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第35話 魔法の反動?自業自得ですわ。



 (なんてことですの?!もうバレてしまうなんてっ!!)

 エリザベスが大広間に到着した同時刻、錬成術で創り出した偽物とリンクしていたジュリアはエドワードが偽物を見破り、且つ自分の目的まで瞬時に気づいたことを知った。

 (なんたる洞察力っ!!おそらくわたくし限定だと思いますが、本当に恐ろしいですわっ!)

 いくらなんでもバレるのが早すぎると、ジュリアは心の底から恐怖した。

 (とにかく、陛下の邪魔が入るまでに目的を達成しませんとっ!)

 既に『不可視(インビジブル)』によって誰の目にも姿を映さなくなったジュリアは目を凝らし、大巫女の魔力がある方へと急いだ。

 その部屋の前にたどり着くと、ちょうど中に入っていた修道女が部屋から出てくるタイミングだったので、扉を開けた隙に中にするりと入りこんだ。

 (うっ!!なんてこと・・・。これがあの大巫女様だというのです?!)

 思わず目を覆いたくなる光景。ジュリアが数刻前に見た大巫女はすごく健康そうな見た目という訳ではなかったが、それなりに肉もつき、髪も艶やかでその年相応の見た目をしていたはずだった。が、今目の前にいる大巫女は、頬がこけ、唇はガサガサに干からびている。土気色の顔に荒れた肌。髪はバサバサ、綺麗だった金の色はは老婆のように真っ白になっている。ジュリアから傷つけられた方と反対の瞳からは生気が失われ、骨と皮だけになった身体。たった数時間で人間がここまでかわるものなのかと、ゾッとした。

 (これが、『洗脳』という呪いの反動・・。彼女は大賢者様の遺産を扱える程の魔力を持っていなかったということですわね。己の器を超えた力はその分反動も大きくなります。ましてやその力がわが身に返ってきたとき、何十何百倍にもなってその身に降りかかる・・。『光の魔力』と相反する『闇の魔力』は精神だけでなく身体も蝕んでいってしまった、ということですか。・・・憐れですが、あの方の魔法は、それも本人の手を離れて大きくなってしまった呪いの反動は、わたくしにもとけるかどうか・・。それに解けたとて、そもそもこれは彼女の業ですもの。わたくしが手を出すべきではありませんわね。)

 ジュリアは敵に情けを掛けるほど、甘くはない。ましてや相手はエリザベスの愛するグレンに洗脳をかけ、自分やエリザベスにも洗脳をかけようとした大巫女だ。そこに誰か他の人物の思惑があったとして、それでもそれを実行したのは大巫女自身だ。自分の大切な人に手を掛けた大巫女に自らを危険に晒してでも助けようとは思わなかった。

 (一応、今はまだ自我があるようですわね。今なら、まだ入りこめますわ。・・本当はあまりこのような魔法は使いたくないのですけれど、この方の口から聞きだすことは出来ないようですし、直接魂に聞くしかありませんものね。)

 小さくかすれた声で、「ぁ゛ぁ゛・・うぅぅっ。」と呻いている大巫女をスッと冷たい目で見ると、ジュリアは目を閉じ、自分の魔力に集中した。すると、周りにいた修道女たちが一斉にその場に倒れ込み、眠りについた。次に部屋全体を結界魔法で覆い、誰にも入れない様にした。

 そこまですると、ジュリアは『不可視(インビジブル)』を解き、大巫女の前に姿を現した。

 「先刻ぶりですわね。大巫女様。変わり果てた姿に驚いておりますわ。わたくしの声、聞こえていらっしゃいますか?」

 しゃがみ込み、大巫女と視線を合わせる。が、虚ろな瞳はジュリアを映さない。

 「聞こえていないようですわね。それでは、申し訳ありませんが、少しばかり、失礼いたしますわね。」

 そう言うと、目を閉じ、大巫女の額に左手で触れた。

 「“マインドダイブ”」

 そう言い放った途端、ジュリアと大巫女は黒い靄に包まれ、だがすぐにその靄は消え失せた。



 「―――ここは・・。上手く言ったようですわね。」

 ジュリアが目を開けると、そこは真っ暗闇の世界。ジュリアの精神世界とよく似て、そして全く違う。見た目は似ているが、空気が違うのだ。ジュリアの精神世界はジュリアが主のため、ジュリア自身を害することはないが、ここは違う。ジュリアという異物が入ってきたことが分かると、ジュリアを排そうという意思が、ジュリアを覆った。痛いほどのそれは、ただそこにいるだけでも苦痛なほどだ。

 「あまり長くはいられませんわね。まったく好き好んでこのような魔法を使うジュダル様の気がしれませんわ。さぁ、早いところ、大巫女様を探しませんと。」

 この空間には上下左右という感覚がなく、ただ浮いているだけだ。そのまま中枢部と思われる場所へ身体を向かわせる。

 「視えましたわ。あれが、大巫女様の精神の中枢。」

 炎で明かりがともされたそこは、旧時代の拷問場のような場所であった。精神の世界で感じるはずもないのに、ツンとした鉄のような臭いがし、ここでどのようなことが行われているか容易に分かる。

