第52話 落胆の藤妃?予想通りの反応です。
翌朝、空には雲一つない青空の日。ジュリアは2~3時間しか睡眠時間が取れなかったにもかかわらずすっきり頭が冴えている。
「カエラ、そこにいらっしゃるかしら?」
寝室の外に控えているであろう女官に声を掛ける。間もなく、『はい』と言葉が聞こえ、カエラが入室した。
「今日は他のご側室様方にお会いするので、それ相応のドレスを用意して頂けるかしら。あ、あまり派手なのは控えてくださいましね。」
「心得ました。」
端的に返事をし、寝室から出ていくカエラ。
(さて、今日が正念場ですわ。気を引き締めて、参りますわよ。)
決意を新たに窓の外に視線をやり、深く息を吐いた。
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一通り支度を終え、一休みをするからと、ジュリアは寝室に1人にしてくれとカエラ達に言い、扉を閉めた。
「もういらっしゃったのですね。」
誰もいないはずの寝室で、そうつぶやくと、ジュリアの背後に音もなく黒装束の男が現れた。
「なんでわかったんだ?」
ぽりぽりと頭を掻きながら、腑に落ちないという顔をしているシノブにジュリアはため息をついた。
「気づかないはずがありませんわ。あんなに視線を注がれたら嫌でも分かりますもの。ここは武に長けている者が少ないとはいえ、アレではいつ他の方たちにばれても仕方ありませんわね。」
様子を見て色々と小間使いに使えるかもと思っていたが、それが叶わぬことと知り、多少がっかりする。
(まぁ、いいですわ。目的は小間使いにすることではありませんもの。)
ジュリアは当初の目的を思い出し、気を取り直した。
「で?俺は今から何をすればいい?」
詳細を話していなかったため、ただ、ジュリアに言われるがまま何も知らずここまで来たシノブ。
「詳しいことはその時またお話しますわ。とりあえず、シノブさんは・・。」
ジュリアは少し歩いてシノブから離れると、目の前に空間の裂け目を作った。
「こちらに入って待機して頂けますかしら。時が来ましたらお呼びいたしますわ。」
「うわっ!なんだこれ?この国特有の術か何かか?」
どうやら倭の國には空間系の魔法がないらしく、ジュリアの創り出した亜空間の入り口を物珍しそうに見ている。
「これは空間と空間の狭間、わたくし達は亜空間と呼んでいますが、そちらの入り口ですわ。わたくしが行ったことがあるところであればどこへでもお繋ぎすることができますの。シノブさんはその時が来るまで誰にも見つかってはいけませんので、こちらの中で待機しておいてくださいまし。」
「・・わかったよ。まぁ、お前にも簡単に見つかったくらいだし。やっぱ、気配消すの苦手っぽいからここはお前の言うことを聞いておくよ。」
そう言ってシノブは躊躇いもせず、亜空間の中へと入っていった。
「さて、これであの御方への手土産は出来ましたわね。あとは・・。」
ジュリアは机の上に置いておいた真っ黒な本を手に取り、胸に抱えて目を伏せた。
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カエラ達にはフレイヤに化けたフレイムを付けるので、カエラ達は通常業務に努めるように言い、ジュリアとフレイムは薔薇妃の間を後にした。
「俺がついて行ったら、余計警戒されないか?」
道中、声を抑えることに慣れたフレイムが小声で聞いてきた。
「逆に誰も連れて行かない方が怪しまれますもの。一応ここ数日貴方を連れまわしておりましたし、蘭妃様付きの女官だったあの者が後宮を離れる際、さんざんわたくしと貴方の事を言いふらしてまわったそうなので、貴方のことはご存じでいらっしゃると思いますわ。」
