第41話 忍者?全く忍んでいませんが。
(何故、一体どうしてこのタイミングですの??!)
それはジュリアにとって、想定外としか言いようのない出来事だった。考えても彼の考えがジュリアには分からない。
(もっと他に良いタイミングもあったでしょう!!何故、こんな・・・。)
ジュリアは答えを求めるかのように退治している男の瞳を見つめた。
「薔薇妃、その命、頂戴させて頂く!!」
カチャッと見たこともない金属の武器を構えてジュリアに襲い掛かろうとする男をジュリアはエイッと風魔法で弾き飛ばした。
「くっ・・やるな。さすがは薔薇妃。俺の奇襲作戦に少しも動揺せず反撃するとは。」
「・・・・いや、ですから、何故、今、このタイミングで、こんなに人が大勢いるところで襲い掛かってきたのですか!!それも堂々と名乗ってから襲い掛かるのは奇襲とは言いませんわ!」
そう叫ぶジュリアと、謎の武具を身に着けている男を遠巻きにブラスター家一同とカエラ・ユーリ・ルカの女官組、ジュリア達を呼びに来た教会の修道女3人と衛兵4人が部屋の隅でギュッとかたまり見ていた。因みに何故衛兵がジュリアを助けないのかというと、ジュリアが咄嗟に風の壁を作って出てこれないようにしたからだ。なので、正確にはカエラ達はジュリア達を見ているわけではなく、ジュリア達がいるであろう方向に視線を向けている。
時間を少し戻そう。
ジュリアが散々ブラスター家一同を罵った後、ノックの音と共に修道女からの声掛けがあり、そろそろ式場へ向かわなければいけなくなったジュリアは女官と合わせて、とりあえずこのアホな一家を連れ出してもらおうと衛兵たちも部屋に招き入れた。
衛兵がブラスター家を連れて部屋を出ようとした時、ソレは突然現れた。というか、ずっと天井裏にいることはジュリアにも分かっていたが、まさかのタイミングでジュリアの目の前に降り立ったのだ。
「薔薇妃、覚悟しろ!俺の名前はシノブ。お前を今から殺める者だ!冥土の土産に覚えておけ!」
としっかりと自己紹介までしてジュリアの前で胸を張る彼は、噂の暗殺者君である。
今迄散々、その機会があったはずなのに、衛兵もいる、無駄に見物人も大勢いる状態で襲ってくるとは。本当に暗殺者なんだろうかと疑ってしまうレベルだ。
で、冒頭に至る。
(どうせ命を狙われるならと、この際だから倭の國の術をじっくり観察したかったのですが、この観衆の前だとそうもいきませんわね。)
挙式まで時間もないため、あまり長引かせるわけにもいかない。
ジュリアがクイッと人差し指を動かすと、衛兵が腰に携えていた剣がふわりと浮き、ジュリアの左手に収まった。
「せっかくお越しいただいて恐縮ですが、この場は引いていただけませんでしょうか。」
そう言って剣を構えるジュリア。
「そうはいかない。雇い主に薔薇妃が後宮を出ている間に始末するよう言われているのでね。」
小型の刃物のような武器を両手に構えるシノブと名乗った暗殺者はその武器の周りに風を纏わせている。
「そうですか。なんとか穏便に済ませて頂きたかったのですが・・・。仕方ありませんわね。」
一呼吸置いて、ジュリアは暗殺者に切りかかる。がそれを手に持つ武器で受け止め、そのまま勢いをつけてジュリアの剣を払い、ぐんとジュリアとの間合いをつめ、今度はシノブがジュリアに切りかかる。それをかがんでよけたジュリアにシノブは4つの刃がついた薄い金属のようなものを3枚ジュリアに打ってきた。それもよけようと左にそれたジュリアだが、その武器は方向を変え、ジュリアを追う。
(なんでしょうか、あの武器は。動きが読めませんわ。・・魔法の一種でしょうか。)
冷静に観察しながらも、風の防壁を瞬時に創り、それを防ぐ。が、突然その武器は火を纏い、ジュリアの周りにジュリアが創った風の防壁は一瞬の内に炎の壁となりジュリアに迫る。
(わたくしが後手に回るなんて、間抜けな割に結構やりますわね、あの方。)
傍から見れば結構危機的状況なのだが、それでもジュリアは冷静だ。それも当たり前。火はジュリアと4属性の中で最も相性が良い。故に、ジュリアが手を翳すと炎の壁はたちまち消え去り、熱さえも残さない。だが、炎の壁に気を取られている内にシノブの姿が消えていた。辺りを警戒するジュリア。
「・・・そこですわね!」
天井裏に隠れていたシノブの足場を風魔法で崩し、シノブが落ちてきた。それでもしっかり着地の姿勢を取ったジュリアだが、すぐさま剣の切っ先を喉元に突き付けられ、シノブは手を上げて降参の意を表した。
「まいった。いやー、思ったより強いね。しかもまだ、本気を出していないと見える。」
降参しているはずなのに、どこか余裕そうにしているシノブは、今までの間抜けぶりから考えられない程卓越した暗殺者に見える。
「・・そちらこそ、大分手を抜かれていたようですわね。その懐にある武器は使いませんの?」
スッとシノブの胸元に視線を送る。
「お?気づいていたのか。これを使うとなー、この建物を破壊しかねないからなー。一応俺の雇い主もこの建物内にいるからちょっとな。」
ははははと笑うシノブを見て、ジュリアは呆れ顔だ。
(ですから、それなら何故このタイミングで襲ってきましたの?それに、雇い主がこの教会内にいるだなんて、普通聞いてもいないのに言いますか?馬鹿ですの?)
