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23 クリストファー

 帝都ガストリア――ここガスターク帝国の中枢都市であり、中心部には象徴たる巨大な帝城がそびえている。

 そしてそれを取り囲むようにして、帝国貴族らの邸宅が立ち並んでいた。


 そんな貴族街の一角に実家であるオーベルシュタット家が所有する屋敷があり、逗留中の父から呼び出しを受けた私は、そこへ赴くこととなった。


 領地にある本宅程ではないにせよ、それでも侯爵家の家人らが滞在する屋敷だけあって、それなりに立派だ。

 私個人としても士官学校入学までの数年を過ごした場所であり思い入れもあるのだが、今は懐かしさよりも憂鬱さの方が勝っていた。


 しばし応接室で待たされた後、父の私室へと通される。


「おおっ! 良く来てくれたな、クリスよ!」


 私の姿を認めるや父はすぐに立ち上がり、手を大きく広げて歓迎の意を露わにする。


 それに対し私は無表情を保ったまま、ただ一礼だけを返した。

 父が困った表情を浮かべているが、だったら呼ばないで欲しいものだ。


 先代の帝国近衛騎士団の団長にして、かつては"インペリアルガード"の称号を賜ったほどの優れた騎士である父を、私は尊敬している。

 幼い頃の記憶の中にある、紺碧の騎士服を纏い多くの将兵たちを従えた父の姿はとても誇らしく、今の私を形作った根源であるとも言えた。


 しかし、好んで会いたい相手かと言えばそうでもない。


「……少し頼みたいことがあるのだ。まあ座ってくれ」

「いえ、結構です。用件だけを手短にお聞かせ願いたい、オーベルシュタット卿」


 それでも父は尚も視線で着席を促して来るが、こちらの意思が固いのを悟ったのか、溜息一つ吐いてから受け入れる。


「……分かった。では早速用件を話そうか。他でもない、ヴィクターについてなのだ」


 その言葉を聞き、胸の奥から激情がふつふつと湧き上がって来るのを感じる。

 それを抑えるだけで精一杯で、きっと益々無表情となったことだろう。


 そんな私の変化に気付かないまま、父は言葉を続ける。


「そろそろアレも士官学校への入学を考えねばならぬ時期だからな。それでだな、その……良ければ現役のインペリアルガードに指導をして貰えないかと思ったのだが……」


 まさかアレに剣を教えろと言うつもりか……!


