宣戦布告
アリルとともに飛行しながら、村に接近しつつその光景を目で捉える。
俺が目覚めたその城は、その日のうちに変わり果てた姿となっていた。
崩落し、瓦礫の山と化したその周囲には既に多くの竜族が集まっている。見たところイゼンの主導により、城の残骸を撤去しつつ人命救助をしているようだった。
城の中にいた者達は無事なのか。竜族と言えど瓦礫の下敷きとなれば命が危うい。
心臓の鼓動が早くなるのを感じつつ、冷静に状況を確認する。
イゼン達から少し離れた位置には、ヴァルゴら討伐隊の面々がいる。
城とは真逆の方向を見据えている討伐隊の視線の先には、明らかに竜族ではない人物が1人いた。
その人物から救助活動中の竜族を守るように、ヴァルゴらは武器を構えて対峙している。
おおよその状況を把握し、俺とアリルはヴァルゴの傍に降り立った。
「ヴァルゴ、誰だアイツは」
薄汚れた黒のローブを身に纏い、頭をフードで覆った男。そこから覗く目の下にはクマが酷く目立ち、血色の悪い顔色と相まって不健康な印象を受ける。
男は右手の平に銀色の円盤を乗せ、顔の横あたりに掲げている。
その円盤からは、白地に華美な装飾をあしらえたローブを身に纏う、老いた男の立体映像が浮かび上がっていた。老人の大きさは、円盤を持つ男の頭部よりも少し大きい程度だ。
「目の前に立っている奴は四賢者の一人、イドールです。そしてイドールの右手の上に立っている半透明の野郎が、アルゴーシュです! アルゴーシュを映しているアレが何なのかは分かりません」
あの立体映像装置をヴァルゴは知らないらしい。賢族本来の技術でないとすれば、異世界の技術か。
そしてアルゴーシュ。ついに俺は奴と対面した。
皺が多く、かなりの老いを感じさせる顔だが目つきは鋭い。
野心に満ちた悪辣さを感じる老人だった。
『ふむ。城の中におると思うたが、外に出ておったか。それも女連れとは呑気なものよ。ではアレは挨拶代わりとしておこうかの』
崩れた城の方を見て、アルゴーシュが冷笑する。口調から伝わる竜族に対する侮蔑の念は、隠すつもりなどないらしい。
「挨拶代わりに俺を狙って城を破壊するとは、随分と好戦的じゃないか」
それに実体のないアルゴーシュを含めたとしても、たった2人でやってくるとは随分と強気だ。
檻は外からの侵入には反応しない。しかし内から出ようとすれば無事では済まない。
この四賢者イドールという男、帰りはどうするつもりなのか知らないが、こちらとしても帰らせるつもりはない。
「リムド様注意して下さい! 奴は突然、村の中に姿を現したんです。そしてアルゴーシュでもないのに、たった一人で神の裁きを発動しやがったんですよ!」
「そうなのか?」
ヴァルゴが頷く。
神の裁きは四賢者の合体魔法であり、たった一人でも扱えるのはアルゴーシュのみと聞いていたが……。
しかしどちらにせよ、エーテルをかなり消耗しているのは間違いない。
それに突然現れたというのも気になる。
「ひとまず、イドールを討て!」
俺は討伐隊に命令する。
殺さず捕まえて尋問などと言っている場合ではない。ここは村の中だ。
村の被害をこれ以上広げないために、手加減などしている場合ではない。
討伐隊が呼応し、駆ける。
アルゴーシュが戦いに参加できるのか定かではないが、頭数に入れたとしても30対2。
数で言えば圧倒的にこちらが有利。
「食らいやがれえ!」
真っ先に突っ込んだヴァルゴの大剣がイドールへと振り下ろされる。
その瞬間、イドールの足元に紫の魔法陣が見えた。
かと思うと姿が忽然と消え、その場からいなくなる。
アルゴーシュを映す円盤だけが宙に残り、支えを失って自然落下する。
ヴァルゴの大剣は空を切り、そのまま地面を穿った。その威力は凄まじく、抉れた土が豪快に舞う。
当たれば一撃で仕留められただろうが、回避されてしまった。
