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第64話 代償?これくらいならば喜んで負いますわ!



 魔法陣とは、複雑な魔法式が必要な魔法を使う際必要になる術式を描いたものである。普段魔法を使う際、魔法陣を必要としない魔法であれば、詠唱をすれば難なく魔法を発動することが出来るが、高度な魔法となると魔法陣を描かなければ上手く発動することが出来ない。だが、実践に置いて魔法陣を描いている暇などほとんどないため、高位の魔術師たちは身体のいたるところに魔法陣をあらかじめ刻んである。単に筆で書いているわけではなく、文字通り刻まれているのだ。御特殊な針を使い、直接掘る。針自体に魔法が籠められているため、一生消えることがない。魔法陣が描かれている箇所をなぞりながら詠唱をすると、すぐに魔法が発動できるという仕組みだ。また、魔法陣を身体に描くというのは高度な魔法がすぐに発動できるだけでなく、その威力も普通に地面に魔法陣を描いたり、魔法陣が描かれた魔導書を使った時よりはるかに大きくなる。

 だが、その反面、制御が難しく、暴発することもある。未熟な者が身体に魔法陣を刻んで発動させようとした時、魔法の暴発によりその魔術師だけでなく周りの物も巻き込み、100名ほどが命を落とした事件もあるほどだ。

 そして、その魔法陣が、手袋をとったジュリアの左手の甲にもはっきりと描かれていた。

 「わざわざ魔法陣を手に刻んだのか?薔薇妃。」

 その意味を知るエドワードが、険しい表情でジュリアに問うた。

 「えぇ。説明は後でいたします。今は一刻を争いますので、お許しください。」

 それだけ言ってジュリアは左手をなぞった。すると、左手にともっていた光が辺り一面に広がり、やがて錬成の材料とリケーネから採取した髪の毛が1つになり、みるみる大きくなって形を成していく。

 今回ジュリアが錬成をするのはあくまでも臓器のみのため、それほど時間もかからず、必要な臓器が全て錬成されていった。

 ジュリアはそのままリケーネに向かい、リケーネのお腹に手を当てた。ここで使うのは転移の魔法だ。これも闇魔法の一種で物質を別の場所へと移動させる。本来なら移動させる物質に降れていなければならないのだが、ジュリアやジュダルくらいの使い手になると、ある程度手から離れていても移動させることが可能だ。

 ジュリアはリケーネの体内から壊死した内臓全てを取り除き、そして錬成した新しい臓器をリケーネの体内へ転移させる。そこまで終わると、後必要になるのは光魔法だ。体内に臓器を入れただけではリケーネの身体とつなげていないため、意味がない。リケーネ自身の神経、血管、細胞全てとつなげて臓器は初めて機能する。それを可能にするのは細胞を活性化させ、結合させることが出来る光魔法だ。リケーネは幸運だ。闇属性、光属性の人間自体少ない上、それぞれが同時に行動していることなど本当に稀なのだ。ましてや、ジュリアはそのどちらの属性も持っている。ジュリア以外、リケーネを救うことが出来る人物はいないのだ。

 すべての内臓をリケーネの身体とつなげ終ると、ジュリアは大きく息を吐き、額ににじんだ汗をぬぐった。

 「とりあえず、これで終わりですわ。上手く機能して頂くとよろしいのですが・・。」

 とはいえ、すぐにリケーネの眠りをとくつもりもないので、一旦椅子に腰かけた。

 「では、そろそろ良いか?薔薇妃、その身に印を刻むなんて、何故そのような無茶をしたのだ?いつ暴発するかもわからない、それも人体錬成を行う闇魔法と光魔法を組み込ませた魔法陣をその身に刻むなど、未熟な者が行えば印を刻んだ時点でその身を蝕んでいく可能性だってあるのに。」

 エドワードがジュリアの身を案じ、厳しい顔をしている。それはウインドも同じで、ジュリアに対して怒っているようだ。

 「薔薇妃はいくら魔力が強いからとはいえ、そのように迂闊に印を刻むものではありませんよ?それに身体に刻める印は限られているのですよ?この先、今回その手に錬成の魔法陣を印したことを後悔する日が来るやもしれません。それを分かっているのですか?」

 魔法陣は上書きすることが出来ないので、人がその身に刻むことが出来る魔法陣は限られている。だからその身に魔法陣を刻む際はよく考え、吟味して刻むのだ。ジュリアはそう言ったことを一切せず、この短い期間でその左手にまほう陣を刻んだ。

 「えぇ。存じていますし、承知の事ですわ。ですが、それは考えがあっての事です。ご心配にはおよびませんわ。」

 その顔は、嘘偽りない表情をしていた。ジュリアの話を、黙って聞く姿勢が出来たエドワードとウインドを見て、ジュリアは小さく頷き、口を開く。

 「まず、代償の件でございますが、そもそもわたくしはそれ程未熟でもございませんし、何よりこの魔法を完成させたのはわたくしですわ。その身に印を刻む魔術師たちは皆、自身で編み出した魔法の印を刻むのがほとんどですもの。わたくしもそれに倣ったまでです。加えて私は『光の魔力』も持ちます。【自動治癒(オートヒール)】と、【絶対防御膜(ホールシールド)】を自分自身にかけていますので、万が一魔法陣が暴発したり、魔法陣に込めた魔力が逆流したとしましても、わたくし自身に危害が及ぶこともございませんし、周りに被害が起きることもございませんわ。」

