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第53話 藤妃の過去?すべての元凶はあの方ですの?!



 「まだ、肩を落とすのは早いですわ。」

 すっかり魂の抜けた状態になったカリーナ。その方を優しく叩き、ジュリアの方へ意識を向けるように促す。

 「わたくしは、その本だけでは望みはかなえられないと申しましたのよ。この意味、理解できますでしょう?」

 ジュリアの、問いに、徐々に生気を取り戻してきたカリーナはジュリアを見つめた。

 「ば、薔薇妃様。何か方法をご存じでいらっしゃるのですか?」

 すがるような思いでジュリアを見るカリーナ。

 ジュリアはそんなカリーナに自身に満ち溢れた笑顔で応えた。

 「わたくしが何のためにここまで出向いたとお思いですの?貴女様をわざわざ落ち込ませに来たとでも?先ほども申しましたが、わたくしは貴方様の望みを叶えに来たのです。どうか、わたくしを信じてくださいますか?」

 「そ、それは本当ですか?かの大賢者様でも成しえなかったことが薔薇妃様に出来ると仰るのですか?」

 しずかに、だが確実にこくりと頷いたジュリアに、カリーナは涙をぬぐい、精一杯の誠意を深々と下げた頭に込めた。

 「どうか、どうか私を、私の妹を助けてください!」

 ジュリアの返事は当然、「勿論ですわ。」の一言だった。



   ――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――


 一旦カリーナを落ち着かせてから、ジュリアはカリーナの話を改めて聞いた。

 「実は、元々こちらの後宮に入る予定だったのは私ではなく、私の双子の妹、リケーネだったのです。」

 息を整えたカリーナは、悲痛な面持ちで語り始めた。

 

 カリーナの妹、リケーネは知的なカリーナとは違い、無邪気そのものという可愛らしい少女。見た目も、双子であるにもかかわらず、髪の色や瞳の色は全く同じだが、身体は中肉中背、顔は華やかとは言えずとも、嫌らしくない程度に目鼻立ちがはっきりとした、正統派の美少女である。そして素敵な恋を夢見る乙女だった。そんなリケーネがエドワードの戴冠式の日、初めてエドワードの姿を見て、一目ぼれをした。順番的にはカリーナが後宮入りする話が上がっていたが、本人たっての希望と、カリーナ自身、まだ結婚よりも勉学に勤しみたいという思いがあり、リケーネの後宮入りが決まった。

 「正式にあの子の後宮入りが決まったとき、それはそれは幸せそうにしていたのです。恋、というものに全く興味がない私があの子のそんな姿を見て、恋に興味を持ってしまうくらい。ですが・・。」

 後宮入りの1週間前、悲劇が起きてしまった。

 その日、後宮入り前の最後のショッピングにと、カリーナとリケーネが2人で街を出歩いていると、いつものように自分の見た目をそのままに受け取り勘違いした浮浪者がカリーナを手籠めにしようと近づいてきた。カリーナはいつもの事と思い、その男を軽くあしらったが、街から帰ろうとした時、その男が大勢の仲間を連れ、再びカリーナ達の前に現れたのだ。

 「あの時のあの浮浪者の様子は、常人の物ではありませんでした。目はぎらついており、顔色は真っ青で息が荒く、口からは涎を垂らして。そして私はあの者が持っている小刀に気が付きました。」

 浮浪者が持っていた小刀は柄が真っ黒で、禍々しい気を帯びていた。危険を感じたカリーナはリケーネの腕をひっぱり、その場から逃げ出した。だが、大勢の男たちに囲まれ、やがて逃げ場を失い追い詰められてしまう。浮浪者はその小刀を振り上げ、カリーナ目がけてそれを振り下ろした。もちろん、逃げ出した時から魔法を使って何とかしようと試みていたカリーナだが、何故かその時魔法が発動せず、只の人同然になっていたカリーナにはそれを防ぐ手立てがなく、ギュッと固く目を瞑ることしか出来なかった。

