6. 婦女ならぬ腐女
「ぺち」
軽く頬を叩かれる感蝕で、俺は意識を覚醒させた。
今度はしっかりと目を開ける。
頭の下に感じる感触が、どう考えても男の太ももだったからだ。
筋肉が詰まったそれは、妄想の中のお姉さんの太ももとは似てもつかない。例えるならばそれは高反発枕。
ふにゅふにゅ〜、ぽわぽわ〜とは真逆だ。
あいにく俺は女性以外に膝枕される趣味を持ち合わせていない。故に目を開けたのである。
俺の視界に入り込んできたのは、教室のものであろう天井と、俺の顔を心配そうに覗き込む男子の顔、そして、その男子に顔が隠れてしまっている、太ももの持ち主。
……命拾いした様だな、まだ顔見ぬ男。寝起き早々男に膝枕されているという現実を突きつけられていたら、顔をぶん殴るところだったぞ。
俺の顔を覗き込む男子は、可愛らしい童顔だ。栗色の髪はとても柔らかそうに見える。ショタコンのお姉さんがいたら、あっという間に彼女らの犠牲になりそうな顔だ。
だがそんなことは関係ない。俺は、寝起き早々化け物の顔を見ずに済んだのだ。そのことにほっと一息ついた。
ん、化け物……? 何故俺はそんなことを思ったのだろうか。
何か大事なことを忘れてしまっている気がするのだが……?
「やあ」
俺が内心首をひねっていると、いつか聞いた様な可愛らしい声で、童顔の男子が言う。
俺が目を覚ましたのを見て安心したのか、彼は柔らかく微笑んだ。
そういえば、1年6組で誰かに微笑みかけられたのは初めてかもしれない。なんだか新鮮だ。
そんなことを思いながら、俺は体を起こそうとするが、なんだか重い。持ち上がらないのだ。
悔しいが、されるがままに顔の見えない男に膝枕してもらうことにした。
「やっと起きたか、人間」
童顔の上から、おそらく太ももの持ち主のものであろうイケボが降ってきた。同時に童顔がさっと頭をよける。
太ももの主の顔が露わになった。予想通りと言うか彼は、イケボに釣り合うイケ面を持った男子であった。
……うわー、俺こいつに膝枕されてんの? うわー。
彼をぶん殴りたい衝動に駆られたが、いかんせん体が重くて動かない。睨みつけるだけに留めておく。
「どうした、我の顔をまじまじと見つめおって。惚れたか?」
イケメンは片眉を上げて俺に問う。
フツメンがやったら、ただの痛い人になるであろうその動作が様になっているのがなんか悔しい。
チッ、見つめとらんわ気持ち悪い。
「ねえ、今の聞いた?」
俺の頭上、つまり廊下のほうから興奮した様な女子の声が聞こえた。
……これはまずいぞ、変な誤解をされたかもしれない。
放課後の静かな教室の中、膝枕する男と、される男。
彼らはじっと見つめ合う……。
膝枕をする男は呟く。惚れたか?、と。
膝枕される男の瞳に、微かな動揺が見られた。
そうしてかつて教室だった空間は、腐った女子たちの聖域と化してしまったのである……。
おろ? 童顔の存在を忘れてんな。スマソスマソ。
……ハッ! 今はそんな妄想するどころではない! とにかくやばい。まずいのだ。
とっても嫌な予感を察知して、俺は体が重いのにお構いなしに秒で体を起こした。
そして廊下のほうを見る。
「『惚れたか?』だってキャー!」
「見つめ合う男2人キャー!」
「攻めに膝枕され、動揺する受けキャー!」
そこにいたのは、廊下、否、腐界から俺たちに腐った視線を送る、腐女子生徒たちだった。
おそらく1年6組産の腐女子達だ。全員見たことがある。
おいイケメン、お前のせいで俺も巻き込まれちまったじゃねえか、腐った妄想に。
……ってか誰が受けや。ノーマルだぞ俺は。
「あの婦女達は、他の者が部活に行く中、我らを見ようと残っているのだ。我の魅力の虜になったのだろうよ。」
どこか得意げに口角を釣り上げるイケメン。
……残念だが君には、彼女らが婦女ではなく腐女だということを教えなければならない様だな。
世の中には沢山の種類の人間がいるんだよ、イケメンや。
「君の魅力じゃなくて、あの腐女達は男どうしのうんたらかんたらの虜に……」
俺がイケメンに新しい世界を教えようとすると、誰かが、がしっと俺の肩を掴んだ。
見ると、童顔が妙に良い笑顔で俺の肩に指をめり込ませていた。
「世の中には知らないほうが良いこともある」
痛い痛いやめて! わかったからやめて! 俺が悪かった! お願いだからその悟った様な目をこっちに向けないで!
「大変申し訳ございませんでした」
俺はラスボスに土下座した。
「わかれば良いんだよ、わかれば」
ラスボスは意味ありげにフッと笑うと、腐女たちのほうに目を向ける。
……なんかカッコ良くない!? その黄昏れてる感超良い!
俺も真似して、意味ありげに見える様口元を歪めると、腐女たちのほうを見た。
「「「キャー!」」」
途端に上がる黄色い歓声。
「今の見た!?」
「あの意味ありげな目配せー!」
「2人で笑いあって、以心伝心よー!?」
「キャー!」
ハッ! しまった……! 今の動作は、腐女、もとい腐海の腐魚たちにエサを与えたも同然……!
あのとき、黄昏れる俺カッコ良いなんて思わなければ……!
全くもって自業自得だが、俺は絶望に打ちひしがれ、ラスボスを見た。
「黄昏れる僕カッコ良いなんて思うんじゃなかった……!」
ボスは絶望した表情で頭を抱えていた。
お前もかーい!
というか大丈夫か? 目が虚ろだぞ。
「……?」
何も知らないイケメンは、首を傾げて俺たちを見る。
ああきっと君は、腐女なんて存在しない世界に住んでいるんだろうね。
ボス、貴方の言ったことは正論です。知らないほうが幸せなこともあるんです。
そう思いながら尊敬の念を込めてボスを拝見すると……
「あはははは、僕の好きな食べ物は肉じゃが。うふふ、あは!」
ボスが壊れた……!?
多々ある作品の中、拙文を読んでくださり、ありがとうございます。
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