4 ギフトの弱点
本日更新3回目です。
右目に宿る力の存在を知った俺は、すぐさまギルドへと向かい冒険者としての活動を始めた。
勇者時代に培った戦闘経験とギフト「ステータスオープン」、この2つがあれば手っ取り早く金を稼げると考えたからだ。
活動の場となったのは、近隣にある"カルナの森"だ。
そこに毎日のように赴いては魔物を狩り、得た魔石や素材などを売却する。
「この魔石はまさかオーガの……? あなた一人でこれを倒したというの?」
若い受付嬢が何か驚いている様子だが、今は無視だ。
「いいから、さっさと金をくれないか?」
ともかく今は時間が惜しい。
換金を終えたら、すぐにでも狩りへと向かわなければならない。
一刻も早く資金を貯めて、復讐へと旅立ちたい。
「あ、はい。では少々お待ちを……」
換金待ちの間、暇つぶしに他の冒険者たちを眺める。
「(ふぅん。こんな辺境でも、そこそこ出来そうな連中がいるもんだな……)」
俺の視線の先には、見るからに凄腕らしき一団がいた。
周囲とは一線を画す豪奢な装備で全身を固めており、それは一目瞭然だ。
特にその真ん中に立つ男は別格だった。
鋭い目つきに、隙の無い立ち振る舞い。
正面から戦えば、今の俺では何も出来ずに瞬殺されるだろう。それほどに際立った強者の気配を漂わせていた。
「ステータスオープン」
その強さがどれ程のものか気になり、半ば興味本位で右目の力を行使する。
▽
名前:セリュー
種族:人族
Lv:122
生命力:21235/21789
魔力:23859/25108
神聖力:0/0
力:500
体力:451
知力:476
信仰心:146
敏捷:390
器用:342
運:122
△
どうやら男の名は、セリューというらしい。
初めて聞いた名だが、しばらく忘れらそうにもない。
「(……強いな。今まで見た人間の中では、多分一番だ)」
窓に並んだ数値の高さに驚きつつも、同時に自身の能力の凄さにも震えていた。
全くの初見の相手の力量を、僅かな労力・時間だけであっさりと暴くことが出来てしまう。
しかもそれだけではない。
「(奴がどれだけ強くとも、俺の力なら……っ!)」
その気になりさえすれば、殺すのは簡単だ。
オーガ相手にやったように、奴の知力を1まで下げてやればいい。
そうすれば、この如何にも屈強そうな男も赤子以下の木偶と化してしまう。
後はその首根っこを掻き切ってやれば、それだけで終わる。
実際にそうしてやろうか、不意にそんな衝動に駆られ、しかしどうにか抑える。
そして、それは正解だった。
男の――セリューの視線が、いつの間にか俺の方へと向けられていたからだ。
「どうしたんだよ、セリュー?」
「いや、さっきから妙な感覚が纏わりついててな……」
まさか、気付かれたのか!?
殺気が漏れ出ていたのだろうか。いや違うな。多分もっと前からだ。
恐らく窓を開いた時点で、既に勘付かれていたのだろう。
「(……忘れていた。真の強者は、ギフト発動の気配さえも感知してしまうことを……っ!)」
前世の俺――フォルティスが正にそうだった。
対象へと直接害を為すギフトはもちろんの事、千里眼などに代表される一見害の生じないギフトの行使さえも、明確に感じ取ることが出来た。
千里眼は俺の右目と同じく魔眼系のギフトの一種であり、遥か遠方を覗き見ることが出来、更に鍛えれば透視さえも行える大変便利な力だ。
だが当時の俺は、その数km先からの監視さえも容易く察知することが出来たのだ。
そして現在の俺とセリューの隔たりは僅か10mほど。
奴ほどの実力者ならば、察知してもおかしくはない距離だった。
「(くそっ、迂闊だった……っ!)」
自分の馬鹿さ加減に毒づきながら、急いで窓を消す。
そして平静を装いながら、静かに息を潜めて嵐が過行くのを祈るのだった。
◆
「ふぅ……なんとかやり過ごせたな」
幸いにして、セリューはこちらに疑いの眼差しこそ向けたものの、それ以上何をするでもなく去っていった。
「間一髪だったな。あのまま気付かずにステータス操作へと手を出していれば、たぶん大惨事だった……」
俺に右目に宿るギフトは強力だが、効果が形となるには少し時間が掛かってしまう。
それまでに多分、俺の命が保たなかっただろう。
「このギフト……絶大な力を持つのは確かだが、やはり弱点も多いな……」
