9 勝利への布石
本日更新1回目です。
俺の右目に宿るギフト"status open"。
対象のステータスを閲覧し、更にはその操作までも行える脅威の力だ。
そんなギフトの存在を、これまで俺は一度も耳にした事がなかった。
500年以上の時を生きた魔王イエオネスの弟子として、多くの叡智を授かったこの俺でさえだ。
当然、このギフトの力を秘匿する努力を俺は欠かさなかった。
ラスターが千里眼を持っていた事にこそ気付けなかったが、それもまた想定の範囲内だ。
同じ千里眼使いと長年過ごしたこの俺に、あのギフトへの油断はない。
常に誰かに見られる事を想定しながら行動していた。
◆
俺はヒルダに何度も読み負けた。その結果が、今の窮状であるのだろう。
ヒルダの放った魔法が四方から俺へと迫り来る。
氷塊を内包し、物理的な衝撃さえ伴った炎の嵐だ。
隙間なく俺を取り囲むその炎と氷の輪舞曲は、受ける事も回避する事も今の俺には不可能だ。
それは、まさに絶体絶命の危機と呼ぶに相応しい。
だが――
「……なんとか間に合ったみたいだな」
炎氷嵐が俺の肉体を蹂躙せんと迫る。
だがその寸前で、グチャっと肉の潰れた音が響き、それらは一瞬で掻き消えた。
「……ヒルダ?」
見れば、ロイたちが俺から視線を外して絶句していた。
その場所に立っていたはずの女性が、見るも無残なひき肉へと変わっていたからだ。
それをやったのは、ギラギラと輝く金髪を持つオーガだった。
その手には血と肉に塗れたどデカいこん棒が握られている。
奴は銀鬼さえも上回る巨躯を持った怪物だ。
その剛腕から繰り出した一撃で、ヒルダを叩き潰したのだ。
「(……ステータスオープン)」
ヒルダが死んだ事で、枠が一つ空いた。
俺は心中だけでそう呟き、ギフトの力を発動させた。
▽
名前:金鬼
種族:オーガ
Lv:125
生命力:142463/142463
魔力:0/0
神聖力:0/0
力:938
体力:963
知力:88
信仰心:38
敏捷:513
器用:113
運:125
△
見た目そのままに、銀鬼さえも上回るステータスを持ったまさに化け物だった。
奴こそが銀鬼の相方にして、ここカルナの森を騒がすもう1体のオーガ――金鬼であった。
「てめぇ。良くもヒルダをっ!」
一応連中にも仲間意識というモノがあったらしい。
ラスターが怒りにそう叫ぶが、しかしそれは明らかな悪手だった。
▽
名前:ラスター
種族:人族
Lv:102
生命力:7069/7069
魔力:0/0
神聖力:0/0
力:367
体力:235
知力:173
信仰心:61
敏捷:561
器用:592
運:1(-183)
△
「(残念だったな。今のお前は世界で一番不運な男なんだよ)」
操作可能なステータスの中で、俺がもっとも理解に時間を要したのが"運"の値だった。
便宜上、俺はそう呼称していたが、その実態は言葉以上にもっと複雑だ。
仮にこの"運"の値を最低の1まで引き下げたところで、いきなり不運に襲われる訳ではない。
いやそういうケースもあるにはあったのだが、そうじゃないことの方が実は多い。
丸1日、運の値が1のままでも何も起こらないなんてケースも存在し、いまだ完全にこの値について十全に理解しているとは言い難い。
ただそれでも大雑把な傾向については大体読み取れた。
この値を1にされた者は、何か行動を起こした時にそれが裏目へと出る。そんなケースが非常に多かったのだ。
なんとも不確定な効果ではあるが、一つ大きな利点が存在した。
それは操作を察知される危険が極小だという点だ。
運が下がる。
他のステータス操作とは異なり、その事実を実感できる者は今のところ存在しなかった。
セリューのようにステータスを閲覧しただけで勘付くような者は別として、運の値だけを操作したところで、それに気付く者はこれまで一人もいなかったのだ。
