第61話 作戦?なんだか楽しくなってきましたわ!
その日の晩、エドワードは薔薇妃の間に泊まらずに暗い夜の中、供もつけずに1人で帰っていった。
1人寝室に残されたジュリアは枕元に置いていた『薔薇妃日記』の最終巻、10巻を手にとり、それをギュッと抱きしめた。
「わたくしは・・本当の意味でここにいるべきではないのかもしれませんね。」
誰も聞いていない部屋で、ポツリとつぶやいた言葉は夜の静寂の中にとけて消えて行った。
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その晩以降、ジュダルだけでなく、エドワードも姿を見せなくなり、ジュリアは言い知れようのない不安を打ち消すためにも、後宮の毒妃としての自分を演じることに集中した。
実はカリーナとセシリアと長く過ごしたおかげで互いにある程度信頼感がまし、ジュリアは既に2人に、ジュリアの目的が後宮から解放されることであると告げていた。まぁ、既にシノブによってそのことは2人にもばれていたことなので、特に2人が驚くことはなかったが。だが、ジュリアが後宮を出たい理由と、そのためにジュリアが画策している方法について聞かされた時は2人とも驚いていた。
「だから、シャーロット様に対して嫌がらせをしているように見せていたのですね。」
と、カリーナは最初は驚いたものの、すぐにやっとピースがはまったように納得していた。
更に、ジュリアの評判を貶めるのを手伝ってほしいということを告げると、セシリアはいたずらっ子のように笑いながら喰い付いてきた。カリーナはリケーネの事もあり、あまりジュリアの悪い噂を広めることを快く思っていなかったが、ジュリアのためだと自分に言い聞かせて手伝うことを決心したようだった。
「でもさー、どうすんの?いくらシャーロットに子供がいてもさー、陛下は薔薇妃様の所にしか未だに訪れないし。薔薇妃様がシャーロットに嫉妬するって言うのはちょっと無理があるんじゃない?」
密かに、百合妃付きの女官達を使ってジュリアの悪い噂を広める作戦を立てていたジュリアとカリーナとセシリアの3人だが、セシリアが椅子に座り足をプラプラさせながらそう言った。
「そうですね。たとえシャーロット様が次期国王となる男児をお産みになられましても、シャーロット様のご身分と陛下の薔薇妃様への寵愛を考えれば、このまま何もなければ薔薇妃様が正妃となるのは誰の目から見ても明らかですし。後宮を追い出されるほどの罪を創り出すには理由が足りないですね。」
カリーナもセシリアに同意して問題点を語る。
「そうですわね・・。わたくしが陛下の名を語ってシャーロット様へ贈り物作戦をしたのも、シャーロット様の身の回りの物があの方の命を危険に晒すものでしたので、それらを破壊することをわたくしからの嫌がらせと思わせて、代わりの品を陛下の名で贈り、陛下のシャーロット様への想いを表現していたのですが・・。最近はシャーロット様の身辺も落ち着いておられるようですし。わざわざあの方の持ち物を壊す必要もございませんしね・・。あまり過激な嫌がらせはあの方の身体に負担を掛けることになりかねませんもの。どうしたものかしら・・。」
正直、ネタ切れである。
とりあえずジュリアが今していることと言えば、他の側室達の前で厚顔不遜な振る舞いをしたり、嫌味を言ったり等、小さいことしか出来ていない。しかもほとんどの側室がジュリアを見ると逃げ出してしまう始末なので、そもそも毒妃を演じる場が与えられていない。唯一ジュリアと真っ向から勝負しそうなアイリスは、ほとんど自室から出てこなくなり、取り巻き達は牡丹妃の間に通っているらしい。
(牡丹妃様の事も気になりますが、何やら胸騒ぎがしますもの。早く後宮でなければ、何か大変なことが起きそうな・・。)
何か決定的なジュリアを追い出すことのできる悪行はないものかと考え込むジュリア。
「・・そうだ!薔薇妃様さ、誰か陛下の他に気になる男の人とかいないの?」
「は?」
