38 挑発
『状況は理解しているな?』
剣を振るい続けるエルナへと念話でそう問い掛ける。
『ああ、今のままでは勝てない。そう言いたいのだろう?』
『分かっているのならいい。まさかこんな早くに訪れるとは思わなかったが、奴を仕留めるには絶好の機会だ。……アレをやるぞ』
それは対サラティガ用に準備した秘策だった。
今でこそ復讐対象である三英雄たちだが、かつての仲間でもある。
当然その手の内は把握しており、連中を倒すため手段を常日頃から講じていた。
その一つをこれから実行に移すという訳だ。
幸いにしてその策は単純であり、連携も打ち合わせも何もかも足りていない今の状況でも、やってやれないことはない。
問題はその成算となるが……。
『こちらは問題無い。だが、まだ練習不足だとか言ってはなかったか? 出来るのか?』
成否の鍵を握るのは、エルナではなく俺だ。
もし失敗するとすれば、それは全ての俺の責任、修練不足と言える。
毎日ギフトの力を酷使して成長を促した結果、俺は新たな応用法を編み出すへと至っていた。
作戦の中核となるのはそういった技術の一つなのだが、身に着けたのはごく最近の話であり、ぶっつけ本番で使いこなすには不安要素が多いのは確かだが……
『……やって見せるさ。いや、そうしないと確実に負ける。ならどのみち他に手はないさ。……それとも怖いか?』
これは決して皮肉や挑発などではなく、純粋に彼女の身を案じての言葉だった。
今度は俺がエルナを助ける番――などとカッコつけたはいいが、実際のところ今の俺はどうやっても彼女に頼るしかない。
そして俺の右目が自分には効果がない以上、矢面に立つのはどうしたって彼女となってしまう。
なんとも情けない話だ。
『……いや、それしか手がないとお前が言うのなら従うさ』
エルナはそう言ってくれるが、あの誓約さえなければ、彼女一人ならば逃げられたはずだ。
しかし今の状況的に俺たちはもう一心同体。
どちらかが崩れれば、両方とも死は免れ得ない。
なら、どっちも背負うリスクに大差はないか。
そう開き直ってから俺は戦いを注視し、チャンスを伺う。
「よいぞ小娘! もっと某を楽しませるがいい! 秘めたる才を曝け出すのだ!」
エルナが優勢だったはずの情勢は、とっくに逆転していた。
サラティガの剣筋から迷いが消えており、余裕の表情さえ浮かべ始めている。
『稽古をつけてやってる。そんな動きだな』
『……舐められたものだな、私も』
エルナが悔しそうに呟くが、実力差は理解しているのか、そこに力はない。
『どのみち用意した策を使うには、奴に本気を出させる必要がある。出来そうか?』
『そうしないと勝てないのだろう? なら一々聞くんじゃない』
『愚問だったな、許せ』
覚悟が足りないのはどうやら俺の方か。
普段はただの大飯ぐらいだが、ここぞでの度胸の据わり方が半端ではない娘だ。
そうだな……この戦いが終わったら好物を好きなだけ食わせてやるとしよう。
それくらいしか、今の俺には返せそうもないしな。
『……奴に本気を出させるなら、挑発が手っ取り早い』
『挑発か。だが難しそうではあるな。それに言葉で簡単に揺らぐ相手ではないように見えるが……』
『まったく……お前まで騙されるな。英雄、剣神などと呼ばれていい気になってるのか、妙に達人ぶった雰囲気こそ出しているが、所詮それは偽りの仮面に過ぎない。一皮むいてやれば、ただのガキだよ、あの男は』
『そうなのか? ではどうすればいい?』
『そうだな……。俺の――勇者の名を使え』
他の2人はともかくとして、奴に関しては裏切った理由は明白だ。
死の間際にペラペラと喋ってくれたからな。
冥土の土産のつもりだったのだろうが、まさか転生により俺が復活を果たすなど、夢にも思ってはいまい。
『……了解した。まあやってみるさ』
俺の提案に同意したエルナが、後ろへと大きく飛びのく。
それに対しサラティガは追撃をしてこない。
余裕のアピールって奴だろうな。
「ふむ少し疲れたかな? なら存分に休むがいい。但しこの場からは決して逃さぬがな。久々の血の滾る戦いだ。気の済むまで付き合ってもらうぞ」
「ふんっ、逃げる気などさらさらないさ。むしろ教えて欲しいものだな。勝ちの決まった戦いから、わざわざ手を引く意味をな」
「ほぉ、まだ勝てるつもりであったか? やはり面白い小娘よ」
「そうやって大物ぶっても無駄だ。所詮お前はただの負け犬なんだろう、サラティガよ?」
エルナのその言葉に、サラティガの表情に亀裂が入る。
「ほぉ……某を負け犬などと呼ぶか。魔王討伐の英雄を前にして、良くも吼えることだ」
「ふんっ、何が魔王討伐の英雄だ。笑わせてくれる。勇者から奪い取った偽りの功績だろう、それは?」
「お主……何者だ?」
エルナの言葉に、サラティガの目の色が明らかに変わった。
「さあな? 教えて欲しければ私を倒してみるのだな、偽英雄よ」
「良かろう……もうしばらく楽しませて貰うつもりだったが、止めだ。決着をつけるとしよう」
そう言ったサラティガが刀を腰へと戻し、背中の大太刀へと手を伸ばす。
「勇者との勝負から逃げた負け犬の剣で、果たしてこの私が斬れるかな?」
「……どこまでも口の減らぬ娘よ。もうよい、早々に散るがいい」
そう吐き捨ててサラティガが大上段に大太刀を構える。
奴の秘剣"五芒星斬り"――それが放たれる前兆であった。