12 王国の元傭兵
あからさまに落胆した俺の姿を見てか、ふと思い出したようにして奴隷商の男が告げて来る。
「ああそう言えば……戦える奴隷ならば、もう一人おりましたな」
「本当か?」
「ええ。ですが、なにぶん気性が荒い男でして……」
なるほど、訳アリということか。
「そいつも犯罪奴隷なのか?」
「いえ」
「では借金奴隷か?」
「いえ、それも違います。アレは戦争奴隷なのですよ」
「戦争奴隷?」
その言葉に俺は首を傾げる。
フォルティスだった頃に、そんな奴隷の存在を耳にしたことはなかった。
「最近は何かと物騒ですからね。元は王国の傭兵だったのですが、先年の戦で我が国が勝利した際、捕虜となり奴隷落したのですよ」
アルセリア王国――大陸北部を領有する4大国の一つだ。
そしてフォルティスの生まれ故郷でもある。
この大陸は東西南北に4つの国に別れて統治されている。
南のマギスティア法国、西のローゼム教国、そして東のガスターク帝国――今俺がいる国だな。
加えて大陸中央部の森林地帯に魔王領が存在していたが、今はもうない。
以前は4大国の実力は伯仲していた。
いや勇者を擁する王国が頭一つ抜きんでていたと言っても良かったかもしれない。
だがそのパワーバランスは、15年前を境に大きく崩れることになる。
魔王討伐の英雄を輩出した国と、裏切り者の大罪人を生んだ国。その違いが国家の命運をも大きく左右してしまった。
結果、王国は急速に弱体化し、近年では隣接する帝国や教国などから侵略を受け、その領土をじりじりと奪われていた。
「直接そいつに会ってみたいのだが、可能か?」
捕虜として奴隷に落ちたその王国の傭兵とやらも、ある意味ではあの三馬鹿共の被害者とも言える。
ちょっとした同情心と好奇心も手伝い、そう申し出る事にした。
「え、ええ……。ですがここにお連れすることは……」
契約に縛られていてなお危険という訳か。
やはり奴隷契約は絶対ではないということなのだろう。
「構わない。では、こちらから出向くとしようか」
そうして案内された部屋の奥には、金属製の檻に入れられ手足を3本の鎖で繋がれた男がいた。
ロクに食べていないのか、やせ細った身体がグッタリと垂れている。
「惨いことをするな……」
「全くですな。お蔭で商品価値が随分と下がってしまいましたよ」
俺が漏らした言葉に、奴隷商の男はどこかズレた答えを返して来る。
それをスルーし、奴隷の男へと視線を向ける。
「ああん、なんだぁ? また俺を買おうっつう物好きが来たのか?」
鬱陶しそうな声と共に、男が顔をゆっくりと上げた。
年齢は40手前くらいだろうか?
骨格から察するに恵まれた体躯をしていたのだろうが、今はその面影が僅かに残るだけ。
だがそのギラギラとした目つきは、男が歴戦の勇士であることを物語っていた。
「バラック! お客様に向かって無礼だろうが!」
奴隷商が鞭を手に檻の方へと向かおうとするが、右手を掲げて制する。
「すまない。少し話をさせてもらってもいいかな?」
「え、ええ……それは構いませんが……」
許可を取り、檻の方へと近づいていく。
「はっ! なんだ、ただのチビガキじゃねぇか」
憎悪の籠った視線で男が睨み付けて来る。
「なんだよ……俺を買おうってのか? はんっ、寝首を掻かれたきゃ好きにしな、坊主」
「出来るかな、今のお前に?」
「ほぉ……舐めた口聞いてくれるじゃねぇか! "戦嵐"と恐れられたこのバラック様相手によぉ」
常人なら、それだけで足が竦んでしまいそうな威圧感を放ってくる。
だが生憎と俺は元勇者だ。その程度で怯む事は無い。
「ふんっ。大層な2つ名で呼ばれていたようだが、その有様ではな……」
「ぐぅっ……」
奴の右半身を指差しそう指摘すると、悔しそうに呻き声を上げた。
バラックは右肩から下を失っていた。
▽
名前:バラック
種族:人族
Lv:119
生命力:5232/13173
魔力:4032/4451
神聖力:0/0
力:428
体力:369
知力:286
信仰心:36
敏捷:202
器用:190
運:107
△
先程の言葉も決して大言壮語などではなく、奴が高い実力を有していたのは事実なのだろう。
目の前に浮かぶ窓に記された数値が、それを証明している。
だが今は利き腕を失っており、他にも全身に刻まれた無数の傷たちが奴から活力を奪っていた。
この有様では恐らく全盛期の半分の実力さえ出せないだろう。
「活きのいい男だな。気に入ったぞ。店主、この男を買うとしよう」
「……本当によろしいのですか?」
「ああ、奴隷契約はちゃんと機能しているのだろう? なら問題はないさ」
「畏まりました」
そうして客室へと引き返し、購入の手続きを行う。
いくつかの書類にサインし代金を支払い、こうしてバラックは俺の奴隷となった。
「契約により、バラックがお客様を直接傷つけることは出来ません。しかし、抜け道は御座います。どうかお気をつけを……」
店主の忠告に頷き、店を後にした俺は家路につく。
商業地区を抜ける間、隣を歩くバラックはずっと無言を保っていた。
だが貧民街へと入り、周囲に人影が消えたことでようやくその口を開く。
「言っとくがさっきの言葉は、マジだからな? 寝るときは精々気を付けるんだな」
そう言いつつも、男の目にはどこか困惑の色があった。
粗野な見た目をしているが、俺みたいな子供を殺すのは気が引けるらしい。でなければわざわざそんな事を言わない。
まったく甘い男だな。だがその甘さは別に嫌いじゃない。
「一つ尋ねたい。俺を殺し自由の身になったお前は、その後どうする?」
「はぁん? そんなの決まってるじゃねぇか! 故郷に……王国に帰るに決まってんだろうが! そして帝国や教国の連中をまたぶっ殺してやるのさ!」
「やめておけ。今のお前では途中で野垂れ死ぬのがオチだ」
「はっ! 今だって死んでるのと同じだ! なら構うかよ!」
「……そうだな。そうかもしれないな。さて着いたぞ、ここが俺の家だ」
会話を交わしている内に、ボロ屋へと辿り着く。
「はぁ? 何で奴隷なんて買う金がある癖に、こんな所に住んでるんだよ?」
「気にするな。それよりもさっさと中に入れ」
「へぇへぇ、わぁったよご主人様」
まったく奴隷とは思えないふてぶてしい態度だ。
とはいえ別に構わない。その方が俺もやりやすいというモノだ。
「では主として命じるぞ、バラック。これから一切の身動きを禁じる!」
「なっ!? てめぇまさ――」
「おっと、お喋りも禁止だ」
尚も口を開こうとした男だが、その全身をビクンと震わせて床へとへたり込む。
奴隷の首輪から強烈な電撃が奔り、男の自由を奪ったのだ。
「なぁに安心するといいさ。呼吸までは禁じていないのだから、死ぬことはない」
笑みを浮かべながらそう告げてやると、男は唖然とした顔を浮かべて、ようやく静かになった。
その様子を満足気に見つめながら、俺は次の行動へと移っていく。