こんなに迂闊に機密情報を喋る暗殺者がいるのかと、驚く。
「・・・因みに何か崇高なる理由があってその雇い主に仕えていらっしゃるのでしょうか。」
「え?いや、普通に金の問題だけど。」
この男は油断させればいくらでも情報を引き出せられるんじゃないかと、思ってしまう。
ジッとシノブを見た後、ジュリアは突き付けていた剣を放り投げた。
「何のつもりだ?」
「いえ、お金の問題なら別に貴方の命を奪うまでもありませんわ。そちらの倍の値を払いましょう。」
「は?何言って・・。」
ジュリアは答えを求めるシノブに背を向け、カエラ達との間に創っていた風の壁を解除した。
「薔薇妃様、ご無事で?!」
慌てて駆けよるカエラ達女官と衛兵。その衛兵の内の1人が座り込んでいるシノブに気づき、剣を抜いた。
「おのれ、この狼藉物が!!成敗してくれるっ!」
「お待ちなさい!」
シノブに斬りかかろうとした衛兵をジュリアの凛とした声が制止した。
「薔薇妃様、何故止めるのですかっ!!?」
納得がいかないと憤る衛兵。
「その方には色々とお伺いしなければいけないことがありますもの。この方のことはわたくしにお任せいただけませんか?あなた方はまずわたくしの家族を外まで連れ出して頂きますよう、お願いいたしますわ。」
「で、でも・・・ひっ!!」
それでもくらいつこうとする衛兵をジュリアが一睨みすると、その凄みに怖気づいた衛兵が後ずさった。
「ご理解頂けたようですわね。それではよろしくお願いいたしますわ。」
ジュリアにニッコリ微笑まれて衛兵たちはしぶしぶブラスター一家を部屋の外へと連れ出した。
「さて、それではカエラ、ユーリ、ルカ。そちらの迎えの方たちと共に先に式場へ向かっててくださいませんか?」
「え?何故ですか?」
招待されているのはジュリアなのだから、カエラ達だけで行っても意味がないので、カエラが不思議に思うのは当然だ。
「わたくしちょっとこの方にお話がありますので、席を外して頂きたいのですわ。」
「そんな!!刺客と2人きりなんて、危険です!!」
カエラの反論に他2人が同意の意を表し、頷く。
「大丈夫ですわ。わたくし結構強いんですのよ?それにこの方、もう既にわたくしに対して何かしようとは思っていませんわ。それを証拠に、ほら、先ほどからいくらでも逃げ出せる状況ですのにそのまま何もせず座っていらっしゃいますもの。ですから、あまり時間もございませんし、わたくしの頼みを聞いて下さいね。」
確かに、この場にいる全員の力を合わせてもジュリアには遠く及ばない。それはカエラ達にも分かっていたので(あくまでもジュリアの一部の力しか知らないが、それでもその一部の力だけでカエラ達を圧倒する)、しぶしぶ修道女たちと共に部屋を出た。
部屋にシノブと2人きりなのを確認すると、ジュリアは部屋に結界を張った。勿論、シノブには気づかれないようこっそりと。
「さぁ、これでわたくしたちだけになりましたわ。交渉といきましょうか。」
「お前も物好きだな。よくこんな得体の知れない相手に交渉しようと思うな。」
すっかり殺意が消えうせたシノブにジュリアは微笑む。
「得体の知れない相手と結構縁がありましたもの。・・・不本意でしたが。貴方がわたくしの頼みを聞いて下さるなら、そうですわね。因みに今回の依頼金はおいくらですの?」
「は?・・金貨2枚。」
「まぁ、随分安く見られたものですわね。わたくしの命がたったの金貨2枚だなんて。」
ちょっとだけ頭にきているジュリア。
「俺だって途中から割にあわないと思ったよ。とてつもなくやばそうなやつには合うし。ターゲットはめちゃくちゃ強いし。」
『とてつもなくやばそうなやつ』とはもしかしなくともジュダルの事だろう。
「そうですわね。わたくしの命をとるとなりますと、すくなくとも金貨100枚はご用意して頂かなくては。」
「金貨100枚だと?!はははっ!!そいつはすげえなっ!確かにそんくらいないとな!」
何がそんなにおかしいのか、割と本気で言ったジュリアは訝しむ。
「では、そんな金貨100枚でどうでしょう。」
「へ?何の話だ?」
あっさり金貨100枚を引き合いにだしてこられたため、思考がついて行かないシノブ。
「ですから、わたくしの頼みごとを聞いていただくための報酬ですわ。足りませんか?」
ぽかんと口を開けたままのシノブはやがてプルプルと頭を振った。
「そ、そんな大金・・一体何を頼もうと思うんだ!?」
一気に警戒心を見せるシノブとは相反して余裕を見せるジュリア。
「そうですわね。まずはわたくしの命を狙った依頼主の情報提供。それから貴方、後宮に忍び込むことは出来まして?」
