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28 剣神の実力

 それから数日程、両軍の睨み合いは続いた。


 どちらにも目立った動きはなく、その間に王族の脱出は無事完了したようだ。


「さて、そろそろ頃合いだな。あとは目の前の連中に敗北の味を教えてやれば、この不毛な戦も終わりとなろう」


 彼らを従える王族たちは、もうあの都市にはいない。


 事実として目の前の軍勢に残された真紅の近衛騎士――ロイヤルブレイズはたった一人だけ。他の5名は王族たちの護衛として既にこの地を去っていた。


 彼らの負う役割を考えれば、その行為を責めることは難しい。王族の近衛騎士である以上、主の命は絶対だからだ。

 しかしこの場に、取り残された兵士たちからすれば堪ったものではない話だ。


 まだその事実に勘付いた者は少ないのか、今のところあちら側に目立った動揺は見られない。


 だが知らないのならば、教えてやれば良いだけの話だ。

 真実を知れば彼らの士気がだだ下がりすることは間違いない。


 なら、あとはタイミングの問題だけだ。


「さて、ここが正念場だぞ! 皆、奮起せよ!」


 殿下の叱咤激励の声に、我が軍の将兵たちが「ウォォォォ!!」と野太い声で応える。


 陣形を維持しつつゆっくりと前進を開始した。

 あちらの弓の射程ギリギリ外で一旦停止すると、灰色の軍勢の中から真紅の騎士がたった一人で進み出て来る。

 猛々しい表情を浮かべた壮年の巨漢であり、その顔立ちや纏う雰囲気は、つい最近出会った男と良く似ていた。


「ロイヤルブレイズが一人、エルネスト・ラグランジュだ! 侵略者どもよ! 俺と戦う勇気があるならば出て来い!」


 我が軍全体へと向けて放たれた言葉だったが、その視線は一心にこちらの方へと向けられている。

 恐らくこれは殿下への挑戦状なのだろう。


「へぇ……殿下を殺しさえすれば、逆転できるとでも考えているのかな? やっぱり親子なんだね。その認識は正しいけれど、甘いよ」

「そうだな。それをさせぬために我らがいる」


 大鎌を構え直したアシュリーの言葉に、私も呼応し剣を構える。


 殿下の方へと視線をチラリと向けるが、椅子に座ったまま笑みを浮かべており、特に逸る様子もない。

 内心で安堵の吐息を漏らしつつも、前を見据える。


「ふむ……殿下が行かぬのでしたら、某が代わり応じても宜しいかな?」

「……別に構わぬぞ」

「ではそう致しまする。実はオーギュスト殿と戦い損ねました故、少々欲求不満だったのですよ」


 獰猛な笑みを浮かべながらサラティガ殿が、腰から刀を引き抜いて悠々と前へ進み出ていく。


「ほぉ……。貴様が噂に名高き剣神サラティガか?」

「如何にも。某が相手をしよう」


 対峙する両軍の中央に出来た空白地帯、そこで2人が対峙する。


 互いの得物は幅広の大剣と刀。尺も若干大剣の方が長い。

 重量では比べるべくもなく、一撃の威力ではエルネスト側に利があるが、その分取り回しではサラティガ殿が優位に立つか。


 ……結局のところ、扱う本人の実力次第という訳だ。

 

「……いいだろう、相手にとって不足はないな。では、いざ尋常に――勝負!」


 そして彼我の距離が20m程まで近づいたところで、一騎打ちが始まった。


灼熱槍(フレアジャベリン)!」


 即座に近接戦闘へと移行するかと思っていたが、意外にもエルネストは距離を詰めることなく魔法を行使してきた。


「ほぉ、まさか魔法とはな。これは驚いたぞ」

「ちっ、どこがだよ!」


 言葉とは裏腹にサラティガ殿は何ら動じた様子もなく、淡々と飛来する炎槍を刀で撃ち落としていた。


「ふむ……その顔と(なり)に反して存外手堅い攻めをする。分からぬものだな」

「はんっ、顔は関係ねぇだろうがっ!」


 一方のエルネスト側も最初から牽制のつもりだったらしく、断続的に魔法を放ちながらも、隙を探るようにしてその巨体を小刻みに動かし、立ち位置を変え続けていた。


「両者共にまだ様子見のようですね」


 戦いにしか興味がないような出で立ちをした2人にしては、予想外に静かな滑り出しだと言えた。


「どうした、クリスよ。サラティガが大人しいのがそんなに意外か?」

「はい。殿下と出会えば、いつも決闘の申し出ばかりしておりましたので。てっきりもっと野獣の如く欲望に忠実な戦いを為さるものだとばかり……」


 周囲の目があるうちは、悠然とした振舞いをしているサラティガ殿だが、それは仮の姿に過ぎない。

 あの男の本質は、闘争に染まっている。


「まあそう思うのも無理はなかろう。別に血の巡りが悪い男ではないのだが、普段のあやつは剣を振るう事――そして戦う事ばかりを考えておるからな」


 殿下のその言葉に私は頷く。


「クリスよ。其方は知らぬのだろうが、サラティガとて常勝無敗の人生を歩んできたわけではない。むしろ奴が歩んできた日々は敗北に塗れていたとさえ言える」

「……そうなのですか?」


 殿下のその言葉を聞き、私は驚きの声を上げた。


「うむ。敵を斬る事のみに全てを費やした男だが、それでも届かぬ壁があったようだな」

「それがあの――勇者なのですか?」


 勇者フォルティス――オーギュスト程の強者をしてまるで敵わぬ言わしめた男だ。


 我が父ローランドも、一度だけその男について語ってくれたことがある。

 曰く「インペリアルガード全員で掛かってもまず勝てぬだろう」と。


 その話を聞いた当時、まだ幼かった私は、真面目一辺倒な父にしては珍しい冗談だと受け流し、そのまま忘れていたのだが、もしそれが紛れもない真実だったのだとしたら確かに驚異的だ。


