第75話 過去の勇者?あの馬鹿よりは強そうですわね
2000年前の勇者、イグニス。当時の国王エドモンド、そして大賢者ジュダルとも親交があり、歴代勇者の中でも最強と称えられている。だが、彼も魔王には歯が立たなかった。
勇者イグニスは魔王に攫われた女性を救うため単身魔王の城へ乗り込んだ。魔王の配下を倒し、遂に魔王の元へとたどり着いたイグニスだったが、魔王の強大な力を前に、その命が果ててしまう。その後、彼を追って駆けつけたエドモンドとジュダルにより、女性を奪還、そしてイグニスとの戦いにより疲弊していた魔王を封印することが出来た。
「と、ここまでが誰しもが知っている伝説ですわね。そしてその攫われた女性というのが、当時の薔薇妃、フィオナ様でよろしいでしょうか」
焦りを見せるエドワードとジュダルを余所に、ジュリアは淡々とリリスに語りかけた。
「ええ。そうよ。魔王様の気まぐれでフィオナを連れてこなければ、魔王様は2000年も封印されることなどなかったのに。人間なんてさっさと殺してしまえばよかったのよ!」
苦々しく言葉を口にするリリス。
「貴女の感想など、どうでもよろしいのですよ。そのようなことよりも、さっさとそのイグニス様についてお話なさい」
「…まぁいいわ。イグニスは、まだ生きている、と言ったら信じられる?」
「「!!?」」
薄ら笑いを浮かべるリリスに、目を見開いて驚いたのはジュリアではなく、エドワードとジュダルだ。
「そ、そんな馬鹿な!!確かに、あいつはあそこで命が尽きたはずだ!俺たちはその光景をこの目で見たんだ!」
「そ、それに、いくら『光の魔力』を持っていたとしても、2000年もの間、生きていられるはずがない!」
エドワードの言葉にふむと、頷くジュリア。
「確かに、ジュダル様のように封印されていたのなら分かりますが、それ以外で勇者と言えど、人間がそんなに永く生きられるものではありませんわね。それとも、わたくしや陛下の様に、別の人間へ生まれ変わっているということでしょうか」
「いいえ、違うわ。正真正銘、イグニスは生きているのよ。それも我らの城で!!…違うわね、正しくは、魔王様の身体の中でね」
「なんだとっ!!?」
思わず、ジュダルがリリスの衿を掴んだ。
「どういうことだ!!分かるように説明しろっ!!何故、イグニスが魔王なんぞの中にいるんだっ!!」
「ぅっ…ぐるしいっっ」
「ジュダル様!!落ち着いて下さいまし!」
リリスを締め上げるジュダルを制し、その手を放させた。
「うっっげほっげほっ…」
「少し息を整えたらわたくしたちに分かるように、お話して下さるかしら」
ジュダルとリリスの間に立ち、リリスを見下ろすジュリアの瞳は妖しく煌めいている。
「…あの時、魔王様が使った魔法は人体から魂を取り出し、自分に取り込む魔法。魂の抜けた身体はその後、生命を維持することが出来なくなるからお前たちはイグニスが死んだと思っただろうが、イグニスの魂はまだ魔王様の中にある。そして、身体も、魔王城にある凍結装置に保管してあるから、魂さえ戻せば再び勇者は復活するわ」
凍結装置とは、おそらくリケーネの身体を保存した魔法と同じような仕組みの装置なのだろう。否、2000年もの間身体を維持できるのだから、それ以上の力がある。そしてそれは――
(それだけ、魔王の力は強大ってことですわね)
勇者の身体を維持しておくことなど、魔王にとってはさほどメリットがあるわけでもないはず。強いて言えば人間側との交換材料にするくらいだ。しかも、勇者を交換材料にするには、当時の仲間が生きていることが大前提だ。何の関係もない後世の人間たちに交渉を持ち出しても意味がないのだから。
「成程、そういうことですのね」
自分の中で噛みしめるようにそうつぶやくジュリア。
「魔王は、この状況を予測していた。当時の国王、エドモンド様。そして薔薇妃、フィオナ様が転生し、更にはジュダル様の封印が解け、復活するというこの状況を」
「なん、だとっ?!」
「それは本当なのか、薔薇妃!」
ジュダルとエドワードの問いに振り返ってこくりと頷き、再びリリスを見る。
「本当かどうかはリリスが教えてくれるでしょうが、まぁ、間違いなく真実でしょう。そして、魔王の封印は解けたのではなく、わたくしたちが一同に揃うこのタイミングで、魔王自ら解いたのでしょう。もしくは封印されるその時に何か細工をしたか。いずれにせよ、イグニス様が魔王の中に封じられているという状況は、わたくしたちの心を揺さぶるのに十分な材料ですし、魔王の思惑通り、わたくしたちは魔王の元へ行かざるを得ないでしょう」
(本当は、わたくし自身はそれほど勇者イグニス様に対して何の思い入れもございませんけれど、心の奥の声にならない悲痛な叫びを無視するわけにはいきませんしね。あぁ、本当に、生まれ変わりというのはやっかいですわね)
