3 ステータス操作
本日更新2回目です。
結局教会ではロクな情報が得られなかった。
失意のままボロ屋へと帰り着いた俺は、一人途方に暮れていた。
これからの生活費の大半を費やして、手元に残ったのは読めない文字の書かれた一枚の紙キレ、ただそれだけ。
考え無しの己の行動を悔いたが、もう遅かった。
「くそっ! こんな紙キレ一枚もらった所で、どうしようもないじゃないか!」
衝動的な怒りに任せて、鑑定結果の書かれた羊皮紙を破り捨てようとする。
だが、直前でその手が止まる。
「……ん? なんだこれは?」
たまたま目に入ったその文字が何かを訴えかけて来る。
そんな感覚に襲われたからだ。
「……」
何かに魅入られたようにして、俺は一心不乱にその文字の羅列を見つめていく。
「……ステータスオープン!」
この時、何を思ってそう叫んだのか、正直良く覚えてはいない。
何か得体の知れない力が働いたのか、知らないはずの文字列を俺は正しく読み取っていた。
そしてギフト"status open"の力が発動する。
「……何も起きないな。ぐっ……」
だがこの右目の疼きは、何らかの力が働いた証だ。
「……何か対象が必要なのか?」
俺は少し思案した後、ボロ屋から飛び出て、左右に首を振って通行人を探す。
すぐに薄汚れた男――たしかゴランという名前だったはずだ――の姿を見つけた。
そいつを見つめながら、俺は再び声を上げる。
「ステータスオープン!」
叫びに応じて再び右目が疼き、今度こそ正しく発動した。
それを示すように、俺の目の前には半透明の四角い板が浮かび上がっていた。
「なんだ……これは?」
手を伸ばし触れようとするも、すり抜けてしまう。
どうも実体は無いようだ。
そこでふと俺はゴランからの視線に気付く。
「おい、おめぇ。何、さっきからブツブツ言ってやがんだ? 気持ちワリィぞ?」
「す、すまない……」
ゴランの視界にはこの半透明の板――以後は窓と呼ぶ――が入っていたはずだ。
だがそれに気付いた様子はない。
「……なるほどな。他人には見えない訳か」
どうも俺の叫び声に反応した。ただそれだけの様子だ。
ゴランが去っていくのを確認してから、俺は再び窓へと視線を向ける。
「これは……一体何を表している?」
窓には、何行にも渡り文字が並んでいた。
▽
NAME:ゴラン
TYPE:人族
Lv:18
HP:243/302
MP:0/0
SP:0/0
STR:18
VIT:20
INT:11
DEV:4
AGI:16
DEX:11
LUK:13
△
その半分近く――特に左側に記されているのは見覚えのない文字ばかりだった。
ただ雰囲気的に羊皮紙に記されたギフト名と同じ文字が使われている、そんな風にも思えた。
辛うじて読めるのは主に右側の部分だ。
上から順にゴラン、人族、18……あとは数字ばかりが並んでいる。
ゴランと人族については、すぐに想像がついた。
多分、対象の名前とその種族を表しているのだろう。
問題はそれ以降の数字の羅列についてだ。
こちらは全く意味が分からない。
「対象の名前や種族を調べる能力……だけとも思えないな」
それだと長々と並ぶ数字の説明がつかない。
「謎だらけだな……」
ただこの数字には、何か大きな意味が秘められている。
そんな予感を俺は覚えた。
そうして考え込んでいると、唐突に右目の疼きが収まり、同時に窓が視界から消え失せる。
「能力を解除したつもりはないんだが……。何か制限が存在するのか、あるいは……」
俺はこのギフトについて、もっと良く調べてみる事にした。
◆
それからはただ試行錯誤を繰り返す日々だった。
足りない生活費は高利貸しからの借金で賄った。
元々、暴利をむさぼるクソ共だ。
いずれは殺す相手でもあるのだし、踏み倒す事に躊躇など無い。
それよりも今は能力の詳細を調べる事に専念したかった。
そうして作った時間を使い、多くの対象に次々と能力を行使して、記された数字の意味を探っていく。
