第8話 イケメン国王?ただの化け物です。
部屋から出て来た2人をみて、ルカやその場にいた女官達は驚いた。
先ほどまで虫の息だった同僚が、以前の健康そうな姿に戻っていたからだ。顔色は悪かったが。
「ミランダっ!大丈夫なの?!心配したのよ?」
同僚たちのあたたかい声に、ミランダはホッとしたのか、涙を浮かべて「えぇ」と答えた。
「すごいです、薔薇妃様!一体どんな魔法を使ったのですか?とても『癒しの風』だけで治ったとは思えないです!」
『癒しの風』は確かに病を治す魔法だが、病を治してもそこから回復させるのは別属性の違う魔法を使わなければいけない。魔法とは一般常識的に万能ではないのだ。
「ふふっ。秘密ですわ。女はそう簡単に秘密を明かさないモノですのよ?」
そう言って笑うジュリアは、成程、魅惑の魔女という代名詞がぴったりだ。
「さぁ、ミランダの体調も良くなったことだし、薔薇妃の間で一生懸命働いているカエラ達の元にかえりましょう」
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「まぁ、ミランダ!!」
歓喜の声を上げて出迎えたのは連日の忙しさで少しやつれたパメラだった。回復したミランダを見るやいなや、ジュリアの目も気にせず抱き着いている。
「もうっ心配したのよ?あんなこともあったし、ミランダにもしものことがあったらって!」
勢いでいろいろ口から出てしまっているパメラをコホンと諌めたのはユーリである。
「ルカ、とりあえず扉を閉めたほうがいいわね。パメラが余計なことを口走らないうちに。」
ルカも同意したのか、すぐさま扉をしめた。
2人と共に薔薇妃の間に入ったジュリアが確認したのはミランダの様子である。
(・・この様子だと、わたくしへの害意は一切なくなったようね。)
少しでも薔薇妃へ害意があればすぐさま異変が起こる、呪いのような魔法の餌食になっていないことを確認し、ジュリアはミランダに少し休んでから仕事に戻るように言った。
(あの女官室でミランダが交わした約束事は4つ。1つ目はわたくしに絶対の忠誠を誓うこと。2つ目は元の雇用主にはそのまま仕えているフリをすること。もちろんわたくしの情報はわたくしが指示した内容であちらに渡すように言ってあるわ。3つ目はわたくしに対して一切の隠し事をせず、真実のみを話すこと。そして4つ目はわたくしだけでなく、他の4人の女官とマリア女官長に対して害になるようなことはしないこと。今のところわたくしに対して後ろ暗いことがないと分かっているのはその5人くらいですものね。)
深夜、寝室で昼間の女官室でのことを反芻していた。
(ところであの魔法陣、やっぱりとんでもないわね。ミランダに肉体的ダメージだけではなく、精神的ダメージも与えていただなんて。寝込んでいた間ずっと夢の中で拷問を受けながら何回も死んでいき、しかもその間ずっと『薔薇妃の敵は永久に苦しみながら死ね』って声が響いてたら、そりゃあ寝起き様に私の顔を見て驚くわけですわね。)
あの魔法陣を施した人物は鬼畜に違いないと半ば確信していると、寝室の扉からノックの音が聞こえた。
「どうぞ、入って。」
ジュリアの声が帰ってきたのを確認して、カエラがおずおずと扉を開けて寝室の中に入ってきた。
「お休みの中失礼いたします。ば、薔薇妃様、あの・・。」
歯切れ悪く口ごもるカエラにジュリアは視線で続きの言葉を催促した。
「あ、あの、へ、陛下が今から御渡りになるそうです!!」
思い切って言おう、そう決断したカエラの声は思ったよりも大きく寝室内に響き、そのままあわあわと俯いてしまった。
「・・・・・。」
対するジュリアはその場から微動だにせず、表情も一切動かさず、どこか魂が抜けたように固まっている。
「・・・・・・あの、薔薇妃様?」
いつまでたっても返事を返してこない主人を訝しみ、顔を上げる。
「・・そ、そう。陛下がいらっしゃるの・・。急ね。」
「えぇ、急ですね。」
ジュリアとカエラは互いに顔を見合わせ、各々思い思いのため息をついた。
(普通、国王の御渡りって言えば昼か、遅くても夕方までに御達しがあるものではなかったのかしら。それに、入宮してから1回も御渡りがなかったからてっきりもうわたくしへの興味は失せたのだと、喜んでいましたのに!)
