第65話 逮捕?思っていたのと違いますわ!
施術からしばらくたっても、リケーネの様子は変わらないようだったので、術が成功したことが分かったジュリアは、寝室にカリーナ、ポワティエ侯爵夫妻を招き入れた。
カリーナ達は、ずっと氷漬けだったリケーネが、血色良い顔ですやすやとベッドに寝ている姿を見て、皆涙を流して膝から崩れ落ちた。
「今は魔法で眠っているだけですがもう30分もすれば目が覚めるでしょう。」
ジュリアがそう説明すると、3人とも床を這いながらベッドに近づいていき、リケーネの側に立った。
「本当に、本当にリケーネは目を覚ますのですか?薔薇妃様!」
もはや涙で化粧が崩れ、淑女だったポワティエ侯爵夫人は誰だかわからない顔になっていた。
「勿論ですわ。こちらのウインドの魔法は完ぺきでしたもの。逆に健康になったくらいですので、以前の身体よりもずっと長生きしますわ。」
安心させるためではなく、本音でそう言った。臓器を新しくしたのだから、内臓の健康度で言えば呪いにかかる前よりも格段に良くなっている。
「ポワティエ侯爵、侯爵夫人、それから藤妃。私からも約束しよう。ご息女は何事もなかったかのように目を覚ますさ。」
一国の主がそう自信を持って言ったので、3人はそれ以上問うことはなく、ただ「ありがとうございます。」と感謝の言葉だけを述べた。
藤妃が連れてきた侍女は事情を知っているので、いつリケーネが目を覚ましてもいいように、飲み物と、軽い食事を用意した。だが、食事を寝室に運ぶその顔は、リケーネの回復を喜ぶポワティエ一家とは異なり、何かに脅え、後悔に満ちた表情をしていた。
(・・あぁ、成程。この方が例の侍女ですわね。)
リケーネをアイリスに救ってもらうため、女官達を情報操作し、薔薇妃付きの女官達をハブらせた張本人である。
「あ・・あの・・薔薇妃様、私・・。」
軽食のワゴンを定位置に置くと、青い顔をした侍女がジュリアに向き直った。
「私、その・・薔薇妃様に対してとても、とても申し訳ないことを・・。」
侍女の様子がおかしいことに気づき、侍女が言わんとしていることを察し、ハッとなったカリーナは侍女の前に立ち、ジュリアに向かって深々と頭を下げた。
「薔薇妃様。どうか、この者の罪に対する処罰はこの者ではなく、私目にっ!」
「なっ!!なりません!!カリーナ様!あれは私の独断でしたことです!カリーナ様はあずかり知らぬことではありませんか!」
自分を庇おうとする主人を必死で止める侍女。
「いいえ、私に仕える者が犯した罪はすべて主人である私の罪です。私の監督が行き届かないばかりに、薔薇妃様に不快な思いをさせてしまいました。どうか、私を罰してください!」
「な、何を言っているのだ?カリーナ。何か薔薇妃様の身を脅かすことでもしたのか?」
様子が明らかにおかしい自分の娘と自分の家の侍女にポワティエ侯爵が汗をにじませながら聞いた。もし、このどちらかが薔薇妃たるジュリアに害を及ぼしたのなら、そしてそれを薔薇妃を寵愛している国王であるエドワードの前で告白しようものなら、カリーナへの処罰は免れない。それどころか、しでかした罪の大きさによってはポワティエ侯爵家自体も危うくなるかもしれない。だが、ポワティエ侯爵がこんなに汗をかきながら、何が起きているのか心配している理由はそれではない。ポワティエ侯爵は人格者としても有名で、ポワティエ侯爵領は法が整備され、豊かな商業の街として栄えている。領自体の税も他の領(特にブラスター侯爵領)などとは違い、平均の3分の1以下となっている。徳を尊び、義のためなら、自分より上の権力者にたてつくことも厭わない、そんな人物が、我が身かわいさにこんなに焦るわけがない。彼が案じているのは、娘の命の恩人と言っても過言ではないジュリアに対し、自分の娘、あるいは自分の家に仕える者がなにか危害を加えたのではないかということに動揺しているのだ。礼を尽くしても尽くし足りないのに、それどころか、恩をあだで売るような真似をするなんて。もちろん、実際にリケーネを救ったのはウインドとなっているし、それをポワティエ侯爵も承知の上だが、きっかけを与えてくれたのはジュリアだし、実際に術が施されるまでの延命の魔法を掛ける為、エリザベスを派遣してくれたのもジュリアだ。ジュリアがいなければ、リケーネの命は助からなかったと確信しているポワティエ侯爵がジュリアを恩人と思っていても当たり前なのだ。
