第51話 大賢者の行方?肝心な時に居ませんのね。
クリスティアナについてのジュリアの読みは当たっていたといえよう。
フレイヤとしてフレイムを紹介した翌日の朝、蘭の庭にフレイムを連れて行くと、ジュリア達に気づいたクリスティアナが剣の素振りを止め、これまでジュリアに見せた事のない笑顔で2人を出迎えた。
「おはようございます、薔薇妃様。それとフレイヤさん。」
もじもじと照れながら『フレイヤ』と呼ぶクリスティアナは今までジュリア達に見せていた顔と全く正反対の乙女の顔になっている。フレイムを見るその目はキラキラと輝いていた。
「蘭妃様、この者はわたくし付きの侍女ですわ。さん付で呼ばず、どうかそのまま『フレイヤ』とお呼びくださいまし。」
一応、クリスティアナに注意をしてみたが。
「と、とんでもないことでございます!私なんかがこのような素晴らしい方を呼び捨てにするなんて・・。」
一体このオカマのようなフレイムのどこをそんなに気に入ったのか。クリスティアナの中ではジュリアよりもフレイヤとなったフレイムの方が格付けでは上なのではないだろうか。
(まぁ、下手に馴れ馴れしくされましてもボロが出る可能性だってございますし。今はこれくらいの距離感が丁度良いのかもしれませんわね。)
言っても聞かなそうなクリスティアナに早々に諦めるジュリア。
「では今日は蘭妃様のお望み通り、フレイヤとの手合せから始めて頂いて構いませんわ。わたくしはここで見学させて頂きますわね。」
ジュリアの許しが出て、剣を構えるフレイムに対し、自分で望んだことなのに、オロオロとし始めるクリスティアナ。
「どうしよう・・。こんなにすぐ機会をもらえるなんて・・・。心の準備が・・。」
「蘭妃様?どうされたのです?心配されずとも、これ1回きりとはなりませんので、心置きなく挑んで頂いて構いませんのよ?」
ジュリアのその言葉を聞き、「よし」と気合を入れなおしたクリスティアナは剣の柄をギュッと握り締めた。
「じゃぁ、行くぜ?」
「へ?」
「げっ。」
この姿で人前で初めて自分の意志で言葉を口にしたフレイムは、すっかりジュリアの言いつけを忘れ、完全に男言葉で話してしまった。それに戸惑いを見せるクリスティアナと、思わず『げっ。』と口から音が漏れたジュリア。フレイムはそんな2人の様子に気づかず、思いっきり地面を蹴ってクリスティアナに斬りかかった。
「わわっ。」
完全にタイミングが遅れてしまったクリスティアナだが、なんとかフレイムの剣を受け止めた。
「くっ・・重いっ!」
どうにかしてフレイムの剣を振り払おうとするも、それが叶わないと分かると、クリスティアナはフレイムの足を払い、体勢を崩させた後にフレイムの剣を空中に振り払った。が、すぐに体勢を整えたフレイムが軽々と飛び上がり宙に浮いた剣を取り戻す。そして地面に着地すると、目にもとまらぬ速さでクリスティアナに何度も斬りかかる。必死でフレイムの剣筋について行こうとするクリスティアナだが、間もなく今度はクリスティアナの剣が振り払われ、フレイムが剣の切っ先をクリスティアナの首元に突き付けた。
「勝負あり、だな。」
ニヤリと笑うその姿に、負けが確定したはずのクリスティアナがうっとりと見とれている。頬が紅潮しているのは激しい打ち合いで息が上がっているからなのか、それとも・・・。
「わ、わたしの、負けです。お強いですね、お姉さま。」
「お、お姉さまだとっ?!」
「お姉さまですって?・・ぷっ。」
突然の“お姉さま”呼びに声が裏返るフレイムと、一瞬呆気にとられていたが、やがて思わず吹き出してしまうジュリア。ジロリとフレイムに睨まれたため、慌てて顔を逸らす。
「はい。お姉さまは私の理想の女性そのものなのです!どうかお姉さまと呼ばせてください!」
ぎゅうッとフレイムの両手を握りしめ、フレイムは慌ててその手を振りほどいた。
「よ、よせよ!ガラじゃねぇんだ!そういうのは好きじゃない。」
脱兎の如くクリスティアナの前から逃げ出しジュリアの後ろに隠れたフレイム。
「そうですか・・・。」
すっかりしょんぼりしてしまったクリスティアナを見て、ジュリアはわざとらしく咳払いをした。
(フレイム、貴方わたくしの言いつけを守らず、ずっと男言葉でしゃべっていたでしょう?そのせいでこのような状況になったとは思いませんの?)