 「あれ、ですわね。」

 その場所の中心に、彼女はいた。腕が切り落とされ、目は灼かれ、口は引き裂かれて。

 「・・・いくら精神の世界とはいえ、あのような状態では聞き出すことは困難ですわ。ほんの少しの間だけ、楽にしてあげましょう。」

 少しだけ、魔力を多めに出して、ジュリアはその拷問場からジュリアと大巫女だけを別の空間へと移した。もちろん、そこも大巫女の精神世界には変わらないのだが、そこは真っ白な部屋で、ジュリアと大巫女以外何もない。先ほどまで拷問の限りをつくされていた大巫女の姿は元の至って普通な少女の姿に戻り、ただ表情だけは目を見開き、唇は震え、青い顔をしたまま脅えている。

 「大巫女様、わたくしが誰か、お分かりになりますか?」

 声を掛けるも、大巫女からの返事はない。ジュリアは軽く息を吐き、大巫女へ近づく。

 大巫女の目の前で思いっきりパチン!と手を叩き、大巫女の意識をこちらへ向けた。

 「もう一度聞きますわね。大巫女様、わたくしが誰か、お分かりになりますか?」

 大きく、ゆっくりとした声で尋ねた。大巫女の瞳がジュリアを捕えると、やがて小さく頷いた。

 「よろしいですわ。それでは、次に、大巫女様はここがどこなのか、お分かりですか?」

 ジュリアの質問を少し考え、首を横に振る大巫女。その返答に、ジュリアは少し驚いた。

 「大巫女様、貴女様は精神世界というものを理解していないにも関わらず、『洗脳』などという複雑で難解な魔法を使われていたのですか?そのような未熟な状態で使い続けていたら、今回のように魔法を返されなくても、いずれ同じ目に遭っていたはずですわ。貴女様に()()を与えた人物はそんなことも貴女様に教えなかったのですか?」

 ジュリアの少しきつめな物言いに大巫女は再び脅えだした。

 「いいですか?大巫女様。そのように脅えられなくても、ここは貴女様の精神世界なのです。ここの主導権は貴女様にあるのですよ?貴女様がここを真に理解すれば、『光の魔力』を持つ大巫女様の事です。貴女様に対する邪なものを排除することも出来るでしょう。貴女様が望むのであれば、わたくしはその手助けをして差し上げます。その代り・・。」

 ジュリアの話を聞き、この地獄から抜け出せるのかと、光を見出した大巫女派ジュリアにすがりついた。

 「わたくしの申し出をお受けなさる、ということですわね。ではわたくしの条件も申しましょう。わたくしの条件はただ1つ、大巫女様に『洗脳の首飾り』を渡した人物とその目的を教えて頂くことですわ。それを聞かせて頂きましたら、貴女様がここから抜け出すための方法を伝授いたしましょう。」

 「『洗脳の首飾り』?・・・そ、れは・・。」

 初めて大巫女が言葉を口にした。

 「そう、それは私の側仕えのカミラが連れてきた、あの人から、頂いたもの・・。」

 「“あの人”とは?」

 「わ、わからない・・・。思い出せないっ!!どうして?!」

 泣きじゃくる大巫女。

 「思い出せないなど、そのようなはずはありませんわ。ここは精神世界ですもの。貴女様に起きたことは全て分かるはずですよ。」

 「ほ、ほんとうよっ!!だって、その場面はわかるのに、あの人だけ、黒く塗りつぶされて視えないのっ!!信じてっ!」

 ボロボロの大巫女を見て、ジュリアは嫌な予感がした。

 (精神世界の記憶まで操作してしまえるほどの人物だということですの?そんなことが出来るのは大賢者様くらいですわ。・・・もしや、アノ国が?―――っっ何?!)

 ジュリアが1つの答えを導き出そうとした時、ジュリアの身体に稲妻が走った。

 (これ・・は、魔法が破られた?まずいですわ!ここを出なくては。)

 「大巫女様、申し訳ございません。わたくしはすぐにここを離れなければいけなくなりました。・・・これをどうぞ。」

 ジュリアは懐から白い3㎝くらいの珠を取り出した。

 「これ、は?」

 「これは貴女様が今までしてきたことを悔い改め、真に改心なされれば、その力を発揮し、貴女様をこの場所から掬い出すモノです。では、わたくしはこれで。」

 スッと1人、浮かび上がり上へと向かうジュリア。

 「ま、まって!!おいて行かないで!!それだけじゃ私、分からないわっ!!」

 去るジュリアの裾を掴む大巫女の手を、ジュリアは払いのけた。

 「勘違いなさらないでくださいまし。わたくしはあくまで、『貴女様がここから抜け出すための方法を伝授する』と申しただけですわ。ここから抜け出せるかどうかは貴女様次第です。貴女さまがなされたことはそれだけ、悪いことだったのです。反省も改心もされない方にここから出してやる義理はございませんわ。その機会を与えられただけでも、よしとなさってはいかがですか。それでは。」

 そう言い放ち、ジュリアは上へあがると同時にすーっとその姿が消えてなくなった。

 「ま、まって・・。お願いよっ!ここにいたら、私、『あの人』に消されてしまうっ!!」

 その悲痛な叫びは、ジュリアに届くことなく、ただその場所にだけ響いていた。


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