第54話 賢い百合妃?利用できるかどうか、見極めどころですわね。
「あ、あの薔薇妃様?」
「はい?」
後宮の廊下を優雅に歩く美女2人と、ガチムチ系のオカマ侍女1人。
後方の美女が先方の美女へ、戸惑いの視線を向けている。
「何故、あちらへ向かおうとしていらっしゃるのですか?」
「あちらとはどちらの事でございますの?」
先方の美女は後方から声を掛けられても振り返ることをしない。
「ですから、我々は何故セシリアの部屋へ向かっているのかと伺っているのです!」
ぴたりと、先方の美女、ジュリアの足が止まった。
「それに・・・何故あの者をずっとお連れになるのですか?」
後方の美女、カリーナはちらりと後ろからついてきているガチムチ系のオカマ侍女、フレイム、基、フレイヤを見た。
「あら、わたくし申しておりませんでしたか?実は百合妃様とこの後お約束がございますのよ?藤妃様は百合妃様とは学院時代からのお友達と伺っていましたもの。それで共に参ろうかと思ったのですわ。・・フレイヤは、一応わたくしの侍女ですから、何かあったときのために連れているだけですわ。」
ジュリアの侍女だと分かっても、得体の知れない生物・・のようなフレイムに気が気でないカリーナ。そして、なにより。
「やはり、ご存知でしたのね・・。私とセシリアの仲を。そしてあの日セシリアがあの場所にいたことも。」
目の前の人物は、後宮のすべての事を知っているに違いないとさえ思ってしまうほど、その力量が計り知れない。
「フフ。その件についてはご想像にお任せいたしますわ。実はわたくし前々から御二方とは良きおともだちになれればと思っていましたのよ?」
初めてこちらを振り返り、にこりと笑うジュリアに何故か背筋が凍る思いのカリーナ。
「せっかく藤妃様へ協力させて頂けることになったんですもの。どうせなら百合妃様とも親交を深めたいと思いまして、藤妃様にはその橋渡しになって頂きたく、ご同行をお願いしたまでですわ。」
ジュリアの声色、視線の動き、表情の1つ1つからその考えを読み取ろうと試みるも、それは叶わない。
「・・薔薇妃様にはリケーネを救って頂けるとのこと。私はそれが叶った暁には薔薇妃様につき従う所存です。ですが、百合妃、セシリアはそう簡単には行きませんよ?私の事情を盾に彼女に取り入ろうとするのであれば、彼女は一生心を開くことはございません。」
どうやらカリーナはジュリアに忠告しているようだ。まずはリケーネの寿命を延ばさねばと藤妃の間を出る前に、文を魔法を使って飛ばしたジュリアに少なからず感謝しているようだ。
「ご心配にはおよびませんわ。藤妃様のことがあろうとなかろうと、元々百合妃様にはお近づきになるとっておきの秘策がございますもの!」
「セシリアへの秘策、ですか?」
カリーナはセシリアと友達ではあるが、たまにセシリアの突拍子のない行動について行けないところがある。セシリアは簡単に言うと、超変人、なのだ。並大抵のことでは彼女の興味を引くことすらできない。そのことをジュリアは知っているのだろうかと心配になるが、しばらくしてその考えを打ち消す。何故なら、ジュリアは『大賢者の罠』の持ち主だったのだから。きっとそれだけでもセシリアの知的好奇心をそそるいい土産になるだろうと。
再び歩き出した一行は、間もなく百合妃の間の前までたどり着いた。外は陽が傾き始め、空は真赤に染められている。
一応御付きの侍女役であるフレイムが百合妃の間に取り次ぎをし、中から女官が現れジュリア達の入室を許可する。もちろん、その女官がフレイムを見て、数秒固まったのは言うまでもない。
「薔薇妃様、こんにちは。あれ?カリーナまでいる!どうしたの?」
来客の予定はジュリアだけと聞いていたので、カリーナの姿を見て驚くセシリア。
「ちょっと薔薇妃様とお話をしていまして・・・。って、セシリア!薔薇妃様の前でそんな言葉づかいをしてはならないと、あれほど言って聞かせていたのに!」
確かに、この後宮で妖精達やジュダル、エドワード、シノブなど曲者たち以外にジュリアに敬語を使わない者を初めて見たジュリアは少し驚いている。
「えー?良いじゃん別に。減るもんじゃないし。」
「減るもんです!何より無礼ですよ!」
さっきまで緊張でがっちがちだったカリーナがすっかりセシリアにほだされてしまっている。
(この御二方は本当に仲がよろしいんですのね。まるでわたくしとエリザベス様のよう・・。)
先ほど出した文の相手唯一無二の親友エリザベスの事を思い出し、2人の光景を微笑ましく見ている。
「藤妃様、もうその辺でよろしいですわ。わたくし、気にしていませんので。」
放っておいたらいつまでも言い争ってしまいそうだ。見かねて声を掛けるジュリア。
「ですが・・。」
「ほら、薔薇妃様もこういっているんだし。だいたいカリーナは頭が固すぎなんだって。」