「(賭けの部分も多かったが、結局は俺の読み勝ちだ)」
ロイたちがその姿を見せた時点で、即座に俺は右目の力を発動しトーラス、ラスター、ヒルダの3人の運の値を下げていた。
一見無意味にも思える連中とのお喋りも、全てその時間稼ぎに過ぎなかったのだ。
ラスターの千里眼で俺の持つ力の全容を暴いた。
そう思い込んでいた連中は、俺にキーワードを発させない事にだけ注意を払っていた。
馬鹿な連中だ。こちらの思惑通り、見事騙されてくれた。
窓を開くのに、キーワードの発声なんて必要ないのだ。より正確に言えば最初は必要だったのだが、使っているうちにすぐに必要なくなった。
だが俺は監視の目を警戒し、普段は敢えて発声を続けていた。
今のような場面に備えて。
「(それに……銀鬼が何かの訪れを待っていたのは、その態度から明らかだった。遠からず相方がやって来るのは目に見えていたんだ。その時、最初に襲われるのは当然"運"がない奴に決まっている)」
それがロイを除く3人だった。
ちなみにその選択基準は、探知能力が高いシーフのラスター、御業による治療が可能なトーラス、魔法による遠距離攻撃が厄介なヒルダの順だ。
その結果は御覧の通りだ。
立ち位置のせいか、あるいは目立ち過ぎたのか、ヒルダが金鬼の標的に選ばれることとなった。
途中でラスターが金鬼の接近に気付く可能性も0ではなかったが、俺は運が1となった奴のツキの無さを信じた。
たまたま金鬼の接近を見逃してしまう、そんな不運を信じたのだ。
もっともただ運にだけ頼るのではなく、奴の気を引こうともした。
そんな細々とした努力の積み重ねがヒルダを殺し、そして今度はラスターをも葬ろうとしていた。
「死ねよぉ!」
ラスターが怒りの形相を浮かべながら、金鬼へと弓を引き絞る。
だが矢が放たれる寸前、偶然にもその弦が弾け飛んだ。
「っ痛てぇ!?」
突然の"不運"な武器の故障に際し、痛みに弓を取りこぼすラスター。
だがその一瞬のスキが命取りとなった。
「ガァァァァ!!」
金鬼がそれを見逃す訳もなく、巨躯に似合わぬ素早さを持って、急接近する。
「ちょっ、待っ――」
ラスターの待ったの声は、振り下ろされたこん棒によって遮られた。
「くっ、良くも2人をっ!」
「いけません、ロイ! ここは連携して当たるべきです!」
感情に任せて金鬼へと突進しようとするロイを、トーラスが制止する。
「(ちっ、そのままひき肉になってくれれば手間が省けたんだがな……)」
金鬼とロイたちは、意識を互いへと集中しあっていた。
その隙に乗じて気配を消し、近くの茂みへと隠れ潜んだ俺は、心中でそう舌打ちをする。
隠れたのは逃げる為ではない。
あいつらを皆殺しにするためだ。
「(ステータスオープン)」
ラスターが死んだことでまた1つ枠が空いた。
現在俺の眼前に並ぶのは、ロイ、トーラス、金鬼のステータスを表示した窓だ。
トーラスの運は既に1。
今度はロイの運を1にすべく俺は操作を再開する。
「(あの化け物相手に、2人はどこまで戦えるかな?)」
金鬼は圧倒的なステータスを有するが、ロイやトーラスだってそう捨てたモノではない。
4人なら確実に勝利していただろう、それ程の強者たちだ。
だが2人ならどうか。正直、今の俺には判別がつかない。
但し、それは真っ当に戦えばの話だが。
「(今の連中はツキに見放されている。十中八九、金鬼の勝ちだろう)」
そうしてロイ達が死んでから、俺が生き残った金鬼を仕留めればいい。
如何に強靭な肉体を誇ろうとも、所詮は1体の魔物だ。
なら俺の敵ではない。
一人静かに勝利を確信し笑みを浮かべる俺だったが、しかし戦いは水物である。
そう思惑通りばかりには、進んでくれなかった。