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20 誓約

 レーズンが丸々詰まった大袋一つが、少女によって見事に食い尽くされてしまった。


「なぁ、その小さな体の一体どこに消えたんだ?」


 物理的に信じ難い現象に際し、ついそんな声が漏れ出てしまう。


「ふん、デリカシーの無い男だな、お前は」

「なんで、そう偉そうなんだ……? まあいい、それよりもそろそろ事情を聞かせてもらおうか?」


 例え人族で無くとも、こんな素性の知れない相手にみだりに気を許したりはしない。

 山ほど食糧を与えたことで、義理はもう十分過ぎるほどに果たした。

 ここで納得のいかない答えが返ってくれば、この場に放り出すだけだ。

 例え相手がこの世ならざる美貌を持つ少女であろうとも、それは変わらない。


「ふぅん、そんなに私の正体が気になるのか?」

「ああ。大体なんであんなところに――」


 棺の中で眠っていたのか? 

 だがそう問い掛ける前に、少女はニヤリと笑いながら掌を向けて来る。


「まあいいさ、では食事の礼だ。真実を一つ、お前に贈るとしよう」


 次の瞬間、得体の知れない感覚が迸った。

 痛みはないが、名状しがたい何かに全身を包まれているのを感じる。

 

 ただ奇妙なことに不快感はなかった。


「っ……何をした!」

 

 それが攻撃ではないと判断しつつも、それでも少女へと鋭い視線を向ける。


「安心するといい。お前に害はないさ」

「はぐらかすな! 何をしたんだと、俺は聞いているんだ!」

「そうか。そんな気になるのならば、その目で直接確かめるといい」


 その言葉と同時に、暗闇を照らしていたランタンの光が掻き消えた。

 急な光源の消失に際し、一瞬だけ少女から意識を外してしまう。


「っ!?」


 風と共に何かが俺の方へと飛来し、右頬を掠めた。

 僅かに血が滲む。


 だが致命傷には程遠く、即座に俺はそれを放った相手へ手を伸ばす。


「ぐぅっ」


 俺の右手が細い首を捕らえ、呻き声が上がった。


 だが気にせず力任せに床へと押し倒していく。

 そのまま馬乗りとなって相手の自由を奪いつつも、空いた左手でランタンへと再度光を灯す。


 そこには、やはりというべきか先程と同じ少女の顔があった。


「……何のつもりだ?」

「まったく……乱暴な奴だな……」


 痛みに顔をしかめながらも、それでも少女の口元には薄い笑みが形作られたまま。


「いいから質問に答えろ!」

「……私の顔を良く見ればいいさ」


 少女は僅かに自由の残る右手首を少しだけ折り曲げて、自身の顔を指差した。

 白い右頬からは、少しの赤が滲んでいた。


「……その傷がどうした?」


 つい先ほどまでは無かった傷だ。

 しかし漏れ出る血は僅かで致命傷には程遠い。


 特筆すべき何かなど見当たらない。


「……気づかないか?」

「だから、何をだ!」

「こういうことさ」


 瞬間、また何かが俺の頬を掠めた。今度は左頬だ。


「ふざけるな!」


 どういうカラクリかは不明だが、少女の仕業なのは態度からもまず間違いないだろう。


 首を絞める力を強めながら、鋭い視線をぶつける。

 苦痛に顔を歪めながらも、それでも少女は不敵な態度を崩そうとはしない。


「このっ!」


 怒りを覚え、俺は左手を振り上げるが、そこでハタと動きを止めてしまう。


「……なんだ、傷が増え……?」


 少女の頬には血が滲んでいた。

 しかも右頬だけではなく、今度は左側の頬にも。


 その事実に強烈な違和感を覚え、思考が錯綜していく。


「ようやく気が付いたか? 聞いていたよりも鈍い男のようだな」

「なんだ……これは……?」


 口ではそう呟きながらも、俺の頭には一つの推論が浮かんでいた。


 少女の首を絞めていた右手を離し、取り出した短剣で自身の手の甲を軽くなぞってみる。

 それから短剣を置き、少女の右手首をガッと掴んで目の前へと引き寄せた。


「これは何だ? 答えろ!」

 

 俺の左手の甲に刻まれた赤い線、それと全く同じ形の傷が少女にも刻まれていた。


「もう分かっているのだろう? お前の傷は私の傷となる。そういう誓約が私たちの間には結ばれている」

「誓約だと?」

「あるいは制約だと言い換えてもいい。これは私にのみ課せられた枷だ」


 そう言って少女が自身の首元を指差す。

 首を絞めていた時に多分爪が当たっていたのだろう。そこには僅かに血がにじんでいた。


 自分の首元にも手を触れてみる。

 しかしその場所には血の一滴も流れてはいない。


 それが一方通行の現象であることを示していた。


「納得したか。そして、これは他人を信用出来ないお前への救いの手だ」

「何を……言っている……?」

「お前の力は、他者の協力なしでは宝の持ち腐れだろう?」


 俺の右目を指差しながら、勝ち誇った表情で告げてくる。


「なぜ、それを知って――」


 俺の持つギフトの本質を突いたその言葉に、驚愕を禁じ得なかった。

 声を震わせる俺をよそに、なおも少女は言葉を紡ぎ続ける。


「だがお前は他人を信用出来ない。だから私がその相手になってやると言っているのさ」

「お前なんかを……信用しろと?」

「そのための誓約だ。お前が死ねば私も死ぬ。だから私は自分のために必死でお前を守るさ」


 俺のためでなく、あくまでも自分のため。

 たしかに人間不信に陥っている俺からすれば、まだしも信じやすい理屈ではあるのだろう。


「……言い分は理解した。だが、その誓約とやらはお前が仕組んだモノだ! そんなものどうして信用できる!」


 それに仮にこの誓約とやらが本物だとしても、少女を信用する絶対的根拠とはやはりなり得ない。

 こちらの知らぬ間に解除されれば、あっさりと全てが破綻するからだ。


「なら自身の記憶に尋ねるといいさ。この誓約が、そう容易く解除できるモノかどうかをな」

「……いいだろう」


 その口車に乗ってやることにした俺は、自身を覆う力へと意識を向ける。


 きっとこの全身を包み込む不思議な感覚こそが、少女の言う誓約だというのはなんとなく理解は出来る。

 それがどのように絡み合い、どのような結果をもたらすのか?