苦労も多かったが、それ以上に喜びが勝った。
調べていくうちに、それが途方もない可能性を秘めていることが段々と分かってきたからだ。
まず能力への理解度が高まるにつれて、窓に記される文字に変化が生じ始めた。
未知の文字列が持つ意味を理解する度、慣れ親しんだ言語へと徐々に置き換わっていったのだ。
例えば"NAME"ならば"名前"、"TYPE"ならば"種族"そんな具合にだ。
その結果がこれだ。
▽
名前:ゴラン
種族:人族
Lv:18
生命力:189/302
魔力:0/0
神聖力:0/0
力:18
体力:20
知力:11
信仰心:4
敏捷:16
器用:11
運:13
△
窓に記された数値が示していたのは、いわば対象の強さだった。
これらをギフト名になぞらえて俺は"ステータス"と呼ぶことにした。
生命力、魔力、神聖力――この3つは現在値と最大値が併記されている。
魔法を使えば魔力の値が、御業を使えば神聖力の値が減っていく。
それらの現在値が0になれば、魔法や御業は使えなくなってしまう。
そして生命力が0となれば――人は死ぬ。
その下の7つの項目はそのままの意味だ。
力の数値が高いほどに、単純に力が――筋力なんかが強い。
他も大体文字そのままの意味となる。
相手の強さを、多数の項目に分けて詳細に読み取る事が出来る。
それが俺の持つギフト"status open"の力の一端であった。
非常に優れたギフトだが、一方で欠点もいくつか存在していた。
「やはり一番の問題は、自分を対象に出来ないことだな……」
俺自身のステータスについては、他人との比較から大凡の予測はできる。
だがこのギフトの長所とは、そういった感覚頼りな要素を排せる点にこそあると言える。
基準となる自身のステータスが不明確であれば、結局のところ感覚頼りになってしまうのは否めない。
だがそんな欠点など埋めて有り余る、別の長所が存在していた。
それこそがステータス操作の力だった。
その発見は、ただの偶然の出来事からだった。
◆
貧民街の路地裏を歩いていると、薄汚い男――ゴランとすれ違う。
「お~れ~はさいきょ~♪ てんか~むてきの~いっぴきおおかみ~♪」
何やら上機嫌な様子で騒音をまき散らしており、その姿を見た俺はつい苛立ちを覚えてしまう。
「ステータスオープン」
奴の窓を開き、そのステータスを眺めながら、ふと願った。
生命力が0になって、死んでしまえばいいのに、と。
だがそんな一時の感情が、俺の右目を強く疼かせ、現実を捻じ曲げる。
「まさか……!?」
窓を見つめる端で、生命力の最大値が少しずつその数を減らしていた。
最大値が減れば当然、現在値も減る。
現在値は最大値を超えることが出来ないからだ。
ゴランの生命力が減るに従い、その表情からは徐々に生気が失われていく。
ついには騒音をまき散らすのを止めて、その場へと座り込んでしまった。
▽
名前:ゴラン
種族:人族
Lv:18
生命力:1/1(-303)
魔力:0/0
神聖力:0/0
力:18
体力:20
知力:11
信仰心:4
敏捷:16
器用:11
運:13
△
尚も数値は減り続け、ついに限界へと達する。
「なるほど、0には出来ないのか。だがこれは……」
素晴らしい力だ。
相手に悟られることなく、簡単に瀕死へと追いやることが出来る。
この力さえあれば……。
「今、殺しはマズイな」
ゴランが死のうが別にどうでも良かったが、騒ぎは御免だ。
能力を解除すると、さっきまでのぐったりとした様子が嘘のように元気を取り戻した。
「お~れ~はでんせつ~♪ こくし~むそうの~あうとろ~♪」
そうして何事も無かったように、またうるさく喚き散らしながら、どこかへと去っていく。
「ははっ、凄いな! この力……っ!」
右目に宿っていた脅威の力の存在を知り、俺は口の端を歪める。
「ふふふふっ! ふははははっ!!」
この力は目的成就への大きな一助となってくれるはず。
喜びのあまり、俺は高笑いをせずにはいられなかった。