突然思いついた!と立ち上がったセシリアの口から出た問いに思わず大きな口を開けてしまったジュリア。
「何のことでございますか?」
セシリアの言っている意味がさっぱり分からない。
「だーかーらー、好きな男だよー!ほら、よく浮気とか見つかって追い出される側室の話とか聞くじゃん?そりゃそうだよね。王様と一応は結婚してるんだもん。他の男の人と恋人になったらだめだよね。でも、薔薇妃様にとってはこれが1番手っ取り早く後宮から出される手じゃないの?薔薇妃様、他の人に危害を加えてまで後宮を出たいとは思っていないようだし。まぁそもそも、薔薇妃様が危害を加えそうな人なんて、シャーロットか牡丹妃様くらいしかいないけどね。」
確かに一番毒妃として後宮を追い出されるのは誰かに危害を加えて、その犯人がジュリアと発覚した時くらいだが、そもそもその犯人として名前が上がるようになるにはそれだけの理由が必要になる。もしシャーロットの命が狙われたとあれば、まっさきに疑われるのはアイリスかジュリアである。アイリスの命が狙われたとなれば、ジュリアかシャーロットが疑われるだろう。だが、身重のシャーロットにフリとは言え、もうあまり危ない目には遭わせたくないし、アイリスに至っては今近づくのは得策ではない。でも、だからと言って、セシリアの案は悪手である。
「確かにわたくしは誰かに危害を加えるつもりはございませんが、もしわたくしが他の男性に好意を寄せたということが陛下に知られれば、その男性はきっと、すぐに抹殺されるでしょうね。あぁ、自惚れているわけではありませんのよ?実際先日陛下にわたくしには人間以外のオスが近づくのも駄目だと言われましたわ。」
「オス・・ですか。」
普段のエドワードの事を知らないカリーナとセシリアは、ジュリアから時折語られるエドワードのストーカー行為・・もとい、奇行を聞くたびに、賢王と信じていたエドワードのイメージがどんどん崩れて言っているようだ。現に、今もカリーナは明らかに引いている。
「むー・・。そっかー。周りに知られる前に相手を抹殺されたら意味がないか―。難しいねー。」
名案と思ったのにーと、ふてくされるセシリアを見ながらジュリアは嘆息した。
(そもそも、わたくしにそのような相手はいませんわ。・・そう言えばわたくし、生まれてこの方、殿方に恋したことなどございませんわね。)
魅惑の令嬢、後宮の毒妃と言われたジュリアは冒険者になりたいという思いを叶えることを第一とし、頭の中から『恋』というものをきれいさっぱり消し去っていたので、学生時代は勿論、ライルやエドワード、ジュダルに至るまで、自分に気が合った人たちを恋愛対象として見たことはなかった。当然、それ以外の男達にも一切興味を持たず、そもそも恋愛をしようということすら考えたことがない。
故に、そのような相手がいないジュリアに、セシリアの案は悪手なのである。
「では、後宮にある宝を使い込むというのはいかがですか?」
後宮にある宝は国の所有物である。それを使い込むのは勿論犯罪だ。ジュリアが初日に訪れた後宮の倉庫の奥には宝物庫があり、その中には世界中から集められた宝石の数々や金塊、有名な陶工や画師の作品などがたくさん保管されている。
「そうですわね・・。わたくしもあまり金銭に執着していませんので抜けておりましたわ。国の宝に手を付けるのも立派な毒妃への一歩ですわね!・・・でも、それらを盗んだとして、わたくしはそれをどうすればよろしいんですの?」
そもそも盗みを働くほどジュリアはお金に困っていないし、そんな高価なものを使わなければいけない程の物を欲しいとも思ったことがない。
「そうですね・・・たとえば、高価な品物を買うとか・・。」
「ドレスは?ドレス一杯買い揃えればいいじゃん!そして一杯宝石つけたらいかにも毒妃!ってかんじじゃない?」
2人の意見に成程と、思ったジュリア。今までそういうお金の使い道を考えたことがなかったので、それも1つの道かと吟味している。