もちろん、その言いふらした内容とは、薔薇妃が男を侍女として忍び込ませ、他の側室達の命を狙っているだの、それを問い詰めた自分を卑怯な手を使って後宮から追い出しただの。半分くらいは当たっているので、何とも複雑な気持ちになるジュリア。
そうこうしている内に藤妃の間の扉の前についた。この前より魔法陣をなぞる光が増えているのは気のせいではないだろう。
(もしかして、藤妃様がこの魔法陣を発動させようとしている理由って・・・)
ジュリアが考えをめぐらせていると、扉が開き、藤妃の侍女が中に入るように促した。
ジュリア、次いでフレイムも藤妃の間に入ると、扉がゆっくりと閉じた。
「ご機嫌麗しゅうございますか?藤妃様。ばたばたしてご挨拶も出来ず、申し訳ございませんでしたわ。」
1週間、アイリスとクリスティアナ以外(取り巻きは除く)の側室達と顔を合わせることがなかったので、改めてここで挨拶をしたジュリア。
「いえ、こちらこそ、私からご挨拶に伺わなければいけませんでしたのに、色々と立て込んでおりまして、本当に申し訳ございませんでした。」
ペコリと頭を下げるカリーナは以前見た時よりもやつれており、覇気がない。
「どちらか、御加減が悪いのでしょうか?顔色が随分青白くいらっしゃいますけれど・・。」
心配そうにジュリアに見つめられ、一瞬瞳が揺らいだカリーナだが、すぐに目を逸らし、「いえ。お気遣いなく。」と心を閉ざしてしまっている。
(どうしたのかしら。確かにこの御方が置かれている状況を鑑みれば、やつれていても仕方がないと思いますけれど、それにしてもわたくしに対する態度がおかしいですわ。)
別に自分が好かれていて、熱烈な大歓迎をされるべき!などとは思っていないのだが、以前会った時のカリーナなら、自分が弱っているところ等見せはせず、またこんなあからさまに心を閉ざしているような素振りも見せるはずがなかった。いつも、どこか余裕を見せつつ、それでいて自分自身の考えを悟らせまいとする、策士のような顔を持つ彼女のこの状態は、異常だ。
「それで、此度は一体何のごようですか?私、あまり暇ではないのですけれど。」
単に、早く帰ってくれと言わんばかりに刺々しいカリーナの態度。
「そう、仰らないでくださいまし。わたくし、本日は藤妃様に良いお話を持ってきたのですわ。」
訝しげなカリーナに対し、ニコニコ笑うジュリア。
「良い話?申し訳ございませんが、そう言ったことに構っていられるほど、私には余裕がないのですが。」
ジュリアが持って来た良い話に少しも喰いつく素振りを見せないカリーナ。それもそうだろう、彼女はジュリアはカリーナが何に困っているかを知っていることも知らず、ましてやその解決方法をジュリアが持っていることも知らないのだから。
「まぁ、最後まで話を聞いて下さいまし。わたくし風の噂から藤妃様がとある本をお探しでいらっしゃるということを伺いましたの。」
『本』と聞いてピクリとこれまでとは違う反応を見せるカリーナ。
「私が、探している本、ですか?」
「えぇ。藤妃様がお探しの黒い本ですわ。実は、その本をわたくしが持っている、と申しましたらどうされますか?」
「え?」
カリーナがジュリアを探るように見てくるが、今のジュリアは完全にブラスター侯爵令嬢としての顔を見せている。この状態からジュリアの真意を探るのはエリザベスでも中々難しいと思う。多分、出来るとは思うが。
「・・・フフ。そんなはずはないです。もし薔薇妃様があの本をお持ちでしたら、何故今までそれを使わなかったのですか?あの本があれば、大抵の望みは叶うでしょうに。」
すっかりジュリアは嘘をついていると思い込んだカリーナはジュリアへの興味を失い、窓の外を見た。
「嘘ではありませんわ。カリーナ様、申し訳ございませんが、人払いをして頂けますでしょうか。」
強く、静かに、だがはっきりとした口調のジュリアに、カリーナは戸惑ったが、やがて心配そうに指定侍女や女官を少しの間だけと言い聞かせ、藤妃の間から追い出した。