これで、ジュリアがフィオナの生まれ変わりである、という可能性はほぼ100%にちかくなった。そうでもなければ知りもしない赤の他人のことにここまで心を揺さぶられるわけがないのだから。ジュリアの心は今、『正直めんどくさい』という気持ちと、『何としても彼を助け出さなければ』という気持ちに二分化されている。後者についてはあくまでもそんな感じがする、程度だが、この気持ちを無視すれば、後々面倒なことになりそうだと、何故かそう確信できるため、ジュリアは後者の気持ちに従うしかない。
「あ、そう言えば、リリス。魔王の中にイグニス様の魂が封印されている状況で、イグニス様の魂は魔王に同化しなかったのでしょうか」
2000年という長い年月でそういう状況になってもおかしくないはずだ。
「それは、正しくは取り込めなかった、のよ。一応魔王様は封印されていた訳だし、それにイグニスの魂は思ったよりも強くてね。そこに力を費やしたら、魔王様自身の計画が崩れると分かったから、魔王様はイグニスの魂を完全に取り込むことはしなかったのよ。」
(あら。イグニス様はそれ程までにお強いのですわね。一度お手合わせ願いたいですわ)
こんな時でも自身の興味への欲望が絶えないジュリアである。
「さて、と。これ以上はリリスから何か有益な情報も聞き出せそうにないことですし、どうしましょうか」
あらかた話を聞き終えると、くるりとエドワードたちの方へ振り返り、首を横に傾けた。
「どうするって…」
「殺していいじゃねぇか?」
「そんなっ!!話が違うわ!」
無慈悲なジュダルに、リリスが思わず叫んだ。
「まぁ、確かにこのまま生かしてまた牙をむかれたら面倒ですし、命を奪ってしまってもさほど心を痛めない、というのが今の心情ですので、その提案に賛成してもよろしいのですが…でも、あまり約束を破ってしまうのはわたくしの信条に反しますものね。…そうだわ!」
何かをひらめきパチンと指を鳴らしたジュリア。
「確か、魔族には魔力の核があり、それが魔力の源となっているのでしたわね?」
「お、おう、そうだが?」
突然嬉々として自分に尋ねられたので、思わず一歩後ろに下がってしまったジュダル。
「ならば、その核さえ抜いてしまえば、もう魔力は使えませんでしょう?だから…」
ジリッと、笑顔でリリスに詰め寄る。
「ひっ!何をするの?やめっっぎやああぁぁぁぁっ!!!」
ジュリアはリリスの胸の谷間に手を当てると、そのままズブリとリリスの胸の中に手が入っていく。リリスはあまりの痛みに目を大きく見開き白めになり、断末魔を上げている。が、その様な事を気にするジュリアではない。
やがて、ジュリアの手がリリスの胸から引き抜かれると、漆黒のまあるい珠がその手の中にあった。
「ふうっ。これが核、ですわね。思ったよりも大きいですわね」
「おまえ…悪魔よりひでぇやつだな」
にっこりとほほ笑みながら取り出した核を眺めるジュリアにげんなりとジュダルが言い放った。
「なっ、失礼ですわね!ジュダル様にだけは言われたくありませんわ!」
悪魔代表、ジュダルに言われた日には、ジュリアのプライドが傷つけられただけでは済まない。
「とにかく、これ、」
ジュリアは話ながらその核をジュダルに渡した。
「ジュダル様に差し上げますわ。こんな『闇の魔力』の塊、うかつに他の人間の手に渡ったら暴走させかねませんし。もし、他の魔族がこれを取り返しに来た場合、他の人間では対処できませんし。ですので、ジュダル様が預かっていてくださいまし」
「おい、俺だっていらねぇよ!こんな嫉妬にまみれたきったねぇ魔力なんて!」
後ろでギャーギャーとジュダルが喚いているが、ジュリアは気にしない。
「お、おのれ…フィオナ!!このままで済むと、思うなよ!!!」
しゅーしゅーと煙を上げながら、かすれた声でリリスがジュリアに唸る。
「そのような姿で凄まれましても、ちっとも怖くありませんのよ?りりすちゃん」
「なっ!!リリスちゃんだと!?なめるなっ!!って、え?!」
ジュリアに飛び掛かろうとしたリリスだが、違和感に気づき、自分の手をまじまじと見つめた。
「な、なんだ、これは。一体どうなっているのよ!!?」
ジュリアがリリスを『りりすちゃん』と呼び、そしてリリス自身が信じられないモノを見る目で自分を見たのも無理はない。何故なら、ボンキュッボンのナイスバディだった面影は消え失せ、更にはその体は推定5歳程度に縮んでしまったのだから。そう、リリスは『魔力の核』を取り出されたことにより、魔力を持たない、只の人間の子供にまで成り果ててしまったのだから。
「これで、もう悪さは出来ないですわね?りりすちゃん♡」
満面の笑みのジュリアに、ただただ呆然と立ち尽くすしかないリリスであった。
更新が遅くなり、大変申し訳ございません。
前回話した漫画の件もあるのですが、加えて2週間ほど前から長期出張に出ております。
今週末だけ帰ってきたので、今回更新できたのですが、また1ヶ月ほど出張に出る為、次回更新も遅れそうです。+゜(つд・o)゜+。
本当にすみません!




