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1. 1年6組の騒乱

 私立瑞蘭(ずいらん)高校は、私立にしては珍しく、自然溢れる田舎にある。

 県内で最も標高が高いことで有名な最寄り駅から、歩いて約15分。すぐ隣が山、というその場所は、お世辞にも学校を建てるのに適しているとは言えないだろう。山に囲まれている場所は湿気がこもりやすいので、夏は伸し掛るような熱気と湿気に見舞われるし、冬は、高い標高と周囲の山による日当たりの悪さから、凍るような寒さに襲われるのだ。

 交通アクセスも悪く、ど田舎にあるこの瑞蘭高校だが、実は偏差値と合格実績共に県内トップレベルだという理由から、それなりに人気があり、倍率も高い高校であった。


 そんな瑞蘭高校には、今日も生徒達が元気に登校してきている。

 ある生徒は友人と談笑しながら、ある生徒は月曜日の重い瞼を揉みながら、生徒玄関に吸い込まれる様にして入っていく。

 制服は、男子は至って普通の学ラン、女子は襟のない上着、つまりボレロ。どちらも飾り気が無い黒でシンプルだ。

 女子の制服の、ポイントと言えるポイントと言えば、首元から覗くブラウスの丸襟くらい。殆ど全ての女子生徒が、この制服を「ダサい」と豪語する。

 しかしあーだこーだと言いながら結局、自分の学校好きなのが、瑞蘭クオリティだ。

 実際、週明けで久しぶりに友達と会える彼らの足取りはどこか軽やかで、目の奥には明るい光が灯っていた。



 瑞蘭高校の3階の端、とある教室の窓は全開だった。

 誰かが雑に開けたのであろう薄緑色のカーテンは留められておらず、開け放たれた窓から差し込む爽やかな朝陽とは対照的に、やけにくたびれて見える。

 ふと窓から入り込んだ一筋の秋風が、そのくたびれたカーテンを優しく揺らした。 

 カーテンの揺れを教室内の生徒達が気にかけることなどは勿論なく、教室内は他の教室と同じく、生徒達の喋り声や笑い声に満ち溢れている。

 今日はその喋り声が、普段より一層大きい。

 実は今日、1年6組はとある話題で持ちきりなのだ。

 その話題は、今日このクラスに入ってくる転校生のこと。


「諸君!」


 教卓から1人の男子がクラスメイトに呼びかける。切れ長な吊り目が印象的な男子生徒だ。彼は、すらりと細い両腕を教卓に伸ばすと、教室内を見回した。生徒達が自分に注目しているか確かめている様だ。しかし彼が確認するまでもなく、教室内のほとんどの生徒が彼に注目し、彼が何か言い出すのを待っている。

