会議
作戦会議室……とは名ばかりの、民家の一室。
城がなくなってしまったので、村人の善意に甘え場所を提供してもらった。
この場所で、今夜の侵攻における作戦を練るのだ。
立ち上がって身を乗り出したスキンヘッドは、四人掛けのテーブルの中央に広げられた大陸の地図に筆で書き込みを行っていく。
それを、俺・アリル・ヴァルゴが見つめていた。
時間が惜しいため、この時間は食事によるエーテル補給も兼ねている。
そのため、地図を避けるようにしてテーブルの端に並べられた料理を思い思いに口に運びつつ、話を進めた。ちなみに料理は、この民家に住む婦人の手料理である。
現在村にある食料は、出撃する俺や討伐隊が優先的に胃に収めることにしている。
不足した他の者の食事は、現在イゼンが皆とともに檻の外へ集めに行っている。
「まあ、ざっとこんな感じだ」
筆を置いたスキンヘッドは、そう言って席に着いた。
海に囲まれた大陸。
俺たち竜族の領地は、地図で言うと大陸の西の端。僅かなものだった。全体の一割にも満たない。
そして赤のラインでぐるりと囲んだ範囲。大陸の中央に陣取る、全体のおよそ八割ほどが賢族の領地だという。
「それでツルツル野郎、まずアルゴーシュはどこにいるんだ? やっぱ都か?」
「隊長さん、ツルツル野郎はやめてくれよ……オレにはポルトンって名前があるんだ」
ささやかな反論をしつつもスキンヘッド、もといポルトンは地図上の一箇所を指差す。
ラド村の位置からまっすぐ東へ進んだ先。ちょうど大陸の真ん中にある、大きめの赤い丸印だ。
「賢族の都パルシトン。前にいた友好派の王を宮殿から追い出して、そこにアルゴーシュは住んでやがるんですよ」
ぐっと人差し指を地図に押し込む力加減に、アルゴーシュに対する怒りを感じた。
ポルトンは俺に対する言葉遣いが丁寧になり、反対にアルゴーシュは呼び捨てをするようになった。
その変わり身の早さには、苦笑するしかない。
ただ、帰る場所を失ったことを考えれば、処世術としては間違っていないのも事実だろう。
「ラド村とパルシトンは交易路が繋がっていますので、道を目印に飛べば迷わず着くことができます。竜化すれば、一時間とかからない距離です」
「そうか。それは分かりやすいな」
それを知っているということは、アリルも過去に行ったことがあるのだろう、その都に。
「パルシトンには、友好派の賢族は残っているのか?」
「いえ、アルゴーシュがみんな追い払っちまいましたよ。反抗する奴の中にゃ、処刑された奴だっています。都を追われた友好派は、まあ散り散りですね」
賢族領地外周をポルトンの指がなぞる。
「それは好都合だな。こちらとしては、友好派の賢族とかつての関係を取り戻したい。これなら戦いに巻き込まずに済みそうだ」
会話がひと段落し、待ってましたとヴァルゴが切り出す。
「んでツルツル野郎、賢族領にいた竜族はどうしてんだ? そこにオレの弟もいるんだ、テメエなら知ってんだろ?」
「だから、ポルトンって名前がだなあ……。聞いた話じゃ、このクルトスって町に集められて、奴隷として強制労働させているらしいぜ」
パルシトンの北西にある、やや小さな赤の丸印。
ラド村からの距離としては、パルシトンよりも近い。
「あんた達も見ただろ? イドールの使っていた瞬間移動魔法の装置を。クルトスの町に、ああいった装置を造る施設があるのさ。竜族だけじゃねえ、大陸の北の方に住んでる狼族も無理矢理連れてこられて、魔法の装置を造らされてるらしい」
改めて地図を見れば、大陸の北側は海岸線に至るまでほぼ賢族領となっている。
その狼族の領地は、賢族の侵攻によって奪われてしまったようだ。
「決まりだな。ヴァルゴ、アリル、そちらは任せたぞ」
捕らわれた竜族の解放は、討伐隊に任せることにしよう。
そう考えたが、アリルが異議を唱えた。
「待ってください。まさかリムド様は、お一人でパルシトンに向かうつもりですか?」
それは部下アリルとして、幼馴染の茜として、二重に俺を心配する声だった。
分かってる。
そうやって俺が無茶をしようとすると、いつもそうして心配し、止めようとした過去が思い出された。
「ああ。アルゴーシュは俺が倒す。それに、俺の攻撃に巻き込みたくないからな」
伝えたことは事実であるが、全てではない。
分かりきったことだが、アルゴーシュは強いだろう。
だから単純に、アリルには死んでほしくない。勿論、他の竜族もだ。
渡り合えるのが俺だけならば、他の者まで危険な綱を渡らせたくはない。
だから子供の頃も、自分は無茶をするが、同じ事をしようとした茜は全力で止めてきた。
「決めたんだ、悪いが従ってもらう。あとは四賢者が3人残っていて、そいつらがどのタイミングで仕掛けてくるかだが……。できれば、その相手はヴァルゴとアリルに任せたい」
「……確かに私は、リムド様の完全な竜化を目にしました。私の見る限り、先代の王フラニス様を越える強さを持っています。しかしアルゴーシュは――」
「アリル。気持ちは分かるが、戦う前からリムド様が負けると考えてんのも失礼な話だぜ? それに悔しい話だが、檻すら壊せなかった俺たちじゃ、ついて行ったところで足手まといだ」
ヴァルゴがアリルの言葉を制す。
アリルは口を噤み、俺に視線を向ける。
『本当に大丈夫なの』と、目が訴えかけていた。
今も昔も、心配症はお互い様らしい。
目を見て、しっかりと頷く。
俺にはやりたい事がある。
リムドとしてではなく、竜一として。
実現するかは分からない。だからまずは、試す必要があった。
だからそれまでは、死ぬつもりはない。