 だが、いつまでたってもその痛みは自分に襲って来ず。恐る恐る目を開けると―――。

 「リケーネが私と浮浪者の間に立ちふさがり、その胸にその小刀を受けていました。」

 その時、リケーネの胸からは鮮血ではなく、黒い靄が溢れ出ていた。胸には小刀が深く刺さっているはずなのに、血が一滴もこぼれ出ていない。カリーナはパニックになるまいと、何とか自制しながらリケーネの状態を冷静に見た。そして、この小刀は呪いの道具の一種であることに気づいた。リケーネを指した浮浪者を問い詰めようと顔を上げたが、呪いの反動なのか、その浮浪者は灰となって崩れ去っていった。

 「この状況を何とかせねばと、必死で考えをめぐらせていました。そして、その時まだ意識のあったリケーネに気づいた私は、彼女と共に在ることをしたのです。」

 カリーナの属性は水。リケーネは風。カリーナはリケーネに最後の力を振り絞ってもらい、リケーネとお揃いで買ったペンダントの宝石にリケーネの魔力を込めてもらったのだ。そのペンダントと、自分自身の力を使い、リケーネを凍らせたのだった。勿論、リケーネだけではなく、辺りにいた大勢の男達全員を凍らせた。何故か逃げている最中は使えなかった魔法が、その時はいつも以上の威力を発揮して使うことが出来たのだ。そしてカリーナは騒ぎに気づき、駆けつけた憲兵と共に、凍ったリケーネだけを連れてポワティエ侯爵邸へと戻った。

 

 「私はお父様に事情を話し、お父様はその後の事後処理をすぐに手配なさって、あの事件は表沙汰にはなりませんでした。お父様は国中のありとあらゆる医者や魔導師を自宅に呼び、リケーネの状態を診せました。そして、名のある医者や魔導師たちは口を揃えて、自分たちにはどうすることも出来ないと言い、去っていったのです。私は諦めたくなくて、まずはあの小刀が何の呪いを持っていたのかを調べました。そして、2000年程前の古い書物に、あの小刀とそっくりの絵が描かれていたのです。」

 (2000年前?それって、もしかして・・・。)

 ジュリアは嫌な予感がし、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 「それは、『大賢者の遺産』の1つ。『破壊の刀(クラッシュナイフ)』。この小刀で刺された人間は、小刀を抜いた後、傷口は一切残らず。でも刺した時に体内に入り込んだ呪いによって、すべての内臓が破壊され、死に至る、という恐ろしいものだったのです。それを知ったとき、私がリケーネを凍らせたのは正しい判断だったと思いました。あの時私がリケーネを凍らせなければ呪いは進行し、確実にリケーネの命を奪っていたからです。私がリケーネを凍らせたことによって、今リケーネは仮死状態にあります。そしてリケーネを掬う手だてはただ1つ。」

 「――人体錬成によってリケーネ様に移植できる内臓を創る事ですわね。」

 ジュリアの静かな声に、カリーナはゆっくりと頷いた。

 「何の拒否反応も出さず、移植を成功させるにはリケーネと同じDNAの人間の内臓が必要です。私は双子ですが2卵生で、全移植ともなるとさすがに血がつながっていたとしても拒否反応を起こす可能性が高いと言われました。それに全移植をしたらドナーである私は確実に命を落としますし。私はそれでも構わなかったのですが、両親が反対をしました。私も万が一移植に失敗し、娘を同時に2人も失うことになってしまうかもしれない両親の気持ちを考えると、その勇気は出ませんでした。絶望し、諦めようとしていましたが、あの小刀の事が載っていた書物に、人体錬成の事を記載した『大賢者の罠』と呼ばれる魔導書(グリモワール)が後宮のどこかに隠されているということが記されているのを見つけたのです。」