 【自動治癒(オートヒール)】とは、怪我や病気にあったり、呪いを掛けられた時、自動で自己を治癒する魔法だ。そのレベルをカンストしているジュリアは無敵状態なのである。また、【絶対防御膜(ホールシールド)】は攻撃を通さない絶対的なシールドであり、ジュリアはそれに制約を掛けている。それは全属性を、それも通常の人よりも何倍も大きな魔力を持つジュリアが万が一魔力が暴走しても周りを傷つけることのないよう、自分自身に向けてかけていることと、あくまでも自分の意志に反して魔力が暴発や魔法が発動した際に展開されるように出来ている。それ故、魔法陣が意図せず暴発したとしても周りに被害が及ぶことはない。

 「そして、この人体錬成の魔法陣ですが、かなり複雑な式が入っていますので、描くのに割と時間が掛かってしまいます。加えて調整が難しく、ただ地面に描いただけでは失敗する恐れもありますわ。人体錬成を行わなければならない程の窮地に陥った場合、そのような時間をかけている場合ではございませんし、勿論この間のような失敗をするわけにはまいりませんわ。それ故、直接身体に刻むことを決めたのです。」

 大巫女の身体を錬成した時、ジュリアはまさしく魔力の調整に失敗して女の子を錬成するはずが、男の子を錬成してしまったのだ。その時はそれでも魂が定着してくれたからよかったものの、毎回そのように結果オーライになるとは限らない。

 「たしかに今回の事はこの魔法陣を刻むトリガーになりましたが、遅かれ早かれ、わたくしはこの魔法陣を身体に刻んだでしょう。それにわたくしはほとんどの魔法を無詠唱で、発動できますし、魔法陣を必要とすることもほとんどございませんわ。ですので、今後わたくしの身体に印が増えることはほとんどございませんでしょう。」

 そもそもが規格外なジュリアなので、常人のレベルで考えるのがおかしいのだ。分かってはいたことだが、それでもエドワードとウインドは只々呆然とするだけだった。

 「なにはともあれ、これでリケーネ様が救われるのならば、これくらいの代償、喜んで引き受けますわ。」

 リケーネを救うことで、自分もカリーナから手助けを受けることが出来る。後宮を出られるならば、ジュリアにとってこの代償は屁でもないのだ。





   ――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――



 

 少し時間を巻戻そう。リケーネの身体が寝室に運び込まれ、エドワードとウインドも寝室へ入り、ジュリアが蝶を飛ばした後。

 その蝶を受け取ったのは黒装束の男、シノブである。

 「お?合図か。それじゃあいくかな。」

 薔薇妃の間の屋根裏に忍び込んでいたシノブはそのまま誰にも気づかれない様に影を伝って宝物庫へと向かった。

 しばらく後宮を奥へ奥へと進んでいくと、大きな扉の倉庫が見つかった。

 辺りをキョロキョロと見渡し、誰もいない事を確認する。シノブは建物を透過する術を身に着けているため、扉を開けることなく、中へ入ることが出来た。

 倉庫の中へ入ると、そこには更に4つの扉があったご丁寧にもその扉には文字が描かれているため、どこに何が入っているか丸わかりだ。

 シノブは【国宝】と描かれている金ぴかの扉の中へ入っていった。

 その中には、扉に描かれていた通り、大きな魔石や、正妃のティアラと神杖、祭典でしか見ることのないきらびやかな魔石があつらってある王冠や、歴代の国王の遺物など、たくさんの国宝が置いてある。

 「へぇー。やっぱすげえな。これだけならんでると1個ぐらいくすねたくなるなー。ま、そんなことしたらジュリアから制裁食らわされるからやらねぇけどな。・・えっと、隠すのは、確か正妃のティアラと神杖と・・魔石を何個かか。ホイホイッと。」

 リストにある隠す物をヒョイヒョイッと手に取り、懐から出した透明な布でくるっと包むと、手に取った物がシノブの手から消えた。

 「こんなもんかなー。あとは・・。別の部屋に隠せばいっかー。」

 シノブは国宝の部屋からでると、他の3つの扉の文字を読む。

 「んー、【穀物庫】に【金庫】と、【本】か・・。うん、【本】だな。」

 【本】の部屋は、国に1冊しかない歴史を印した書であったり、著名な魔術師が残した魔導書や各国の秘密や禁術が記されている禁書だったりが置かれている部屋だ。

 シノブはその部屋の一番奥のここ最近誰も足を踏み入れていない問い事が積もり積もったほこりの量で分かる場所に周りの風景と溶け込み見えなくなっている布に包まれた国宝を置いた。どうやらこの布は万能なようで、つもりにつもったほこりまで再現している。だからそこはシノブが最初に目にした時と同じように、誰も足を踏み入れていないということが分かるようような状態のままだった。

 最後に呪文を唱えると、シノブは宝がある場所を手で触れる。そこにあるはずの感触はなく、スッとそのまま手が振り下ろされ、元の場所へと戻っていった。

 「よし!完璧じゃん。さてと、そろそろ出るか。」

 目的を果たしたシノブはその部屋から、更には宝物から出て、再び薔薇妃の間へと影を伝って戻っていった。

 

 シノブが去った後、宝物庫の前に1つの影が現れたことをシノブは知る由もなかった。



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