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13 バラック

 俺の名はバラック。元傭兵で今は奴隷の身の上だ。

 帝国との戦で捕虜となった俺は、ブレンダ伯爵とかいうどこぞの放蕩貴族へと売られた。


 だがこんな首輪をつけたくらいで、俺が素直に服従すると思ってたとしたら大間違いだ。


 虎視眈々と護衛の任を果たしながら、俺はずっと機会を待っていた。


 そしてその時が訪れる。

 護衛としてボーっとつっ立ってた時、でっかい虫が伯爵の顔のあたりでウロチョロとしているのを見つける。


「(こいつは使えるな……)」


 あれは多分、毒蜂だ。いやそうに違いない。

 あんなのに刺されちまったら、ヒョロヒョロのご主人様だとすぐにおっ死んでしまうだろう。


「おっと、ご主人様! 危ねぇです、ぜっ!」

 

 そう考えた俺は、思いっきり拳を振るった。


「ぐはぁっ!?」


 毒蜂を叩き潰した拳は、その勢いのまま伯爵様の顔面へと突き刺さる。

 哀れ、血と折れた歯をまき散らしながら、ぶっとんで行きやがった。


 ははっ、ざまぁねぇぜ。


 奴隷の主は契約者本人だけ。そいつが意識を失っちまった今、俺に命令を下せる奴はいない。


 慌てふためく他の護衛たちを尻目に、俺はすぐさま逃亡を図った。


「は、伯爵様!?」

「バラック! 貴様ぁ! 待てぇ!」

「奴を逃すな! 追えー!」


 連中もすぐに俺を追いかけて来るが、そう易々と捕まる俺じゃない。

 予め想定していたルートで手早く屋敷を脱出し、貴族街をすり抜け、都市門へと辿り着く。


 そこで入都市検査を行っていた衛兵たちを不意打ちで殴り飛ばし、俺は街の外へと逃げ切ることに成功した。

 

「うっし! 俺の勝ちだぜ!」


 後ろに追手の姿はない。衛兵たちも全員、気を失っている。

 ここまで来れば、もう逃げ切ったも同然だ。


 だがその確信は、不運な偶然によってあっさりと霧散することとなった。


「さて……何故貴殿がここにいるのかな?」


 逃げ出した俺は、偶々この都市へと立ち寄った騎士団と出くわしてしまう。

 そしてその先頭には、腰に何本もの刀を携え、馬鹿デカい大太刀を背負った男がいた。


「ははっ、またあんたと出会っちまうとはな。ったく、俺もついてねぇぜ……」

 

 その男の名はサラティガ。俺にとっては因縁の相手でもある。


 寝ても覚めてもすぐにそのすかしたヒゲ面を思い出しちまうほどにな!


 奴こそが、俺を捕らえた張本人だからだ。

 

「(くそっ、万全でもキツイ相手だってのに……っ!)」


 俺は素手だ。

 一方で相手は、完全武装で仲間も沢山いる。


 どう見ても勝ち目はない。


「ふむ。状況は良く分からぬが、ともかく捕らえた方が良さそうだな」


 サラティガが腰から刀を引き抜き、一歩一歩悠然とした足取りで迫ってくる。

 それに対し、ただ拳を強く握りしめるしか出来なかった。



「おおっ、流石はサラティガ殿! 良くぞ捕まえてくれました!」


 あっさりと捕まった俺は、主たるブレンダ伯爵の下へと引き摺り出された。

 身動きが出来ないように命令された上、両脇を屈強な男たちに地面に押さえつけられている。


「おい……覚悟は出来ているのだろうな?」


 そんな俺を見下ろしながら、伯爵が怒りに口を震わせながらそう告げる。

 

「はっ? 何の話だよ?」

 

 それに対し俺は、強気に睨み返す。

 

「き、貴様ぁ!」

「(ああ、これで俺もオシマイか……)」


 王国で公爵家の末子として生まれたこの俺が、傭兵になって戦い、負けて取っ捕まって奴隷となって死ぬ。


 "生まれが全て"なんて言葉もあるが、どうやら俺には当てはまらなかったらしい。

 とはいえ、そこに不満はない。ここまで十分に俺は俺らしく生きてきたからだ。

 ただ惜しむらくは……

 

