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1 新たな力

 俺の名はアロン。

 そこらに吐いて捨てる程に転がっている、ただの貧民だ。


「……はぁ……はぁ……」

「おらっ! ボサッとしてんじゃねぇよ! さっさと働け!」


 本日の食い扶持を稼ぐべく、外壁の拡張工事へと参加した俺へと、現場監督の男から蹴りが飛ぶ。


「ぐぅっ。……すいません」

「ちっ、嫌な目しやがって! 忌々しいガキだな!」


 また蹴りが飛んで来る。

 だが慣れっこな俺は、衝撃の瞬間に自ら動くことでダメージを和らげる。

 こんなのが俺の日常だった。


 両親はいない。数年前、俺を残し行方をくらました。

 手元に残されたのは今にも崩れ落ちそうな、このボロ屋だけ。


 生来の目付きの悪さのせいか他人と馴染めず、頼れる者など一人もいない。


 しかし要領だけは悪い方ではなかったらしく、日雇いの仕事で辛うじて食いつなぐことが出来た。

 もっとも貯金などする余裕もなく、一度体調を大きく崩せばすぐに終わる、そんな綱渡りの日々を送っていた。


 これでも俺は両親のことが割と好きだった。

 彼らのために頑張ってお金を稼ごう、そう思っていた程には。

 だが生憎とあちらはそうでも無かったらしく、あっさりと捨てられて一人になった。


「(こんな……ドブネズミみたいな生に、一体何の意味がある?)」


 死んだ目でそう思いながらも、それでもがむしゃらに足掻き、ここまで命を繋いできた。


 生存本能も確かにあったのだろう。

 だがそれだけでは説明がつかない程、俺は懸命に今を生き抜こうとしていた。


 その先に明るい未来など待っていないはずなのに、どうしてこうも必死にしがみつくのか。

 自分でも分からずにいたその理由が、成人を迎えた日に判明することとなる。


「ぐぁぁぁぁっ!?」


 隙間風が吹きすさぶボロ屋で目覚めた俺は、いつものようにカビの生えたパン屑を口に含んだ。

 その瞬間、突如として強烈な頭痛に襲われる。


 脳みそを直接弄られたような、存在そのものを塗り替えられるような、そんな未体験の痛みを前にし、立っていられなくなった俺は床へと転がる。


「ぐぅぅぅぅ……あああぅ……あああっ!」


 頭が割れそうな激痛に、ボロボロの床板を軋ませながら、何度も悲鳴を漏らし続ける。


 苦痛の時間は、果たしてどのくらい続いたのだろうか。

 いつの間にか意識を失っていた。


「くぅぅ……俺は……」


 そして次に目覚めた時、俺は前世の記憶を思い出していた。


「そうか……そうだった! 俺は……勇者だ。勇者フォルティスだ……!」


 それは――かつて人族最強の戦士として、多くの武勲を上げた英雄の名だ。

 しかし、その末路は悲惨だ。


「思い……出したぞ! サラティガ! マムクート! ガンダール!」


 湧き上がる感情に任せて、かつての友の――そして自身を殺した者たちの名を叫ぶ。


「待っていろっ! 一人残らず殺してやるっ! 復讐だっ!!」


 前世の記憶を思い出したことで、今の俺にはハッキリとした目的意識が宿っていた。

 世間では魔王討伐の英雄として絶大な名声を得ている奴らだが、その本性が飛びっきりの下種共であることを俺だけは知っていた。


 なぜなら連中は、魔王を倒し疲弊しきっていた俺を不意打ちで殺し、その功績だけを掠め取ったのだから。

 いや、それだけではない。

 奴らは俺の最愛の女性まで殺したのだ。そのお腹に宿っていた命と共に。


 俺の心は今、連中への憎悪の炎で煮えたぎっていた。


「許さない! 許さないぞっ! あいつらだけは絶対に!!」


 ひとしきり怒りに任せて叫んだところで、ふと現実へと立ち返る。


「だが、今の俺は……」


 フォルティスだった頃なら、今すぐにでも奴らの元へと飛んでいき、この手で全員をくびり殺したはずだ。

 だが今の俺は――アロンは貧民街で日々を生き抜くだけで精一杯の、無力なガキに過ぎない。


 腐っても相手は英雄と呼ばれた者たちだ。

 今では強大な権力さえも有し、多くの護衛たちにその身を守られているはずだ。


 だからこの復讐を遂げるには、相応の力が必要となる。


「引き継いだのは記憶だけ……か」


 人族の一部は生まれながらに超常の力――ギフトを宿している。

 そして前世の俺はギフトを複数有し、勇者と呼ばれるに相応しい戦闘能力を有していた。


 だが現世の俺(アロン)は違う。その身体能力は至って平凡だ。

 かといって魔法や御業を扱える訳でもない。


 一応勇者時代の戦闘経験があるため、そこらの冒険者相手ならどうにか出来る自信はある。

 だが戦闘系のギフト持ち相手では心許ない、正直その程度でしかなかった。


 復讐を果たすためには力が必要だ。

 目覚めた俺は、それを求めて動き始める。


 ◆


「ふはははっ! 最高だな、この力! この右目を使って、復讐を成し遂げてみせる!」


 勇者だった頃の力は失った俺だが、新たに別のギフトを手にしていた。

 今の俺(アロン)に生来備わっていた力だ。


 記憶に目覚める以前はその存在に気付けなかったが、今は違う。

 俺は手にした新たな力を磨き、復讐のための牙を研いでいた。


 ギフトは使えば使うだけ成長する。

 だが、ただ漠然と使っていても大した成長は望めない。積極的に、かつ効率的に用いる事でより素早い成長を遂げる。


 そのため俺は冒険者となり、魔物狩りに精を出していた。

