第5話 豪華な家具?こっそり売り払って旅の資金にしようと思います。
楽園を出て、一体どこまで続いているのだろうかと思うほど長い廊下をマリアに案内されながら歩いていく。
(へぇ、失われた言葉ですね。)
ジュリアの目に留まったのは後宮の柱じゅうに描かれている模様のような文字。殆どの人はこの文字を模様としてしか見えておらず、特に気にも留めないのだが、ジュリアにはソレがはっきりと、文字として読めるのだ。
(『汝、求めるのならば与えよ。さすれば叶わん』・・・一種の呪文ですわね。後はその柱ごとに文字の色が異なる点を考えると、それが意味するのは『属性』)
ジュリアが考えているのはその文字のそれぞれの色である。あるところは燃えるような赤だったり、あるところは透き通るような青だったり、またあるところは穏やかな緑だったり、そして温かみのある茶色のものもある。
(ここに棲む人たちはただの模様としてしか見ていないようだけれど、これは後で調べてみる必要があるわね。)
少しだけだが、ジュリアの好奇心を満たせそうなものに出会えたと、ジュリアは後宮に来て初めて胸を躍らせていた。
「ジュリア様、こちらが薔薇妃の間です。」
柱に見入っていたジュリアはいつの間にか足を止めた女官たちに気づかず、思わずぶつかりそうになったところをマリアの声で我に返り、寸でのところで立ち止まることが出来た。
「どうぞお入りください。」
「え?ちょっと・・・」
扉を開けるマリアにジュリアの制止の言葉がかかったが、既にマリアは扉の取っ手に手を掛けており、ジュリアの言葉が耳に入る前に扉を開けていた。
「?どうかされましたでしょうか。」
戸惑いを見せるジュリアにマリアが訝しげに尋ねる。
(あれ?なんともないのかしら。)
ジュリアが戸惑っていた理由はその薔薇妃の間の『扉』にある。
扉には一面、真赤な模様が描かれていたがそれはジュリアの目からしたら特大の魔法陣なのだ。女官たちは下働きのものとはいえ、王宮や後宮に仕えるのだから貴族であるのが条件だ。貴族であれば多少なりとも魔力を持っている筈。普通魔法陣は魔力を持つ者がふれると何らかの作用を起こすようになっているため、『扉』という名の魔法陣に触れた女官たちに何も起きていないことがジュリアには不思議だったのだ。
(驚いている場合ではないわね。えぇと、意味は・・・)
冷静さを取り戻しつつ、その文字の解読に入る。扉の文字も同じく失われた言葉で構成されていたからだ。
(『汝、薔薇妃の資格があるか。その資格を示せ。さすれば与えよう』か。なるほど。何かを示して、初めてこの魔法陣は稼働するようね。)
意味を知らぬ者には特に害がないとわかり、ジュリアはひとまずマリアに「なんでもないわ」と返事をして、開かれた扉の中に入っていった。
(うっっ!!?)
ジュリアの目前に広がるのは豪華絢爛という言葉にふさわしいほどの贅の限りを尽くした部屋である。
元々薔薇妃の間自体、側室筆頭たる薔薇妃の部屋なのだから、ある程度豪華な造りに放っていたと思うのだが、それ以上にブラスター家より持ち込まれた無駄にキラキラと装飾のついた家具たちが、下品なほど光り輝いていた。それはもう、ジュリアが恥ずかしさのあまり目を覆いたくなるほどに。
「こ、ここに元からあったはずの家具はどうされたのかしら。」
何とか平静を装いつつ、女官長であるマリアに尋ねた。
「え?あ、はい、それなら後宮の倉庫にとりあえずお運びいたしましたが。」
魔法が使えるこの世界では風の魔力のものがいれば家具の持ち運び位容易に出来る。一日でここまで部屋の模様替えが出来たのはおそらくそこそこ使える風属性の者が女官の中にいたからなのだろう。
「そう。ではすぐ、そちらに案内してくださるかしら。」
「は?」
マリアはジュリアの言葉の真意がわからず、その厳格な顔つきに似合わないぽかんとした表情を浮かべている。
「その、後宮の倉庫に案内なさいと、わたくしは申しているのです。お分かりいただけないのかしら。」
先ほどより少し強めに話すと、女官たちが何故か震えあがり、ぽかんとしていたマリアもすぐに厳しい表情に汗を垂らしながら、「か、かしこまりました!すぐにご案内いたします!!」と緊張した声で返事をし、ジュリアを率いて薔薇妃の間を出た。
マリアに連れられてジュリアは後宮の奥の方にあるかなり大きい倉庫についた。
(さすがは後宮ね。倉庫だけで地方の男爵家の邸ぐらいあるんじゃないかしら。)
それぐらい、無駄に大きい倉庫の中に入ってすぐくらいに綺麗な、だけれどもブラスター家からもってきた物みたいに無駄な装飾などなく、控えめなつくりの家具たちが多数並んでいた。
「これね。薔薇妃の間の元々あった家具は。」
「は、はい。こちらでございます。」
まだ緊張が解けていないのか。マリアも女官もおどおどしている。
「そう、分かったわ。それではこの家具たちを運ぶから、貴女達下がっていなさい。」
そう言ってジュリアは女官たちの前にずいと出た。
「え?な、何を・・・。」