 全員が自分に注目したのを確認し終わった彼は、口を開いた。


「今日、このクラスに転校生が来る!」


 彼の澄んだ声が教室内に響き渡ると同時に、生徒達の弾ける様な歓声が教室内に湧き起こる。


「いえーい!」


「私の後ろの席よー!」


「美少女の転校生キター!」


「ばーか。来るのは男だぜ」


「えっ、俺美少年でもいける」


「えっ」


 転校生にはしゃぐ彼らの反応は、そこら辺の高校生と全く変わらない。

 しかし、繰り広げられる会話の一部を拾ってみると、どこか変わったものもあるのであった。

 例えば、窓に背をもたせ掛けた2人の男子の会話。


「人間来るぜー!」


 2人の内、1人が満面の笑みで拳を突き上げた。


「人間喰うぜー!」


 それに釣られる様に、もう1人もあどけない笑みを浮かべ拳を突き上げる。


「ちょ、やめろよ。お前もう喰わないって約束したろ?」


 もう1人の恐ろしい宣言を聞いた1人は窓から背を離すと、焦ったように彼の腕を掴んで下げさせた。


「すまんすまん。つい癖が」


 決まり悪そうに頭を掻く彼を、1人は呆れた様な表情で睨むと、再び窓に背を預ける。


「普通の」人が耳に挟めば、眉をひそめる様な会話だろう。

 彼らの会話は、まるで以前は人間を食していたと言うかの様だ。


「私たちが化け物だってばれないかしらー?」


 続いてそんなことを言ったのは、教卓の近くに居た1人の女子。彼女は不安そうに吊り目の顔を覗き込んだ。


 今の彼女の発言は、自分が化け物だと自己紹介したも同然。「普通の」学級でそんな発言をする女子がいたら、ただの痛い子だ。厨二乙〜とか白い目で言われるのがオチだろう。

 しかし周りに居た数名の女子生徒達は、彼女を白い目で見ることもなく、むしろ彼女に共感した様に、不安そうな表情で吊り目の反応を伺っていた。



 男子生徒は、まるで人間を食していたかの様な発言をした。

 女子生徒は、自分が化け物であるかの様な発言をし、周りはそれを当たり前かの様に受け入れている。



 何かがおかしい。

 ここに「人」が居たら、必ずそう思うはずだ。


 そして勘の良い「人間」なら、彼らの正体に思い当たったのではないだろうか。



 そう、この教室内にいる全ての生徒は、人間に扮した「何か」。



 その正体は古代から人間に恐れられてきた畏怖の対象。

 太古の時代から存在する禁固の存在。



 化け物なのである。



 すなわち瑞蘭高校1年6組は、生徒全員が邪な存在から構成された「化け物学級」なのだ。



「大丈夫だ。俺のかけた幻術は完璧に決まってるだろう」


 切れ長な吊り目が、不安気な生徒たちに対し胸を張った。

 彼が言うように化け物たちは、その一部が使用可能である幻術によって正体を隠している。


「へん、自信だけはあるようだね! ()(ぎつね)! 」


 小太りなタレ目の男子が突然会話に割り込み、切れ長な吊り目に言い放った。

 清々しいほどの完璧なドヤ顔である。


「どの口が言ってんだ、()(だぬき)。どこの誰だったかなあ、何にどう化けても目の周りが黒ずむのは」


 化け狐と呼ばれた吊り目は、ただでさえ細い目を更に細めて冷たく言い返す。


「く、黒ずみなんてちょっとしたミスじゃないか! いいか、大切なのはな、顔がいかに似て……」


 化け狸と呼ばれたタレ目が、顔を赤くして言い返そうとしたその時、


「あんた達やめなさい。その呼び名はここでは使わないって、決めたじゃない」


 ある女子がそれを遮った。彼女は席に着いたまま、色っぽい桃色の唇の端を下げ、呆れてますよオーラを全身から滲み出している。

 ポーズも、不機嫌な人がする典型的なソレで、足を組み、机に片肘を立て方杖をついていた。

 彼女を見て、吊り目もタレ目も口を閉ざし、決まり悪そうに黙り込んでしまう。

 そんな彼らの様子を見て、彼女ははふうっと息を吐くと、空いたほうの手で前髪をかき上げた。

 柔らかな手の動きに合わせて、肩の上まで伸ばされた絹のような黒髪が、さらりと揺れた。

 男子2人は、その色っぽい仕草に息を飲む。


 彼女の名は猫田(ねこた) (はる)。その美しさで学校に名を轟かす女。

 そしてその(あや)しい雰囲気で、どんな男も惑わせ、狂わす女。


 まさしく魔性の女と言ったところか。


化木(ばけぎ) 常雄(つねお)狸野(たぬきの) 四郎(しろう)、覚えてる?」


 猫田はその白くしなやかな人差し指で、こめかみをトントン、と叩く。

 長いまつげに縁取られた大きな瞳が、化木と狸野の目を順に覗き込んだ。


「 邪な心は捨てて、一般社会で人生エンジョイしようってみんなで約束したこと」


 2人はバツが悪そうに俯くが、彼女は構わず続ける。


「私の記憶違いじゃなければ……」


 彼女はゆっくりと、斜め上に視線を流す。

 

「まずは、人間に馴れようってことで、良いタイミングで来た人間の転校生をここに入れたはずよ」


 視線はまっすぐと前に向き直った。


「その人間に正体バレたら、元も子もないわよね?」


 彼女はゆるりと首をかしげる。


「まあ記憶は幻術で誤魔化せるけど、魔術を使うなんてその時点で人間やめたことになるわよ?」


 彼女の目は、そんなことも分からないの、と言いたげだ。


「その呼び名は、自分たちは妖怪です、って言ってるようなものじゃない」


 吊り目の化木も、タレ目の狸野も、彼女のライトブラウンの目を見つめたまま動かない。


「だから、使わないで」


 ふわりとどこからか風が吹き、彼女の艶やかな黒髪を一筋すくい取った。


「その呼び名を」


 真剣な表情で彼女が言い放つと、風がぴたりと止んだ。


「「はい……」」


 女の真剣な表情に圧倒された2人は、なんとか返事を絞り出した。

 2人とも直立不動で唇を真一文字に結んでいる。


 彼らは反省したようだったが、他の生徒達はもはや教卓に注目しておらず、それぞれの会話に熱中していた。いまいち纏まりのないクラスである。



 そんな中だった。突然、騒がしい空気を切り裂くように大きな音を立て、教室の戸が開いた。

 生徒達の眼差しが一斉に戸に向けられる。なんだなんだ、と誰かが言った。


 そこには、肩で息をする小さな男子生徒がいた。

 前髪が汗で額に張り付いている。それを見れば、彼が走ってきたことは一目瞭然だった。


海坊主(うみぼうず)……じゃなくて海彦(うみひこ)、大丈夫か?顔が真っ青だ」


 化木(ばけぎ) が教卓から心配そうに彼に声をかける。他の生徒も同様に、彼に気遣う様な視線を送った。


「転校、生、見たん、だ……」


 静寂の中、海彦と呼ばれた男子が苦しそうに息をしながら言う。


 生徒達が彼の言葉を理解した途端に、騒めきが波紋のように広がった。


「まじかよー!」


「どんな奴なんだ? 美少女キター?」


「だーかーらー、男だっつってんだろ!」


「じゃあ美少年だあ〜!」


「黙れ変態!」


 その間も海彦は顔を真っ青にして苦しそうだ。しかし、そんな彼にお構いなしで多くの生徒達は海彦に注目するのをやめ、近くの生徒と話に花を咲かせ始めた。

 哀れ海彦。だが大丈夫だ、化木がまだ心配そうに君を見ている。


「おい、その様子を見ると、転校生…ヤバい奴なんだな?」


 低い声で化木が海彦に尋ねた。その質問を耳にした1人の男子生徒がクラスメイトに、シーっ!、と呼びかける。それによって、辺りはまたもや静かになった。海彦は再び、全生徒の注目を浴びることとなる。


