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33 迫る目的地

 2、3日程滞在したことで様々な情報が耳に入って来る。

 その多くが取るに足らない与太話であったが、中には無視できないモノも確かに存在していた。


「王国への大規模侵攻か。そこにサラティガの奴も参加しているようだな」


 魔王という共通の敵を滅ぼした人族だが、今度は互いに相争っていた。


 ここガスターク帝国とローゼム教国が手を組み、アルセリア王国とマギスティア法国がそれに対抗するという構図だ。地理的には大陸の東西と南北の争いと見ることも出来る。

 覇権を争うこの両陣営だが、魔王討伐以前では他種族に対し排他的であるか寛容であるかでも意見が分かれてもいた。

 もっとも魔族があまりに優秀過ぎたせいで、最終的には4国とも排除の結論へと達したようだが。


「なんだ、浮かない顔をしているじゃないか? ああ、昔の故国が滅びるのが辛いのか? それとも復讐相手にすぐに会えないことが悲しいのか?」

「ふん、何を言っている。俺の故郷はダミア村だけだ。それを滅ぼした連中など、どうとでもなればいいし、今サラティガと戦ってもこちらの勝機は薄い」


 俺の指導の甲斐もあってかエルナの上達は目覚ましく、特に剣の扱いはベテランの域に達しつつあったが、それでもサラティガ相手では心許ない。

 剣だけでは厳しい。せめてもう一手何か欲しいところだ。


 俺がマトモに戦えれば……そうは思うが、残念なことに今の肉体は凡弱過ぎて、技術でどうにか出来る域にはなかった。


「ならそのような顔は止めろ。こちらまで辛気臭くなってしまうじゃないか?」

「……うるさいぞ」


 現在のエルナは黒いコートで全身を覆っており、その素性を隠している。出ないと目立ち過ぎるからな。


 それでも時折隙間からチラリと覗く美貌は少しも褪せないが、しかしそれも口を開かなければの話だ。

 今では妙に口うるさい小姑のようにしか感じられなくなっている。


「しかし……帝国も今回ばかりは本気のようだぞ。なんといっても皇太子自らが直々に指揮を執っているそうだからな」

「ああ、そうだな。インペリアルガードを帝都から動かすとは、また思い切ったことを考えるものだ」


 インペリアルガードの称号は優れた近衛騎士にのみ与えられる。そして近衛騎士団の役割は皇帝の守護であり、皇帝が動かぬ限り彼らも動かない。動けない。

 少なくともフォルティスの頃はそれが常識だった。


「それで――そのインペリアルガードとやらだが、どのくらい強いのだ?」


 エルナに尋ねられて、俺は過去の記憶を辿る。


「……正にピンキリと言ったところだったな。ローランド――当時の団長やその側近たちは中々の使い手だったが、それ以外は正直なところ、そこらの木っ端騎士と大して変わらないレベルだった」

「なんだ。名前負けじゃないか」


 国が違うため深いかかわりがあった訳ではない。

 しかし形だけとはいえ同じ近衛であるロイヤルブレイズに所属していた俺は、彼らとも何度か言葉を交わしたことがあった。

 その時、彼らがインペリアルガードの名の失墜について嘆いていたことが印象に残っている。


「実力を度外視にして、家格の高さだけでポンポンと称号を与えたせいだと聞いたな」

 

 かく言うローランド自身も伝統ある侯爵家の出身であり、団長なんて荷が重いが他にやれる奴がいないと、酒の席でひっそりと愚痴っており、それを何故か大して親しくもない俺が慰める羽目になったのを覚えている。


「なら、警戒は不要か?」

「さて……それはどうだろうな? 当時は13人もいたのが、今はたったの4人しかいないようだからな。内実になにかしらの変化が生じている可能性もあり得る。希望的観測は止めておくべきだろう」


 相手を侮ってもロクな事にはならない。それよりは過剰に見積もった方がまだしもマシだ。

 エルナの方も「それもそうだな」と特に抗弁することなく頷く。


「そう言えば、お前の復讐相手がインペリアルガードでないのも、その辺の事情が原因なのか?」


 エルナの言う通り、サラティガはインペリアルガードではない。 


「いや、恐らくは無関係だろうな」

「……帝国最強なのにか?」


 俺の知る限りでは、当時の帝国において最強の個はサラティガであった。

 しかし、あいつは剣の腕が立つだけに過ぎない。


「ふんっ、人を斬るしか能がない男だからな。言っただろう? インペリアルガードは皇帝の近衛なんだ。守る事を知らない猪武者などには、とても務まらない役割だろうさ」

「……なるほどな」


 もっとも当時の皇帝は、インペリアルガード就任の打診を何度となくしていたのだが、それを奴がにべもなく断っていたというのが真相だったりもする。


「やはり……ここ10年ほどでの情勢の変化は大きいようだな。俺の知らない事も数多い。しばらくは情報収集に勤しむべきだろうな」


 サラティガ一人をただ殺すだけなら、今の俺達でも打つ手は色々と考えられる。

 だが目的がそれだけではない以上、先の事を見据えて動く必要があった。

 そのためにも情報は必要だ。


「ふふっ、存外冷静なようで安心したぞ」


 どうやら俺は心配されていたらしい。


 まあ、今更焦ったところでどうにもならないのはちゃんと理解している。


 ならばそれを態度で示すべき、もしかしたら彼女はそう言いたいのかもしれないな。

 


 ここルミネの街から帝都までは、徒歩でおよそ3日ほどの距離となる。

 しかしそれは街道に沿って順当に進んだ場合の話だ。


「なぁ、アロン? この森を突っ切っていけば早いんじゃないのか?」


 地図と現実の地形を交互に見交わしていたエルナが「良い事を思いついた」そんな表情で告げて来る。


 これから俺たちが通る予定だった街道だが、森を避けるようにして折れ曲がっており、大分遠回りとなっていた。

 もちろんそこには相応の理由が存在する。


「目の前のフロリナート樹林には、数多くの魔物が生息しているからな。今の俺たちだと逆に時間が掛かってしまう可能性が――」


 そこまで言ってから、俺は少し黙考する。


「どうした、アロン?」

「……折角の機会だ。どうせなら、この森を突っ切って行くとしようか」


 険しい地形の森ではあるが、危険度自体は然程でもない。


 生息する魔物も数こそ多いが、弱い個体がほとんどであり、今のエルナが後れを取るような相手と遭遇する可能性などまず無い。

 今後のことを考えても、きっと良い経験となるはずだ。


「……良く分からないが、お前がそう決めたのなら、私は従うだけさ」


 そうして俺たちは予定を変更し、街道を逸れて森を突っ切って帝都を目指すことにした。


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