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救助

 アルゴーシュへの宣戦布告を済ませ、俺とヴァルゴは城の方へ向かった。

 瓦礫の山に登った十数人の竜族たちは、積み重なった塊を空いたスペースに次々と投げていく。

 既に城だった物の周囲に、小さな山が幾つもできあがっていた。


 残骸はどれも大きなものばかりで、俺が前にいた世界ならば重機を用いなければ話にならないといった状況である。

 しかし竜族は違った。特に男たちの方は身の丈ほどの大きさであっても1人で難なく持ち上げるので、撤去作業は非常にスムーズだった。


 少し離れた場所では、救出された者達が手当てを受けている。

 見た限りでは、死者は出ていないようだが……。


「まだ見つかっていない者はいるか?」


 瓦礫の前で全体を取り仕切るイゼンに俺は問う。


「まだ、食事担当の3名が見つかっておりません。この時間は恐らく一階の厨房にいたと思われますので、かなり下の方に取り残されているかと……」


「分かった。俺も手伝おう」


 やるべきことは数多くあるが、最優先すべきは人命救助である。

 俺は足場の悪い瓦礫をよじ登り、片っ端から取り除いていく。


 そうして無心に作業をしていると、自然と先程の戦闘が思い起こされる。


 止めを刺したのはヴァルゴとはいえ、俺はイドールの命を奪った。

 仕方ない、と思うしかない。そうしなければ、竜族に犠牲が出ていた。

 竜族の王としては、その行動は間違っていなかったと思える。

 イドールの刃に倒れる者を出さなかったことには胸を張ってもいいと、そう思う。


 そう考えて、罪悪感を正義感で覆い隠した。

 隠しても、それが消えるわけではないが。


 俺は、ひたすら作業に打ち込む。

 そして敵の死よりも、身内の生を思えと自らに言い聞かせる。


 結局生命というものは、いとも簡単に絶たれてしまうものだと改めて実感した。


 耐えられない衝撃を受ければ、それで終わり。身体が壊れれば命が外に出てしまう。

 茜がそうであったように。

 そして俺、竜一がそうであったように。


 アルゴーシュは倒さなければならない。恐らく、殺害することになるだろう。

 竜族の皆がそれを望んでいる。受けた屈辱、失った命の重みは計り知れない。


 そして他人の意見は関係なく、俺自身がそうするべきだと考えるのだ。


 戦いが始まれば、アルゴーシュを目指す道中でも、応戦する賢族たちを無視はできない。

 死を与えることに慣れる。

 イドールの殺害は、その練習と捉えておくべきか……。


 作業は進み、大半の瓦礫は周囲に移動させることができた。空は、夜の色に変わりつつある。

 暗くなってきたので、各民家からランタン等の照明が持ち寄られた。

 撤去により、ついに埋もれていた一階が見えた。床部分も損傷が激しく、大穴が無数にできていた。

 神の裁きという魔法、その威力の凄まじさを再認識する。


 イゼンの言っていた3人も、その過程で救出された。

 これで、イゼンが言うには全員救出されたらしい。


 俺は目覚めたばかりで、まだ皆の顔と名前を殆ど覚えていない。

 覚えなければな、と思う。今夜の戦いが終わって平和になれば、改めて交流を深めたいところだ。


 料理長は右腕を骨折したようで、酷く腫れあがった状態になっている。

 その場で添え木による応急処置を受けているところ、俺を見つけた料理長の口から最初に出てきた言葉は謝罪だった。


「申し訳ありませんリムド様、食事をご用意しようにも、うまく腕が動かせないのです……用意していた食料も瓦礫の下に……」


「謝る必要はない。今は、何よりもまず自分の事を考え、ゆっくり休んでくれ」


 そうして俺は皆の様子を見て回り、声をかけていった。

 救出された者の負傷は、その大半が崩落した城の一部に身体が下敷きとなる、というものであった。


 しかし。


「これはまずいわ、早く血を止めないと……!」


 最後に担がれてきた男を見て、その手当てを任された女性が表情を凍り付かせる。

 男は左肩から先をごっそり抉られていた。神の裁きによる無数の光の槍、その一つを肩に受けてしまったらしい。


 男は、痛みに悶えている。おびただしい量の出血が、彼の命が危ういことを警告していた。

 ひとまず止血するべく、肩口を縛る。血管を締め上げ、血液がその先に流れないようにするのだ。


 しかし血は止まっても、痛みは消えない。

 男は尋常ではないほどの脂汗を額に流しながら、ただ痛みに耐えていた。


 何とかしてやりたいが、できることがない。

 俺には戦う力はあっても、治療する力がないのだ。

 苦しんでいる民を前に、どうすることもできない自分がもどかしい。


「竜族の肉体は自然治癒力に優れ、程度にもよりますが、骨折ならばひと月ほどで治ります。しかし、さすがに欠損してしまえば、治りようもありません……」


 そうイゼンが語る。


「賢族と交流があった頃は、治癒魔法で怪我を治してもらうことがよくありましたが……」


