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17 暴虐の後

「奴の――ジルニトラの目的はなんだ?」


 炎の壁越しに、ジルニトラが暴れる影が映る。

 お蔭でその中は随分と酷いことになっているようだ。


 逃げ場を失った護衛たちが決死の戦いを挑み、あっけなく散っていく。

 そんな光景があちこちに見られるのだ。


「本当に魔族の救出が目的なのか? だがあれでは……」


 自身の推論へとそう疑念を呈する。


 護衛たちだけではなく、荷物が積まれているだろう馬車そのものも次々と破壊されていた。

 巨体に容赦なく踏みつぶされ、吐き出す炎によって焼かれていく。


「ひ、ひぃぃっ!? だ、だれか助け――」


 高く持ち上げられた馬車の中から震えていた商人が引きずり出されて、放り捨てられていた。

 ひ弱な彼らがそのまま無防備に地面へと叩き付けられるとどうなるか。

 血肉をまき散らしながら無残に命を散らしていた。


「これでは只の虐殺じゃないか……。いや、むしろそれこそが奴の目的……なのか?」


 人族に恨みを抱いているのは、奴だって同じことだろう。

 いや恨みの大きさならば、もしかしたら俺以上なのかもしれない。

 なぜなら主を守れず、魔王竜としての誇りを穢されてしまったのだから。


「くそっ……」

 

 以前のジルニトラは、人族にとっても害を及ぼすことは無い、温和で善良なドラゴンだった。

 だが今は、嬉々としてこの虐殺を行っているようにも見える。


 奴をここまで変えてしまったのは、きっと俺の責任だろう。

 俺が奴の主を殺し、託された願いを果たせぬままに死んでしまったせいだ。


「……止めないと、な」


 別に人族がいくら死のうと、別に構わない。

 ただジルニトラの変わり様が悲しくて、これ以上見ていられないと、岩陰から飛び出そうとする。


 だが寸でのところで踏みとどまる。


「(馬鹿か、俺は! 今出ていってもただ殺されるだけだろうがっ……!)」


 ジルニトラは賢いドラゴンだ。

 人語も解すし、魔法だって操る。そこらの人間よりも遥かに頭のいい存在だ。


 しかし……だからと言って、今の俺の言葉が奴の耳に届くとは到底思えない。


 今の俺はアロンなのだ。奴の知己だったフォルティスとは、似ても似つかない存在だ。

 その意識がいかに連続していようとも、見た目は全くの別物。無駄に目つきが鋭く、背丈だって小さい。魔力も神聖力も持たず、吹けば飛ぶようなひ弱さだ。


 果たしてそんな俺を――しかも人族である俺と会話が成立するのだろうか?


 存在を認識されれば最後、弁解の余地もなく暴虐に晒される。その可能性は十分過ぎるほどに高いと言えた。

 もしそうなれば対処などまずもって不可能、確実に死ぬ。


 復讐を遂げる前の無駄死には、絶対に避けたい。

 なら、ここで要らぬリスクを負う訳にはいかなかった。


「そうか、ならばこの右目の力で……」


 その強さが脅威なら、弱体化させればいい。

 その事実へと思い至り、発動のキーワードを呟きかけた俺だったが、ギリギリの所で思いとどまる。


「……無理だな。間違いなく勘付かれる」


 セリュー如きに察知されたのだ。

 それよりも遥かに賢く強く、なにより勘の鋭いジルニトラ相手では確実にバレる。


 思えば現時点で、俺の存在がバレていない事自体が既に奇跡に近いのだ。

 奴の感知能力を鑑みれば、いかに遠くの岩陰に隠れていようとも、いつ俺の存在に気付いてもおかしくはないのだ。


 それを思えば、こうして奴へと視線を――意識を向け続けることが、どれだけ危険な行為であるかも理解出来てしまう。


 こんなところで朽ちる訳にはいかない。

 視線を向ける事さえやめて、俺は岩陰に引き篭もった。そうして息を押し殺し震えながら、奴に気付かれないようただ祈り続けた。



 強烈な気配が遠くへと去っていくのを感じる。

 そう思っても、しばらく俺は動かなかった。いや動けなかった。

 全てジルニトラへの恐怖心からだ。


 以前の奴相手ならば、勇者だった頃の俺(フォルティス)なら問題なく勝利を得られたはず。


 だが魔王竜と呼ぶに相応しい成竜となった今、全力のフォルティスでも勝敗は定かではない。

 まして今の俺(アロン)では、勝利のビジョンなどまるで描きようがない相手だった。


「……もう、いいだろう」


 だがそうして怯えていても何も始まらない。


 奴の気配が去ってから、もう随分と時間が経ってしまっている。

 俺は両頬を叩き、己を奮い立たせて、岩陰から恐る恐る顔を出していく。


 漆黒のドラゴンの姿はもうどこにも見当たらない。

 確かに奴はこの場から立ち去っていた。



「……哀れなものだな」


 俺は暴虐の跡地へと一人足を踏み入れた。

 既に炎の檻は鎮火されていたが、焼け跡は未だくっきりと残されている。


「まったく酷い匂いだ……」


 思わず鼻を抑えながら、そう呟く。

 

