10 簡単な応用
本日更新2回目です。
十中八九、金鬼が勝利すると思われた戦いだが、俺にとって少しばかり意外な展開へと突入していた。
「ヒルダとラスターの仇だ!」
仲間を失ったロイの猛攻が続く。
その剣が、縦から横から斜めから、分厚い肉を何度も切り裂いていく。
「ガァァァ!」
対する金鬼もこん棒を振るい反撃するが、どうも大振り過ぎた。
直撃すれば致命傷のはずの一撃も、精々が薄皮一枚を掠める事しか出来ていない。
「癒しの御業」
それでもロイの肉体からは少しずつ血が流れるが、それをトーラスが御業によってカバーする。
▽
名前:ロイ
種族:人族
Lv:108
生命力:14368/20369
魔力:0/0
神聖力:0/0
力:572
体力:389
知力:194
信仰心:151
敏捷:302
器用:205
運:1(-150)
△
▽
名前:トーラス
種族:人族
Lv:107
生命力:20028/21571
魔力:0/0
神聖力:18293/24845
力:396
体力:407
知力:300
信仰心:471
敏捷:118
器用:128
運:1(-127)
△
「(やれやれ。もう少し出来る奴だと思っていたんだがな、金鬼め。相手は運に見放された連中なんだぞ?)」
何か一つでも下手を打てば、それが致命傷となり得るはずの状況だが、落ち着きを取り戻した2人の動きに危なげはない。
「(やはり運の低下だけでは不安定だな)」
運に恵まれずとも、強い者はやはり強いという事なのだろう。
その腐った人格はともかくとして、ロイたちは紛れもない強者なのだ。
「(運以外も下げるべきか? いやダメだな。折角俺の事を忘れて戦いに集中してくれているんだ。下手な手出しをすべき場面ではない)」
ここで余計な動きを見せれば、俺がギフトの力を使っている事に勘付かれるかもしれない。
「(……ならあっちだな。ロイたちにこれ以上の手出しが難しいなら、他を弄ればいいだけの話だ)」
そう心中で呟きながら、俺はほくそ笑む。
▽
名前:金鬼
種族:オーガ
Lv:125
生命力:63258/142528
魔力:0/0
神聖力:0/0
力:938
体力:963
知力:88
信仰心:38
敏捷:513
器用:113
運:125
△
俺は眼前に浮かぶ窓の一つ、金鬼の窓を見つめる。
そしてステータス操作を始めた。
「ガァァァァ!」
「……おかしいね。これだけ斬りつけて何故まだ生きてられるのかな?」
ロイは金鬼を完全に手玉にとって圧倒していた。
純粋なステータスでは大きく劣るはずだが、それを彼らは培った技量と連携によりカバーしていた。
結果、金鬼は奴の剣を何度も浴びていたが、しかし一向に倒れる気配はなく、変わらず生命力に満ち溢れた元気な姿を見せている。
その事をロイは訝しんでいるのだ。
「もともとオーガは生命力に優れた魔物ですからね。それに恐らくアレは、最近この辺りを騒がせている名持ちの個体です。ならば再生力に特化していても不思議ではありません」
「なるほどね。だったら長期戦になりそうかな?」
トーラスの言葉に納得した様子で、金鬼へと向き合うロイ。
「(馬鹿め。これだから自分を賢いと思い込んでる奴は扱いやすい)」
500を超える力の値を持つロイの剣は、決して軽くはない。
いかに強靭な肉体を持つ金鬼とて、何十発もそれを受ければ死は免れ得ないのだ。
だからロイの疑念は正しかった。
では何故、金鬼がピンピンしていられるのか。
理由は単純だ。俺がその生命力を回復させていたからだ。
もちろん俺は回復の御業なんか使えない。
フォルティスならば扱えたが、今の俺にその才能は皆無だった。
それ以前に御業なんて発動すれば、間違いなくロイたちに気付かれてしまう。
ではどうやって金鬼の生命力を回復しているのか。
これもまた簡単だ。俺は、金鬼の現在生命力の値を操作したのだ。
「(ステータスを低下できるなら逆もまた然り、ってことだな)」
だがその事実にロイたちは気付かない。気付けない。
俺のギフトの力を呪いか何かだと――あくまで負の力だと勘違いしているからだ。
だが実際は、正も負も兼ねたより強力なギフトだ。
そして、その誤解こそが奴らに死をもたらすことになる。
「(とはいえ……生命力を回復できるのはロイたちも一緒だ。ここはもう一手、ダメ押しといこうか)」