 「それで、藤妃様はリケーネ様の代わりに後宮入りし、機会をうかがってはこの本を探していたのですね。」

 カリーナは左手を右手でギュッと握り、ジュリアの瞳を見つめた。

 「はい。その通りです。ですが、後宮に置いてある書物を探しても探しても見つからず。伝説級の本なので、もしかしたら正妃であればそれを手にする機会が訪れるかもしれないと、思ったのです。」

 王宮や後宮には様々な秘密があり、その中には正妃にしか知ることが出来ないものもある、という噂は側室達の間で有名だった。

 「正妃であれば、といいましても、当時陛下と交流があったのはシャーロット様のみ。そしてその頃後宮を牛耳っていたのは牡丹妃様でした。シャーロット様にはその頃まだご懐妊の兆候は表れていませんでしたので、正妃になるには難しく、かといって牡丹妃様はあのように野心の強い御方でしたので、私の望みを叶えて頂けるか自信がありませんでした。ですが、ちょうどその時、この後宮に薔薇妃様が入宮なされて、一番正妃に近しい方なので、お近づきに慣れる機会を窺っていたのですが、入宮してもしばらくの間薔薇妃様はどなたとも交流なさろうとせず、また、色々な噂も流れていたものですから、中々お尋ねするということも出来なかったのです。」

 ジュリアは、当時の自分の事を思い出し、頭を抱えた。

 (わたくしが引きこもりをしている間に、そのようなことを考えていらしたなんて・・・。)

 激しく猛省している。

 「それからあの庭のお茶会(ガーデンサロン)でのことや、その後の薔薇妃様の行動を観察させて頂いて、2つの薔薇妃様蔵が出来上がりました。」

 「2つ、ですか。」

 頭を抱えていたジュリアがその言葉にピクリと反応し、顔を上げてカリーナを見る。

 「はい。1つは噂通り正妃の座を狙い、邪魔になるシャーロット様を葬ろうとする毒妃としての薔薇妃様。そしてもう1つは何かの目的のために毒妃を演じる薔薇妃様。噂だけを鵜呑みにすれば前者が正しい答と言えましたが、それにしては不可解なことが多すぎました。あの庭のお茶会(ガーデンサロン)でのこともそうですが、その後のシャーロット様の嫌がらせの後の陛下の行動も、どう考えても対応が早すぎとしか思えませんでした。そこで私が導き出した答えは、嫌がらせをした人物と、贈り物をした人物は同一人物ではないかと。」

 ジュリアは表情を変えずに、だが、内心とても驚いた。

 (藤妃様は噂によって歪めらた目でわたくしを見ることを為さらず、真実、わたくし自身を視ようとなさっていたのですね。)

 「ではあの時わたくしたちを呼び寄せたのも、わたくしの真意を測ろうとなさったのですね?」

 「はい。薔薇妃様がもし噂通りの御方なら、シャーロット様を正妃につけるために私が後ろ盾になるつもりでした。彼女を正妃につけ、その代わりに私に正妃としての秘密を全て打ち明けてもらおうと。でも、もしもう1つの可能性の方であったのなら、シャーロット様を正妃に付けることよりも、薔薇妃様が正妃に付く方が簡単ですので、取引をしようと考えていました。けれど、結局あの時は薔薇妃様の真意を測ることが出来ず、ただただ、『油断ならない方』という印象しか抱けませんでした。」

 それも当たりまえだ。カリーナと同じく、ジュリアもカリーナという人物の真意を測ろうとその時にしていたのだから。その上で、カリーナが自分にとって有効な駒になるか、もしくは手を取り合うことが出来る協力者に慣れるかを測っていたのだ。

 「結局その後も薔薇妃様とはロクにお会いすることも出来ず、薔薇妃様は後宮を離れられた。そしてその間、私の実家からある知らせが届きました。私がリケーネに掛けた魔法が解けかけていると。もう1度魔法を掛けなおすにも既にリケーネの魔石の効力は切れていましたし、他の魔石ではあのような融合魔法を使うのは困難ですし。かといって風と水の2属性持ちの魔導師の方なんて早々いませんし。もう、駄目だと思いました。」