「・・でも、やはり国庫というのは民のためにあるべきものですし・・いざというときに国庫がからっぽというのはあまり好ましくありませんわね。」
「薔薇妃様、何も本当に国庫に手をつけなくてもいいのですよ。」
出来るだけ迷惑を掛けずに評価を落としジュリアが難色を示していると、カリーナがドヤ顔でそう言った。
「どういうことですの?」
「ポーズをとるだけでいいんですよ。最近羽振りが良すぎる薔薇妃様、そして国庫から宝が消えていたら皆自ずと薔薇妃様を疑うでしょう?そういうポーズをとるのです。」
「!!」
カリーナの言わんとしていることが分かり、ジュリアはその意見に少し驚き、でも心の中で同意した。というか、むしろそれがベストな方法だと思えたのだ。
「つまり、散財するのはあくまでもわたくしのポケットマネーから出せばいいという話ですわね。しかしまず大前提として、現在わたくしにはあまりお金がないという設定を広めなければなりませんわ。ですが、それはお二人の力をお借りすれば、問題ありませんわね。そして、隙を見て国庫の宝を別の場所に隠す。しばらくは誰にも分からない様にすれば、盗難に遭ったのだと誰もが思うでしょうね。それにわたくしが無事に後宮から追いだされた後に再び誰にも分からに用に元の場所に宝を戻せば、もうわたくしは後宮を出た後ですし、再びわたくしを後宮に入れることなど、こんどこそ他の大臣たちが阻止するはずですわね。・・素晴らしいですわ!これならば誰にも迷惑をかけることなく、わたくしだけの評価を落とすことが出来ますもの。」
「もちろん、私たちは喜んでお手伝いいたします。」
「うん、皆の思考を上手く誘導して操るのも楽しそうだしね。」
だんだんノッてきたジュリアにカリーナもセシリアも楽しそうに協力を快諾する。
その後細かくカリーナ達と立てた作戦はこうだ。
まず、女官達を上手く誘導し、現在薔薇妃であるジュリアは実家から縁を切られ、援助が得られない状態であり、いつもお金がないことの不満を口にしているのをカリーナ達が聞いた、という噂を広めてもらう。
だが間もなくジュリアが急にドレスをたくさん新調したり、今まではつけていなかったアクセサリーを、それもパッと見ただけでも明らかに高いだろうとわかるものをこれ見よがしにつけている姿を側室達や女官達に目撃させる。すると、実家からの援助がないジュリアはどこかたその資金を抽出しているのかと疑問に思われることだろう。
そして、国庫の定期点検の直前に宝をいくつか誰にもわからないところに隠し、次の日国庫から宝が消えていることを発覚させる。
後はうまい具合にジュリアが怪しいという空気を創り出せば、ジュリアは毒妃となる。
「どうせなら国宝を隠しちゃおうよ。正妃のティアラと神杖とか、大きな魔石とか。その方が大きな事件になりそうじゃん?」
大きな事件どころか、そんなもの盗み出したら、下手すれば国家反逆罪で処刑になる可能性だってある。だが、
「そうですわね。それくらいしなければわたくしが追い出されるまでにはいかないかもしれませんし。もし、そのことが原因で処刑とまでになりそうであれば、証拠不十分を理由になんとか言い逃れもできますしね。最悪どうにもなりそうになければ国宝を見つけさせればいいことですし。」
もうあまり時間もないし、一刻も早く後宮をでたいジュリアは、一か八かの賭けにでることにした。
「うまい具合に、リケーネ様の人体錬成が終わってから間もないくらいに事件を起こせるようにしたいですわ。ですので、早速明日から下準備の噂を撒くことと、お金の無駄遣いを致しましょう!」
事が全て済めば、その時購入したドレスや宝石はエリザベスにでも上げようと、なんだかちょっと楽しみつつあるジュリア。この日ジュリアは後宮に来て初めて、光明が見えた気がしていた。
いよいよ、脱!後宮へ向けて動き始めました。
スムーズに事が進むかどうか、そしてシャーロットとリケーネ、アイリスのことにも注目してください!
あ、忘れてましたが、大賢者様の事も気にして頂ければと。




