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3. 断罪イベント

 それからは地獄だった。

 クラスメイトのほとんどが俺を睨んでくるんだ。睨んでこない奴も、目を合わせてくれなかったり、俺が近づくと顔を青くして逃げてしまったりする。

 俺は一日中ぼっちだった。

 あ、でも他のクラスの奴はすれ違った時に話しかけてくれたりした。そのおかげで友達が数人できた。

 彼らは皆、眩しそうな顔をして俺を見るのだが、何故だろうか。ちなみに俺は断じてハゲではない。


 そんなことより、もうすぐ放課後だ。おそらく始まるのは俺の断罪イベント。何故か分からんが俺はこの厨二病学級で、あるポジションに設定された。おそらく俺のポジは、邪悪な存在である自分たちを法力で清めにきた転校生、というもの。とてもワクワクす……うぉほん厨二らしい設定だ。

 しかし、俺はくだらない厨二病ごっこに付き合うことのできる器量を持つ男。

 断罪イベントの一つや二つなんて朝飯前だ。


「礼!」


 山名(やまな)が号令をかける。


「さよーなら!」


 これで帰りのホームルームは終わり。

 これからの時間は「放課後」と呼ばれる。

 いつもならば生徒達は部活動をしたり、自習室へ行ったり、帰宅したりと、様々だ。


 しかし、今日は違う。俺の断罪イベントが始まるのだから。

 生徒達は、吊り目以外全員席に着いた。吊り目は黒板の前に立って俺を睨む。

 今日1日でわかったことだが、彼はこのクラスの学級委員長だそうだ。名前は確か……馬鹿木ばかぎだったと思う。教師が彼をそう呼んでいた。


「では奥藤君、説明してもらおう」


 馬鹿木が目を光らせて言った。


「できません!」


 俺は言い放った。だって何をどう説明すれば良いのかマジで分かんないもん。俺だけ台本なしの厨二病ごっこなんて、無茶言わないでほしい。

 そんなことを考えるからか、俺に向かってブーイングの嵐が沸き起こった。


「ふざけるな!」


「とぼけるなー!」


 言っておくが俺はふざけてもないし、とぼけてもない。


「皆さん止めてください!」


 騒乱の中、立ち上がる少女がいた。


 こんな状況でなかったら、俺は彼女に惚れていたかもしれない。超美人さんだ。

 癖一つない長い黒髪に映える、透き通る様な白い肌。

 光の宿った大きな瞳は、まるで黒曜石。

 悲痛そうに顔を歪めているが、そんな表情さえ芸術品の様だ。


天野(あまの)、なぜこいつを(かば)う!?」


 馬鹿木が彼女に言った。

 あの子、天野っていう名前なんだ。


「私の能力のことは、皆さん知っていますよね……?」


 む、例に漏れずもしや彼女も厨二病……?


「私は天邪鬼(あまのじゃく)、人の心を読む妖怪です」


 やっぱりかー!

 美人さんなのに……もったいない。


 そんなことを思っていると、天野さんは俺を睨んだ。

 あ、心読まれたな。


「彼は私達を祓いに来た訳じゃないんです」


「じゃあどういう訳なんだ」


 馬鹿木が尋ねた。


「偶然に偶然が重なっただけでしょう。彼は私達になんの害意も抱いていません。このクラスに編入してきた生徒が偶然、強い法力を纏っていた、それだけの話です。」


 偶然、を強調して天野さんが力説する。


「俺は、熟練の僧が持つ法力は心の内を隠す程強力だ、と聞いたことがある。こいつは、お前に偽りの心を読ませたのではないのか?」


 馬鹿木が食い下がった。


「私もそれは考えました。ですが、それ程の高僧でしたら、法力を持っていることも隠せるでしょう」


 真剣な表情で天野さんは俺を弁護する。


「それにこの間抜け面に、その様な器用な真似、できる訳がありません!」


 そして俺をビシッと指して言った。

 なんだろう今すごい馬鹿にされた気がする。


「確かに」


 馬鹿木が俺の顔をジッと見たあと肯定する。この野郎、馬鹿木の癖に俺を馬鹿にしやがって。


「でしょう。彼は消すべきではありません。裏を返せば彼は、私達が仏の力に慣れる為の貴重な人材です」


 天野さんは胸を張った。誇らしそうなその顔は、年相応に子供っぽく見えた。


「なるほど、確かに、人間として生きると決めたからには、仏の力に慣れておかなければなるまい。」


 馬鹿木は顎に手を当てて考え込む。どうやら俺の断罪は無くなる感じだ。もしかして最初からこうなる設定だったのだろうか。

 よくわからんが俺を抜きにして厨二病ごっこは進んでいく。

 これは、あれだな。仲間外れっていうのはやっぱり辛いな。

 俺も入れてもらおう。


「私はこの神聖なる法力で、貴様ら物怪(もののけ)を浄化しに来た」


 カッコいいポーズで決める。


「彼はそう言ってる」


 足長君が俺を半眼で見ながら、天野さんに言った。


「奥藤君、厨二病丸出しにしないでください。話がややこしくなります」


 天野さんが俺を睨む。きっと台本にない動きをする俺に腹を立てているのだろう。

 俺が厨二病を出そうが出さまいが既に設定がややこしいと言いたいところだが、美人さんの願いだ。

 男子中学生の心は抑え、流れに身を任せよう。

 俺の決意の籠った目を見て、天野さんは呆れた様に再び口を開いた。


「この人、私達の正体に気付いてないです。法力についても信じてないみたいです」


「そうだそうだー」


 よう分からんが美人さんの言うことだ。肯定しておこう。


「さっきから美人さん美人さんって、聞こえてますよ!」


 美人さんが顔を真っ赤にして俺に言った。

 照れてんのか?可愛いな。


「じゅ、重要なのはそこじゃなくて、私が貴方の心を読んでるってことです!!」


 ん?確かに言われてみれば読まれてる気がする。待って、ガチの超能力系?

