6 銀鬼
本日更新5回目です。
いつものように俺は一人で"カルナの森"の奥地へと狩りにやって来ていた。
その道中、何度か魔物の群れとすれ違うが、それらは全部スルーした。
俺の狙いは飽くまで単独行動の個体だけ。
そしてようやく本日の獲物と巡り会うことが出来た。
「(さて、オーガが1体に……)」
勇者時代に培った探知技術は、大分劣化はしているものの今も有効だ。
それが目の前に立つオーガとはまた異なる、複数の気配を背後に捉えていた。
「(まったく……しつこい連中だな)」
この気配には覚えがある。
狩りの秘密を暴こうと何度も俺に絡んできた連中だろう。
俺が急に姿を隠したせいで、見失った彼らは慌てふためいていた。
もっと早く撒く事も出来たのだが、いい加減ムカついていたので敢えてここまで放置していた。
「(ふんっ。お前たちの相手は後でしてやる)」
そう心中で毒づいてから、オーガの方へと意識を戻し、窓を浮かび上がらせる。
▽
名前:銀鬼
種族:オーガ
Lv:116
生命力:116022/116022
魔力:0/0
神聖力:0/0
力:742
体力:835
知力:93
信仰心:46
敏捷:464
器用:116
運:139
△
「(ほぉ……名前持ちか。珍しいな)」
これまでの経験上、魔物は基本"nameless"――名無しである。
名前という概念を、彼らが持っていないせいだ。
なのにこのオーガには名前がある。
人間からわざわざ名付けられる程に厄介な魔物であることを意味していた。
それを裏付けるように、奴は一際高いステータスを有していた。
見た目も一般的なオーガよりも一回り巨大で、まさに強者たる風格を備えていた。
特に目立つのがその頭髪だ。
一般的なオーガは黒髪だが、奴のそれは銀を帯びていた。
それこそが"銀鬼"という名の由来なのだろう。
「(ふぅ……大丈夫そうだな)」
ギフトの発動を察知された気配はない。
何かを待ち受けるように仁王立ちしたまま、銀鬼はその目をずっと閉じている。
いざとなれば、後ろの連中に擦り付けてやろうとも考えていたが、どうやらその必要は無さそうだ。
「(しかし……奴が噂の銀鬼だったか)」
ギルドの掲示板で、何度かその名前を見かけた覚えがあった。
カルナの森の奥地を騒がす凶悪オーガの片割れだ。
「(さて、最初に低下させるべきは……)」
あれ程の相手に対し、知力低下は少々リスクが大きい。
中途半端に知性を失い暴れられると、今の俺では対処しきれない危険があるからだ。
「(ここは力から削っておくか……)」
奴の長所にしてもっとも警戒すべき点――それは数値にして700を超える力だろう。
逆を言えばそれさえ削いでしまえば、後はどうとでもなるはず。
一つ気掛かりなのは、力のステータス操作は相手に察知されやすい点だ。
いきなり筋力などが低下し始めたら、普通は外部からの干渉を疑う。
それは魔物だって同じことなのだ。
選択肢は他にもあったが、どれも何かしらリスクを抱える以上、これが正解のはずだ。
そう信じて俺は決断した。
「(力よ減少しろ)」
そう念じた途端、力の隣に記された"742"という数値が減少を始める。
676、675、674……。
まだ奴に気付く様子はない。
532、531、530……。
これまでずっと閉じていた銀鬼の目が見開き、周囲を伺い始める。
「ガァァ?」
「(くそっ、もう気付いたか……)」
馬鹿な魔物だと、手遅れになるまで気付かない事も多いのだが、やはりそう甘い相手では無いらしい。
だが俺の潜伏技術だって中々のモノだと自負している。
なんといっても師匠の――魔王直伝の技だからな。
「グガァァ……ガッ?」
それは過信ではなかった。
銀鬼が察知したのは俺ではなく、その更に後方。
俺の秘密を探るべく、ノコノコと尾行してきた冒険者たちだった。
「ガァァァ!!」
連中に気が付いた銀鬼は、すぐさま猛然と駆け出した。
