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24 皇太子の奇策

 長きに渡り白熱した議論が交わされた軍議もついに終わりを迎え、今回の侵攻作戦については粗方の決定を見ることとなった。

 後はそれらを各部署へと持ち帰り、詳細を詰めるだけとなる。


 列席者たちが会議室から去っていく中で、私含むインペリアルガードの面々とサラティガ殿は居残りを命じられた。

 どうやら殿下から何か話があるらしい。


「もしや、某との決闘を受けてくれる気になったのですかな、殿下?」


 人払いされ、空っぽとなった会議室にそんな声が響く。


「サラティガよ……だから何度も言っておるだろうが。我にそのつもりなど毛頭ない。どうしても我と戦いたいのならば、4対1を覚悟するのだな」

「……残念ですな。1対1でも危ういというのに、4人相手では戦いにもならぬでしょう」

「ふん。良く言うわ」


 サラティガ殿が至極残念そうに述べたのに対し、殿下は鼻白んだ様子で吐き捨てた。


 察するにサラティガ殿の言葉は、真実半分謙遜半分と言ったところだろうか。


 少なくとも今の私が彼と戦えばほぼ確実に敗北を喫する事になる。

 それはグレイやアシュリーとて多分同じことだろう。


 殿下ならば……分からないな。

 しかしあの方が戦わないと宣言している以上、きっと勝敗は危ういところにあるのだろう。


 大胆な言動が多いせいで誤解されがちだが、ああ見えて殿下は慎重な御方だ。

 勝てるなら戦う。僅かでも負ける可能性があるなら戦わない。

 皇太子にしてインペリアルガード第一席という立場はそれ程に重い、そういうことなのだろう。


 そのせいか、今のように戦いをせがまれては辟易とされている殿下の姿を何度もお見かけする。

 サラティガ殿ももう少し殿下の立場を慮って欲しいものだが……。


「では殿下、某たちをこの場に残したのは何故かな?」

「……王都を落とした後の話をしたい」

「殿下と我々があの地に残り、直轄統治を行うという話でしたね。そうして王国民を慰撫すると」


 アシュリーが補足するようにそう述べる。


 今回の作戦が万事上手く進み王都を占領したとして、即座に王国全土が帝国領となる訳ではない。

 何といっても長年敵対してきた国同士だ。大小問わずいくつもの反発が予想される。


 占領統治で失態を犯せば、そのまま反乱へと発展、下手をすれば王都を奪還されるなんて事態も十分考えられるのだ。

 その対策として、王都の情勢がある程度落ち着くまでは殿下が直々に王都を治める。

 殿下の卓越した政治手腕があれば、きっと反発も最小限に抑えられるだろうとの考えだ。


「そうだ。だがあれは表向きの話だ。実はな……我はもう一つ腹案を持っておる」

「腹案ですか。それは……?」


 この辺はどうやらグレイやアシュリーたちにも初耳だったらしく、驚いた顔をしている。

 もちろん私も今初めて知ったことだ。


「簡単な話よ。王都占領後、そのまま法都マドランナへと攻め入るのだ」

「法都への侵攻……ですか?」


 オウム返しのようにそう呟きながらも、アシュリーたちは理解が追いつかないといった表情を浮かべている。多分私も似たようなものだろう。

 正直のところ、殿下が何を仰っているのかさっぱりだった。


「お前たちの困惑は分かるぞ。勝利の勢いをもって軍を反転させたところで、法都へと辿り着くには多大な時間が必要となるからな」


 大陸北部の中心たる王都と南部の中心たる法都、位置としては真逆となる。


 仮に直線距離で向かえたとしても、大分距離が離れている。加えてその道中には旧魔王領――今では深淵の森と呼ばれる土地が立ち塞がる。

 しかも現在では魔物の巣窟と化しており、突っ切るのは大変な困難を伴うため、帝国領を迂回した方が確実に早いと断言できる。


「それに法国側とて、その動きは察知しましょう。であれば法国へと我らがわざわざ攻め入る意味は薄いかと……」


 殿下の仰る法都侵攻の最大のメリットは、やはりその意外性だろう。

 王都を攻めていたはずの帝国軍が、前触れなく襲ってきたとなれば、きっとあちらは慌てる。

 その動揺を突くことこそが重要となるのだ。


 だから事前に察知され待ち構えられては、奇襲の意味は薄いと言えた。


 それに占領統治のため、しばらくは王国領に多くの将兵を留めて置く必要もある。

 である以上、法国侵攻へと使える兵は少なく、ならば無理に連戦するよりも、占領統治を安定化させてから改めて侵攻した方が現実的だと思えるが……。


「順当に攻めるならば、まずそうなるな。だが我に一つ策がある。都市間転移陣を用いるのだ」

「都市間転移陣……ですか?」

 

 初めて聞く言葉に、私は思わず疑問の呟きを漏らす。


「うむ、其方らが知らぬのも無理もないだろう。何といってもあれは古代遺産の一つだからな。4大国それぞれの首都を繋ぐ大規模転移魔法陣のことを指す」

「まさか……そのようなものが存在しているのですか!?」


 更に詳しい話を聞いたところ、なんと数千もの兵を一度に長距離転移させることが可能な魔法陣らしい。


 転移魔法自体が使い手が少ない上にその移動距離は短く、また一度に運べる量も限られている。白兵戦では有用だが、本来とても兵員輸送など使えるような魔法ではなかった。


 だがその常識をあっさりと覆すとは、流石は古代遺産といったところだろうか。


「ああ。もっとも現在は稼働しておらず、使用は出来ないのだがな」

 