「これでよろしいかしら。」
「えぇ。ありがとうございます。」
残されたのはカリーナとジュリア、それからフレイムだけ。
「これからお見せすることは決して他の誰にも口外なさいませんようにお願い申し上げます。さすれば、わたくしが藤妃様の願いを叶えるために手を貸させて頂きますわ。」
「分かりました。」
ジュリアとカリーナの視線がまじりあい、お互いにこくりと頷いた。
「それでは、こちらを。」
ジュリアは懐に手を忍ばせ、中から黒い本を取り出した。
「そ、それはっ!!?」
ジュリアの手の中にある黒い本を、信じられないと瞳を大きくして凝視するカリーナ。
「えぇ。こちらが藤妃様のお探しの、『大賢者の罠』。大賢者様がお残しになった唯一の『魔道書』ですわ。」
ジュリアは手にしているそれをカリーナに手渡した。カリーナは手渡されたその本を食い入るように見つめ、パラパラと数枚頁をめくり、中身を確かめる。
「ほ、本物です・・。どうしてこれを、薔薇妃様がお持ちなのですか?」
先ほどと変わって、瞳に生気が戻り、答えを求める視線をジュリアに向けるカリーナ。
「この後宮で、偶然見つけたまでですわ。まさか、これを藤妃様がお探しだとは存じておりませんでしたけれど。よろしければそちらを差し上げても構いませんわよ。」
「え・・?それ、本当ですか?どうしてそのような・・。」
カリーナにとってはこの本が一縷の望みに繋がる大事なものなのだ。それを簡単にくれてやると言うジュリアの考えが全く分からない。
(だって、それ本当はわたくしが創った偽物ですもの。本物は燃えてなくなりましたし。あ、でも中身はある程度本物の同じ内容にしてありますわ。作るときに闇の魔法も混ぜて本物とそっくりな状態にしてありますので、本人でもない限りお気づきにはなりませんでしょうね。)
そう、本物の『大賢者の罠』はジュダルの封印を解いた際、燃え上がって消えてなくなっていたのでここにそれがあるはずがない。そもそも、ジュダルの『魔道書』の中身には何も描かれていない。何故なら、それを持つ資格がある者がそれを手にすると、頭の中に直接伝承するようになっているから、本として持ち歩く必要がないのだ。故に、それが問題なく伝承されると、本は役目を失い燃えてしまう。それをトリガーに、ジュダルの封印を解く魔法陣が現れるという仕組みだ。だが、カリーナの信頼を勝ち取るにはどうしてもそれが必要だったので、ジュリアは錬成術を使い、『大賢者の罠』とそっくりな『魔道書』を創り出したのだ。というか、『大賢者の罠』の中身を書き写した只の本に違いないのだが、そこに描かれている魔法は大賢者の伝説の魔法と呼ばれている者ばかりのため、カリーナはこれが本物だと信じたのだ。
「その中身はもう全てわたくしの頭の中に納まりましたもの。わたくしには不要ですわ。ですが、その本を以てしても、藤妃様のお望みは叶いませんわ。」
ジュリアの憐れむような顔に、一瞬思考が停止したカリーナが、すぐにハッとなり、本をすごい勢いでペ頁をめくり、目的の箇所を探す。
やがて、ぴたりとその手を止め、その頁を凝視しながら、その本を持つ手はブルブルと震えている。
「そう、その頁に描かれている内容だけでは、カリーナ様がお望みの魔法は完成しておりません。それだけでは足りないのです。」
「そ、そんな・・・。私は何のために、ここまで・・・。」
がっくりと力が抜け、膝から崩れ落ちるカリーナ。その姿はジュリアがこの部屋に来た時よりも更に生気を失い、意識を保っているのがやっとな程だった。
ちょっと長くなりそうなので、ここで一旦切ります。
今回はいつも一回持ち上げて落とされる主人公が藤妃を一回持ち上げて落としてみました(笑)
次回もがっつりシリアスモードです。