 父のあまりに無神経なその発言に、怒りで一瞬意識が飛び掛ける。

 腰の剣に手を伸ばさなかったかった自分の自制心を褒めてやりたいくらいだ。


 ヴィクターは私とは歳の離れた弟である。

 両親共に同じであり、ここオーベルシュタット家では唯一(・・)の男子だ。


 弟個人に対する恨みはない。

 だがヴィクターが生まれたせいで私は――


「……お断りします。それよりもご自身で見て差し上げれば宜しいのでは?」


 感情の乗らない声で淡々とそう告げる。


 既に一線を退いたとはいえ、父とて元は帝国屈指の騎士だったのだ。

 成人前の騎士見習いの指導など、訳もないはずだ。


「ま、まあそうなのだが……やはり現役の――」

「用件はそれだけでしょうか? では失礼します」


 父の言葉を遮り、私は踵を返し逃げるように部屋を後にする。

 背後から呼び止める声が聞こえたが、振り返ることはしなかった。



 "インペリアルガード"――それは選び抜かれた精鋭たる近衛騎士にあって、更に飛び抜けた実力を持つ者にのみ与えられる大変名誉ある称号だ。

 それぞれが一騎当千の実力を持ち、有事においては皇帝陛下を守る最強最後の盾として機能するとされる。


 多くの帝国騎士たちがその栄誉を賜らんと切磋琢磨しているが、現在ではたった4名しかいない。

 そのうちの一人がこの私、クリストファー・オーベルシュタットだった。


「遅くなり申し訳ありません!」


 急ぎ足で向かった会議室には、既に私以外はほとんど参集していた。


 文武における上位の方々ばかりであり、開始までまだ時間はあるとは言え、新参者の私が遅れるとは良からぬ話である。


 なので入室後すぐに謝罪の言葉を発する。


「ふふっ。そんなに焦らなくとも大丈夫だよ、クリス」


 部屋の奥の方から優し気な声が聞こえて来る。

 そこに居たのは先輩騎士であるアシュリーだ。


 アズールブルーの騎士服に身を包んだ彼は、私と同じく"インペリアルガード"の称号を持つ帝国有数の精鋭騎士だ。

 常に笑みを絶やさず穏やかな性格の彼は、近衛騎士団においては調整役を務めている。

 今も私を気遣い率先して声を掛けてくれたらしい。このところ彼には世話になってばかりな気がする。


「どうせあの御仁は時間丁度にしか来ぬからな。別段気にする必要はないぞ」


 アシュリーの言葉を継ぐようにしてそう述べたのは、隣に座っていた同じく先輩騎士のグレイだ。

 彼もまた同じデザインの騎士服を纏っている。


 いつも鋭い眼光をばら撒くせいで周囲の騎士たちから恐れられる彼だが、その内実は意外に優しいことを私は知っていた。

 今もぶっきらぼうな言葉の端に、心遣いが透けて見える。


 少なくともこの2人や他の列席者たちは気にしていない様子だが、気掛かりなのは残る一人だ。


「クリスよ、我がそのような些事を咎めると思うか?」


 最奥の一際豪奢な席を陣取る金髪の騎士へ視線を向けると、その蒼い瞳を輝かせながらニッと笑みを浮かべた。

 この方こそが現皇帝の嫡男――皇太子にして今回の会議を招集したトラバント殿下ご本人だ。


「そのようなつもりは……」

「ならば良い。それよりも早く席に着け。刻限は近いぞ」


 殿下に促されて、私は用意された席へと――アシュリーの隣へと座る。


 それから待つ事しばし、最後の列席者が姿を見せる。


「……来たか」


 殿下が漏らした言葉を受け、皆の視線が入り口の方へと集中する。


 程なくして堂々たる足取りで刻限ピッタリに入室してきたのは、腰に2本の刀を差し背中に大太刀を背負った壮年の男だ。

 黒一色の着物に無地の袴を履いており、武人らしい鋭利な雰囲気を全身から滾らせている。

 その所作は洗練されており足音も静かだ。


 早々たる面々から批難めいた視線を向けられる彼だが、しかし特に動じた様子もにない。

 悠然とした足取りを保ったまま、ゆっくりと用意された席へと――殿下の隣へと向かう。


 この男こそが魔王討伐の三英雄の一人にして、帝国最強と名高い剣神サラティガその人だった。


「ふむ……待たせたかな?」

「なに、時間通りだ」


 サラティガ殿の問い掛けに、殿下が軽く首を横に振ってから着席を促す。

 