 勇者時代の知識と経験をフル活用し、ゆっくりと分析していく。


 答えはそうかからずに出た。

 力の根源こそ不明だが、それらは既に俺の全身へと浸透しきっており、おいそれとは解除できそうもなかった。

 例えフォルティスだった頃でも、相当な苦戦を強いられただろう。多分、10年単位の作業となる。


 ある意味では強固な呪いに近いものだと判断する。……判断せざるを得ない。


「……なぜこんな真似をした? それでお前に何の得がある!?」


 理解出来たからこそ、余計に不可解さが増す。

 あまりに意味不明なその行動に、俺は訳が分からないと叫ぶ。


「……言っただろう? 食事の礼だよ」


 だが少女は事も無げにそう返した。


「たかが……たかが安売りのレーズン如きで、お前は命を捧げるというのか!」

「そうだと言ったら?」

「馬鹿げている! 誰が信じるものか、そんな話!」

「ふふっ、なら私を殺すか? だが帝都への道のりはまだ長いぞ? 果たしてお前一人で無事にたどり着けるかな? 馬鹿デカいドラゴンとまた出会わなければ良いのだがな?」

「くそっ、お前はどこまで知っている!?」


 見透かしたその態度に苛立つが、しかし少女の言う事に一理あるのも確かだ。

 

 ジルニトラという脅威に対し、俺は岩陰に隠れて震えながら、ただ過ぎ去るのを祈るしか出来なかった。


 だが頼れる仲間がいればどうだっただろうか?

 少なくとも、あんな醜態を晒すことはなかったはずだ。


「私を受け入れろ。それが目的達成への最短距離だ」


 結局、少女のその誘惑を俺は拒むことが出来なかった。



 夕闇の空を、一体の巨大なドラゴンが飛翔していた。

 大空の支配者たる威圧感を前に、空を舞う魔物たちは皆、怖れを為して方々に散っていく。


 その影が広大な森の上空へと差し掛かった頃、漆黒の瞳が林立する緑に穴が空いているのを認め、翼を大きくはためかせながら減速し、そちらへゆっくり降下していく。


 そのまま窪地へと降り立った黒竜が、翼を折り曲げて休息の姿勢を取り静かに佇んでいると、その背後からボーイソプラノの声が掛かった。

 黒竜が声の方へとゆっくりと首を傾けると、森の奥から人影が姿を見せる。


「おつかれ、ジルニトラ」

『ああ、我が主よ』


 声相応の年若い出で立ちの、褐色肌を持つ少年。

 彼こそが魔王竜ジルニトラの現在の主――魔王ミーティスその人だった。


「それで、どうだった彼は? ちゃんとアレに気付いてくれたかな?」


 ミーティスの尋ねる声に、ジルニトラが答えを返す。


『この目で見届けたので、まず間違いはない』

「そっか。じゃあ、もうすぐなんだね。もうすぐ母さんの願いが叶うんだ……」


 感慨に耽った様子の少年と、それをジッと見守る黒竜。

 しばし薄闇に静寂が流れるが、それを破る声が響く。


「あっ、いたいたー!」

「やぁ、セレナ」


 森の奥からまた新たな人影が現れた。

 ミーティスと同じ年頃の、燃えるような赤髪を持つ快活そうな少女だった。


 どうやら知り合いらしく、ミーティスたちに特に驚いた様子はない。


「もうっ、ミーティスったら、なんでこんな所にいるのよー?」

「少しやることがあってね。それよりもアルテナさんの方はどうだった?」

「うん……」


 その問いに対し、少女はあからさまにガッカリした表情を浮かべる。


「……その様子だとまたダメだったみたいだね」

「そう。お母さんったら相変わらずなのよ。私の話なんて聞こうともしてくれないの……」


 少女は悲し気にそう呟きながら、ミーティスの胸へと甘えるように顔を寄せる。


「そうか。それは辛かったね……」


 少女を優しく抱き留めながら、ミーティスが慰めの言葉を掛ける。

 そこに少女がまた愚痴を零し、それを彼が宥める構図だ。


 しばしそんな他愛もないやり取りが続き、いよいよ話は本題へと移っていく。


「ねぇ、セレナ。いよいよ始まるんだ。それで……君はどうする?」

「良く分からないけど、私はただミーティスについていくだけだよ?」


 ミーティスの言葉に、当然といった表情で少女がそう返す。


「本当にいいのかい?」

「別に構わないでしょ? それにあいつだってあんたの父親と仲良くしてたんでしょ?」

「はは、実の父親をあいつ呼ばわりは良くないんじゃない?」

「えー! あんな奴、あいつで十分よ!」


 頑なな少女の態度に、ミーティスは黙って首を振る。


「ともかく君の――勇者の協力が得られるのなら、僕としても助かるのは事実だね」

「でしょー? 私は強いんだから!」

「あはは、よく知ってるよ」


 セレナは勇者の証たるギフトを持っていた。

 先代の――実の父親であるフォルティスと同じギフトを。


 アロンが少女と誓約を果たしたのと同じ頃。

 今代の魔王と勇者が手を取り合い、それぞれの願望を叶えるために動き始めていた。


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