5. ダルダル野球部員たちの会話
時は少し遡り、1年6組がクラス会議を行っている最中。
グラウンドでは、様々な部活の掛け声が飛び交う。
その端っこのほうでは、野球部員2人がキャッチボールをしていた。
薄ピンクの帽子を被った男子と、黒の帽子を被った男子だ。
ういー、という何とも覇気のない掛け声で、2人はボールを投げ合っている。
心なしか、2人とも目が死んでいる様に見えた。
「なあなあ、お前さあ、コンビニの肉まんにさあ、新作出たの知ってる?」
途中から、ピンクの帽子を被っている男子が掛け声を中断し、黒の帽子を被っている男子に問う。
その間も、彼の瞳に生気が宿ることはない。
「ああ」
黒はダルそうに答えた。
「部活終わったらさあ、一緒に買いに行か」
「断る。めんどい」
ピンクが提案を言い終わる前に、黒が断ってしまう。
「おごるぞ」
「1人で行け」
「つれねえな」
黒に冷たくあしらわれたピンクだが、特に悲しそうな表情をすることもなかった。
その会話が終わってからは、2人はお互いに一言も喋らなくなる。
沈黙のキャッチボールがしばらく続いた。
「ういー」
その沈黙に耐えかねたのか、ピンクが掛け声を再開させる。
「う」
「なんか、あそこの教室騒がしいな」
ピンクの掛け声を遮り、黒が言った。
彼は、ピンクの背後にある校舎を見上げている。
3階の、とある教室から聞こえてくる生徒達の声は、グラウンドまで届くほどだ。
「あそこは……1ー6だな」
黒にボールを投げ返したピンクは、振り返って黒の視線の先を見てから言う。
「1ー6……朝のホームルームも騒がしかった。5組にまで声が聞こえたぞ」
黒がボールを投げ返しながら呟いた。どうやら彼は1年5組の生徒らしい。
「そりゃそうだ。あそこには転校生が来……ぐふぉ!」
ピンクは振り返りながら言葉を紡ごうとしたが、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
彼の無防備な顔に、黒の放ったボールが直撃したからだ。
直撃したボールは地面に落ちて跳ね返った後、コロコロと砂の地面を転がっていく。
「すまん、手が勝手に」
無表情を崩さず黒は謝った。
「お前確信犯だな。ぜってえわざとだろ。許さんぞ貴様、調子乗ってん」
「転校生、見た。」
無機質だったピンクの瞳に、怒りの炎が宿りかけたとき、黒が再びピンクの言葉を遮る。
「ったく、人の話も聞けねえのかお前は」
ピンクの瞳に宿りかけていた光は消えてしまった。その代わり、多少の呆れが含まれる。
「ありえねえくらいイケメンだった」
黒は地面にあったボールをテキトーに拾うと、ピンクに投げる。
「ああ。俺、アイツと喋ったんだけどさあ、マジでイケメンだったわ」
ピンクはボールをキャッチすると、呆れ返りながらも答える。
「本当に。オーラからして違った。なんか金色っぽい。眩しい」
黒の、滅多に感情を表さないその瞳から、畏怖の感情が読み取れた。
黒の瞳に感情が宿ったのを見て、ピンクが驚いた様にしながらも口を開く。
「それな。でも自分の容姿を鼻にかけてる感じはなかった。まるで自覚が無い様だった」
「そうなのか」
再び無表情を貫いて、黒は呟いた。
「どうした、お前が興味持つなんて珍しいな」
ピンクがボールを投げながら言う。
その口元は、多少の歪みを見せていた。
そのからかう様な歪み方を見た黒は、ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らすと、それっきり沈黙を貫くことにした様だった。
再び沈黙のキャッチボールが続く。
その時間はいつまでも続くかと思われた。
しかし、ボールが2人の間を何度か往復したとき、男子の声が彼らの元に届いて、沈黙を破った。
「おーい! 俺も入れろー!」
こちらへ走って来ながら叫んでいるのは、狸野。化け物学級の一員、小太りなタレ目の男子である。
実は彼、野球部員の一員でもあった。彼が野球部員だと知ると、殆どの人が意外そうに彼の小太りな体を見るため、それが悲しくて彼は出来るだけその事実を隠蔽している。
ピンクと黒の2人は、横目で彼を認識した後、意味ありげに目配せをした。