後に続いたアリルや部下たちもイドールを見失い、立ち止まって周囲にその姿を捜す。
「まただ! また消えやがった! どこ行きやがったチクショウ!」
怒り叫ぶヴァルゴの頭上に先程見た紫の魔法陣が出現し、そこからイドールが現れ右手にナイフを構えながら落ちてきた。
「ヴァルゴ避けろ!」
俺の声に反応し、素早くその場から飛び退くヴァルゴ。
間一髪、イドールが振り下ろしたナイフは虚空を斬り残像を描いた。
「ほらほらぁ、もっと遊ぼうぜぇ」
ナイフを腰に差し、円盤を拾ってゆらりと立ち上がるイドール。討伐隊を見回しながら、にやけ笑いを浮かべ挑発してくる。
賢族なので魔法による攻撃を仕掛けてくると思いきや、意外なことに奇襲による近接戦を得意とするらしい。
瞬間移動が可能となると、イドールはイゼンの方を襲撃することも容易なはずだ。
そう考えると、ここで立ち塞がっている意味は薄い。
「アリル、ここは俺とヴァルゴだけでいい。お前は部下を連れ、戦えない者達の傍にいて守ってやってくれ!」
「分かりました。皆さん、行きましょう!」
「はい!」
指示通り、アリルは皆とともにイゼン達の方へ向かう。
それにより、イドールの相手は俺とヴァルゴの役目だ。
「しかし厄介ですよリムド様。ああやって姿を消されちゃ、攻撃が当たりません」
「ああ。だが神の裁きを撃った後だ、エーテル切れは近いんじゃないのか?」
あの瞬間移動も魔法であることは間違いない。
となれば、いつか限界がくる。
『ハハハハハ!』
その俺の考えを否定するかのように、不意にアルゴーシュが笑った。
「テメエ、何がおかしいってんだ!」
俺が笑われたことに腹を立てたのだろう、ヴァルゴが叫ぶ。アルゴーシュが話そうとしているからか、イドールが攻撃を仕掛けてくる様子はない。大人しく、円盤を俺たちに向けているだけだ。
『ククク、愚かじゃのう。貴様ら竜族は実に愚かじゃ。神の裁きが合体魔法。そしてエーテル切れ。貴様らは一体いつの話をしておる。儂ら賢族は常に進歩し、そして力を増しておる。その気になれば、竜族なぞいつでも根絶やしにできるのじゃ。大人しく檻の中で餓死しておればいいものを、わざわざ噛み付きおってからに』
「いいもん見せてやるよぉ。つい最近になって実用化したシロモノだぁ」
そう言ってイドールは円盤を押し出すように上へと放り、左手に握っている無機質な球体のスイッチを押す。
するとイドールの足元に魔法陣が現れ、瞬時に姿が消え去った。
一泊置いて、地面に対して垂直に展開された魔法陣からイドールが歩いて出てくる。元の位置だ。
ふわりと舞った後に落下を始めた円盤を再び右手の平で受け止め、どうだと言わんばかりに俺たちを見てほくそ笑む。
随分と、そしてどこまでも図に乗られたものだ。
「得意気になっているところ悪いが、俺も忙しくてな。すぐに城の下敷きになった者の救助に向かわなければならない。だからそんな下らない手品を見ている暇はない。来い、俺が相手だ」
わざわざ種明かしをしてくれるとは、手間が省ける。
こちらの攻撃チャンスとしては、カウンターを狙うのがベストだろうな。
「じゃあお望み通り、次は王様だぁ……」
イドールが挑発に乗り左手に握る装置のスイッチを押そうとした、その時だった。
「アルゴーシュ様あああ!」
椅子に縛り付けられたままのスキンヘッドが、地面を這いながら近付いてきたのだ。
そしてこの状況を見て、俺やヴァルゴに対して吠える。
「けっ、どうだ見たか! 賢族に歯向かった罰ってやつだ! イドールさん、やっちゃって下さいよ! その後でいいんで、俺を縛るこの縄を切ってくれませんかねえ?」
竜族に対しては攻撃的な口調、そしてアルゴーシュやイドールには猫なで声と見事に使い分けている。
まだ勝敗も決していないというのに、既に勝ち誇っていた。
しかしアルゴーシュたちの反応はスキンヘッドの思惑と異なり、冷たかった。