入宮前にジュリアをストーカーしていたエドワードがせっかく入宮したジュリアに1度も会いに来なかった。それだけで後宮内の側室達は安堵し、薔薇妃付きの女官ではない者たちは薔薇妃の入宮は国王の意に反することで、汚い権力を使ってブラスター家が画策したものだと、嬉々として噂していた。
(わたくしも、『国王に見向きもされない形だけの側室筆頭が醜い嫉妬心で後宮を荒らし、追放される』というシナリオを立てようとしていたのに・・。)
しょぼんとしつつ、主人の返事をまつカエラを見た。
「もう遅い時間ですし、日を改めて頂くよう、使者の方に伝えて頂けるかしら。」
既に深夜12時。誰しもが眠りについてあるだろうそんな時間に訪れるなんて、国王でなければ非常識と叩きだされてもおかしくない時間である。ジュリアが国王を拒むのにもっともな理由である。
「・・あの、それが・・。」
「なんですの?・・・!!」
再び言いにくそうにどもるカエラに声を掛けたとき、外が騒がしいことに気づいた。
「ま、まさか・・。」
嫌な予感がタラリと汗となってジュリアの頬をなぞる。と同時に寝室の扉が勢いよく開いた。
「やぁ、愛しの薔薇妃。やっと顔を見ることが出来た。」
そう言って薄暗い中でも光り輝くその笑顔の主は、「そんな、困ります!」と必死で彼を食い止めようとしていたルカたちをものともせず、ずかずかと寝室の中を歩いてきた。
「これは、陛下。どうされたのです?こんな夜分に。」
観念してベッドから降りたジュリアは「このような姿で申し訳ございません」と一応お詫びし、ベッドのそばにある椅子に腰かけるようエドワードを促し、自分もその向かい側に座った。
「いいんだよ、急に訪れた私が悪いのだから。」
(えぇ、本当に。)
内心毒づいていても表面上にそれを出すことはせず、にっこりと「いえ、そのようなことはございませんわ」と笑うジュリアは名女優と言えるだろう。
「本当は入宮してすぐ薔薇妃の元を訪れたかったのだけれど、色々と忙しくてね。それに何故か大臣たちが中々私を解放してくれなくて、やっと今日仕事が一段落したから大臣たちに気づかれる前に急いでここにきたんだよ。だから、前もって知らせを送ることも出来なかった。すまない。」
詫びるエドワードに(その謝罪は突然来たことに対してかしら。それなら素直にお受けしますけど、もしここに中々来ることが出来なかったことについてだったら、叩きだしてやりたいわ。)などと独特の感想を抱きつつ、けれどそれを確認することもなくニコッと笑いただ首を横に振った。だが、その微笑みはすぐに消え、ジュリアはその表情を凍りつかせることになる。
エドワードが、ジュリアを熱っぽい瞳で見ていることに気づいたからだ。
「あ、あの、陛下・・。」
「あぁ、ジュリア、嫌、薔薇妃よ。ようやく君が私のモノになったんだね。」
その顔を見れば、国中の女たちは一瞬にして虜になり、失神者も続出するものだが、ジュリアはぞわわーと身震いし、頬を紅潮させるどころかどんどん色を失っていく。
「・・何をしている?早く2人にならないと彼女が素直になれないだろう?すぐに部屋を出るんだ。」
オロオロと扉の前に控えていたカエラを国王の威厳みたいなもので下がらせたエドワードは扉が閉まるのを確認すると、そのままジュリアを抱え上げ、ベッドに横たわらせた。
「へ、陛下、わたくし、その、まだ心の準備が・・。」
ぐぐっと顔を寄せるエドワードをなんとか押しのけようと、腕に力を込めたが、横たわったままだと上手く力を入れることが出来ず、そしてその腕をエドワードに掴まれ吐息がかかるくらい近くに引き寄せられてしまった。
「フフっっ。準備なんていらないんだよ。キミは全部私に委ねればいいのだから。」
(き、きーもーいーっ!!無理無理無理無理!!こうなったら、あの手を使うしかないわ!)
カッとジュリアが目を見開くと、エドワードをふわりと暖かい風か包んだ。と、同時に先ほどまで意気揚々と輝いていたエドワードの瞳がうつらうつらと眠たげになった。
(やりましたわ!ライルの時もこの手で情事を交わすことなく、けれども起きたときには何かあったと分かるように少し乱れた状態にしてやり過ごしてきたんですもの。陛下もこのまま眠らせてちょこっとベッドと服装に乱れをつくって、朝にわたくしが横で頬を染めていたらごまかせるはず―――)
「う?!」
勝利を確信した、そう思っていたジュリアはかつてないほど脅えた。
今迄なら、今までの男達なら、この力を使ってすぐに眠りにつかせることが出来ていたはずなのに。うつらうつらと眠たそうにしていたその瞳はすぐに熱を帯びた輝きを取り戻し、何がおかしいのかクスクスと笑っている。
「駄目だよ、薔薇妃。眠りを誘う魔法はほとんど風属性のもの。そして私は風属性持ちの国王だよ?私の属性の魔法は私にほとんど効力を示さないのだから。あぁ、それでもここまで私を手こずらせたのはその国宝級の魔石のおかげかな?」
エドワードの視線の先にあるものに気が付き、ジュリアは(しまった、これの力も使えばよかった!)と後悔した。魔石には違う属性の魔法を使うことが出来るほか、同じ属性の人が使えば相乗効果ももたらすことが出来るのだ。国王は屈指の風の魔力の持ち主。常人以上とは言え、本来の属性ではない魔法をそのスペシャリストにかけても効果はあまり発揮されないのに、ジュリアは自分の魔力だけでエドワードに風の魔法を掛けようとしたのだった。
「これはもう、取り上げておくよ。」
もう一度、今度は指輪も使ってエドワードに魔法を掛けようとしたが、その指輪はすぐにエドワードに取り上げられジュリアは追い詰められてしまった。
(ど、どうしよう。『洗脳』と『傀儡』はこんな動揺している時に使うとうっかり陛下を廃人にしてしまいかねないしっ。どうすればいいのよ?!)
今までにないレベルで焦りを見せるジュリア。
「本当に可愛いね。薔薇妃は。キミのためなら私は。」
極上の笑みを浮かべながらジュリアを抱き寄せる。
「―――国を滅ぼすことも厭わないよ。」
そう甘い吐息と共に小さなささやきを耳元で感じると、次の瞬間ジュリアの唇に暖かくやわらかいモノが押し当てられていた。
(いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!)
声にならない悲鳴は、誰にも聞き入れられることもなく、ジュリアの頭の中にだけ響いていた。
ついに出ました。ラブ展開です。※但し、一方通行