。

 だからもう、愛情を忘れられていると不安になってしまうのだろう。


「ばかやろう」


 小さく笑って、俯いた茜の隙だらけな後頭部に軽いチョップをお見舞いした。


「あいたっ。な、なにすんのよバカ……!」


 顔を上げた茜は腕を振り上げて叩き返そうとしてくるが、思いとどまって手を下ろす。

 こういう時は必ず反撃する茜だが、アリルとしての立場が抑制したと見た。


 まあなんにせよ、その心配が間違いであることを教えてやる。


「あのな……お前の両親は、今だってちゃんとお前のことを考えてる。そうに決まってるだろ? 先月、お前の両親と会った時もお前の話をしたんだ。それに、毎年ちゃんと墓参りしてるさ。だから、忘れるわけないだろ」


 ずっと墓の下で眠っていると思っていた幼馴染と、ここで再会するとは俺もビックリだが。


「……そうなんだ。だったらちょっと、会ってみたい。会うというか、今どうしてるのか確かめたい」


「そうか。茜ならそう言うと思ったよ」


「竜一も、両親に会いたいんじゃない?」


 それも言ってくるとは思った。やっぱり10年経っているが、今でも幼馴染の思考は読みやすい。


「ああ……まだ言ってなかったけど、俺の両親は二人とももういないんだ」


 空気を悪くしないように、努めて明るく言う。悲しみはもう乗り越えたのだから、今更流れる涙もないはずだ。

 だが俺と違い、初めて知った茜は言葉を詰まらせる。俺の両親とは仲が良かったから、ショックを受けるのも当然か。

 だからこそ、俺は提案した。


「まず、茜の両親に会おう。その後に、俺の両親の墓参りをしよう。俺の両親も、茜が生きてたって知ったらビックリするだろうな。だから、報告しに行こう」


 茜の両親に、自分が茜だと打ち明けるかは本人の意思に任せるとして。

 俺の両親には、良いニュースとして教えてやりたいと思う。


 茜もそれで納得したらしく、顔を綻ばせた。


「分かった。じゃあそのために、竜一には何としてもアルゴーシュを倒してもらわないと。ほんとに1人で大丈夫?」


「大丈夫だって。俺を信じろ」

 

 根拠はない。だが自信はある。


「約束だ。俺はアルゴーシュを倒して、ちゃんと帰ってくる。だから茜も、やることやったら無事に戻ってきてくれよ?」


「約束するからには、ちゃんと守ってよね」


 差し出した右手、小指だけを立てる。

 そこに茜の手が伸び、互いの小指を絡ませた。


 指切り。

 あの頃よりも、お互い随分と成長した手になったものだ。


「俺が指切りで交わした約束を破ったことなんてないだろ?」


 ないはずだ。

 だが、じっと俺を見つめる茜の目は、いかにも物言いたげであった。


「いや、あるじゃん。小3の冬休み、初日の出を見に行こうって竜一の方から約束したのに、誰かさんがグッスリ眠って起きないから行けなかったことがあるでしょ?」


「お前……よく憶えてたな。けど、今回は守る。ちゃんとな」


 そういえばそんなこともあった。結局起きたのは朝の8時だったか。


 そうして約束を済ませ、俺と茜は皆のもとに戻る。リムドとアリルとして。


「リムド様! この戦いが終わったら、竜族みんなでパーッと酒を呑みましょう! こいつらと、今その話をしていたんですよ!」


 骨付き肉を手に盛り上がっていたヴァルゴたち討伐隊が、俺を見つけて提案してくる。

 まだ食べるとは、竜族本来の食欲は凄まじい。

 酒って竜族の村にもあったんだな。


「酒か。それは楽しみだな。ならば絶対、生きて帰れよ?」


「はい!」


 声を揃えて、気合の入った良い返事だった。

 戦いの後は、祝勝会というやつか。

 少し気が早いともいえるが、まあいいだろう。

 今年成人したばかりで酒をよく知らない俺の舌だが、この世界の酒というのも楽しみだ。


「おいポルトン! これ食ってしっかりエーテル補給しとけ!」


 ヴァルゴは、料理にも手を付けず独り立っていたポルトンの肩を組むようにして絡み、空いた手に持っていた骨付き肉を差し出す。


「あ、ああ。ありがとな、隊長さん」


 少し戸惑うポルトンであったが、受け取った肉を大人しく口へと運ぶ。


「言っておくが、勘違いすんなよ? こうして肉を恵んでやるのは、テメエの働きに期待しているからだ。途中でエーテル切れになって死なれちゃあ、気分が悪いからな」


「ああ、分かっ……! グェホ、ゲホ!」


 食べてる最中に返事したので、むせたようだ。


「おい何やってんだ、大丈夫か? おーい、誰か水持ってきてくれ!」


 ポルトンの背中を擦りながら、ヴァルゴは周りに呼び掛けていた。

 仲が悪そうに見えて、そうでもないような。

 だがこの戦いが終われば、今よりも良くなるだろう。


 そして皆のエーテルは満たされ、いよいよ出撃の時はきた。

 村の外に出て、整列した討伐隊の前に俺が立つ。

 先頭には、真剣な面持ちのアリルの姿があった。ヴァルゴもいて、その隣にポルトンがいる。


 村の東には、朝に徒歩で向かった森。暗闇でシルエットしか見えない。

 今回は、その森の上を飛び越えて行く。


「イゼン、留守の間は任せるぞ」


 振り返って、俺の後ろに控えていたイゼンに村を託す。


「かしこまりました。どうか、ご武運を」


 頭を下げるイゼン。それを見て、前に向き直る。

 整列した討伐隊の周囲には、残る竜族も集まっている。

 その全員に聞こえるよう、俺は声を大にした。


「時は来た! 竜族の長きにわたる敗北と屈辱の日々は、今夜を持って終わらせようではないか!」


 だらだらと語る必要はないだろう。

 皆も、今か今かと待ちわびているはずだ。


「行くぞ! 我ら竜族、これより賢族の領地へ侵攻する!」


 力強く、東を指差す。突きつけるように、遥か彼方のアルゴーシュを狙う。

 それに全ての竜族が応じ、怒号のような咆哮は天と大地をも轟かせた。 

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