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18 棺の中に眠る者

 俺の眼前には、白い棺のような物体がぽつんと置かれていた。

 四角の箱の上に半透明のフタが乗せられただけのパッと見簡素な構造物だ。


「ははっ、本当に死体が入っていたりしてな?」


 笑い飛ばそうとするも、形状的にもサイズ的にも十分あり得る話であり、あまり冗談となっておらず、すぐに渇いた笑いへと変わる。


「……ゴホン、ともかく中を改めるとしよう」


 ランタンを足元へと置いた俺は、若干の不安を感じつつも、フタを外そうと手を伸ばす。


「鍵か。まあこの程度なら問題はない」


 だがそのフタは、金属の錠前によって固定されていた。


 とはいえ見る限り後付けの雑な封であり、解除自体は今の俺でも十分可能そうだ。

 昔アルテナから教わったシーフの技術は、生まれ変わった今でも確かに俺の中に息づいていた。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか、それとも……」


 薄暗い中での作業だったが、特に問題は無かった。

 あっさりと鍵を外し終えた俺は、フタの端へと手を添えてゆっくりと持ち上げていく。

 もちろん中への警戒は怠らずにだ。


「……妙に固いな」


 特に阻むものなど無いはずなのに、中々持ち上がってはくれない。

 内部の密閉が良く保たれている証拠なのだろうか?


「ぐぅ!」


 より力を込めてフタを引っ張り上げる。

 今の自分の非力さに歯噛みしつつも、出せる全力を込めていく。


「くぅっ!」


 十数秒もの奮闘の末、ついに密閉は破られフタが外れた。

 勢い余って床に尻餅をついた俺の眼前で、中から白い液体が溢れ出てくる。


「……なんだこれは? 血の匂い、か?」


 微かに血臭漂う粘度の高い液体が、床の凹凸を伝って腕へと纏わりついてくる。

 どうやら中は、それらで満たされていたようだ。


 漏出が収まり水面が静謐さを取り戻すと、白濁した液体が徐々に透明度を増していく。

 やがて澄んだ色へと変わり、棺の中身が露わとなった。


「……!?」


 そこには、ある意味では予想通りに人の形が存在していた。

 しかし想定外に、俺の鼓動を強く高鳴らせた。


「人……なのか、これは?」


 思わず息を呑んでしまう。

 そこには一矢纏わぬ少女が横たわっていた。


 多分年齢は今の俺とそう変わらないくらいの、とても美しい少女だった。

 しかし、あまりに整い過ぎたその造形美は、到底俺と同じ種族だとは思えない。


「もし……夜空に浮かぶ蒼い月が人の形を取ったなら、こんな姿なのかもしれないな……」


 まず最初に沸き上がってきたのは、そんな言葉だった。


 裸の少女は、その瞳を閉ざしたままピクリとも動かない。

 眠っているのか死んでいるのか、あるいはそもそもただの人形なのか、ともかく微動だにしない。


「……ゴクリ」


 少女に意識を囚われながら、ただ胸の鼓動だけが激しさを増していく。


 見れば見る程に、何から何まで完成された少女だった。

 左右対称の――少し幼さの混じる美貌は、俺の視線を釘付けにして離してはくれない。


 ゆらゆらと揺れる長い髪は蒼銀色に輝き、裸身を覆い隠すようにして少女の秘部まで伸びていた。有り得ない程に細く、それら一本一本が芸術品の域に達しているようにさえ感じられる。

 肌も同じでシミ一つさえ見当たない。まるで月明かりで照らしたように青白く、どこか冷たい印象さえ受ける。


 全体としては少女らしい柔らかな骨格をしており、そのシルエットは理想形に近い。


「これは……アルテナよりも……?」


 唯一、ボリュームのある髪の内側に隠された胸の双丘だけが、少しアンバランスにも思えた。

 まあ比較対象を他に知らないため、その感性が正しいのかはイマイチ判然としないのだが……。


「この完成度の高さ……とても人間とは思えないな。ならばやはり人形か何かなのか? だが……」


 美術品さながらに完成された少女の裸体は、造り物めいた雰囲気に溢れていた。

 呼吸をしている気配もなく、とても生きた人間とは思えない。


 しかし一方で俺の勘は、そんな早計な判断に警鐘を鳴らしていた。


「……グダグダ悩むより、確認した方が早いな」


 右目の力を用いれば生物か人形か、その判別は簡単だ。

 窓が開けば生物、開かなければ違う。ただそれだけのシンプルな話だ。


「ステータスオープン」


 裸の少女へと右目を向け、そこに宿った力を行使する。

 すると――


 ▽


 名前:nameless

 種族:unknown

 Lv:15


 生命力:185/260

 魔力:0/0

 神聖力:0/0

 RP:25/430


 力:12

 体力:11

 知力:18

 信仰心:15

 敏捷:17

 器用:18

 運:15


 △


「やはり生きているのか……」


 ステータスはこうして表示されたし、生命力だってちゃんと残っている。

 このいかにも造り物めいた見た目をした少女だが、人形でも死体でもなさそうだ。


「だが不可解な点は多いな……」


 目の前に並ぶ文字列は、いくつかの理解と共に新たな疑問を生じさせていた。


 精微かつ美麗に過ぎる点を除けば、少女の見た目は人族そのものだ。

 しかし名前を持たず、種族欄にも"unknown"などと良く分からない表示がされている。


「人族では無いんだろうが……では一体何者だ?」


 少なくとも魔族ではない。

 肌の色がまず全然異なるし、その耳も尖ってはいない。

 俺も直接会った事はないのだが、話に聞くエルフやドワーフ、獣人などといった他種族の特徴とも合致しない。


「それに……良く分からない項目まで増えているからな……」


 神聖力の下に"RP"なる項目が追加されていた。

 これは初めて見る表示だった。


「ただそれを除けば、至極平凡なステータスだと言える……か。それこそ、そこらの町娘と何ら変わりない」


 力の数値がやや低い辺りも、見た目のか細い印象とも合致する。

 だがそのあまりの平凡さに、逆に俺は不審さを感じてしまう。


「はぁ、何が何やらだな……」


 まるで分からない事だらけの状況を前にして、俺は思わずそう溜息を漏らした。


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