「何とか言え!一体薔薇妃様に何をしたのだ!」
返事がない自分の娘と侍女に思わず声を荒げてしまうポワティエ侯爵。このままでは収拾がつかなくなってしまうと案じたジュリアが、スッとポワティエ侯爵とカリーナの前に立ち、ポワティエ侯爵の目を見た。
「ご心配にはおよびませんわ、ポワティエ侯爵様。藤妃様はわたくしの大事な御友達ですもの。藤妃様や侍女の方に何かをされたなどということは一切ございませんわ。ですので、どうぞ、落ち着かれてくださいまし。」
「薔薇妃様!それは――――」
ジュリアの事実上おとがめなし宣言にカリーナが後ろから異を唱えようとするが、くるっと振り返ったジュリアの笑みに思わず口をつぐんでしまった。
「わたくしには、何も起きていないのです。だから誤って頂く必要もございませんわ。ね?藤妃様。」
これ以上何も言うなと言われているのが分かった藤妃は「はい・・。」と力のない声で返事をし、侍女も頷いた。
それから間もなく、リケーネの瞼がかすかに動いたのが分かった。そのことに真っ先に気が付いたのは、これだけの騒ぎにもわれ関せず、リケーネの手を必死に握り締めていたポワティエ侯爵夫人だ。
「あ!今、リケーネが動いたわ!!りけーネ!リケーネ!!」
「・・うっ。」
しばらく動かしていなかったせいか、かすれた声がその口から洩れたので、慌ててカリーナとポワティエ侯爵も駆けつけた。
「リケーネ!気づいたのか?!私が分かるか?」
「・・・おとうさ・・ま?」
かすかに、だが確実に返事を返したリケーネに、3人が一斉に抱き着いた。
「リケーネ!!よかった!!本当によかった!!」
「どれだけ心配したことか・・っ!」
「もう二度と、心配かけないで!」
侯爵夫人、ポワティエ侯爵、カリーナが次々に声を掛け、目覚めたばかりのリケーネが状況がつかめず、オロオロしていた。
「みんな・・どうしたの?何で泣いているの?・・ここは・・・っっ!!?へ、陛下?!」
なんとか状況を把握しようと辺りをキョロキョロしていたリケーネは家族の隙間からエドワードを見つけて、目を大きく見開いた。
「ど、どうして陛下が?!そもそも、ここはどこなの?」
まだ目覚めたばかりでしばらく動かしていなかった身体は言うことを聞かず、家族を引き剥がし、ベッドから降りようとしたリケーネはそのままベッドから転げ落ちてしまった。
「リケーネ!!」
ポワティエ侯爵が転げ落ちたリケーネを抱え上げてベッドに戻した。
「どうやら、私がココにいては彼女が落ち着かないようだな。」
「そうですわね。わたくしどもは一度席を外れるとしましょう。せっかくの家族水入らずですもの。邪魔者は退散いたしますわ。」
リケーネを落ち着かせるため、家族でゆっくり話をさせるために、ジュリアとエドワードは藤妃の間から退室した。
「一度薔薇妃の間に戻りましょうか?」
とりあえず、ウロウロするわけにも行かず、かといって藤妃の間の応接間に残っていても気を使わせるだけなので、部屋を出てから薔薇妃の間に向かうことにしたジュリアとエドワード。
カエラを連れて薔薇妃の間に戻ると、気配でシノブが戻っていることに気が付いた。シノブが潜んでいることはエドワードも気づいたようで、案の定顔を顰めている。
「・・私が言ったこととはいえ、こうも四六時中薔薇妃と共にいることを考えると、抹殺したくなるな。」
ぼそりと物騒なことを漏らすエドワードに、ジュリアはため息をついた。