 好奇の視線の中、海彦は青い唇を噛みながらゆっくりと頷いた。

 教室は再び騒然となる。


「おいおい、ヤバいってどんな奴だよー!」


「めっちゃ怖そうとか?」


「なんじゃそりゃー。普通俺たちが怖がらせる側だろー」


「違いねえ」


「お前そこは、それな、って言うんだぞ。最近の高校生はみんな使ってるぜ」


「そ、それなー?」


 海彦は、しばらくの間をおいて呼吸を整えると、再び話し始めた。


「転校生、仏の力がぱねえ」


 海彦の言葉を受け、教室は静まり返る。そこにはただ、しいんとした空気だけが存在していた。


 海彦は構わず話を続ける。


「いや、俺が歩いてたら、近くから凄い清らかな空気が流れてきたんだ。危うく成仏しかけたんだが、この清らかな空気の源を調べとかないとみんなに危険が及ぶと思ってな、意を決して見に行った訳だ。そしたら……」


 生徒達は身を乗り出して海彦の話に耳を傾ける。


「そこには一本、お、落ちてたんだよ……」


 誰かがコクリと喉を鳴らした。


「せっ、線香があッ!」


 海彦がそう叫ぶと、誰かがヒイッと悲鳴を上げた。

 その悲鳴が合図となり、辺りはは恐怖と不安が混ざり合った声で騒然となる。


「おっ、おい! まだ話は終わりじゃねえぞ!」


 海彦が声を張り上げると、騒めきはピタッと止んだ。


「ところがどっこい線香じゃなかったんだよ。清い空気の源は」


 生徒全員が、呼吸をするのも忘れて彼の話に聞き入った。


「線香の向こう側……そ、そこには、泉のように澄んだ空気を纏った、せ、背中が見えた……」


 誰の背中だったんだ、と誰かが小さく呟く。


「……転校生だ。転校生が、先生の後ろに続いて俺らの教室のほうへ向かってたんだ。」


 誰もが、絶句した。


 誰もが、己の耳を疑った。


「清い空気の源は、その転校生だった訳よ。……んだ、間違いねえ、あれは寺の子供かなんかだ。俺は一回、坊さんに成仏させれられかけた経験があんだが、その時みたいな仏の力を感じたんだ。そんで俺は、本能の赴くままに、遠回りしながらも、必死でここへ逃げ帰ってきた」


 海彦が再び顔を青くして、ぶるっと震える。


「あんな恐ろしい奴が転校生だって?冗談じゃねえ。」


 海彦は震える声でそう言うと、自分の身を抱きしめた。


 教室はクラス史上最大の静寂に包まれている。


「俺たちを(はら)いにきたんじゃねえか……?」


 重苦しい空気の中、化木がおもむろに口を開いた。

 生徒全員が教卓に目を向ける。

 その視線を物ともせず、彼は真剣な声色で続けた。


「だって、そうとしか考えられねえ。俺たちの正体がバレて、噂が寺のほうまでいったんだろう。きっとそいつは寺の回し者だ。俺たちを清め(はら)うつもりなんだ。そのために転校してきたんだろう」


 頼れるリーダー的存在の彼の、絶望したような表情で、場は再び騒然となる。


「ハメられたか!」


「くそっ!どうしてバレたんだ!」


「このままじゃ成仏させられるぞ!」


「嫌よ嫌よ!」


「せめて美少年に祓われますように!」


 生徒達がパニックに陥っていたその時、廊下のほうから男の声が聞こえた。


「お前らあ! はよ席着けえや!!」


 この教室から少し離れたところで、その男は怒鳴っているようだった。


山名(やまな)だ! もうすぐ転校生を連れて来る!」


 海彦が焦ったように言った。それを聞いて生徒達はパニクりながらも急いで席に着く。

 彼が言ったように、先程の怒鳴り声の正体は山名という教師の声。彼はこの化け物学級の担任だ。

 ちなみに人間である。


「お前ら、気を抜くなよ! 相手は仏の道の者だ!」


 席に着いた化木が言った。

 しかし、すっかり気を取り乱した生徒達の耳にその声は届いていないようである。

 教室内は不安げな囁き声で一杯になっていた。

 猫田はいつもの妖しい美しさもなく、顔を真っ青にしている。

 普段は落ち着いている化木もその時ばかりは目をギラつかせて、まだ見ぬ転校生に殺気を放っていた。



 化け物学級の1日は、騒乱から始まった。


 

読んでくださりありがとうございます。

ご指摘などがありましたら教えてください。

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