「しかしあの男が、我々に協力するとは思えませんな……」


 女性とイゼンの会話は、スキンヘッドのことを言っているらしい。


「すぐに呼んでくる、待っていてくれ!」


 俺はすぐに駆けだした。

 そしてスキンヘッドは先程の場所から移動することもなく、相変わらず椅子に縛られ横倒しとなったまま、大人しく竜族の状況を見つめていた。

 俺は椅子を起こす。それに対し、戸惑う様子のスキンヘッド。


「頼みがある。治癒魔法が使えるのならば、怪我人を治してやってほしい」


 真っ直ぐ目を見て伝える。

 相手の目は、まだ迷っていた。


「……治癒魔法は、一応かじったことがあるから使うことはできる。でもよお、いいのか……?」


 何に対しての『いいのか』なのか。

 恐らく、これまでの悪態を許すのか、ということだと思うが。


「話している時間が惜しい。行くぞ」


 俺は人差し指を半竜化させ、鋭く尖った爪でスキンヘッドを縛る縄を切断し解放する。


 自由になった賢族の男は、素直に俺の後に続いて走りだした。


 やはり、先程の戦闘で多少は恩を感じているらしい。

 それでいい。助け合うことは、良い事だ。人付き合いの理想である。


 そして。

 左腕を失い、苦悶する竜族の姿を見たスキンヘッドは、その痛ましさにうろたえた。


「テメエんとこの親玉がやったんだよ」


 来ていたヴァルゴが、スキンヘッドに睨みを利かせる。

 ヴァルゴだけではない、この場に居る竜族の視線が集中していた。その視線のどれも、決して穏やかなものではない。


 それに対しスキンヘッドは何か返答しようとしているが、おろおろし、口をぱくぱくさせるばかりだった。

 竜族と賢族、互いの間にできた溝は深い。それを見せつけられるようだった。


「とにかく、やってくれ」


「あ、ああ……分かった」


 ひとまず俺の指示ならば、他の竜族は反対することができない。

 今はそれでいい。


 スキンヘッドは地に両膝をついて、左手で右の手首を掴む。

 その右手を、傷口の前にかざす。すると小さな白い魔法陣が出現した。

 

 魔法陣から出た淡い光が、ゆっくりと傷を埋め尽くしていく。


「この魔法は細胞を活性化させて、自然治癒力を強化するんだ……元々その自然治癒力が高い竜族とは、特に相性がいいらしい」


 スキンヘッドが語る。

 過激派賢族であるこの男は、治癒魔法を竜族に使うのが初めてなのだろう。


 そして暫く、その状態が維持された。

 顔は真剣そのものであり、そこに悪意は見えなかった。

 他の竜族たちも、集まってその様子を見守っている。


 やがて痛みに歪んでいた竜族の顔が、安らかなものに変わっていく。

 治癒魔法を受けた男は静かに目を開け、スキンヘッドを見た。


「ありがとう、痛みが、かなり和らいだ……」


「そ、そうかい。そりゃ、良かった……」


 スキンヘッドは自分の立場上、感謝を素直に受け取りにくいようだ。それが態度から伝わってくる。


「もう大丈夫そうだな……。よし、他の怪我人も頼めるか?」


「ああ……でも、もうエーテル切れだ。昼メシも食ってないし、何か食わねえと魔法は使えそうにねえ」


 見れば顔色が悪く、疲れた様子だ。

 尋問されても何も吐かなかったこの男には、食事を与える理由もなかったのだろう。ただでさえ、竜族は食糧難という問題を抱えている。


「しかし城に備蓄していた食料は、ああいった状態でして……」


 そうイゼンが示した先には、崩れた城の下から回収され、絨毯の上に積み上げられた食料の山。

 どれもが土や、砕けた瓦礫の粉にまみれていた。 


「しっかり洗って汚れを落とせば、十分食えますよ」


 ヴァルゴの意見にも頷きつつ、集まっている竜族たちに向け、俺は声を大にして伝える。


「今は、この男の治癒魔法は頼りになる。だから誰か、この男に今すぐ食事を与えてやってくれ。そして他の手の空いた者は竜化し、檻の外へ食料を集めに行ってほしい」


「檻の外……ですか?」


 イゼンを始め、竜族の誰もが表情に困惑の色を浮かべていた。

 1人、既に知っているアリルだけは別だが。


「ああ。言っていなかったが、実はもう檻は機能を停止している。先程俺が、西のエーテル・タワーを破壊してきた」


 檻は目に見えない。だからアルゴーシュも気付いていなかったようだ。

 俺が迷わずアルゴーシュに宣戦布告できたのも、既に檻の破壊が実現していたからである。


 竜化によるエーテル・ブレス。

 俺の場合は『エーテル・レイ』によって、西のエーテル・タワーには大穴が空いている。

 村からでは、地形の関係でその穴を視認することはできないが。


 なんにせよ檻さえなくなれば、こちらのもの。

 竜は大空へと羽ばたく。

 かつてそうしてきたように世界を飛び回り、食料を集める。


 攻め込むべき賢族の領地も、あっという間というものだ。

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