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第3話 お供は50人?犬、猿、雉で十分です。



 ハンジが訪れた日から早くも1ヶ月が過ぎてしまった。

 あれからジュリアはあの手この手でこの話を破談にしようと画策したが、表向きの彼女の顔と、ブラスター家という厄介な性質が災いし、遂にこの日まで来てしまった。

 あの日の二日後、ハンジが言った通り、正装をしたハンジが多くの王宮騎士を携えてブラスター家を訪れ、正式にジュリアの入宮が決まった。

 その話は瞬く間にブラスター領や王都だけでなくローゼンタール王国中に広がり、ブラスター家には数々の貢物が続々と届いた。また更に大きな力を持つことが決まったようなものだったため、ブラスター家に言い寄る者たちも圧倒的に増えた。

 父や母、兄弟達までもがその状況におぼれ、ブラスター家はこの1ヶ月毎日がお祭り騒ぎな状態だった。


 (もういっそ、この家を爆発させて自分も死んだと見せかけてこっそり違う国へ逃げようかしら)

 そんな物騒なことを考えながら、侍女リサに身支度を整えられているのはジュリアだ。

 透き通るようなプラチナブロンドの髪は、ハーフアップに結い上げられ、色とりどりの豪勢な髪飾りがいくつも付けられている。胸元には深紅の大きなルビーをあつらえた光り輝くネックレスをつけ、またドレスはベースの色がダークブルーの生地に、真赤な薔薇の装飾がこれでもかとばかりに存在感を示しながらも、それに負けじとボリュームのあるふんわりとした形をしている。

 リサが最後の仕上げにジュリアの小ぶりな唇に真赤な紅を塗ると、絶世の美女の完成である。

 その姿を鏡で見せられ、ジュリアは深いため息をついた。

 (駄目ね。こんな派手顔がうろついていたらすぐに目についてしまうわ。他国でもわたくしの顔を知っている人はかなりの数いるはずだし。あぁ、こんな目立つ顔ではなく、もっと平凡な顔に生まれたかったわ)

 平凡な顔の人からしたらうらやましすぎる悩みだが、これはジュリアが常々思ってきたことであった。


 「失礼します」

 ノックの音と共に現れたのは幼い頃より見慣れた、父親付きの執事、アルバートである。

 「お嬢様、王宮より迎えが来られました。既に荷は積んでいます。さぁ、参りましょう」

 もう、逃げられない事を悟り、ジュリアはリサと共に部屋を出た。



   ――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――



 邸の前には大きな馬車が5台ほど止まっており、王宮騎士たちが何十人も控えていた。

 門の前にはハンジが待っており、そのあからさまな待遇にジュリアは吐き気を覚えた。

 (ちょっとこれはやりすぎではありませんか?何ですの、馬車5台って。誰が乗りますのよ、そんなに!!)

 実際ジュリアは家から誰も連れて行く気などなく、単身後宮に乗り込むと言って聞かなかったため、父であるハロルドも最後にはしぶしぶそれに了承した。


 本来それなりの身分の者が入宮する際には実家から馴染みのある侍女を何人か連れて行くのが暗黙の了解であった。勿論、王宮から何人かの女官がそれぞれの側室に付くようになっている。だが、後宮には派閥争いなんてものは常にあり、そんな中に娘を入れるのだから、信用のおけない女官より、幼いころから知っている侍女を連れて行って何が悪いと側室側からの猛抗議があったため、王宮側がそれを飲んだ形になっている。


 (父も当初は50人ぐらい送り込もうとしていたのよね)

 後宮に実家から侍女を連れて行くと言ってもせいぜい裕福な家でも5人くらいのものだ。中には気位の高い令嬢だと10人くらいになることもあるが、それでも50人という数は非常識と言われても文句の言えない数である。

 勿論、そんな非常識な行い且つ、後宮に行ってまで監視されたくないとの思いからジュリアはその父の考えに真っ向から異を唱え、引かないのであればもう出家するとまで言ってなんとかハロルドを引き下がらせた。

 なので、あの無駄に多い馬車には迎えに来たハンジと、ジュリアだけしか乗らないはずなのだ。

 (・・・きっと残りはすべて荷なのね)

 馬車の窓の隙間から豪勢な荷物が見え、理解した。

 (あんなに持って行っても邪魔になるだけでしょうに)

 おそらく侍女を一人も連れて行かないと決めた娘に対し、少しでも見栄を張りたかった父が積み込んだのであろう、その荷の数々を思い、ジュリアは呆れを通り越して遠い目をしてしまった。


 後ろ髪をひかれながら(勿論、ブラスター家に対してではなくあまりに後宮に行くのが嫌なため、)馬車に乗り込み、涙ながらに見送るリサに手を振り、ジュリアはブラスター家を後にした。