既に力の数値は500を割っていたが、それでも並みのオーガよりはまだ高い。
他のステータスはそのままであり、いまだ脅威の強さを誇っていた。
「ちょっ、マジかよ!?」
「何だよ、あの馬鹿デカいオーガは!?」
そんな銀鬼に捕捉された事実にようやく気付き、慌てて飛び出して逃げようとする4人の男たち。
「(ふんっ、何度か見た事ある顔ばかりだな。どれも名前は忘れたが……)」
所詮、俺のようなガキ相手から、功績だけを掠め取ろうとする、クソみたいな連中だ。
そのステータスもお察しであり、きっと覚える価値など見出せなかったのだろう。
その判断はやはり正しかった。
「おい、早く逃げろよ! やべぇぞ!」
「わ、分かってるけど……」
連中は完全に遅きに失していた。
銀鬼の圧倒的な脚力を前に、すぐに追いつかれてしまう。
「(ははっ、精々俺のために時間を稼いでくれよ。ネームレス共)」
いきなりステータス低下を仕掛けられた銀鬼は、怒り狂っていた。
その原因だと勘違いされた4人は、その圧倒的な暴力の前に、為す術もなく蹂躙されていく。
「ぎゃぁぁ!」
「ひぃ、た、助けて――」
掴まれてボロ切れの如く引き裂かれる者。
顔面大ほどの巨大な拳に殴られて、潰れたトマトと化した者。
4人の冒険者たちは抗うことさえ許されず、あっという間に全滅した。
「(哀れな奴らだな)」
連中もまた人族である以上、俺の敵だ。
なら死んだところで、別に何とも思わない。
むしろ俺の心中は昏い喜びに満たされていた。
クズが滅びる姿を見守るのは、そう悪い気分ではなかった。
「グガァァァ!!」
4人を殺した後も、銀鬼の怒りの形相に変化はない。
それもそのはず、俺のステータス操作は今なお継続中だからだ。
必死にその原因を探しているようだが、しかし俺に気付いた様子はない。
「(後少しだ……もうすぐ俺の勝利が確定する)」
奴の力は既に100を割っていた。
あれ程の巨体だ。もう間もなく自重を支えきれなくなる。
そしてついにその時が訪れる。
「グ、グガガッ……」
銀鬼が身体をふらつかせ始め、その場に膝をつく。
やがてその姿勢すら維持できなくなったか、そのまま地面へと崩れ落ちていく。
「(ははっ、俺の勝ちだ)」
▽
名前:銀鬼
種族:オーガ
Lv:116
生命力:116022/116022
魔力:0/0
神聖力:0/0
力:1(-741)
体力:835
知力:93
信仰心:46
敏捷:464
器用:116
運:139
△
窓に表示された力の値が1となっていた。
この状況でもう俺に負けはない。……ないはずだが、奴の体力の高さはちょっと面倒だ。
俺の腰にささったボロボロの剣じゃ、マトモに刃が通らない危険もある。
「(念には念を、だな)」
続いて今度は体力の操作へと移行する。
この値が高いほどに、肉体の強度や持久力などが高まる。
逆を言えばこの値を減じてやれば、硬い皮膚を持った相手でも刃が楽に通るようになる。
要するに、今の俺の力でもあっさりと殺せるようになるわけだ。
力よりも数値が若干多かったせいで削るのに時間は掛かったが、それも問題無く終わる。
周囲に他の魔物の気配などもない。
「(さて、トドメといこうか)」
名前を与えられた程のオーガだ。
一体どれだけの報奨金が得られるのか。
恐らく、これまで貯めた分と合わせれば旅費としてはもう十分だろう。
ようやく俺は復讐への第一歩を踏みだせるわけだ。
そんな事を考えながら、潜伏していた茂みから外に出て、横たわるオーガの傍へと歩いていく。
「恨みはないが、これも復讐のためだ」
腰から剣を引き抜き、動かない銀鬼の首元へと切っ先を向ける。
「じゃあな」
俺が振り下ろした剣は、銀鬼の首をあっさりと切り落とした。
「ふぅ……」
やり遂げた安堵から俺はそう息を吐き、人心地つく。
だがその瞬間を、待ち望んでいた者たちが存在した。