困惑するカリーナに、やれやれと嘆息気味のセシリア。
「あの件だって、1人でどうにかしようとするからから回るんだよ。大方、そちらの薔薇妃様に何か助けてもらえる手立てを提示してもらったんだろう?」
「「!!」」
目を見開いて驚いたのは、カリーナだけでなく、ジュリアもだ。
「な、んのことでございましょうか?」
とりあえずごまかしてみるジュリアだが。
「とぼけても無駄だよ?2人一緒にここに来たのが何よりの証拠だし。僕に会いに来れない程焦っていたカリーナが呑気な顔をして薔薇妃様と来たんだもの。1、カリーナの問題に打開策が出来て一安心している。2、そしてその打開策を打ち出したのは薔薇妃様。という考えに至るにはあまりにも簡単な状況だよね?」
(カリーナ様もそうですが、中々侮れませんわね。・・それもそうですわ。だってここは、『後宮』で、彼女たちは『称号付きの側室』ですもの。)
側室には魔力以外に求められるものがある。それはある程度の教養だ。もちろん、魔力値がある程度高いのであれば大勢の側室達に紛れて入宮するものもいるが。だがこの女の戦場で生き抜くには必ず高い知能がいる。何より彼女たちは『称号付きの側室』。ただ身分が高く、魔力値が高いだけではなりえない。アイリスにしてもそうだが、この後宮で生き残り、後宮に君臨することが出来るだけの知識が必要となる。
「・・そうですか。ご存じでいらっしゃるのならば話が早くて助かりますわ。」
これ以上はごまかしがきかない事を悟り、フッと息を吐くジュリア。
「百合妃様、わたくしとお友達になっていただけませんか?」
ニコリと美しい笑みを浮かべ、すっと手を差し出すジュリア。
「いいよ!」
その手をギュッとにぎりしめブンブンと振り回すセシリア。
「もちろん、断られることは承知していましたが・・って、え?」
(え?どうして?わたくしまだ何も百合妃様に対して有効なカードを提示していませんのに・・。)
ジュリアは当然初めはセシリアに断られると思っていた。カリーナに言われたからではなく、ジュリア自身、セシリアは人間関係を損得で判断し付き合う人を決めるということをミランダに頼んだ調査によって知っており、現状でジュリアがセシリアに提示しているカードはリケーネを救うことが出来るということだけで、セシリアにとっては何の得にもならない事だったからだ。これからそのセシリアに対してのカードを提示しようとしていたところに、何故か即答でお友達になってほしいという問いにOKが出るなどとは思っていなかった。
「せ、セシリア様、今、いいよ、と仰いましたか?」
「うん。何かおかしい?」
首を傾けて、キョトンといているセシリア。
「い、いえ、滅相もございませんが・・・。いえ、確かにわたくしにはその答えに疑問が生じていますわ。」
向こうがこちらが何も提示せずとも了承しているのだから、やたらに何も言わない方が良いとも考えたが、やはり、セシリアの真意が知りたいと、ジュリアはセシリアを見た。
「わたくしとセシリア様は言葉を交わすことすらこれがまだ2~3回目ですわ。特によく知った間柄という訳でもございませんし。何故、そのようなわたくしの、友達になって下さいと言うお願いに了承いただけたのか、不思議ですわ。」
ごくごく当たり前の疑問をセシリアにぶつけた。セシリアはジュリアの手を放すと、儚く折れてしまいそうなその細い身体を椅子にもたれかけさせ、微笑を浮かべる。
「だって、リケーネを救えるだけの実力を持つ、もしくはその実力を持つ知り合いがいる薔薇妃様だもん。オトモダチになっておいて損はないと思うんだけどな。それに短期間でセシリアの心を掴んだところを見ると薔薇妃様、」
セシリアは組んだ手の上に顎を乗せて上目づかいでジュリアを見た。
「もしかして、『大賢者の罠』、持ってるんじゃない?」
ジュリアは平静を装ったが、カリーナが盛大に驚いたので、ジュリアの努力は無駄となる。
(藤妃様、百合妃様の前だと油断しすぎじゃありませんか?まるでエリザベス様のといる私のようですわ・・・。)
ジュリアも、エリザベスを前にすると感情が駄々漏れになる節があるので、あまりカリーナの事は責められない。
「コホン。・・そうですわね。隠しておいても無駄でしょうから、白状いたしますわ。はい。わたくしは御二方がお探しになっていた『大賢者の罠』を所持していますわ。」
藤妃、ではなく『御二方』と言ったジュリアに今度はセシリアが眉毛をピクリと動かし、反応していた。
「・・よく分かったね。僕もそれを探していたことを。」
「ホホホ。風のつてで少し、事情通なだけですわ。」
ミランダに依頼した調査で、ジュリアはセシリアが魔導具研究に心血を注いでいることを知っていた。そして何より『大賢者の遺産』と呼ばれる者の中にある、ジュダルがつくった魔導具に非常に興味を抱き、それが記されているであろう『大賢者の罠』を欲していることも知っていた。