 まあそうだろう。

 でなければ一気に王都や法都へと乗り込むことだって可能なはずだ。


「なるほど、そういうことでしたか……。王都占領後、あちらの転移魔法陣を再起動し2都市間の接続を確保、そして帝都へと帰還。その後、法国への侵攻を行うのですね」


 合点のいった様子でアシュリーがそう述べる。


 確かにそれならば、真っ当に王都から法都へと向かうよりも、かなり時間短縮することが可能だろう。


「その通りだ。最低限の占領維持だけならば5千ほども残せば十分であろう。それ以外の将兵たちは全て帰還させ、守りに残していた兵たちと合流させる。それらを用いて一気に法国の後背をつくのだ」

「ですが殿下。本来よりも半分以下の行軍距離で済むとはいえ、法国側が察知するにはまだ十分な時間があるかと存じます」

「それに将兵たちが疲弊しているのに変わりはありません。連戦となれば、やはり我らに不利なのでは?」


 教国との2面作戦となるため法国側も辛いのは事実だろうが、それでもあちらは有利な防衛側だ。

 無理に連戦する意味はやはり薄いように思える。


「戦力の大半は教国が請け負ってくれる。ならば、我らはその不意をつけさえすれば良いのだ」

「……ですがどのように?」


 法国側とて、そのことは警戒し守りの兵を置いているはず。

 連戦で疲弊したこちらの兵では、あちら側の拠点を突破し、法都へと至るのは難しいように思えるのだが。

 

 アシュリーのそんな疑問の声に対し、殿下が本日一番の晴れやかな笑みを浮かべた。

 その余りの屈託の無さに悪寒を覚えるが、しかしもう遅かった。


「我とサラティガ、アシュリー、クリス。この4人で法国へと攻め入るのだ」

「「「っ!?」」」


 その言葉に、私や他の2人はただただ驚くばかりだった。


「(……なんという事を考えるのだ、この御方は!)」


 たしかに我ら4人だけならば、法国に動きを察知される前に、その奥深くまで侵入することは可能かもしれない。だが、それには当然大きな危険が伴う。

 確かに我らはそこらの将兵では束になっても叶わぬほどの強者たちだ。

 しかし決して無敵の存在ではなく、多くの将兵に取り囲まれれば、死ぬことだって十分有り得る。いや普通は死ぬ。


 我らが難しい顔で考え込む中、一人サラティガ殿だけが「はっはっはっ」と大きな笑い声を上げる。


「まったく殿下も面白いことを考えなさるな。……たった4人で軍を気取るおつもりか?」


 サラティガ殿が、獰猛な笑みを浮かべながらも、殿下へと鋭い視線を向ける。


「ふっ、我らインペリアルガードは一騎当千の兵なり。ならば何の問題があると言う? それとも魔王討伐の英雄とて、インペリアルガードではない其方には、一軍の代わりを務めるのは難しかったか?」


 対する殿下も負けじと挑発的な言葉を返す。

 2人の視線が交錯し、場に緊張が奔る。


「……宜しい。では某もやってみせましょう」


 ややあって、サラティガ殿が折れるようにそう頷いた。


「ふふっ……たった4人で敵地で大暴れか。まったく……殿下も随分と無茶を言ってくれるね」

 

 その様子を見ていたアシュリーが苦笑しながら、愚痴をこぼす。


「俺は居残りだからな。……死ぬなよ2人とも」


 グレイが少し憐れむような視線を私たちへと向けてくる。


「一命を賭してでもその任を果たす。……しか道はないのだろうな」


 それに対し、ため息が漏れそうなのを抑えながら、私はそう述べるに留めた。


「クリス、残念だけれど、これがインペリアルガードの称号を得た者の宿命さ。諦めるしかないよ」

「ああ、分かっているよ、アシュリー」


 次代の帝国皇帝たるトラバント殿下の命は絶対だ。


 それでなくとも、今の私があるのは全て殿下のお蔭とも言える。ならばそこに否など無かった。

 問題は今の私にその重責が務めきれるか、その一点のみに尽きる。


 我らが持つ"インペリアルガード"の称号だが、かつては単に帝国近衛最強の騎士という意味に留まらず、もっと大きな存在だった。


 その意味するところ即ち、大陸最強の騎士。


 しかしその名誉に目のくらんだ貴族たちがその地位を占有し、現在ではその勇名は地に堕ちている。

 殿下は、そのくすんでしまった輝きを取り戻したいと考えておられるのだ。


 ならば一見無茶苦茶に思えるその戦場にも、実はちゃんとした意味があることが分かる。

 要するに、そのような修羅場を乗り越え、インペリアルガードを名乗るに相応しい存在であることを大陸中に知らしめろという訳だ。

 

 今更ながらに称号の持つ重みが、両肩へと強く圧し掛かるのを感じる。


 果たして私は生き残れるのだろうか……。


 不安はいくらでも()ぎるが、それでもインペリアルガードの座を退くという選択肢だけは無かった。


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