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30 買い出し

 夕暮れの中、ルミネの街へと辿り着いた俺とエルナの2人。


「今夜はゆっくりと眠れそうだな」


 ここは帝都に程近い立地と、帝国各地へと伸びる多くの街道の経由地であるという2つの要因から、目覚ましい発展を遂げていた。


「ああ。それに食糧の残りが心許ないからな。2、3日ほど滞在する予定だ」


 旅立ちの前に十分な余裕をもって買い込んでいたのだが、エルナという同行者の追加でその予測は狂うこととなった。エルナが見た目に反して大食いであることも、少なからず影響している。

 加えて帝都へと向かう前に、今の情勢について少しでも情報収集をしておきたいという思惑もあり、そのように決めた。


 宿で一夜を明かした俺たちがまず向かったのは、食肉市場だ。


 巨大な天幕に覆われ周囲から隔絶されたその空間には、まだ朝早い時間にも関わらず、多くの人出で活気に溢れていた。


 血抜きがされ、頭部や尾、四肢などが切り落とされ、そして原皮や内臓を取り除かれ吊るされた大小様々な動物たちの枝肉、それらが所狭しと並べられている。

 血と獣の匂いが充満しており、一種独特の雰囲気があった。


「(なんだか懐かしい感じがするな……)」


 ふと俺はアルテナと2人で各地を旅していた頃を思い出し、少しだけ感傷に浸る。

 それから前を向き、戦場へと赴く戦士の顔を浮かべた。


「店主、これらを全部まとめて引き取る。だから分かっているな?」

「へぇ、貧相な見た目のくさに、分かってる坊主だな。別に構わないぜ。全部引き取ってくれるってんなら、こっちも助かるからな」


 赤い照り返しが食欲をそそる枝肉たちが数多く並ぶ中、俺がまず求めたのは、一般にくず肉と呼ばれる存在だった。

 それらは乱雑に一箇所に纏められて、処分の時を待っていた。

 それを敢えて購入する意図が分からないのか、エルナが目をパチクリさせている。


「なぁ、アロンよ……。まさかそんなのを私に食べさせるつもりか?」


 エルナが、恐る恐るそう尋ねて来る。


 まあ確かにその反応も理解は出来る。

 多くが「魔物でも食わない」などと揶揄されるような劣悪な部位ばかりだ。当然俺だってこんなのを、そのまま口にしたくはない。


「もしかして……私を飼い犬か何かと勘違いしてないか?」

「馬鹿を言うな。大体、お前のどこが犬だ。どちらかと言うと猫だろうが……」


 俺の言う事などまるで聞きやしない。そのくせ、無駄に好奇心旺盛で、俺がちょっと目を離せばすぐ、どこかへと消えしまう。

 旅の間に立ち寄った街で、俺が何度その捜索で駆けずり回ったことか。

 忘れたとは言わせないぞ。


「まあ安心しろ。適切な処理さえ施してやれば、害はないさ」

「ホントか? そう言って自分だけこっそり良い肉を食べるつもりではないのか?」

「お前のように食い意地を張ってなどいない」


 そんな俺の言葉をまるで信じた様子もなく、疑いの視線を向け続けて来る。

 やれやれ疑り深い奴だな。


 まあ俺が買い取ったくず肉たちの見た目は確かに最悪だ。


 原皮や骨なんかの明らかに食えない部位は別けられていたものの、単なる硬い肉の筋といった部分だけではなく、内臓なんかもそこには多く混ざっているせいだ。

 そのせいで、ぶよぶよだったりこりこりだったりと、乱雑に過ぎる肉の山からは、正直なところ不気味さしか感じられないのも事実ではある。


「内臓が捨てられるのは、単に足が早いからだ。ちゃんと処理して、さっさと食えば普通に美味しいんだぞ?」

「……そう言って私を騙すつもりか?」

「ほぉ、ならお前は要らないんだな? 別に俺一人で全部食べてもいいんだぞ?」

「……」


 手間はかかるが実際に珍味だからな。栄養もあるし。

 保存についても、ロイたちから手に入れたマジックバッグのお蔭で、大きな問題とはならない。


「くぅ……。卑劣な奴め……っ!」


 恨めしそうな目で俺を睨みつけながらも、食欲と好奇心には勝てなかったようだ。

 渋々ながら俺の主張を受け入れる。


 大量のくず肉を引き取り、ついでに他の肉も安く仕入れた俺は、また別の市場へと赴いていく。

 そこでもフォルティス時代に培った交渉術で、次々と大量の食糧を安く仕入れていく。


「ああ、しまったな。ちょっと調子に乗って買い過ぎたか?」


