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34 フロリナート樹林

 視界一面には緑の木々が立ち並んでおり、時折耳に届けれらる木の葉同士の擦過音が、生命の息吹を強く感じさせる。


 ここフロリナート樹林は、帝都の北西部一帯に広がる魔物の生息地だ。


 ここと南側にあるサルード山地とが合わさることで、帝都ガストリアは北の王都アルセリウムと並ぶ難攻不落の拠点と化していた。

 もっともその内実には大きな差が存在しており、アルセリウムが王国経済の要所でありながらも、堅い城壁により守りを厚くしているのに対し、ガストリアは飽くまで地形的要因によって攻め辛いだけに過ぎず、大国の首都としては明らかに見劣りしていた。


 もっともそれは帝国と王国の技術力の差を示しているのではなく、単にアルセリウムが古の帝国から引き継いだ都市であるというだけの話だが。


「守り易いのは理解出来るが、ここまで交通の便が悪いと首都には向かないように思えるが……?」

 

 なのでエルナの疑問ももっともだと言える。


 いくら守り易い要害の地とはいえ、このような不便極まりない場所を首都にしては、国家運営に差し障りがあるのは間違いない。

 とはいえ多くの物事の道理というモノは、得てして一面だけでは測れないものだ。


「その辺は、ガスターク帝国の成り立ちに関連する話となるな。もともとこの辺り――大陸西部には小国が乱立していた。それらを大分前の皇帝が糾合することで、今のガスターク帝国は建国された」


 帝国の母体となった国が元々この地を拠点としていた。その頃の名残で、今もこの地に首都を置かれ続けている。

 もちろん遷都を考えなかった訳でもないのだろうが、そのためには得てして多くの人材や資金――莫大なコストが要求される。国家運営に余裕があるか――逆に切迫した状況でもなければ、おいそれとは行えないものなのだろう。


 俺がそんな事を考えている一方で、エルナは別の感想を抱いたらしい。


「……なるほど。だからここは帝国なのだな」


 そう。この国はかつてこの近隣に存在した諸国、それらを束ねたからこそ帝国を名乗っている。


「この国の公爵や侯爵などといった高位の領地持ち貴族らは、かつて一帯を統べた一族の末裔ばかりだ。そのせいか、どうにも独立独歩の気風を持つ者が多い傾向にあるようだ」

「そうか……小国とは言えかつての王族の末裔という誇りが、彼らをそうさせるのだな?」

「恐らくはな」


 別に「鶏口となるも牛後となるなかれ」ではないが、大陸の四分の一を占有する大帝国の一員である事よりも、例え小国であってもその頂点に立つ事の方が、彼らからすれば眩い立場に見えるのかもしれない。


 もっとも彼らとて現実が見えていない訳ではなく、下手に帝国の傘下から離れれば、その行く末は破滅しかない事だってちゃんと理解はしているのだろう。

 独立性のアピールにしたって、自分たちのことを余り雑に扱ってくれるなという、言外の主張に過ぎない。

 

 しかしそれをやられた側――帝国側の受け取り方はまた少し異なっていた。

 少なくともフォルティスの頃はそうだった。


「そういった地方領主たちの態度こそが、当時の皇帝オズワルドを大いに誤解させた。真に恐れるべきは、遠くの敵よりも近くの味方、だとな」


 あの時代、帝国の国力は充実していたが、それでもオズワルドは遷都を行わなかった。


 経済的不利を背負ってでも、このような辺鄙な土地に首都を据え置いたままにしたのは、きっとそのことが原因なのだろう。


「常に足元に不安を抱えていたせいで、他国への侵略を行う余地などなかったはずだ。皇帝が代替わりしたことで、その方針に何らかの変化が生じたのは理解できるが、にしても少し急すぎるように思えるな……」


 今の皇帝が余程の切れ者なのか、無能なのか、それとも――


「何にせよ帝国の動きについては、今後も十分注視すべきだろうな。それ次第で、俺たちの取るべき行動も変わってくる」

「……その辺の難しいことは全部任せるよ、アロン。私はただお前を守るだけさ」


 少しややこしい話となってしまったせいか、エルナは理解を諦めてこちらへと丸投げしてきた。


「まあ、それで構わないさ。ただ忠実な盾であってくれればな。それ以外のことは期待していない」

「やれやれ……本当に疑り深い奴なのだな、お前は」


 肩を竦めながら、エルナがそう呟く。


 勘違いするなよ。別に今さら疑ってなどいないさ。

 エルナが裏切った時点で、何もかもが崩壊する以上、そこは割り切っている。

 

 ただ信じていないだけなのだ。

 ……そして信じられなくても、他に寄りそう樹がない以上、そこにすがるしか道はない。


「それよりも先を急ぐぞ。でないと日が暮れてしまう。こんな森の中で夜を明かすのは御免だからな」

「……それは私も同感だな」


 ここまでの長旅のお蔭もあり、野宿自体はもはや慣れっこの俺達だったが、それも場所による。


 帝都に近いこの森は、それなりに人の出入りがあるらしく、一応道らしきモノは存在する。

 とはいえその多くが、ただ足で踏み固めただけの獣道であり、その脇に明確な野営地など存在しなかった。

 夜行性の魔物も存在するため、森の中で夜を明かす冒険者も皆無という訳ではないのだろうが、帝都までほど近い立地に加え広さも然程でもないため、その数はやはり少ないようだ。


「今回の行軍はお前の訓練を兼ねているからな。魔物の気配を察知しても俺は教えない。自分一人で対処するように」

「はぁ……私のようなか弱い乙女に対し、ちょっとハード過ぎやしないか?」

「まったく……お前の一体どこがか弱いんだ? オーガ相手に腕っぷしで勝る乙女がどこにいる?」


 ステータス操作によって強化されたエルナを、見た目だけで判断したら確実に痛い目を見る羽目になる。それほどに、実情とはかけ離れていた。


「本当に失礼な奴だな、お前は。よりにもよって、あんな化け物と同列に語ってくれるとは……」


 どうやら気分を害したらしく、フンと首を振って前を向いたエルナは、そのまま俺を置いてズイズイと歩き出した。


「(……少し雑に扱い過ぎたか? これは失敗したな)」

 

 一応反省した俺だったが、しかし謝罪の言葉を口にするのはやめておいた。

 理由がどうであれ、今のエルナは前に進むことに集中している。その邪魔をしたくはなかった。

 

 無言のまま俺たち二人は、昏い森の中を突き進んでいく。

 時折、周囲に魔物の気配を感じるが、不思議と襲撃はない。


「(あれか? もしかして怒りのオーラに恐れでもなしたのか?)」


 今のエルナはご機嫌斜めであり、少し近寄りがたい雰囲気を放っている。


 きっとそのせいだろうと軽く考えていた俺だったが、それが間違いだったことに気付くのは、もう少しだけ後のことなる。


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