40 固定化
「不遜な小娘よ! 剣の錆にしてくれる!」
上段に大太刀を構えたサラティガが、じりじりとエルナとの距離を詰めていく。
一見こちらが追い詰めれているように見えるが、全てこっちの思惑通りだ。
サラティガに五芒星斬りを使わせる、それこそが勝利条件の一つだったからな。
五芒星斬りは、奴ご自慢の秘剣だ。
袈裟斬り、左切り上げ、左薙ぎ、逆袈裟、右切り上げという順で振るうことで、文字通り、五芒星の軌道を描く。
その最大の特徴は、5動作を一度にこなすという点だ。
剣神を名乗るだけあって、奴の剣は早く重い。
しかしさきほど俺がやってみせたように、ただ一太刀をしのぐだけならば割とどうにかなるのだ。
だがそれが5倍の数、しかも同時に襲い掛かって来るとなれば、話はまったく別となる。
ほとんどの者にはまず対応できないため、あの構えを取った奴の間合いの内側に入れば、そこに待つの死だけ。
……普通ならな。
「(お前の敗因は2つ。さっさと決着をつけなかったこと。そしてこの俺を取るに足らない相手だと判断し、捨て置いたことだ)」
どちらも己の剣の腕への自負から生じた慢心のせいだ。
そう思えば、この貧相な身体だってそう悪くないように思える。
相手に侮らせ、こうして隙を作り出すことに成功したのだから。
あとは俺が失敗しなければいいだけ。
『こちらから仕掛けるぞ。構わないなアロン?』
『ああ。お前はあの男を殺すことにだけ集中しろ。場は俺が整えてやる』
微かに頷いた気配が届き、エルナが駆け出す。
「その首いただくぞ、サラティガ!」
「ほぉ、自ら死界へと踏み込むか。なんと愚かな娘よ」
サラティガがニヤリと口の端を歪める。
「では望み通りここで朽ち果てるがいい!」
そうしてエルナが間合いへと侵入した瞬間、奴が大太刀を振り下ろした。
いかにエルナが素早くとも、奴の秘剣より早く動く事は不可能だ。
エルナの剣が届くよりも先に、大太刀がエルナの肩口へと触れる。
だが俺はこの瞬間をずっと待っていた。
『ここだ!』
その刹那、俺は右目の新たな力を発動した。
これまで右目に出来たステータス操作は増加か、減少の2つだけ。
人がそれぞれ持つステータスの値。
それを変動させること自体は、何も俺だけが持つ特権という訳ではない。
肉体を損傷したり、呪いなどを受ければその値は低下するし、逆に御業などで強化すれば上昇もする。
生命力の現在値なんかは、特にそれが顕著だ。
傷を受ければ簡単に減るし、治療すればその値は簡単に回復する。
そんな移ろいやすい値を固定化する術を、俺は手に入れていた。
だが、それに気づくこともなくサラティガの大太刀が星を描く。
「……他愛もない」
5振り全てがエルナへと直撃した。
その手応えから勝利とエルナの死を確信し笑みを浮かべている。
まったく本当に甘い男だ。
▽
生命力:49258/55584(+54115)
△
傷を受けたという現実は、生命力の減少と連動している。
だが生命力を固定化し、その減少を妨げてやれば果たしてどうなるか。
その結果がこれだ。
エルナは死んでなどいないし、それどころか肩口に僅かな出血がある程度でピンピンしている。
「ふっ。隙だらけだぞ?」
それを示すように、サラティガの懐へとエルナが飛び込んでいた。
「なっ!?」
サラティガが驚愕に目を見開いた。
五芒星斬りの威力はたしかに絶大だ。
ただでさえ奴の剣は重く、例え一太刀であってもまともに受ければ致命傷は免れない。
それが五発、全盛期の俺でも耐えきるのは難しい程だ。
だが、その直撃を受けたはずのエルナだが、なぜか大した傷を負う事もなく生きている。
そんなありえない光景を見たショックと、何より秘剣の代償によりサラティガは動けずにいた。
というのも、実は五芒星斬りはただの剣技ではない。
奴は魔導師ではなく魔力も持たないが、並外れた剣の才能と多大な修練の果てに、1振りで5回斬るなんて魔法めいた芸当を可能にした。
しかし魔力も神聖力も用いない以上、そこには別の対価が必要とされた。それが今の奴の硬直だった。
先取りした4振り分の時間、身動きが取れなくなってしまうのだ。
この隙だが、普段ならばさほど大きな問題とはならない。
硬直の存在自体はサラティガ自身も認識しており、そもそも乱戦などでは使わないからだ。
奴がこの秘剣を使うのは1対1の場面――周囲から横やりの心配がない時だけだ。
硬直の時間だって1秒にも満たず、敵が近くにいない状況ならば、奴の実力ならば不意打ちだろうと十分対応できる。
問題となるのは、秘剣を受けてなお相手が生きている場合だ。
今のエルナのように。
「ふっ、その命、もらい受けたぞ」
一方、最初からこの状況を想定していたエルナに迷いはなかった。
一直線に剣を突き出し、奴の左胸へと突き刺す。
「ぐはっ……!!」
いくらサラティガの肉体が丈夫でも、心臓を貫かれれば死は免れない。
血反吐を吐き出しながら、ゆっくりと膝を落とし崩れていく。
「な、なぜだ……」
信じられないといった表情で、瞳を彷徨わせながら尋ねて来る。
「はっ、誰が教えてやるか」
「小僧……お主が何かやったのか……?」
俺が応えた事で、奴はようやく自分のミスを悟ったようだ。
ざまあないな。
器でもないくせに強者ぶるから、そうなるのだ。
無様に地を這うサラティガを見下しながら、そんな愉悦へと浸る。