 カリーナは必死で感情を押し殺そうとするが、その瞳からは一筋の涙が頬を伝って流れおちていた。

 「先日、牡丹妃様から何故か私の事情を知っていると、牡丹妃様であればリケーネを治すことが出来ると。ですが、それは人体錬成なしにかなうことではないと私も重々承知でしたし、あの方にそのようなことが出来るとは思えませんでした。だから私はその手を取ることを躊躇ったのですが、私の侍女が、侍女は私の事情を知っておりますので、私の気づかないところで牡丹妃様と接触していたようです。そして彼女の言われるがままに薔薇妃様の女官達が孤立するように仕向けて・・。気づいた時にはもう手遅れでした。本当に申し訳ございません。」

 普段の自分であれば、侍女の様子がおかしいことにもっと早く気付けていたはずなのに、自分の不甲斐無さに恥じ、ジュリアへ向ける謝罪の意志は、まぎれもなくカリーナの本心から来ている者だと、ジュリアは感じた。

 「顔を上げてくださいまし。藤妃様が頭を下げることではございませんわ。・・・それより、猶予はあといかほどなのでしょうか。」

 リケーネに掛けられた魔法が解けるまでの期間、それによってジュリアの対応は変わってくる。

 「あと、ふ、2日です。」

 「2日でございますか。本当に時間がありませんのね。・・・分かりましたわ。」

 震える唇を抑え、声を絞り出して2日と答えたカリーナにジュリアはカリーナをまず安心させなくてはと、余裕の表情を崩さず話す。

 「まずはわたくしの知り合いで風と水の2属性を持ち、かつ融合魔法を得意とする方をリケーネ様の元に向かわせますわ。そして一度魔法を掛けなおします。その上で、人体錬成の材料を集めることにしましょう。リケーネ様は今は侯爵領にいらっしゃるのですか?」

 「え?あ、いえ、王都にある侯爵邸に・・・。」

 すらすらと作戦を述べるジュリアに唖然としながらも、しっかりとジュリアの質問に答えるカリーナ。

 「そうですか。それは僥倖ですわね。わたくしのその知り合いも王都にいらっしゃいますもの。今から魔法を使って文を出せば遅くとも明日の朝までにはポワティエ侯爵様邸に着くと思います。あぁ、藤妃様からはポワティエ侯爵様邸宛にわたくしの知り合いが伺うことを事前に知らせて頂けますか?」

 「わ、わかりました。」

 すっかりジュリアのペースになり、ただただ返事をするしかないカリーナ。

 「では、とりあえずその予定でこれから動くことに致しますわ。人体錬成についてはまた後日説明させて頂きますので、今日はこのあたりで失礼いたしますわ。。」

 この後の予定も詰まっているジュリアは少し急ぎ足で話をしめ、藤妃の間から出ようとした。

 「ちょ、ちょっと待ってください。薔薇妃様、本当に人体錬成が出来るのですか?それもリケーネに移植することが出来るだけの、ちゃんとした内臓を全て錬成することが。」

 これだけは、ちゃんと聞いておかないと安心が出来ないとカリーナがジュリアの袖を引っ張り、引き留めた。

 ジュリアは少し考える様子を見せた後、ポンと手を叩き、カリーナを振り返ってニコリと笑った。

 「もちろん、それはお約束いたします。ところで藤妃様、この後もお時間があるようでしたら、少しわたくしにお付き合いいただけませんか?」

 笑みを浮かべるジュリアの顔は完全に悪だくみをする毒妃の顔なため、カリーナは一抹の不安を覚えながらも、「はい」と返事をしたのだった。

はい、全て、悪いのはそんな物騒なものばかりのこしている大賢者だと思います。


次回、シノブさんの出番です!

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