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19 少女の目覚め

 ただ眺めていても、少女の素性はさっぱり見えてこない。

 なら直接本人に確かめるのが一番なのだが、あいにくと目覚める気配はない。


 業を煮やした俺は、誘われるようにしてその二の腕へと手を伸ばす。


「……ふわふわで柔らかい。それにちゃんと温かいな」


 指に伝わってきたのは、見た目の冷たい印象に反した感触だった。

 弾力とハリに富んでいたアルテナともまた違う。けれど女性らしさを強く感じさせる質感だ。


「っ!? 俺は何をしているっ!」


 動かない少女の柔肌へと無断で手を触れる。明らかに変態的な行為だ。

 我に返った俺は、すぐさま手を引こうとするが、それを阻む動きがあった。


「っ!?」


 見れば少女が俺の腕をつかんでいた。

 華奢で細くしなやかな指が、なけなしの力でもって俺の動きを制止しようとしていた。


 そんな少女の顔へと目を向ければ、その蒼い瞳と視線が交差した。

 確かに閉じていたはずのそれが、いつの間にか大きく見開かれていた。


「……目が覚めたのか?」

「ああ。そうかお前が……」


 少女が空いた方の手で瞼をこすりながらも、静かな声でそう漏らす。

 口調こそ淡々としていたが、そこにはどこか少女らしい愛らしさが滲んでいた。


 そうして緩慢な動きで少女が、液体を滴らせながら棺の中から這い出て来る。

 より間近へと迫った美しい裸身を前にして、踊ったままの鼓動はより激しさを増していく。


「ふん、思ったよりもマシな面構えだな」

「……何を言っている? ともかく起きたのなら早く服を着――」


 目を逸らしながらそう言いかけて、俺は気付く。

 そんなもの、この空っぽの荷台の中にはどこにも存在しない事実に。


「はぁ、たしかマントか何かがあったはず――」


 仕方なくマジックバッグの方へと手を伸ばす。

 だが少女が手を挙げて、その動きを制してくる。


「不要だ。服くらい自分で用意するさ」

「なっ、なんだ!?」


 そう言って立ち上がった少女の全身が突然光に覆われた。

 青白い月光のような、儚くも眩しい輝きに。


「これでいいのだろう?」


 そんな平坦な言葉の後、月明かりは弾けるように消失した。

 後には黒いゴシック調のドレスを身に纏った少女の姿があった。


「……ゴクリ」


 ようやく慣れつつあった俺だが、また息をのむ羽目に陥ってしまう。


 裸身の時点でさえ既に十分すぎる程に美しかった少女が、相応しい衣装を纏ったことでますますその美貌に磨きをかけていた。


 パニエか何かを下に身に着けているのか、ヒラヒラのスカートが大輪の黒花を咲かせたように膨らんでおり、その下にある脚部もまた同様に黒い布地で覆われている。

 首から下側はほとんど黒一色なのに対し、それ以外は青っぽい様相を呈していた。

 首元には青いバラをモチーフにした大きなリボンが飾られており、蒼銀の長い髪を束ねる頭頂部のカチューシャと左右のヘアゴム、そのいずれもが青色だ。

 透明感に溢れる肌も青白く、両の瞳もまた蒼い。


「随分と見違えたな……」


 もともと月の化身のような少女だったが、黒を纏ったことでその輝きがより強調されていた。

 月の美しさはやはり夜空に浮かべてこそ、そうとしか表現しようがない艶姿であった。


「なぁ、その服は一体どこから取り出したんだ……?」


 何を言っていいか分からず、照れ隠し半分にそんな言葉を投げ掛けてみる。


「乙女に野暮なことを聞く奴だ。だが、今はこれが限界のようだ、な……」


 それだけ答えた少女は、フラリと力なくその場へと倒れ込んでいく。


「お、おい!? 大丈夫か?」

「慌てるな、ただのエネルギー不足だ。げ……いや食べ物をくれ」


 慌てて駆け寄り彼女のか細い肉体を支えてやった俺に対し、少女は表情を変えることなくそんな要求をしてくる。

 どうも、ただお腹が空いただけらしかった。


「はぁ、腹が減ってるなら、もっと早く言ってくれ……」


 別に俺だって鬼じゃない。


 人族なら見捨てたかもしれないが彼女は違う。

 なら助けない理由はなかった。


「ああ、今後はそうさせて貰おう」


 澄まし顔でそう言う少女だが、行動は別だった。

 小さな口をめいっぱいに広げて、何かを待ち望むような表情を浮かべている。


 まるでエサを待つヒナ鳥のようだ。


「もしかして……俺に食べさせろと?」

「見れば分かるだろう? 今の私は一人では動けないのだ。ならお前が世話をするのは当然のことだろう?」

「はぁ……俺はお前の飼い主か何かか? まあいい、少し待っていろ」


 きっと空腹のあまり気が動転しているんだろう。


 これ以上の問答が面倒になった俺は、ゆっくりと彼女を床に横たえてから、マジックバッグを開き、糧食をいくつか取り出していく。


「堅焼きパンは……流石にすきっ腹にはマズイだろうな。ああそうだ、これなんかはどうだ?」


 開いた少女の口へと、黒っぽいしわしわの粒(レーズン)を放り込んでやる。


「ふむ……んぐんぐ。まあまま美味いな。……どうした、早く次をよこせ」


 余程腹が減っていたのだろう、少女はあっという間に食べ終え、おかわりを要求してくる。


「まったく……思ったよりも元気そうだな」


 急に倒れたので心配したが、どうやらただの取り越し苦労だったらしい。


 口にレーズンを放ってやる度、少女がもぐもぐと頬張る。

 その可愛らしい容姿も合わさり、小動物か何かに餌付けでもしているような錯覚を与えてくる。


 とはいえ、処理に困っていた食糧の使い道が出来て、実は俺としても少し助かっていた。


 実はこのマジックバッグの中には、まだ大量のレーズンの山が眠っている。

 安売りしていたので、ついまとめ買いしてしまったのだが、ちょっとばかり甘すぎて消費があまり進んでいなかったのだ。 


 いくら日持ちするとはいえ、限りあるバッグの容量をずっと占有されては堪らない。

 かといって折角の食糧を捨ててしまうなんて判断を、貧乏暮らしが長かったせいか俺は下せずにいた。


「なぁ、そんなに美味しいのか、それ?」


 パクパクと無言でレーズンを頬張り続ける少女に対し、思わずそう尋ねる。


「濃縮された糖分は、素早いエネルギー補給に適している。ただ、それだけの話だ」

「……そ、そうか」


 しかし返って来たのは、そんな身もふたもない言葉だった。


 いやまあ確かにエネルギーの補給は大事ではあるが、俺としては味について尋ねたつもりだったんだが……。

 まあ別にいいか、満足しているようだし。


 そうして餌付けに勤しむことで、荒んだ心が少しだけ安らいでいく。


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