8. 魔の道に堕ちた者
「ねえ〜、顔見せてよお〜」
「やっ、やめるのだ! 触るでない!」
顔を覆うイケメン(?)の手を剥がそうと伸ばされた俺の手は、簡単に避けられてしまった。
むう、なぜ見てもないのに俺の手を避けれるのか。
俺たちは先程からずっとこんな感じだ。
記憶を取り戻した俺は、魔物と化したイケメン(?)の顔を見ようと躍起になっていた。
「ちょこっと、ちょこっとだけだからさあ〜」
どこかのエロおやじの様な声でグフフと笑う俺。
「我の顔は見世物ではないのだぞ!」
あ、イケメン(?)を怒らせちゃったかも。
「僕は、一体どうしていたんだ……?」
イチャつく俺らの側で、人間の姿のまま頭を抱えるボスが視界に入ったが、今はボスなんてどうでも良かった。
とにかく俺は、イケメンが「元」イケメンとなる瞬間を見たかったのである!
ふっふっふっ! 散々俺を見下しやがって塩顏イケメン野郎が!
顔を隠してるってことは、お前はもうイケメンではなくなったのだな!
その醜い魔物の顔、俺が公衆の目前にさらしてやるぜー!
化け物学級? それがどうした! 俺様の法力の前ではその様なもの、ひとえに風の前の塵に同じ!
「違う、男同士の馴れ合いでもアレはなんか違う……」
「私たちが求めてるものじゃない……」
「目が完全にヤバい人……」
ふーははは! 今の俺にとっちゃあ腐界なんて石ころ同然よお!
「ねえ、良いでしょ〜? 良いじゃないの〜?」
壁際に追い詰められたイケメン(?)に、俺は猫撫で声でじりじりと近付く。
「ダメだー! ダメダメ!」
イケメン(?)が切羽詰まってそう言ったそのとき。
「ぽんっ」
コルクの栓を抜いたときの様な小君良い音が教室に響き渡った。
そして辺り一帯に白い煙が出現する。
「けほっけほっ」
俺は思わずむせ返った。
「よくも我を弄んだな」
地を這う様な低い声が、床を伝って俺の鼓膜を揺らす。
その音源は、俺の目と鼻の先にある様だったが、俺の視界に入ってくるのは白い煙だけだった。
「そんなに見たいのなら見るがよい」
その言葉と同時に、白い煙がたなびく隙間から、何かがにゅっとその姿を露わにする。
現れたのは、俺を睨みつける大蛇だった。
頭を少し持ち上げているだけでも、俺の背丈は優に超える。
口からチロチロと伸ばされる真っ赤な舌と、俺をギロリと睨む大きな黄金色の目。
そして何よりも、美しい翡翠色の鱗に覆われたその巨体。
俺はそれら全てに圧倒された。
正しく蛇に睨まれた蛙といったところか。
「これが我の真の姿だ。どうだ、惚れ直しただろう」
大蛇の得意げな声が俺の耳に届いた。
「くっそお!! なんでだよ! なんで真の姿もカッコ良いんだよおっ!」
心なしかドヤ顔をする大蛇を前に、俺は床に崩れ落ちる。
「こう見えても、我はかつて邪神と呼ばれていたのだぞ」
「二つ名もカッコ良いっつの!」
ああ腹立つ! これだからイケメンは。
「実際はなんて言う名の魔物なんだ」
妖怪ベロベロ蛇とかだよな? なあそうだって言ってくれよ。
「我らは自分達が何者なのか分からぬのだ」
大蛇の声が悲しみを帯びた。
え、なんかごめん。
「我ら魔物や妖怪の正体は、恨みや妬みなどから魔の道に堕ちた人間や動物。そして、魔の道に堕ちる前の記憶を持っておらぬ。故に自分達が何者かは分からぬのだ」
大蛇は舌を出すのを止め、俺をじっと見つめる。
その大きな瞳には、言葉では言い表すことの出来ない程の深い悲しみが見て取れた。
「お前等、ずっと孤独だったんだな……」
「当然の報いだろう。魔の道に堕ちたばかりの頃の我は、多くの人間を魔に陥れ、その人生を狂わせた。多くの清い生き物達を殺した。今は既に邪な心を捨てたが、それでも、一度は魔に堕ちた邪悪な存在である我は苦しんで当然だ」
大蛇が俺から目を逸らした。俺には大蛇が、自分を嘲る様に嗤った気がした。
「お前、名は?」
「今の名は、魔を捨てた我の名は、成清。恩師から授かった名だ」
大蛇が懐かしそうに目を細める。
その目を見ると、大蛇、否、成清が邪悪な存在だとはとても思えなかった。
爺ちゃんから聞いたことだが、魔の道に堕ちた者は、そう簡単に這い上がってこれないという。
きっと成清が邪な心を捨てるのには、相当な努力が必要だっただろう。
そして、今に至るまでに多くの苦しみを味わってきたことだろう。
彼だけではない。化け物学級の生徒は全員、多くの壁を乗り越えて、今に至っているはずだ。
俺は辺りを見回した。すると、腐女達もボスも、じっと俺たちの会話に耳を傾けているのがわかった。
「成清、か……。清く成る、っていう意味だろう? お前は確かに魔の道に堕ちた。だがな、今は違う。邪な心を捨て、人間として生きていこうと努力している。確かにお前の犯した罪は消えないし、お前は生涯、罪の意識に苦しまされることだろう。それでも、善であろうとする者は、必ず報われる。悪が報われるなら、善も報われるんだよ。だから成清、清く生きろ。自分は正しいと胸を張って生きろ」
邪な心を捨て、人間と生きようと努力する成清を励まそうと、俺は一生懸命に言葉を紡いだ。
そんな俺の熱い想いが届いたのか、成清は目を見開き、固まっている。
「……そなたの言ったことは、恩師と、同じだ」
しばらくの沈黙の後、彼の静かな呟きが、閑散とした教室に響いた。
「恩師は、それは素晴らしい高僧だった」
彼の声は、川のせせらぎの様に穏やかだった。
「今朝から思っておったが、やはり仏の道の者どうし、そなたと恩師はよく似ておる」
彼の、ハッと息を呑むほど優しい、慈愛に満ちた瞳が、俺の瞳とかち合った。
読んでくださりありがとうございます。
ここわかんねーってとこがあったらドシドシ教えてください!