7 油断と油断
本日更新6回目です。
名前持ちのオーガ――銀鬼の討伐を俺は見事成し遂げた。
その事実に一瞬、そうほんの一瞬だけ気を緩めてしまう。
その生じた僅かな隙を突いて、後方から一筋の矢が飛来した。
「くっ……!」
警戒が十分ならば避けれたはずの矢だが、僅かばかりの緩みが災いした。
狙いだった心臓は辛うじて回避したが、しかし左前腕に刺さってしまう。
「毒矢かっ……」
勇者時代――様々な毒に関する知識を学んだ。
フォルティスならばこの程度の毒は耐性だけで防げたが、今の俺では不可能だ。
即座に矢を引き抜き処置を施す必要がある。
刺さった矢を動かすと肉がえぐられる感触があるが、今は無視だ。
「ぐぅっ……」
痛みに耐えながら矢を引き抜き、すぐに口と右手を駆使して肘上を紐で縛る。
これ以上毒が回らないようにだ。
「くそっ、もう使い物にならないか……」
左腕でまだ幸いだった。
もし利き手であれば、剣さえロクに振れなくなるところだった。
このままこの場から逃げるべきか迷ったが、襲撃者に背を向ける方が危険だと判断した。
矢が飛んできた方向へと顔を向けながら、周囲への警戒を密にする。
「はぁ……治療代が高くつきそうだな」
かつての俺ならなんてことない怪我でも、今なら十分致命傷となりうる。
警戒してもしたりないのに、それを怠った自分に腹が立って仕方がない。
そんな想いから漏れ出たただの愚痴だったが、それに応える声が聞こえる。
「うーん、その心配はもう必要ないんじゃないかな?」
「そうか……そうだったのか。毒矢を放ったのは、お前たちか……っ!」
矢の放たれた方角から、大して気配も隠さずに連中は近づいてきた。
俺も良く見知った顔――ロイたち4人だった。
「あれぇ? アロンちゃんってば、あんまり驚いてなくない~?」
ヒルダが、そのタレた目を嫌らしく光らせながら嗤う。
ははっ、十分過ぎるほど驚いたよ。
ただ、その反応を素直にお前たちに見せてやるのが嫌なだけさ。
「いやぁ、やっぱお前ってすげぇわ。あのタイミングで背後から飛んで来た矢に反応するなんてなー」
続いてラスターが感心した様子で、そう俺を褒め称える。
渾身の毒矢を避けられて悔しがっているかと思えば、どうも違う様子だ。
少なくともその表情に嘘の気配はまるで見当たらない。
くそっ、何を考えている!?
「はっ、お前なんかに褒められても、少しも嬉しくはないな」
奴らの意図はまるで見えないが、こうして毒を受けてしまった以上、どの道それを素直に喜べるはずもなく……。
ただ強がりを返すだけに留める。
「ははっ、こんな状況にもかかわらず挑戦的なその目つき。やっぱり君に目を付けて正解だったね」
そんな俺の反応を見て、何故かロイが喜色を示してくる。
常に笑みを絶やさない男だったが、今の笑い方には少しばかり狂気を感じてしまう。
「なぁ……これは何の真似だ?」
連中が俺を襲った事実は理解したが、やはり目的が分からない。
その性根はともかくとして、彼らはわざわざ俺から功績をかすめ取る必要などない、一流の冒険者たちなのだ。
「ふふ、我々の意図が分からない。そんな目をしていますね、アロン君」
そんな俺の考えを察したのか、眼鏡の端を持ち上げながら、トーラスが得意げにそう告げて来る。
「ああ、お前たち4人なら例えコイツ相手でも問題ないだろう? 俺なんかを襲って一体何がしたい?」
銀鬼の死体を指差しながら、俺はそう尋ねる。
個々の実力は十分で、パーティバランスも取れている。
多少時間はかかるかもしれないが、この名持ちオーガを敵にしても、そこまで苦戦しないはずだ。
「理由は簡単だよ。君がとても優秀で魅力的な子供だからさ」
子供か。
これでも一応、成人は迎えているんだがな。
とはいえ、残念ながら今の俺の背は低い。