「奴隷の分際で! 良くも私の顔に傷をつけてくれたなっ! この! このこのっ!」


 ブレンダ伯爵が、怒りをぶつけるように俺の顔を何度も蹴りつける。

 だが、所詮はひ弱なボンクラ貴族の蹴りだ。


 少し口の中を切ったくらいで大した痛みは無い。


「ぺっ! ……なんだ? マッサージでもしてくれてのか?」


 唾を吐き捨て、挑発的な言葉をぶつける。


「ぐぬぬぅぅ! 奴隷の分際で抜かしおってぇ!」


 ますますヒートアップした伯爵が、いっそう強く蹴りつけて来る。

 それでも俺は睨み続けるのをやめない。


 まあ、せめてもの意地って奴だな。


「……なっちゃいねぇな。ったく、その腰の剣は飾りかよ? もうちょい根性見せろや」

「黙れ! 死にたいのか!?」

「へぇっ? お前にそれが出来んのかよ?」

「くそっ、これだから下賤な輩は嫌いなんだ! もういい! さっさとくたばってしまえ!」


 伯爵が顔を真っ赤に染めながら剣を抜き放ち、首元へと切っ先を向けてくる。

 

「(悪いな、フォルティスさん。あんたの汚名、晴らせそうもないぜ……)」


 そうして剣が振り下ろされる。


 だが俺の首が刎ね飛ぶことはなく、ただガキンッという甲高い音が響いた。


「なっ、サラティガ殿!? これはなんのつもりですかな……?」


 いつの間にか抜いていた刀で、伯爵の剣を受け止めていた。


「すまぬが、この男の命、某に預けてはくれぬか?」

「な、何を言うのですか!? この私を侮辱したのですよ!」

「そこをどうか曲げて願いたい」

 

 英雄であるはずの男が、俺なんかの為にわざわざ頭を下げる。

 その意味が分からず、ポカンとしたままその光景を見つめていた。


「無論、相応の代金は支払わせて頂く」

「ぐぬぬ……。サラティガ殿にそこまでお願いされては、こちらも受け入れざるを得ませんな」


 騎士爵であるサラティガの身分は、この貴族の男よりも下だ。

 しかし皇帝直属の配下であり、英雄としての名声も名高い。

 

 なにより、帝国最大最強の武人でもあるのだ。

 この場の全員で掛かっても、多分勝ち目はない。


 である以上、そこらの木っ端貴族が決して雑に扱っていい存在ではなかった。


 かといって、成り上がり者の言うままに素直に動くことを嫌った伯爵は、凶行へと走る。


「……ですが! その前にこいつには罰を与えさせて頂きますよぉ!」


 血走った瞳で俺を見つめながら、再び伯爵が剣を振るった。

 今度は首ではなく、俺の右腕――利き腕へと狙い定めて。


「ぐぁぁぁぁ!?」


 強烈な激痛が俺を襲い、床に大量の流血が零れ落ちていく。

 今度はサラティガが止めに入ることはなく、俺は右腕を失った。


「はははっ! ざまぁないな! それでは自慢の剣ももう振るえまい!」


 利き腕を失い、戦人としての力を失った俺の哀れな姿に満足したのか。


 ブレンダ伯爵は、スッキリした表情を浮かべ、俺を売り払うことを承諾した。

 そうして俺はサラティガの奴隷となった。


「なぁ、なんで俺を助けたんだ?」


 命を助けられたからと、恩を感じる程殊勝な性格を俺はしていない。

 第一、俺が奴隷に落ちたのだって、この男が原因なんだからな。


「……貴殿には剣の才能があるからだ」

「意味わかんねぇよ。だったら何でフォルティスさんを殺したんだよ?」

「……」


 だが答えは返って来ず、沈黙だけが横たわる。


「誰かこの男の治療を頼む」

「いらねぇよ。敵に施しは受けねぇ」

「そうか……。だがせめて止血だけでもしておくのだな」


 それだけ告げてから、部下へ俺の身柄を預け去っていくサラティガ。

 その後、奴と再会することもなく、また奴隷として何度も売買された末に、俺はここパルミアの街へと流れ着いた。


 で、今に至るって訳さ。


「そろそろ諦めたらどうなのだ、バラックよ? 今更王国に戻ったところで未来などないぞ?」


 俺が捕まった後も、戦況はますます悪化する一方のようだ。

 頼りのマギスティア法国も、動きが鈍いらしく当てにならない。


 ったく、王国が滅びたら次はお前らの番だってのによ。


「だとしても、だ。俺は王国民として戦って死ぬことを選ぶさ」

「やれやれ、まったく強情な奴だな。安いからとつい仕入れてしまったが、これは失敗だったか……?」


 奴隷商の男が、そんな後悔の言葉を漏らす。


 その間抜けな面を笑いながらも、その時の俺の内心はただ冷え切っていた。

 このまま奴隷のまま異国の地でゆっくりと朽ち果てていくのだと、そんな諦めに支配されかけていた。 


 だがこのすぐ後に店を訪れた少年――アロンとの出会いが、俺の運命を大きく捻じ曲げることとなる。


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