 人肉が焦げた香りが、そこら一帯に充満していた。そこに時折、鉄臭い血の匂いが入り混じる。

 それほどの数の人間が、奴に殺されたという事の証明だ。


 馬車は少なくとも20台以上はあったはずだ。

 どれも4頭立て以上の、大型の馬車ばかりだ。人も馬も、大勢が死んだ計算となる。

 もっとも今となってはその正確な数など、もはや判別などつかない。その大半が肉片と化すか、あるいは焼き尽くされていたからだ。


「……くそっ、しっかりしろ」


 この凄惨な光景に吐き気を催す俺だったが、それではダメなのだ。

 俺の目的を考えれば、このような惨劇、いずれ自らの手で引き起こすことさえ覚悟すべきなのだ。


 なのに、この程度に一々眉を顰めていては、復讐の達成など夢のまた夢となる。


「……どれだけ辛かろうとやってやるさ。そうしてこの大陸を魔族へと明け渡す」


 俺はイエオネスから、ミーティスを助けるように頼まれていた。


 魔族は温和で脆い種族だ。

 人族が頂点に立つ限り、ただ良い様に利用されるだけの昏い未来しかない。


 だから人族の支配を終わらせ、ミーティスを頂点とした新たな秩序を築き上げる。


「もしかしたら俺は……ミーティスを自分の子の代わりにしようとしているのかもな」


 三英雄どもの裏切りさえ無ければ、アルテナは俺の子供を産んでいたはずだった。

 まだ彼女のお腹の中のいた姿も知らない自分の子供、それとミーティスの存在を重ねているのかもしれない。


 結局俺は父親としての実感を得ることなく、アルテナとその子供を失った。

 そうして行き場を無くした父性の出来損ないを、見ず知らずのミーティスへと向けている。そんな風にも思えたのだ。


「まあいいさ。だとしても関係ない。俺は決めた事をただやり遂げるだけだ」


 三英雄どもを殺し、各国の王たちを殺し、そして人族の支配を終わらせる。


 そうして平穏を取り戻したこの大地に、魔族にとっての楽園を築く。

 その礎となれれば、もうそれだけで良かった。



 気を取り直した俺は、焼け焦げたこの場所の捜索を始める。

 

「折角の機会だ。何か掘り出し物などあれば、精々有効活用させてもらうとしよう」


 ジルニトラの炎は多くを燃やしたが、しかし全てを焼き尽くした訳ではなかった。

 金属製の武器類など、ちゃんと原型を留めているモノがいくつも残されていた。


 その中の一つ、大地に突き刺さり主を失くしたミスリル製の剣を手に取る。


「……悪くはないな。使わせてもらうぞ」


 昔フォルティスが使っていた"狂い咲く青薔薇(アプローズ)"とは比べるべくもないが、今使っている剣よりは遥かにマシな代物だ。

 分類としては長剣となるのだろうが、その割に軽く今の非力な俺でも十分に扱えそうだ。

 

「さて、問題はこの竜車だが……明らかに妙だな」


 ジルニトラに破壊された馬車たちは、用済みとばかりにそこらに打ち捨てられ、車体をひしゃげさせていた。加えて炎にも炙られたのだろう。どれもこれも黒煤に塗れ、補修さえ敵わない有様だ。


 そんな中に混じって、整然と置かれている一際大きな馬車が存在した。正確には馬車ではなく竜車だが。 

 竜車は馬の代わりに地竜に()かせる。翼も無く鈍重な地竜は、ジルニトラとは比べるべくもなく惰弱な存在だが、それでもドラゴンの端くれだ。その力は馬などの比ではない。 

 

 その地竜を持ってして数頭がかりで引くような巨大な車体には、以前俺が住んでいたボロ屋よりも余程立派で大きな箱型の荷台が積まれていた。

 しかもそこに傷はおろか焦げ跡一つすら見当たらない。どう考えても妙な事だらけだ。


「奴がぞんざいに扱えない何かがこの中には積まれていた……そう考えるべきだろうな」

 

 果たしてその中に何が存在したのか。

 危険はあったがそれ以上に好奇心が勝り、ゆっくりと荷台へと近づいていく。


「何かが潜んでいる気配はない……はずだ」


 まずは外側をグルっと回りながら様子を探ってみる。

 残念ながら隙間などは見当たらず、直接中を覗き見ることは叶わなかった。 


 ただ呼吸音などは聞こえず、また魔力や神聖力などの気配も感じられない。

 今の俺の感知力では絶対とは言い切れないが、それでも十中八九危険はないだろうと判断した。


 それを信じて荷台の扉をゆっくりと押し開いていく。


「呆れる程に何も残ってないな……。ジルニトラの奴が全部持って行ったのか?」


 日の光が遮られ暗いその中は、まさにがらんどうだった。

 これだけの広さだ。多くの荷物が積まれていたはずなのだが、その姿は影も形も見当たらない。


「この中に奴が求める何かがあった。そう考えるのがやはり妥当か?」


 ロイたちから強奪したマジックランタンを取り出し、その橙色の光を頼りに中を見渡すと、床に何かを引きづったような跡がいくつも刻まれていた。


「……ん? 何だ、あれは?」


 空間の端の方に、白い棺のような物体がぽつんと置かれているのに気付く。


 ジルニトラが取り零したのか、あるいはワザと捨て置いたのか。

 ともかくその中身が気になった俺は、そこに近づいていく。


「ふむ……外からでは良く分からないな」


 良く見ると、棺のフタの部分は白ではなく半透明であった。

 顔を寄せ中身を覗いてみると、何かしらが入っている事は分かるのだが、透明度が足りずその正体は判然としない。


「やはり、開けて確かめるしかないか」

 

 覚悟を決め、ゆっくりその白い棺へと手を伸ばしていく。


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