 日が高くまで昇った頃、ようやく買い出しを終える。見ればマジックバッグの容量がもう限界近い。

 単に仕舞うだけならなんとかなるが、鮮度の問題があるからな。


 ロイたちから奪ったマジックバッグだが、厳密には何種類か存在する。

 物によっては時間を止めて鮮度を保てたりするのだが、そちらの容量はそこまで多くはないのだ。


「仕方ないな。適当に魔導具でも作ってそこに仕舞うか……。幸いに魔力には困ってないからな」


 そう言って、エルナへと視線を向ける。


 ▽


 名前:エルナ

 種族:unknown

 Lv:59


 生命力:55285/55584(+54115)

 魔力:43548/43820(+43820)

 神聖力:41222/41300(+41300)

 RP:58269/63475(+61293)


 力:513(+490)

 体力:493(+466)

 知力:521(+490)

 信仰心:507(+472)

 敏捷:546(+507)

 器用:539(+496)

 運:519(+472)


 △


 元々魔力を持たないエルナだが、俺のステータス操作によって、疑似的にそれを手にしていた。

 もっともそっち系のギフトを持たないため、魔法自体の習得には苦戦しており、宝の持ち腐れとなっているのが現状だ。

 ならその有効活用という意味でも、悪くはない案だろう。


「よし、そうと決まれば買いに行くぞ!」

「なぁ……私はそろそろお腹がすいたのだが……」


 そんな抗議の声を軽くスルーし、金物市場や骨董市場などを巡っていく。


「よし、大体集まったな?」

「私にはゴミばかりを集めたようにしか見えないんだが……?」


 俺の目の前には、いくつかの金属板や、分解された魔導具の部品たちが並べられていた。


「失礼な、ゴミなんかじゃないぞ。これらを組み合わせて、食糧保管用の魔導具を作るんだ」

「まったく器用な奴だな。勇者とはそんな事まで出来るものなのか?」

「さぁな。ただ俺の場合は師匠が厳しかったからな。あとはまあ……」


 アルテナが食事関連はまるでダメだったため、その方面を俺が担当していたことも大きいと思う。

 他は割と完璧な女性だったんだがな、でもな……。


 彼女が作ってくれた手料理の味を思い出し、全身に悪寒が走る。

 

「……どうした?」

「いや、何でもないさ。さて作業に取り掛かるとしようか」


 魔導具の作成だけでなく、肉の処理などやるべきことは数多い。

 手早く済ませないと、折角買い込んだ食糧が腐ってしまう。


「ふぅ……。やっとで終わった」


 借りた作業小屋で、ずっと集中していた俺は、気が付けば夕暮れを迎えていた。


「流石に少し疲れたな」


 だがその甲斐はあったと言えよう。

 用途別の貯蔵用魔導具が、そこには並んでいた。


「これは冷凍用、こっちが真空熟成用、あれが冷蔵用……」


 確認していくが製作漏れはない。

 これだけあれば買い込んだ食料全てを保管しても十分おつりがくる。


 それらをマジックバッグへと入れて持ち運べば、当分は食料の心配をしないで済むだろう。


「ああ、一息ついたらお腹が減ったな。そう言えばお昼もまだか。何か食べに行くとしようか、エルナ」


 そう言って視線を向けるが、しかし少女の姿はない。


「……おい、エルナ? どこにいった?」


 この作業小屋へと来るまでは、確かに一緒だったはずだ。

 だがその後の記憶がない。ステータスウインドウも消えており、その操作も途切れていた。


「そう言えば、何か恨みがましい目でこっちを見ていたような……まさか!」


 さっと血の気が引く思いがした。

 あの食欲の権化にして気紛れな少女が、お昼なしに耐えらるはずが無い事に今更ながらに気付いてしまう。


「いや待て……あいつは金を持ってないはずだ」


 前は多少持たせていたのだが、半日ほど見失った隙に金貨10枚が食事代に消えたのを目にし、以降は全部俺が管理することとなった。


「おいおい、頼むから食い逃げで捕まっているなんてオチだけは勘弁してくれよ……」


 その程度で済むならばまだよいのだが、もっと嫌な予想がいくつも浮かんでは消える。

 何事もないことを祈りながら、俺は夕暮れの街へと駆け出した。


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