 もっとも父が現役だった頃と今では埋められない格差が存在するため、単純な比較は難しい。

 全盛期の父でさえ、個人の実力では同じ第一席であるトラバント殿下はおろか、今の私にさえ及ばないからだ。


「そうだ。最終的に、勇者は死にサラティガが生きている以上、勝ったのはあやつだと言える。だがそこに至るまでには色々とあったようでな。口には出さぬが後悔も多いようだぞ?」

「己の剣のみを頼むサラティガ殿が、後悔ですか。ちょっと想像できませんね」

「そうか? あれで意外と繊細な奴だぞ、あやつは」


 殿下はそうおっしゃるが、とてもそうには見えない。


「過去に一体何があったのでしょうね?」

「さてな、我も詳しいことは何も知らぬ」


 我らがそのような会話に耽っている間にも、互いに隙を伺い状況が動くこともなく、双方ともダメージ0のまま、ただ時間だけが流れていく。


 そんな膠着状態を破ったのは、サラティガ殿の方からであった。 


「うむ……お主の呼吸は大体掴んだ。今度はこちらから参るとしよう!」


 そう言い放つや否や、両者の距離が一息に縮まった。

 魔法を放つ一瞬だけ、エルネストの足運びが少し鈍る、そんな僅かな間隙を縫っての動きだ。


「ぐぬぅ!」

「ほぉ、これを受けるか。だが……そうでなくてはなっ!」


 不意を突かれ、一瞬で間合いへと入られたエルネストだが、間一髪その刀撃を受け止めてみせる。

 その超反応に対し、サラティガ殿は口の端を釣り上げ、ますます笑みを深めていく。


「サラティガ殿とあそこまで打ち合えるとは……。流石はロイヤルブレイズというべきかな?」

「……ああ、そうだな」


 アシュリーの感嘆の言葉に、私も素直に頷いた。


 あの場に立っていたのがもし私だったならば、あそこまでやれただろうか……?

 そんな考えがまず浮かび、強くならねばという想いが一層深まっていく。


「だが……もう勝負あったな」

「ええ。相手は少しずつですが、確実に手傷を負っています。対してサラティガ殿は未だ無傷。遠からず決着はつくでしょう」

「いや違う。サラティガの奴め、どうやら本気を出すようだ。良く見ているのだな、2人とも」


 サラティガ殿の本気? あれでまだ全力では無かったというのか?

 思わずアシュリーと顔を見合わせる。


「はははっ、中々に楽しい戦いであったな、エルネスト殿よ!」

「ぐぅぅ! 抜かせ! 俺はまだ負けちゃいねぇ!」

「……その闘志に敬意を表し、某も全力をお見せ致そう」

 

 斬り合いから一歩下がったサラティガ殿が腰に刀を収め、背中の大太刀へと手を伸ばす。


「隙ありだ!」


 武器を持ち替える一瞬を見逃すまいと、エルネストが迫るが、一手サラティガ殿が早かった。

 大上段から斜めへ袈裟切りが放たれる。


「ちぃっ!」

 

 大きく横に逸れながら、辛うじてその一撃を避けたエルネスト。

 図体のデカさに似合わぬ良い反応だ。


 しかしそんな私の感心を尻目に、エルネストの身に異変が生じた。


「なっ……んだと……」


 いつの間にか、彼の身体にいくつもの線が刻まれており、そこから血飛沫が上がった。

 その形はまるで星のような軌跡を描いており……。


「これぞ某の秘剣――五芒星斬り。冥土への良い手土産となったかな?」

 

 大太刀を背へと収めたサラティガ殿が、ゆっくりとそう告げる。


「ぐはっ……」


 対面するエルネストが「理解出来ない」といった表情を浮かべ血反吐を吐きながら、崩れ落ちていく。

 そうして仰向けに大の字となった彼は、そのまま動かなくなった。


「……何が起きたのだ? 見た限り、エルネスト殿は確実に避けていたように思えるが……?」

「僕だって同じだよ。もしや殿下は何かご存じなのでは?」

「……我も詳しくは知らぬさ。ただ一つ言えるのは、剣の技も極めれば魔法めいた境地へと至れるということだな」


 なるほど。あれが魔王討伐を成し遂げた三英雄の実力ということか。


 悔しいが今の私とサラティガ殿の間には埋めがたい溝があるのを感じる。

 だがいずれ超えねばならぬ相手だ。ならば今のうちにその実力の一端を垣間見れた幸運にこそ感謝すべきなのだろう。


 頭ではそう理解しながらも、身体の震えは中々収まらずにいた。


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