金鬼の生命力操作を一時中断して、今度は別のステータス操作へと移行する。
▽
名前:金鬼
種族:オーガ
Lv:125
生命力:98563/142528
魔力:0/0
神聖力:0/0
力:938
体力:963
知力:238(+150)
信仰心:38
敏捷:513
器用:313(+200)
運:125
△
金鬼に不足しており、かつロイたちに気付かれにくいステータスを俺は引き上げる事にした。
知力を上げることで、ロイに攻撃パターンを見切られている事に気付き、動きに変化があるかもしれない。器用さを上げることで、振るうこん棒の狙いがより正確になるかもしれない。
そんな考えからだ。
そして俺の狙いは見事に的中した。
「(そうだ。それでいいんだ、金鬼)」
金鬼がただこん棒を振り回すだけの行動を止めた。
振りつつも、何かを確かめるような動きを見せ始める。
「……くっ!? 動きが変わった!?」
こん棒の大振りが止まり、小刻みで堅実な振りへと変わったことで、ロイはその隙をつけなくなった。
小刻みとは言え、力900を超えるオーガの一撃だ。直撃すれば危険なことに対して変わりはない。
一転して劣勢へと追い込まれていくロイたち。
「このままじゃ、ちょっとマズイかな。トーラス、あれを使ってくれ!」
金鬼の動きが目に見えて洗練され始めていく。
遠からず訪れるだろう自らの敗北を悟ったロイは、トーラスに対し切り札の使用を要求する。
「……やむを得ませんね。神意降臨!」
それは優れた神官にのみ許された最高位の御業の一つであり、対象の能力を大きく引き上げる事が出来る。
▽
名前:ロイ
種族:人族
Lv:108
生命力:18795/43493(+23116)
魔力:0/0
神聖力:0/0
力:788(+216)
体力:605(+216)
知力:410(+216)
信仰心:367(+216)
敏捷:518(+216)
器用:421(+216)
運:2(-149)
△
その効果はまさに絶大の一言だった。
金鬼とのステータス差がこれで一気に埋められたことになる。
何故これほど強力な御業を今に至るまで、トーラスが温存していたのか。
「(まあ使いたくはないだろうな。気持ちは分かるよ)」
理由は至ってシンプルだ。
その御業を使い続ける間、使用者は身動きを取れなくなるからだ。
しかもその間、ずっと神聖力は失われていくし、一度それを途切れさせれば当分の間再使用が出来なくななってしまう。
要するに効果に比例して、リスクが非常に大きい御業なのだ。
まして多くの魔物が闊歩する危険な森の中で、仲間を2人も失った今の彼らならば、その使用を躊躇うのは当然だと言える。
「(だからって俺は容赦しないがな……)」
俺はこの時を待ち望んでいた。
御業の使い手としても優秀だったフォルティスは、当然ながらこの御業についても良く知っていた。
そして追い詰められれば使ってくるだろうと予想するのは、実に簡単なことだった。
ロイと金鬼の実力は伯仲しており、俺なんかに注意を払う余裕などない。
これはトーラスを仕留める絶好の機会だ。
俺は息を殺し、無音の歩みにてトーラスの背後へと忍び寄る。
だが御業の維持に集中している彼が、それに気づく事は無い。
「(……さよなら、トーラス)」
心中でそれだけ呟いて、奴の無防備な首元へと剣を横薙ぎに振るった。
奴の首が宙へと舞っていく。
回転しながら落ちていく視線が俺の姿を捉え、表情が驚愕へと変化した。
そうして何かを叫ぶべくその口が開かれたが、しかしそれは声にはならなかった。
肺を失った人間が、言葉を発することなど出来はしない。
そのまま首はボトリと地面へと落ちて、トーラスの命はあっさりと潰えた。
「ぐぁっ!?」
トーラスの死により強化を失ったロイが、大きく吹き飛ばされていく。
「トーラス、何故御業を解除――」
痛みに耐えながら起き上がったロイは、そう言いかけて、ようやく仲間の死に気付く。
だがその犯人たる俺は、また茂みへと姿を隠していた。
「なにが……?」
またも訪れた仲間の死にロイが一瞬、呆然とした表情を浮かべる。
そして、その僅かな隙が彼の運命を決定づけることとなった。
「ガァァァ!」
「しまっ――」
格上との戦いでよそ見をした。それは当然の報いだった。
金鬼のこん棒の一撃によって、彼もまた仲間たちと同じ末路を迎える。