「後宮?まぁ、出来んこともないが。」
割とすぐ答えが返ってきてジュリアは確信する。
(やはり、この方、口の軽さと気配に関しては少し問題ですが、自分の力量の見極めと、腕に関しては結構いいものを持っていらっしゃるようですわね。)
お互い全力ではないとはいえ、あそこまでジュリアと善戦したのだから、かなり強い。また後宮に忍び込むにもそれなりの腕が必要となってくる。一応結界が張られているので、それを突破するには魔力が強くなくてはならないからだ。
「一応お伺いいたしますが、それは後宮の結界をも突破できるということでよろしいかしら。」
「ん?あぁ、1回だけ近くで見たが、まぁ突破は余裕で出来そうだったぞ?」
後宮にいてもおかしくなさそうな暗殺者があまりいないのは、その結界があるからだったのだが、それを余裕で突破できると判断したシノブはやはり相当な使い手と言える。それだけに口の軽さと気配のコントロールが残念すぎる。
(まぁ、気配に関してはウインド達と協力させれば何とかなりますし、そもそもこの方の気配に気づくことが出来る方なんて称号付きのご側室方位ですものね。)
一応、一般人には悟られないくらいのコントロールは出来ているので、今まで何とか暗殺者としてやってこれたのだろう。だが称号付きの側室達がどこまでの実力かは分からないが少なくとも武術に長けているクリスティアナにはもろバレしそうなので、ある程度のフォローが必要だ。
「では、わたくしが後宮に戻ってから1週間の後、後宮内の薔薇妃の間までお越しくださいませ。貴方ならわたくしの気を辿ってわたくしがどこにいるか分かるでしょう。あ、ただくれぐれもご注意いただきたいのですが。」
ジュリアはシノブの目の前に立ちにっこりとお得意の薔薇妃の笑顔を見せた。
「薔薇妃の間に入る際はわたくしに対して少しの害意もお持ちにならないようお気を付け下さいませ。
さもなくば薔薇妃の間が貴方に牙をむきますわ。実際それでお亡くなりになった方もいらっしゃいますし。よろしいですわね?」
さりげなく脅されて顔をひくつかせるシノブ。
「そんな物騒なところによぶなよな。大体、そんなところで何をさせるつもりだよ!」
「貴方に会って頂きたい方がおりますの。そこでまぁその御手持ちの武器とかを見せて頂ければ結構ですわ。」
ジュリアはシノブの手にある小型の刃物を見た。
「これ?なんでまた・・。」
「それはまだ秘密ですわ。別に構わないでしょう?だって貴方、倭の國出身ではあるけれどはぐれ者なのでしょうから。」
「!!・・・何故わかった?」
驚きを隠せないシノブ。
「当然ですわ。何故なら倭の國の者ならわたくしの命など狙いませんもの。倭の國は鎖国をしていますから、外国の、それも個人の依頼で動いたりなどしない、と伺っております。倭の國の者が国外に出るとしたら、国の諜報機関が外国に調査に出るときのみ、らしいですわね。だから個人の依頼をそれも金で雇われている貴方は倭の國出身ではあるものの、国に属さないはぐれ者ということになりますわ。」
これはほどんどジュダルから得た知識である。そもそもこんなに迂闊な人間を倭の國が外国に出すわけがない。どのような方法かは分からないが個人的に国から脱出してきたのだろうと、ジュダルは言っていた。
「恐れ入ったよ。倭の國のそんなことまで知っているなんてな。てか結構問題だぜ?それ。あいつらがそんな状況許すとは思えねぇモン。」
あいつらとは倭の國の中枢部の人間の事だろう。
「お前の言うとおり、俺は元倭の國の人間だ。俺、武術の腕は国一なんだけどさー、気配消したりとか苦手でさー、そういうのに重きをおいている国の連中は俺の事落ちこぼれ扱いしてくるんだよ。戦闘では俺に勝てないくせに。でもさ、シノビはさ、あ!シノビってのは倭の國の武装集団の事なんだけどさ。シノビは大前提として気配を完璧に消すことが出来ないとなれないのよ。俺、一応そのシノビの頭領の息子で、シノビにちなんでシノブなんて名前がついてっけど、結局試験に受からなくてなー。自暴自棄になってなんか“気”を暴走させちまって、気づいたらこの国にいたんだよ。」
聞いてもいないのに自分の事をペらペラと喋り出すシノブ。
(気配以前にそうゆうところが駄目だったのではないでしょうか。ところで“気”というのは魔力と同じ意味でしょうか。)
このまま聞いたら普通に答えてくれそうだけれど、案外シノブの話が長かったのでそろそろ時間も無くなってきたジュリアはとりあえず挙式の後にもう1度呼ぶからそれまで待機するようシノブに言い、部屋を出た。