「中々食えない人だね。薔薇妃様って。」
「お互い様ですわ。」
お互いに表情を崩さずに見つめ合っている。
「まぁ、いいさ。僕は目的の物が見れれば。カリーナの事も、上手くいきそうっぽいし。・・で、僕たちは一体何をすればいいのかな?」
唐突に交渉に入り出したセシリアをジュリアは首を横に振って止めた。
「話が早くて大変助かりますけれど、そのことをお話しするのにはまだ早すぎますわ。まずはリケーネ様に掛けられた魔法を延長させ、状況を落ち着かせてからです。それに、リケーネ様が確実に助かると、分かった状態でしかわたくしの望みを貴女方にお話しするわけにはいきませんもの。」
「あ、なんだ。とぼけるつもりはないんだね。目的があって僕たちに近づいたことを。」
声色に棘を感じるのは気のせいではないだろう。友達にになることを了承はしているが、ジュリアの事は好きではないという感情がセシリアを覆う空気に出ている。
「もちろん、そうとって頂いて構わないと思っていますもの。実際そうですし。ですがまずはわたくしが信用に足る人物であるということを証明すべき、と考えています。あ、そんなに警戒なさらずとも、わたくしの願いなどちっぽけなことですので、無理難題を押し付けるつもりは毛頭ございませんわ。」
セシリアの空気を感じ取り、カリーナまで険しい顔をし始めたので、ジュリアはあっけらかんと答えた。 「へぇー。でも信じられないね。天下の薔薇妃様なんだから、望みは何でもかなうはずでしょ?それでもかなわない望みなんて、それこそ国取りをするとかいうレベルの無理難題なんじゃないの?」
「うーん。申し訳ないのですが、わたくしが今の段階で答えられるものではありませんので、控えさせていただきますわ。わたくしが先に御二方の望みを叶えて、今度はわたくしの望みを叶えたいと自発的に思って頂けるようになるまで、わたくしが貴女方に何かを頼む、ということは致しませんわ。」
(途中で裏切って、陛下の側に着くようなことがあっては困りますもの。)
ジュリアの目下の敵は後宮においてジュリアと対立しているアイリスではなく、ジュリアと共にあるためならば国家権力を最大限に使うことも厭わないエドワードである。そしてカリーナとセシリアは国王に使える側室。つまり彼女たちの主はエドワードなわけで、ジュリアの望みはエドワードが事を起こすより先に後宮から追い出されることなのだから、エドワード側につかない協力者が必要なのだ。カリーナの状況はそんなジュリアにとって言ってはいけない事だが、喜ばしいことで、これでリケーネを救うことが出来ればカリーナがジュリアを裏切ることはないと思われる。セシリアについては、エドワードよりもジュリアについた方が得だ、といかに思わせるかが重要になってくる。よって、
「それと、わたくしがセシリア様に差し出させて頂きたいのは『大賢者の罠』ではございません。あ、もちろん『大賢者の罠』にご興味があるのであれば、いつでもお見せいたしますわ。」
「他に、何か面白いもの見せてくれるっていうの?」
先ほどより警戒を解き、興味を示すセシリア。
「はい。少々お待ちいただけますでしょうか?」
ジュリアはそう言うと一旦1人で百合妃の間の外に出た。そして周りに誰の目がないことを十二分に確認し、亜空間を開くと、中からシノブを呼び出した。
「あー、あの中きっつ!体勢保つのがやっとだし!!外の空気きもちいーな!」
背伸びをして思いっきり新後宮をする」シノブに、ジュリアは簡単に状況を説明した。
因みに何故ジュリアがセシリアたちの前でシノブを召喚しなかったのかというと、亜空間を操る技は基本、闇魔法に該当するためである。同じく亜空間系の魔法で、『移動する空間』があるが、これは魔力をもつ者ならば誰でも使える無属性の魔法だ。その理由は生き物以外しか中に入れることが出来ないからだ。人を中に入れ、空間と空間をつなげて行き来できるようにするには『闇の魔力』が必要になってくる。故に、亜空間から人間を出す行為は、『闇の魔力』を持っているということの証明になる。
「で、俺がその御姫さんの前でかるーく術を使えば良いわけね?」
話を理解したシノブがジュリアに尋ねた。
「えぇ。ですが、あまり余計なことは喋らぬよう、お気をつけてくださいまし。」
これはシノブに言っても無駄な気がするが、念のため言ってみる。
「分かってるって。俺に任せときな!」
そうは言われても不安しか残らない、むしろ何かのフラグのような気がしてならないジュリアであった。
あ・・・5/20投稿に間に合わなかった・・。+゜(つд・o)゜+。
そしてシノブさん、活躍は次回に回してしまいました・・。