これまでの極貧生活が響いたのか、どう考えても栄養不足が原因だ。
今では食事もきちんと取っている事だし、どうにか成長期がまだ続いている事を願いたいが。
「あれ? もしかして子供という表現が気に入らなかったかな? ならそうだね……。そう、君は前途有望な若者なのさ」
俺の沈黙を不満の表明と捉えたのか、ロイがそう言い直す。
「……それがどうした?」
「僕たちはね。そんな子が絶望に打ちひしがれながら、未来を断たれていく。そんな姿、そんな表情を見るのがたまらなく好きなのさ」
「そうよぉ。アロンちゃんってば、とっても素敵なんだもの。一匹狼を気取ってぇ、その癖一人が寂しいのよねぇ~」
「……そういうことか」
マトモそうな外見や言動とは裏腹に、随分と下種な集まりだったらしい。
くそっ、やはり人族相手に少しでも気を許すべきではなかった。
俺のそんな甘さが、ロイたちを喜ばせ、こうして目を付けられる原因ともなった。
「絶対に周囲の大人たちに気を許さねぇ。そんな風に意地張ってるお前の心を、ゆっくり解きほぐして安心させてさぁ。まあ割と楽しい作業だったぜぇ。でも、こうなったらあとは刈り取っちまうだけだ。そうしてこの遊びは終幕に花を飾るのさ」
いつもと変わらず陽気なラスターだが、今はその瞳が酷く淀んでいるようにも映る。
「なるほど。ここまでは全部お前たちの思惑通りという訳か。だが果たして最後までそう上手くいくかな? 俺はそう簡単に絶望などしないし、殺されてやるつもりもないぞ?」
確かに今は危機的状況だ。
だがフォルティスが味わった状況を思えば、救いは多いと言える。
4人で囲んで安心しているのだろうが、俺には右目の力がある。
一度に3人までしか操作出来ないこの力だが、やりようはいくらでもあるのだ。
俺は小声でギフト発現のためのキーワードを発するべく、口を開こうとする。
だがその動きに待ったの声がかかった。
「おっと。君が妙なギフトを操ることは知っているよ。詳しい原理までは不明だけど、対象に呪いか何かを掛ける事が出来るみたいだね」
「ですが、君がその力を行使できる対象は一度に2人まで。それ以上は無理なのでしょう? そして我々は4人。君に勝ち目はありません」
ロイの言葉をトーラスが引き継ぎ、俺の持つギフトについて得意げに語る。
「なぜそれを知っている……? 尾行には気を付けていたつもりだが……」
「ははっ、悪りぃが俺もギフト持ちなのさ。千里眼つぅな……」
言いながらラスターが自身の目を指差す。
「……納得したよ」
その力を使って、俺の警戒の外から悠々と動向を観察してた訳か。
味方なら頼もしい力だが、敵に回るとやはり厄介な力だな。
「そんな訳で、お前のギフトも実力もこっちには全部筒抜けなのさ」
「……そうか。キーワードを口にする事でギフトが発動する事。その対象が一度に2人までである事。何より俺の素の実力がお察しである事。お前たちには全部お見通しという訳か」
「そうよぉ~。でも諦めろなんて言わないわよ~。必死に足掻いて私たちを楽しませてから、死んでいって頂戴ねぇ~」
ヒルダが恍惚とした表情を浮かべながら、楽しげにそう言う。
そうか。人の苦しみもお前らにとってはただの娯楽か。
まったく趣味が悪いにも程があるな。
やはり人族とは度し難く、救う価値がない。
「さて、どうだかな。そっちこそ足元を救われないよう気を付けた方がいいぞ?」
「うんうん。やっぱり最高だねアロン君は。若者は、そうでなくっちゃね」
俺の強気な反応に、しかしロイたちはただ喜色を強めるばかりだ。
やれやれ、お前らだって十分若いだろうが。
フォルティス時代を合わせれば、人生経験は間違いなく俺の方が長い。
年長者として、これからお前たちに世の中の厳しさを教えてやるとしよう。
授業料は、お前ら全員の命だ。