 自身の向上にも繋がるし、何より金を稼ぐ必要があったからだ。


 ◆


 そして現在、俺は"カルナの森"へとやって来ていた。

 生まれ育ったパルミアの街にほど近い、魔物が多く生息する薄暗い森だ。


 毎日そこで狩りをし、手にした素材や魔石などを売り、旅の資金を貯めていた。


「(さて、獲物はどこかな?)」


 森の茂みに隠れ潜み、俺は獲物の到来を待っていた。

 狙うは単独行動の魔物だ。


「(ふむ、あれはオーガか? まともにやり合えば、一発でひき肉にされかねない相手だが……)」


 そう心中で呟きながらも、口の端を吊り上げる。


 視線の先には、俺の倍近い身の丈を持つ巨大な鬼が悠然と闊歩していた。

 手に携えた巨大なこん棒を掲げながら、周囲を威圧している。

 赤褐色の筋肉は異常なほどに肥大しており、掠めただけでも今の俺なら簡単に消し飛ぶことだろう。


 だが近くに仲間の姿は見えない。


「(……1体だけか。好都合だな)」


 ここカルナの森において、オーガは特に強力な魔物だ。ここいらの三流冒険者では、大勢で掛からないと一方的に蹂躙されてしまう程に。


 それもあってか、わざわざ群れる必要性を感じていないのだろう。


 なんとも傲慢な話だが、俺にとっては楽な相手となる。


「(ははっ! 残念だったな! どれだけ強かろうが、1体相手なら俺に敗北の文字はない!)」


 オーガを見つめながら、ギフトの力を発現するためのワードをささやく。

 気付かれないよう小声で。


「ステータスオープン」


 次の瞬間、俺の右目が僅かに疼きを覚え、そして力が発動した。


 視界の端に、半透明の四角い窓が浮かび上がっていく。

 そこにはこんな文字が記されていた。


 ▽


 名前:nameless

 種族:オーガ

 Lv:75


 生命力:36735/36735

 魔力:0/0

 神聖力:0/0


 力:338

 体力:390

 知力:38

 信仰心:23

 敏捷:188

 器用:68

 運:53


 △


 窓に書き記されたのは、対象の情報だ。これを俺はステータスと呼んでいる。

 いわば、その者の強さを数値化したモノであり、俺の右目はそれを盗み見ることが出来るのだ。


 例え熟練の戦士であっても、相手の強さを正確に読み取る事は困難だ。

 相手の実力を見誤り死んでいった者たちを俺は何人も知っている。そんなミスを防げるだけでも十分に価値ある力だと言える。


「(ほぉ、中々優秀なステータスを持つ個体のようだな。だが教えてやろう。この右目の力の前には、弱者も強者も分け隔てなくひれ伏すことをな!)」


 だがその真価はもっと別のところにあった。


「(さて、今回はどのようにくびり殺してやろうか?)」


 首元に手を添えながら、俺は思案する。


「(そうだな……。やはりここは無難にいくとしようか)」


 決断した俺は窓に書かれた数字――知力の隣に記された数値へと視線を向ける。


「(38か。少ないな。なら20秒くらいか?)」


 確認し、そして俺は念じた。 

 

 ――減少しろと。


 次の瞬間、窓に記された数値に異変が生じた。


 "38"だったはずのそれが"37"へと変化し、そして"36"へと変わる。

 そんな風にして数値が徐々に減少していく。


 30、29、28、27……


「ガッ、グガッ!?」


 それに従い、目の前のオーガの様子にも明らかな異変が生じ始めた。


 森を堂々と闊歩していたのが、急にその足を止めて、怯えた様子でキョロキョロと辺りを見回し始めたのだ。


「(ふっ、周囲への威圧的な態度も、実は臆病の裏返しという訳か。……笑わせてくれる)」


 知力が減少した事で奴の見栄は取り払われ、本性が表へと漏れ出始めていた。


 個体によっては訳も分からず暴れ出す奴もいるため、実はこの段階が一番不確定要素が多く危険だ。

 しかし今回はもう心配は無さそうだ。


 数値の減少は尚も続いていく。

 知力が10を割った辺りで、奴は欠伸をしながらこん棒を落とし、その場へと座り込んだ。


「(おいおい、まさかそのまま眠る気か?)」


 心中で呆れ声を漏らす。


 俺の予想は見事的中し、オーガは上体を横に倒して、そのままゴロンと寝る姿勢へと移行した。

 

 知力が減少した事による幼体化――その証だった。


 ▽


 名前:nameless

 種族:オーガ

 Lv:75


 生命力:36258/36735

 魔力:0/0

 神聖力:0/0


 力:338

 体力:390

 知力:1(-37)

 信仰心:23

 敏捷:188

 器用:68

 運:53


 △


 ようやく知力の減少が止まる。そして値がついに1となった。


 オーガは眠ったまま、完全にその動きを止めていた。


「ふぅ、上手くいったようだな」


 安堵の吐息を漏らしながら、俺は隠れ潜んでいた茂みの中からゆっくりと這い出ていく。


 知力が1となった魔物は窓を閉じない限り、もう二度と動かない。いや動けない。

 下限へと達した奴の知力は、もはやそこらの赤子以下であり、肉体をただ動かす、そんな知性さえ残されていないからだ。


「では仕留めさせてもらうぞ」


 オーガがいくら強力な魔物であっても、無防備を晒して動かなければ、非力な今の俺でも殺すのは簡単だ。

 かくして俺は強敵オーガ狩りを無傷で達成した。


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