『無様にやられおってからに、この無能めが。イドール、奴を始末せい』
「了解しましたぁ、アルゴーシュ様ぁ」
そっと円盤を地面に置いたイドールは、ナイフを抜く。
助かったと思っていたスキンヘッドは、状況を理解し酷く慌て始めた。
「ちょっ、待ってください! 俺は何も喋ってません! 何も! 殴られて尋問されても賢族の不利益になるような事は何も吐いてないんです! だから殺さないで下さいよお!」
『貴様が情報を吐いたかどうかは重要ではない。竜族に捕縛された、その愚かさが死に値するのじゃ、間抜けめが』
スキンヘッドは身を守ろうにも、椅子に四肢を縛り付けられている。
後ずさることすらできず、手足の指を必死に動かしても逃げられるはずがなかった。
「ヴァルゴ、アイツを助けるぞ」
「えっ、何故ですか?」
「まだ利用価値があるからだ」
俺の指示に対し、ヴァルゴはさすがに困惑した。
確かに助けてやる義理は薄い。
しかしアルゴーシュから見放され、俺たちに助けられたとなれば、これまで口を閉ざしてきたスキンヘッドの心も揺れるはずだ。
「行くぞ」
「はい!」
俺はイドールへ、そしてヴァルゴはスキンヘッドへと向け飛び出す。
イドールとスキンヘッドの間に割って入るように駆けた。
俺の接近に気付いたイドールは、動かず俺の攻撃を誘っているようだ。
その誘いに乗り、回避されると分かった上で拳を突き出す。
案の定、目の前でイドールの姿が消えた。
俺の右ストレートは何も撃ち抜かないが、それを分かっていたのでバランスを崩さず襲撃に備えることができる。
攻撃を誘っているのは、俺も同じだ。
全身の神経を集中し、攻撃に警戒。
後頭部から首筋にかけて鋭い衝撃が襲い、視界が揺れる。
鎧の隙間を縫った一撃は、半竜化した黒いウロコに命中した。
首筋に突き立てたナイフを握る手を、俺は掴もうとする。
それは俺のフェイントだ。
空ぶったがそのまま振り返り、イドールの姿を見る。
ナイフから手を放したイドールは、まだ着地を終えていない。
再度、瞬間移動を狙う左手が俺の眼前にあった。
その装置を握り込んだイドールの拳を、さらに上から俺が掴む。
半竜化した俺の黒い右手は、瞬間移動装置をイドールの拳ごと握り潰す。それに伴い、二種類の乾いた音が鳴った。
前回森でスキンヘッドの手首を掴んだ時と異なり、檻の阻害もない。
容易く、紙くずを丸めるような手応えだった。
左拳を粉砕されるとほぼ同時に地に足をつけたイドールの表情は、一層青ざめ痛みに歪んだものになっていた。
「な、なんで死なねえんだよ王様ぁ……そのナイフは魔法で強化してあってさぁ、竜族のウロコだって楽々スライスできるシロモノなんだぜぇ……?」
「そうなのか。だが俺のウロコは無理だったようだな」
困惑し、隙だらけのイドールの背中をヴァルゴの大剣が一閃する。そのヴァルゴの背後には、すっかり怯えた様子のスキンヘッドがいた。
「何でだぁ……何で殺せなかったんだぁ……」
俺を仕留められなかった事がよほど納得いかなかったのか、イドールは斬られたことを気にもせず、ブツブツと呟きながらその場に崩れ落ちた。
俺に突き立てたられたそのナイフはどこにあるかと思えば、刃が折れた状態で地面に落下していた。
さて、イドールは討ち取られた。
俺は地面に放置された円盤のもとに立ち、そこに映し出されるアルゴーシュを見下ろす。
「こちらも、アレが挨拶代わりだ」
倒れたイドールを目で示した。
こうも簡単に敗北するとは想定外だったのか、アルゴーシュは苛立たしげな顔を見せた。
『役立たずの愚か者めが……!』
「アルゴーシュ、貴様にも報いを受けてもらうぞ。竜族がこれまで受けた屈辱、晴らさせてもらう」
そして俺は宣言する。
「我ら竜族は、貴様ら賢族に宣戦布告をする。今夜が貴様、アルゴーシュ最後の夜だ!」
返答も待たず、憤慨した顔で俺を睨み上げるアルゴーシュの映像を円盤もろとも踏み砕いた。