   ――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――



 さて、ジュリアが入宮する後宮では女官たちがひそひそと噂話をしている。

 「今日よね、例の御方が来られるのは」

 「噂通りの御方かしら。私今からもう憂鬱で仕方がないわ」

 「あら。別に貴女が担当するわけじゃないのだからかまわないでしょ?不幸なのは担当になった娘達よ」

 「そうだけど。でも絶対にあの人たちと対立するに決まっているもの。だって薔薇妃をあたえられるんでしょ?後宮が荒れるにきまっているわ!!」

 「そうよね。それを考えると、今から気が重いわ。」

 

 「あら、何の話をしていますの?」

 突然背後から声を掛けられ、驚きのあまり飛び跳ねてしまう女官たち。

 「あ、アイリス様!!申し訳ございません、すぐに持ち場に戻ります!」

 声の主が誰であるか分かり、真っ青になった女官は深々と頭を下げ、震えている。

 「いいのよ、そんなこと気にしなくても。ただ、今お話になっていたことを教えて頂けるかしら?」

 その顔には笑みを浮かべていたが、女官たちはなおさらその表情を見て震えあがり、中には涙目のものまでいる。

 「あ、あの、どうか、お許しくださいませ…」

 「何を?」

 女官の消え入りそうな声を疑問で返す。

 「あなたたちの何に対して、私は許せばよいのかしら」

 その可憐な姿からは想像もできないような威圧感を醸し出しながらアイリスは手に持っていた扇で女官の一人の顎を持ち上げた。これが後宮風顎クイである。

 「ねぇ、答えてごらんなさい?貴方達は何が憂鬱なのかしら?」

 きっと、最初から聞いていたのだ。

 脅える女官の顔をクスクスと花のような笑みを浮かべて見つめる。その瞳の奥には暗い暗い闇を宿しながら。

 「あら、答えられないの?それとも貴方たちは既にこれから訪れるであろう薔薇妃様に心を移しており、牡丹妃たる私の命令は聞けぬということなのかしら」

 「め、滅相もございません。そのようなことは……」

 アイリスに顎を持ちあげられ、身動きが取れない中にも、必死で首を振る。

 「わ、私は本来薔薇妃にふさわしいのはアイリス様であると常々思っており、他の方が薔薇妃になるなどと、そのような御方に仕えなければいけないことを考えたら憂鬱な気持ちになったと、そう話していたのです!!」

 何とかうまい言い訳を考え付いた女官はアイリスに視線を向けた。

 先ほどの威圧感を携えた笑みから一転、晴れ晴れとした笑みを浮かべたアイリスにホッとした表情を浮かべた。

 「そう、それならばいいわ」

 女官の顎から扇をそっと離し、解放された女官はその場に崩れ落ちた。

 「ご、ご理解頂けてうれしく思います」

 息も絶え絶えにそうお礼を述べる。が、すぐにその安堵を浮かべた顔から、再び蒼白の顔に変わる。

 「理解?そうね、理解はしたわ。貴女の私への気持ちも分かったわ。けれどね。」

 アイリスは倒れた女官に視線が合うようにその場にしゃがみ込んで、女官の瞳を覗き込んだ。

 「貴女は既に薔薇妃を()()と敬称をつけて敬おうとしている。それだけで貴女の罪は万死に値するわ」

 「お、お待ちください、アイリス様!!どうか、どうかお許しを!!」

 悲壮な叫びが辺りに響く。

 「うるさいわね。身の程もわきまえず、私に意見しようというのかしら?」

 「そ、そんなことはっ!!」

 バシンっという音と共に女官の頬を扇で(はた)き、女官の叫びを遮った。

 「私はうるさい、と言ったのよ?何故まだその汚らしい口から音が漏れるのかしら。そんな弱い頭は必要ないでしょう?私は優しいから、これでも女官たちの頭の悪さを憂えているのよ?だから、貴女は優しい私が…」

 そっと女官の耳元に口を寄せる。

 「その無駄な頭を首から切り離して上げる」

 小鳥のさえずりのような囁きと共に鎌鼬のような風がその場を通り過ぎ、女官は何が起きたのか分からないまま、頭と身体が別れていた。

 他の女官たちは顔を伏せたままだったが、すぐに状況を理解し、これ以上アイリスの不況を買うまいと震えながら耐えていた。

 「これにこりたら私の気分を害する行動は控えることね。さぁ、後片付けは頼んだわよ?」

 ひとりの人間の頭と胴体を切り離した当の本人には一切その跡がついていなかったが、辺りは飛び散った血で真っ赤に染まっていた。

 アイリスはふわりと優しい風に包まれながらその場を静かに去っていった。




 ジュリアが入宮するその日と同時に一人の女官がひっそりと消息を絶ったことはジュリアは一切知ることなく、きらびやかな王都の中心にある、真っ白な王城へと馬車に揺られながら向かって行った。

さすがにお供に犬・猿・雉を出すわけにはいかず、単身後宮に乗り込ませることにしました。

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