 今から俺の思ってること言ってみ。

 奥藤君はカッコ良い。


「お、奥藤君は……か、カッコ良い」


 美人さんは恥ずかしそうに、けれど確かに言った。ご褒美ですね、はい。


「なっ!」


 足長君がこの世の終わりのような顔をしている。

 だがそんなことはどうでも良い。美人さんに奥藤君カッコ良いと言わせることができたのだ。

 足長、お前は負け組だ! はーはっはっはっは!


「ちやっ、違うんです! 奥藤君に私の能力を確認してもらう為に、奥藤君の思ってることを言ったんです!」


 美人さんがクラスに向かって弁明しようとするが、噛んだ。萌える。

 カッコ良いを否定された俺はちょっと傷ついたが。あ、大丈夫、ちょこっとだけやから。美人さんそんな申し訳なさそうな顔せんといて。やめて余計虚しくなるから……。


「このナルシスト……!」


 足長君が白い目で言った。

 言っておくが厨二病も潜在的なナルシストだぞ。


「お前、本当に俺らの正体に気付いてないのか?」


 馬鹿木が俺を疑念の籠った目で見つめる。その瞳には既に敵意が籠っていない。籠っているのは、少しの呆れと疑念。


「お前らの正体? そんなの決まってるだろ」


 教室内の厨二病患者たちが俺に注目する。その眼差しに籠った敵意は以前より幾分か減った様に感じられた。一瞬感動を噛み締めたい衝動に駆られたが、俺は続ける。


「……厨二病学級だ。全員が自分を選ばれし邪な存在だって思ってる」


 瞬間、教室が静まり返った。教室の窓から入ってくるのは、野球部の掛け声。クラスメイト全員が口を半開きにして俺を見る。

 まずい、厨二病患者の逆鱗に触れたかもしれない。

 厨二病患者に厨二病と言うべからず、これは暗黙の了解ッ……!

 と内心冷や汗をかいていると、


「「「あはははははは!!」」」


 こいつら急に笑い出した。

 足長君は机をバンバン叩いている。

 天野さんは口を押さえ、肩を震わせて笑いを堪えていた。

 馬鹿木は微妙に口元を歪ませている。

 腹立つな。何がそんなにおかしいんだ。お前らの頭よりかは俺は正常だぞ。


「厨二病かあ! 確かに君からしたら俺らはそう見えるよね!」


 俺の斜め前に座るタレ目の男子が、目尻の涙を拭いながら、あははと笑った。

 厨二病じゃなかったら何なんだこいつら。


「俺らは正真正銘、生粋の化け物。」


 妖しい笑みを湛え、馬鹿木が俺に言う。

 何言ってんだよまた厨二病ごっこかよ……? あれ、何かおかしいな。馬鹿木の周りに白いもやが見える。

 ……いや彼の周りだけじゃない。気付けば、今や教室中に霧の様なものが漂っていた。笑い声は以前にも増して大きく、そして地を這う様な笑い声や、甲高い笑い声に変わっていく。

 変だな、こんな下品な笑い声だっただろうか?

 そして俺は、日中だというのに、あたりがやけに薄暗く、寒くなってきているのに気付いた。

 なぜだ?それにどうして皆はこの変化に気付かないのだろう。

 動揺する俺の頬を、一筋の生温かい風が優しく撫でた。

 取り乱す俺をあざ笑う様に、教室中にいくつもの恐ろしい(わら)い声が響き渡る。


「見せて差し上げましょう、私達の真の姿を」


 天野さんが俺を見て優雅に微笑む。その姿は美しく、しかしどこかこの世の者ではない様な恐ろしさを感じさせた。


「そう、私達はこの世の者ではありません」


 そう喋る天野さんの顔は、少しづつ変化していく。額の真ん中の皮膚は徐々に突起となって盛り上がる。黒曜石の様だった目は、次第に獣の様な琥珀色の輝きを放ち出した。可憐で小さかった口は赤く裂け出し、そこからは牙の様な歯が頭を覗かせる。

 そして、彼女が言葉を言い終わる頃には、そこには爺ちゃんの持っている絵巻物に出てきた鬼そのものが立っていた。いや、あの鬼よりかは遥かに美しい。だがそこに立つ何者かが鬼であることに変わりはなかった。


「天野、さん……? これ、は、どういう……?」


 何がなんだかわからない俺は辺りを見回す。そして背筋を凍りつかせた。

 俺は、化け物たちに囲まれていたのだ。

 俺をジッと見つめる、目、目、目。

 薄暗い教室の中、火の玉の様な灯りが浮かび上がらせる彼らの姿は、俺の背丈は優に超えるであろう大蛇、一つ目小僧、のっぺらぼうに天狗、雨降り小僧、河童、輪入道……。

 どう見ても彼らはこの世の者ではなかった。


「ようこそ、1年6組化け物学級へ」


 白く美しい毛並みの狐がそう言った時、俺は糸が切れた様にその場に崩れ落ちた。














読んでくださりありがとうございます。


2017/11/18 サブタイトルを変更しました。

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