また一つ判明した弱みを前に、意気消沈してしまう。
そして現在、俺は再びカルナの森へと赴いていた。
だが先程の出来事が心に影を落とし、狩りに集中できずにいた。
結果的には、大きな失敗へと繋がる前に気付けたのだ。
なら良しとすべき出来事だったはず。
だが胸の内は、沸々と煮えたぎるばかりだ。
「くそっ! あの程度の相手に怯んでいて、それでどうして奴らへの復讐が果たせる!」
思わず手近な樹木へと、拳で憤りをぶつける。
そこから血が滲むが、痛みよりも苛立ちの方が今は勝っていた。
セリューは確かに強者だ。
正面から戦っては、手も足も出ない相手だ。
だが俺の復讐相手は、アレよりも何倍も強いのだ。
「まだだ。俺にはまだ何もかもが足りない……」
俺の持つギフトの力なら、1対1の状況さえ作り出せたら、どんな相手でも勝利を掴み取れる。
そう思っていたのだが、どうもそれは過信だったらしい。
他にも問題はまだある。
「同時に開ける窓は2つだけ、か。これも厳しい制限だな……」
ステータス操作は、窓を開いている間だけ有効だ。
閉じれば、すぐ元へと戻ってしまう。
操作によって弱体化できる対象は、一度にたった2人まで。
3人以上を同時に敵に回せば、勝ち目が一気に薄くなるという事だ。
「まあ、最初は1つだけだったことを考えればな……」
ここ数週間、ずっと俺はギフトの全容把握にばかり努めて来た。
その結果、鍛えれば他と同様に成長する事が確認出来ている。
気持ちは逸るが、しかし焦りは禁物だ。
ギフトを成長させ、復讐を達成できる力を身に付けねばならない。
その為の課題は他にもある。
いや、ある意味ではこれが一番の重要であり、また厄介であるとも言えた。
「……認めよう。俺一人では目的達成は困難だと」
地位も名誉も手にした連中は、きっと数多くの護衛に守られているはずだ。
だが俺はギフトの性質上、一度に多数を相手取ることは出来ない。
仮に策を弄して、上手く目標を孤立させたとしても、セリューの件を考えれば、やはり勝利は覚束ないだ。
どうあっても、他者の協力が必要となってくる。
「仲間が必要だ。だが……」
前世の俺は仲間――それも親友だと信じていた連中に裏切られた。
現世の俺もまた両親に捨てられている。
前世でも現世でも、信頼を寄せていた者たちに裏切られたのだ。
その結果、今の俺の眼光は突き刺さる程に鋭く、その瞳は勇者だった頃からは想像出来ない程に淀んでいた。
◆
人族は信用できない。いや信用すべきではない。だがやはり協力者の存在は必要不可欠だ。
となると候補は、それ以外の種族に絞られてくるが……。
「この街は人族ばかりだからな」
転生してから、実はまだ他種族と一度も巡り合ってはいない。
元々この帝国自体が人族至上主義なところがあり、その辺境の街で15年も燻っていたのだから、それ自体はまあ仕方がない話なのだろう。ただ――
「嫌なうわさも時折、耳にするからな……」
他種族たちはみな奴隷の身分に堕とされた、なんて話さえも聞こえて来る。
「確かめる必要があるな」
その為にも、この街を出る必要がある。
こんな辺境の地では、得られる情報に限りがあるからだ。
「しかし奴隷か……。この街にも偶に奴隷は見かけるが……」
手っ取り早く信用できる相手として、まず浮かんだのが奴隷の存在だ。
契約により言う事を聞かせられるため、裏切られる心配が最小限で済むからだ。
「とはいえ、その契約も絶対ではないようだが……」
本当かどうかは知らないが、契約の隙をついて逃げ出したり、主を殺したなんて噂も耳にしたことがある。
「まあ、今はそんな金など無いから、無用な心配か」
奴隷は高い。特に戦闘に耐える者となれば、多分尚更だ。
今の俺の懐事情を鑑みれば、ちょっと手が出そうもない。
「一番いいのは、やはり魔族なんだがな……」
イエオネスの最後の頼みもあり、是非とも彼らだけは仲間に引き入れたい。
それでなくとも、彼らの優れた人柄ならば、信頼するには十分だ。
だが元々数が少ない彼らだ。
近くにいる気配も全くなく、その望みは薄い。
「くそっ、俺があんな連中を信じてしまったばっかりに……」
また後悔が俺の心を苛む。
だがどれだけ悔やもうとも、時計の針が後ろに戻ることはない。
ただ空虚さだけが、ずっと胸にわだかまり続ける。
きっとそれが、愚かな俺へと与えられた罰なのだろう。