マリアの疑問にも答えず、ジュリアは多数ある家具の前に立つと、両手を前に掲げ、息を吐いた。
するとみるみる家具たちがふわりと浮きあがり、やがてジュリアの手のひらの中にどんどん吸い込まれていく。
「な・・」
言葉にできず、ただただ、驚くしかない女官たち。女官達が息を飲んでいる間に家具たちは全てジュリアの手のひらの中に納まっていた。
「な、何をされたのですか?」
やっとのことで声を絞り出し、尋ねるマリア。
「何って、移動する空間よ。見たことありませんの?」
あっけらかんと言いのけるジュリアを信じられないモノでも見る目で見る女官達。
「ぞ、存じておりますが、あれをそのような使い方をするものではなく・・。旅の際の物資を運んだりするもので、主に薬草とか、食糧とか、飲み水とかを入れるもので・・・。とにかく、あれだけの家具を入れられるほど容量が大きいことがありえないのです!!」
(はっ!そう言えばそうだったわね・・。)
マリアの言葉にようやく自分が何をしたのか理解し、同時にまずいという思いが芽生えた。
『移動する空間』は熟練の魔法使いならある程度使えることが出来るくらいメジャーな魔法で、主に魔法使いの魔力によって作り出された亜空間に色々な物を入れることが出来、また取り出しも自由といった、言わば歩く物置みたいな魔法である。その容量はその魔法使いの魔力の大きさによって決まり、先ほどマリアが言ったように普通の魔法使いであれば数人分の食料を運ぶくらいの大きさが当たり前なのだ。曲がり間違っても貴族用の特大の家具をそれもかなりの数をひょいひょいと入れられるものではない。そんな常識はずれの行動を見せられて、驚くなという方が無理である。
「えぇー・・と、それは・・、そう、わたくしほら、自分で言うのもなんですけど、結構大きな魔力を持っているということで有名だったでしょう?当時はかなり噂になっていたと思うのですけれど。」
ジュリアが話した通り、ジュリアが学院に入る際行われた魔力適性試験で披露したジュリアの魔力はその火属性の魔力について国一と称されるほどのもので、瞬く間にその噂は国全土に広がっていったのだ。
「はい、確かにそのお話は私どもも耳にしたことがございますが、それにしても、限度が違いすぎます!それに確かその時の話では薔薇妃様は『火属性』だったはず。今使われた魔法は『風属性』のものでございますよね?異なる属性の魔法をそれも無詠唱で行えるなど、常人とはとても思えません!」
(あー、それも忘れてたわ・・)
そう、ジュリアは『火属性の使い手』として有名であり、『風属性』の魔法が使えるなど女官達は夢にも思っていなかったのだ。ある程度訓練をしたり、その属性の魔道具を使えば違う属性の魔法も使えはするのだが、それは元々属性を持っているものとは程遠い威力で、しかも無詠唱での魔法は自分の属性であっても魔法を極めた賢者くらいにしかできないことである。
ジュリアは咄嗟に右手で自分の左手を握り、魔力を込めた。
「そうね、まだ説明をしていなかったから貴女達が驚くのも無理はないわね。・・こちらをご覧になって?」
そう言って左手を上に掲げ、女官達に見えるところで止める。
掲げられたジュリアの左手の親指には大きなエメラルドの宝石が埋め込まれた指輪がはめられていた。
「こ、これは・・なんて大きな魔石・・!」
魔石とは魔力が込められた宝石の事で、名のある魔法使いが長年愛用した石だったり、また魔物が死んだ際に出る核を総称してそう呼ぶ。これらの魔石を使って作られるのが魔道具である。魔石は通常の宝石とは異なり、その石の中でキラキラとした光が蠢いている。故に、一目見れば魔石か只の宝石なのかというのはすぐ分かる。
実際ジュリアの指にはめられた指輪のエメラルドもその意思の中で眩いばかりの光が蠢いていた。
「そう、これは風の属性が込められた魔石で作った指輪よ。これだけのシロモノですもの。『火属性』と『風属性』は元々相性も良いからわたくしの元々の魔力の大きさをもってすれば無詠唱でもあれくらいの魔法は使えるのよ。」
咄嗟についた嘘だが、なんとか女官達を納得させることが出来たようで、それ以上深く追及されることはなかった。
(危なかったわね。)
既に道は覚えたので、女官達の先頭に立ってジュリアは薔薇妃の間へ向かっていた。
ジュリアが先ほど女官たちに見せた魔道具の指輪。これはほんの数刻前までは何の変哲のない、ただのエメラルドの指輪だった。あの瞬間、ジュリアは咄嗟に左手を握り、親指にはめられた指輪に全力で魔力を込め、即席で魔道具を創り出したのだ。勿論、そんなことが出来る人など滅多にいない、いるはずがない。だから女官達はあれが元々魔道具であったということを疑わなかったのだ。咄嗟の機転であの方法を思いついたジュリアは自分を褒めてあげたい気持ちになっていた。
ただ、あのエメラルドがジュリアの込めた魔力があまりにも大きかったため、国宝級のシロモノになってしまったということはジュリアも自覚していない大きな誤算であるのだが。