そして何事もなかったかの様に沈黙のキャッチボールを続ける。
「おーい!!」
狸野が必死に遠くから叫ぶ。
2人は彼をちらりとも見ずに無言を貫いた。
「はあ、はあ。2人とも、酷いよ」
2人の元へ走ってきた狸野は、肩で息をしながら恨みがましい目で2人を睨んだ。
2人は狸野をちらりと見るが、すぐにその死んだ目をそらし、キャッチボールを再開させる。
「ちょっと、聞いてるの!?」
腰に手を当てて、狸野は2人に怒りをぶつける。
「うるさい。聞こえている」
黒が狸野を見もせずに静かに言った。
「聞こえてるなら返事をしろー!」
狸野が声を荒げる。
「返事とか面倒」
ピンクが肩をぐるぐる回すと、息を吐き出す様に言った。
「はあ、まったく。2人とも薄情なんだから」
そう言いながらも狸野は自然に2人のキャッチボールに溶け込む。
もう何十回、何百回もそれを繰り返したかの様に。
それを見れば、彼ら3人が親しい間柄であることは一目瞭然だった。
「そういえば、お前のクラスに来た転校生、物凄いイケメンだよな」
ピンクが取りにくそうなボールを狸野に投げながら話題を振る。
「えー? どこがー?」
狸野は眉をひそめて、バランスを崩しながらも見事にボールをキャッチした。
「あれがイケメンじゃなかったら、それ以下の俺らは何なんだ」
黒が相変わらずの無表情で言った。
「えー? 1ー6のみんなも、顔は普通だって言ってたよ? 間抜け面、って言った女子もいるよ?」
狸野は怪訝そうな表情をする。その間にボールは黒に渡る。
「はあ? 1ー6ってさ、美男美女とか優秀な奴とかは多い癖に、どっかおかしいよな」
ピンクは顔をしかめた。
「それ。奇人変人ばっか。いつもうるさいし」
黒がピンクにボールを投じる。
心なしか不快そうな表情をしていた。
狸野はどこか険しい表情を浮かべて、深く考えこんでいる。
そのとき、グラウンドと校舎の間を、2人の女子が通りかかるのが見えた。袴姿であることから、弓道部の女子だろう。
この高校は、ここを通らなければ弓道場には向かえない設計となっている。その為、ここはしょっちゅう弓道部員が通りかかる。よくグラウンドの隅でキャッチボールをする野球部3人には、彼らの会話内容が聞こえることも多々あった。
今回も例外ではなく、狸野の耳には2人の女子の会話が届く。
「ねね、今日来た転校生、奥藤君、超カッコ良くない?」
「それな! なんか爽やか系イケメンだよねー。2年女子の間でも話題になってる!」
「でも1ー6の後輩がさあ、全然イケメンじゃない、なんて言ってたのよー!」
「何それありえなーい!」
どうやら2年生らしい彼女らはキャピキャピしながら過ぎ去って行った。
「……!」
そのとき、狸野が何かに思い当たった様な表情を浮かべる。
目を見開いて、口を半開きにしていた。
「おい、狸。間抜け面だな。どした」
ピンクが馬鹿にしながら、ボールを狸野に投げた。
狸野はハッとすると、慌ててボールを受け取る。
「いやもしも、もしもだよ? その転校生がさ、イケメンな顔を普通の顔に見せる、魔法の力を持っていたとしたら、面白いなー、って。」
狸野はあははと笑って、ふわりと黒にボールを投げた。
「だとしたら、何でクラスメイトだけにその力使ってんだ」
ボールをキャッチしながら、黒は狸野に尋ねる。
「変な人が多いから……? ほら、イケメンだと変な人にも好かれちゃうじゃない?」
狸野が妙に納得した様に言った。
「なるほど、確かに、お前みたいな奴には好かれたくない」
黒が光の宿ってない目で冷たく言い放つ。
「狸、大丈夫。こいつはデレがほとんど無いツンデレだ。本当はお前のこと大好きなんだよ」
落ち込んだ様にうなだれる狸野を、無表情でピンクが励ました。
「誰得や、デレの無いツンデレって……いや、それはもはやツン、か」
「ツンデレちゃうわ」
狸は涙目で、黒は死んだ目で、同時に言う。
「狸、帰りにコンビニで肉まん買うか」
哀れむ様にピンクは狸野を誘った。
「うん、新作出たらしいね……」
狸野はピンクからのボールをキャッチすると、力なく答えたのだった。
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