「では、これより軍議を開始する」


 全員が集まったことで、いよいよ開始の合図が殿下の口から告げられる。


「本日の議題は、アルセリア王国侵攻の件となります」


 我が国との戦端が開かれて早数年、大陸北部を領するアルセリア王国は滅亡の危機に瀕していた。


 というのも、同じく国境を接する大陸西部にあるローゼム教国からも侵攻を受け、2面作戦を迫られているせいだ。

 南部の同盟国たるマギスティア法国の動きも鈍く、王国は徐々にその領土を奪われ国力を半減させていた。

 このままでは後10年ともたず王国は崩壊するだろう。

 そう囁かれていたが、殿下は時計の針を加速することを望んでいらっしゃるようだ。


「次の侵攻作戦には、我も参加しようと考えている」

「なんと!」

「……殿下直々にですか!?」


 トラバント殿下が発したその言葉に、あちこちから驚きの声が上がった。


「うむ。そろそろ王国にも引導を渡してやらねばなるまい。であれば、我――いや我らが出向くのが一番早いだろう?」


 王国に引導を渡す――その意味するところはすわなち、王国の中枢――王都アルセリウムの占領に他ならないだろう。

 だが王都の守りは厚い。

 下手に無理攻めするよりも、圧力をかけつつ内部から瓦解する時を待つべき、そんな結論だったはずだが……。


「もしや……インペリアルガードの皆様方全員で御出陣為されるので?」


 将軍の一人が恐る恐るといった感じで殿下へと尋ねる。


「いや、父上の護衛として一人は残さねばならんだろう。グレイ、頼まれてくれるな?」


 インペリアルガードは一騎当千の強者であり、盾としてはもちろんのこと、矛として扱っても優秀な戦力だ。

 しかしその本分はやはり皇帝陛下の護衛である。

 いくら実質的な権限を皇太子であるトラバント殿下が握っていようとも、そこをないがしろにすべきではないとのお考えなのだろう。


「はっ! 一命に賭しましても、陛下の御身はこの私――グレイ・ユンカースがお守り致します!」


 グレイの宣誓の言葉に、殿下が鷹揚に頷く。


「はは……まさかサラティガ殿だけでなく、トラバント殿下、アシュリー殿、それにクリス殿まで御出陣為されるとは……。どうやら王国の命運も尽きたようですな」

「ふんっ、でなければ困るさ。我が直々に出向く以上、息の根を確実に止めねばならぬ!」


 まさにトラバント殿下の仰る通りであった。


 こういっては何だが、今の皇帝――ロードリック陛下は有体にいって頼りないお方だ。

 平時であればあの穏やかな気質でも務まったのだろうが、生憎と今は乱世だ。

 今ここでトラバント殿下を失ってしまえば帝国の先行きは昏い。


 なのでこれまで大事をとって出陣されなかったのだが、長引く戦乱は王国だけでなく我が国をも疲弊させていた。

 いい加減ケリを付けなければ、今後の国家運営に差し障ると踏み、決断されたのだろう。


「しかし……それだけの――堅牢な王都を攻め落とす程の戦力を差し向けるとなれば、帝都の護りが少々心配となりますな」


 文官の一人がそう述べたことで、口々に不安の声が囁かれる。


「法国の犬どもの嗅覚は、あまり馬鹿に出来ませぬぞ」

「それに王都の守りは堅固です。攻略に手間取れば、法国に後背を突かれかねませぬ」

「仮に王国を滅ぼせたとて、帝都を危険に晒したとあっては……」


 だがそんな彼らの不安はどれも杞憂に終わる。


「連中は動けぬよ。教国が抑えるからな。話は既についておる」

「なんと教国が……。ですが彼らは信用出来ますかな?」


 古くからの同盟国であり友好国もであるローゼム教国だが、所詮は他国だ。


 今のローゼム教皇――ガンダール猊下は、三英雄の一人にして現代きっての聖人としても名高い方だが、かといって後ろ暗い噂がまるで無い訳でもない。

 どこまで信頼して良いかは、正直疑問が残るところだ。


「案ずるな。此度の戦では教皇猊下直々に出陣されるそうだ。であればあちらも簡単には引けぬさ」

「なるほど……教国も本気という訳ですな」


 政教一体のローゼム教国において、教皇親征の持つ意味は重い。

 ならば形だけの牽制ではなく、相応の成果を求めるはずだ。


 いつの間にそのような根回しを終えたのだろうか? 

 やはりトラバント殿下は油断ならないお方だ。だからこそ剣を捧げる甲斐があるとも言えるが。


 今回の遠征に対する殿下の力の入れようを知り、皆の表情が一段と引き締まり、より議論は白熱していく。


「取り得る侵攻ルートは、主に2つ。一つはフルマンティ領をそのまま北上し、南西側から王都へと向かうルート。もう一つはルノートル領を通り、ユロー山地を迂回しつつ北東側から王都へと至るルートとなります」


 フルマンティ領にルノートル領、どちらも先年の侵攻作戦にて占領した旧王国領の名だ。


 その戦いの最中、こちらへと逆撃を仕掛けてきた王国軍をバルナーク要塞にて寡兵でもって撃退したことで、トラバント殿下の勇名は一気に知れ渡ることとなった。

 

「単純な行軍距離で判断すれば、前者が圧倒的に楽ではありますが……」

「だがその道中には強兵として名高いラグランジュ領が立ち塞がる、か。特に現領主は先代ロイヤルブレイズの団長を務めたほどの武人であり、アルセリア国王の縁戚でもある男だ。そう簡単には通してはくれぬであろうな」


 帝国に我らインペリアルガードが居るように、王国にも似たような称号が存在する。それが"ロイヤルブレイズ"だった。

 父上がインペリアルガードを拝命していた時代には、かの騎士たちこそが大陸最強であると声高に叫ばれていた。


 今でこそ殿下の活躍により、我らのインペリアルガードの名も再び高まりつつあるのだが、世間では未だロイヤルブレイズこそが大陸最強最優の騎士団であるとする意見が根強いのもまた事実だ。


 そこにはかつて勇者と呼ばれた男の――いやこれは考えるべきではないな。


「ですので、陽動部隊にてラグランジュ領を牽制しつつ、本隊は別ルートを迂回し王都の後背を突くのが上策かと存じます」

「ふむ。無難かつ確実な策ではあるが……」


 ラグランジュ公爵オーギュストだが、一線からは既に退いたとはいえ、未だそこらの騎士では束になっても敵わぬ相手だ。

 指揮官としても有能であり、何より王国の忠臣たる彼を屈服させるのは相当骨が折れるはず。

 それよりかは主たる国王を先に抑えるのが楽だろう、との判断に間違いはないと私も思う。


 だが殿下は目を閉じ、どこか不服そうな表情を浮かべながら黙考されていた。

 しばしの沈黙のあと、口を開き一つの結論を告げてくる。


「うむ……やはりラグランジュ領軍は我らが直接打破すべき相手だな」

「しかし、それではこちらにも大きな被害が……」

「異論は認めぬ。これは決定事項だ」


 有無を言わさぬ殿下の言葉に、それ以上反対の声はどこからも上がらなかった。


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