「は?そんなわけ・・。いってぇ!」
ジュリアがせっかく声に出さず、『念話』でフレイムに話しかけたのにもかかわらず、大声でそれに返事をしたフレイムの足を思いっきりヒールの部分で踏んづけてやった。
ちなみに、『念話』とは、闇魔法の一種で音に出さずとも頭に思い浮かべるだけで相手に言葉を伝えることができる。本来このような魔法はあまりジュリアの好むものではないが(そんなに大きくはないとはいえ、精神に多少なりとも干渉してしまうため。使いすぎると稀に相手の精神が崩壊してしまうこともある。)、妖精なら人間よりも免疫があるため、少しならと使ってみた。
(一々声に出さないでくださいまし。迂闊すぎますわ。ほら、蘭妃様のご機嫌を損ねてしまう前に、“お姉さま”と呼ばれることを了承してくださいまし。)
「はぁ?!なんで俺が・・いってぇええ!」
学習しないフレイムを更に思いっきり踏んづけるが、先ほどから奇声ばかり上げるフレイムの事が気になったのか、クリスティアナがこちらを窺ってきてしまい逆効果となった。
(とにかく、あと1週間の間だけですもの。少々の我慢くらいして頂けませんでしょうか?)
言葉は丁寧でも、有無を言わせないジュリアの迫力に、完全に飲まれたフレイムは、「わ、わかった。」と今度は小さく返事をし、クリスティアナの方へゆっくり歩いて行った。
「俺がここにいる間だけなら、許してやるから。」
ぼそりと不服そうにフレイムに言われたクリスティアナは落ち込んでいた表情から一転、花がほころぶように笑顔になり、バッとフレイムに飛びつき抱きしめた。
「わわわっやめろ!」
すぐに離れようとするフレイムだが、何故かクリスティアナの腕をほどくことが出来ず、されるがままの状態になってしまった。
――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――
それから5日間、ジュリアは蘭妃の心をとらえるために毎朝フレイムを連れて蘭の庭を訪れた。といっても、ほとんどおまけ状態のジュリアは嬉しそうにフレイムと剣を交えたり、フレイムに話しかける蘭妃を遠目で見る、ということくらいしかしていなかった。
5日の間で分かったことは、別に蘭妃はフレイムを恋愛対象として見ているわけではなく、本当に自分の女性像の理想がフレイヤに扮したフレイムということだった。だから、どうしたらそんな体つきになれるのかとか、どうしたらそんな剣の腕が身に付くのか等々、少しでもフレイムに近づきたいという願望が質問となり、フレイムに次々と問いかけていた。ジュリアはそんな話を盗み聞きしながら、フレイムが余計なことを口に出しそうになると、あらゆる方法を使ってクリスティアナにばれないよう、フレイムが口走る前にそれを阻止し、念を押して何度も何度も気を付けるようにフレイムに言い聞かせた。言葉遣いについては、強制することを早々に放棄したジュリアがクリスティアナや、フレイムに接する機会のあるだろうカエラ達に、元々こうゆう言葉遣いで、一向に治らなかったことを説明済みだ。
因みに、5日前、蘭妃とフレイムが剣を交わらせたあと、ジュリアはそのままフレイムを連れて女官長マリアの元を訪れ、フレイムがこの後宮を守る妖精の1人だということを明かし、色々事情があって今はジュリアの侍女としてここにいるが1週間たてば出ていくことにしていると説明した。案の定マリアは困り果てた顔をしていたが、自分ではもうどうすることも出来ない状況であるということを理解すると、とりあえず自分は黙認するということだけジュリアに言ったのだった。
その日の夜、ジュリアはいつものように早々に寝室に籠り、誰が訪れて来ても良いように準備を整えていた。
明日、カリーナへの交渉と、シノブを招いてあることをしようと画策している。故に明日がフレイムがこの姿でいる最終日なのだが、クリスティアナに早朝の訓練は既に断ってある。クリスティアナはとても残念そうな顔をしていたが、家の事情があるということを伝え、なんとか了承してもらった(フレイムとの文通を許可するということを条件に)。
カリーナへの交渉については内密に明日の午後、藤妃の間にジュリアが伺うことを事前に知らせており、カリーナ側もそれに了承してくれている。
シノブについてはその前に薔薇妃の間の寝室に来るように最後に会った日に伝えてある。
(あとは、藤妃様への交渉のためにお頼みしたいことがございますのに・・・。何故あの方は今日もいらっしゃいませんの?)
ジュリアが待っている人物、それはジュダルの事である。相も変わらずどうでもいい時には無駄に顔をだし、必要な時にはぱったり音沙汰がジュダル。最期に見かけたのはエリザベス達の報告を受けた日だ。
(あの時の様子から考えますと、何かあった、ということでしょうか。)
あの日、落ち着かない様子で報告を終えるとすぐに姿を消したジュダルの事を思い出す。
(ジュダル様だけでなく、陛下もこちらに戻りましてから1度もお見かけしていませんわね。)
エドワードもジュリアに渡ることなく、今どうしているか不明の状態だ。
(まぁ、陛下についてはたまりにたまった仕事に追われている、と考えていいとおもいますけれど。)
1週間王宮を空け、きっと政務が山積みになっているのだろうと、思う。
(仕方ありませんわね。頼みごとに関しては明日、シノブさんへ追加料金で依頼すると致しますか。)
日が落ちてから5時間経過したが、一向に姿を現さないジュダルを諦め、ジュリアは眠りについた。