「そのようなことを仰らないでくださいまし。陛下を不快にさせぬよう、本日はこのまま姿を現さぬように言っておりますので、シノブさんの事は気になさらないでくださいまし。」
エドワードのためというか、シノブがエドワードの前に姿を現して、万が一別の方の作戦がバレでもしたら、厄介なことになると案じて、ジュリアがあらかじめシノブに言って聞かせていたのだ。
「・・薔薇妃と2人きりなのはうれしいが。どうも気が散ってしまう。」
どうやらウインドは1人としてカウントされていないらしい。まぁ、寝室でジュリア達だけになるやいなや、ボフンと小さい妖精の姿に戻ったため、分かる気もするが。
「それにしても、成功して本当に良かったですわ。陛下もお力添え頂き、感謝いたします。」
優雅に頭を垂れるジュリア。
「薔薇妃の頼みとあらば、これくらい訳ないよ。」
久しぶりにジュリアと2人に慣れたのがうれしいのか、先ほどまでの不快な顔から一転、にこにこと上機嫌のエドワード。その笑顔を見ただけで、ジュリアは何故か背筋が寒くなる。
それから、他愛のない話をしていると、なにやら外が騒がしいことに気づいたジュリアとエドワード。
「カエラ?何事ですの?」
外に控えているはずのカエラに声を掛けたが、返事が返ってこない。
「何か起きたのかしら。わたくし、見て参りますわね。」
そう言って席を立ち、扉へ向かおうとするジュリア。
だが、だんだんと外から言い争う声が聞こえてきた。
『無礼ですよ!!ここをどこだと思っているですか?!』
『そうですよ!それに今は陛下もいらっしゃっているのです!このような無礼、陛下がお許しになるはずがないです!』
『そもそも、誰の許しを得て、男子禁制のこの後宮に足を踏み入れているのですか!ミランダ!早く女官長様を呼びに行きなさい!・・あ、ちょっと!勝手に!!』
カエラが制止する声のすぐ後に、乱暴に寝室の扉が開かれた。
「罪人、薔薇妃!国宝を盗んだ罪で拘束させて頂く!」
突然目の前に現れた大勢の兵士たちに瞬時に取り囲まれたジュリアは状況がつかめず、だが、ここで慌ててはいけないとなんとか自分を制して、自分を罪人と呼んだ兵士をスッと見据えた。
「・・罪人?わたくしが、ですか?国宝を盗んだ罪とは、一体何のことでございましょう。」
(・・早い、早すぎますわ!何故、どうして?!)
確かにこの展開はジュリアが望んだことではあるが、それにしてもタイミングが早すぎる。しかも自分を寵愛する国王であるエドワードの前でこれほど思い切った真似に出る兵士たちにはなにか確固たる証拠があるのだろう。それもすぐ、この場で提示できる何かが。さもなければこの場でエドワードに殺されてもおかしくないのだから。
「白々しい。貴様が宝物庫に忍び込み、国宝である正妃のティアラや神杖、魔石を盗んだことは知っているのだ!そしてそれをそのベッドの下に隠していることも!!」
前半は正解。だが後半はジュリアにも覚えがなく、首を傾げる。
(どういうことかしら?シノブさんがまさか間違えてここに隠したとでも?)
そう思って、シノブがいる方へ、分からない様に視線を向ける。そしてあまり使いたくない手だが、シノブの頭へ直接語りかけた。
『シノブさん、どういうことですか?宝はそのまま倉庫に置いてきたのではなかったのですか?』
突然頭に響いた声に少し驚きながらも、シノブは慌てて否定した。
『何言ってんだ!おれはちゃんと倉庫に隠してきたぞ!きっと兵士が口から出まかせを言っているんだ!』
嘘をついていれば分かる魔法なので、シノブが言っていることは真実だ。
(では、この兵士が嘘を?でも、この口ぶり・・。)
ジュリアが考え込んでいる隙に兵士の1人がベッドの下を探り、そして何かを掴みそれを皆に見えるように高く掲げた。
「あったぞ!!正妃のティアラだ!」
その手にあったのはまぎれもなく、正妃のティアラ。ジュリアは訳が分からず、何か、自分の知らぬところで事が進んでいっていることに焦りを覚えながら、その手に掲げられたティアラを見つめていた。




